2012年3月4日日曜日

優先権の効果に関する審決の判断が覆された事例

知財高裁平成24年2月29日判決
平成23年(行ケ)第10127号 審決取消請求事件

1. 概要
 以下のような状況を仮定する:
基礎出願の開示事項:上位概念A
優先権主張した後の出願:
 請求項1発明=上位概念A
 請求項1に従属する請求項2発明=下位概念a

 この場合、請求項1発明は優先権の利益を享受することができ、請求項2発明は優先権の利益を享受することができない。
 請求項1発明は、その下位概念に請求項2発明を包含していることは事実であるが、そのような場合でも、請求項1発明は下位概念aを主要部に包含するため優先権の利益を受けられない、という判断は通常はなされない。ただし請求項記載の発明の要旨の認定が問題となる「人工乳首事件」平成14年(行ケ)539のようなケースは除く。

 今回の事例では、無効審判審決において、上位概念発明(本件発明1)は、その要旨に、優先権の効果が認められない下位概念発明(本件発明3)を包含していることを理由として、上位概念発明(本件発明1)に優先権の利益は認められないと判断された。審決のこの判断は「人工乳首事件」の考え方に近いと思われるが、この事例では、上位概念発明の発明の要旨の認定が問題となっているわけではない。
 裁判所は審決の判断は妥当ではなく、上位概念発明(本件発明1)は優先権の利益を享受することができると判断した。

2.出願の経緯
平成13年11月13日 特願2001-346977号(第1基礎出願)
平成13年12月18日 特願2001-383987号(第2基礎出願)
平成14年 4月 3日 特願2002-100851号(第3基礎出願)
平成14年10月10日 特願2002-296828号(上記3つの出願を基礎として、国内優先権主張出願)

3.本件発明の内容
【請求項1(本件発明1)】
「ハウジング(3)内に軸心回りに回転可能に挿入されると共に軸心方向の一端から他端へクランプ移動されるクランプロッド(5)であって,片持ちアーム(6)を固定する部分と,上記ハウジング(3)の一端側の第1端壁(3a)に緊密に嵌合支持されるようにロッド本体(5a)に設けた第1摺動部分(11)と,上記ハウジング(3)の筒孔(4)に挿入したピストン(15)を介して駆動される入力部(14)と,上記ハウジング(3)の他端側の第2端壁(3b)に緊密に嵌合支持されるように上記ロッド本体(5a)から他端方向へ一体に突出されると共に周方向へほぼ等間隔に並べた複数のガイド溝(26)を外周部に形成した第2摺動部分(12)とを,上記の軸心方向へ順に設けたクランプロッド(5)と,
 その第2摺動部分(12)に設けた複数のガイド溝(26)にそれぞれ嵌合するように上記ハウジング(3)に支持した複数の係合具(29)とを備え,
 上記の複数のガイド溝(26)は,それぞれ,上記の軸心方向の他端から一端へ連ねて設けた旋回溝(27)と直進溝(28)とを備え,上記の複数の旋回溝(27)を相互に平行状に配置すると共に上記の複数の直進溝(28)を相互に平行状に配置し,
 上記ピストン(15)の両端方向の外方に配置された上記の第1摺動部分(11)と第2摺動部分(12)との2箇所で上記クランプロッド(5)を上記ハウジング(3)に緊密に嵌合支持させて同上クランプロッド(5)が傾くのを防止するように構成した,ことを特徴とする旋回式クランプ。」

【請求項3(本件発明3)】
「請求項1または2の旋回式クランプにおいて,
前記の旋回溝(27)を螺旋状に形成し,その旋回溝(27)の傾斜角度(A)を10度から30度の範囲内に設定した,ことを特徴とする旋回式クランプ。」

