2012年3月16日金曜日

フリバンセリン事件の審決(2回目)

拒絶査定不服審判審決
不服2006-27319
2011年12月5日起案、2011年12月19日送達

1.知財高裁平成22年1月28日判決(平成21年(行ケ)第10033号審決取消請求事件)(フリバンセリン事件)の概要
 本願請求項1に記載の発明はスイスタイプクレームで記載された以下の医薬用途発明:
「場合により薬理学