4.審決の概要
4.1.本件発明3(請求項3)の優先権の有効性に関する審決での判断
 旋回溝(27)を螺旋状に形成し,その旋回溝(27)の傾斜角度(A)を10度から30度の範囲内に設定した、という数値を含む発明特定事項は、3つの基礎出願のいずれにも記載されていない。
 「優先権主張の効果は請求項毎であるところ、後の出願である特願2002-296828号に基づく本件特許の請求項3に記載された発明の要旨となる技術的事項が、優先権主張の基礎となる出願の当初明細書及び図面に記載された技術的事項の範囲を超えることになり、その超えた部分については優先権主張の効果が認められないのであるから、本件発明3に記載された構成部分の判断基準日、すなわち第29条の規定の適用についての基準日は、実際の出願日である平成14年10月10日である。」

4.2.本件発明1(請求項1)の優先権の有効性に関する審決での判断
「本件発明1は、後の出願の特許請求の範囲(本件の場合、本件発明1ないし4)に記載された発明の要旨となる技術事項(本件の場合、本件発明3、明細書段落【0005】の請求項3に係る部分、同段落【0020】、【0033】、【0036】に記載の技術事項)が、先の出願(本件の場合、優先1ないし優先3)の出願当初明細書及び図面に記載された技術事項の範囲を超えることになることは明らかであるから、その越えた部分については優先権主張の効果は認められない。すなわち、本件発明1及び2は、旋回溝の構成を有するものであり、本件特許の現実の出願日である平成14年10月10日付けの願書に添付された明細書によって、その角度を特定したことにより、前述のように新規事項を含むことになるから、特許請求の範囲の請求項1及び2に記載された発明の要旨となる技術事項が、先の出願の当初明細書及び図面に記載された技術的事項の範囲を超えることになることは明らかである。
 よって、本件特許においても本件発明1は、先の出願の当初明細書及び図面に記載された技術的事項の範囲を超えることとなり、優先権主張の効果は認められない。
 したがって、本件発明1の、第29条の規定の適用についての基準日は、実際の出願日である平成14年10月10日である。」

5.裁判所の判断のポイント
5.1.本件発明3(請求項3)の優先権の有効性について
 本件発明3については優先権の利益を享受できないと判断し、審決の判断を支持した。
 「本件発明3についての特許法29条の規定の適用については,優先権主張の利益を享受できず,現実の出願日である平成14年10月10日を基準として発明の新規性を判断すべきである。」

5.2.本件発明1(請求項1)の優先権の有効性について
 本件発明1については優先権の利益を享受できると判断した。
「本件発明1では,クランプロッドのガイド溝につき,「周方向へほぼ等間隔に並べた複数の」との限定,「第2摺動部分(12)に設けた複数の」との限定や「上記の複数のガイド溝(26)は,それぞれ,上記の軸心方向の他端から一端へ連ねて設けた旋回溝(27)と直進溝(28)とを備え,上記の複数の旋回溝(27)を相互に平行状に配置すると共に上記の複数の直進溝(28)を相互に平行状に配置し,」との限定が付されているにすぎない。・・・
 そうすると,本件発明1、2では,ガイド溝の傾斜角度に関する特定はされていないから,上記傾斜角度に関する本件発明3の発明特定事項である「傾斜角度を10度から30度の範囲にした」との事項が第1ないし第3基礎出願に係る明細書(図面を含む。)で開示されていないからといって,本件発明1,2が上記事項を発明特定事項として含む形で特定されて出願され,特許登録されたことになるものではない。この理は,例えば請求項3(本件発明3)が特許請求の範囲の記載から削除された場合を想定すれば,より明らかである。したがって,本件発明1,2(請求項1,2)の特許請求の範囲の記載に照らせば,旧特許法41条1項にいう先の出願「の願書に最初に添付した明細書又は図面・・・に記載された発明に基づ」いて特許出願されたものといい得るから,本件発明1,2については原告が優先権主張の効果を享受できなくなるいわれはなく,特許法29条の規定の適用につき,最先の優先日(平成13年11月13日,第1基礎出願の出願日)を基準として差し支えない。」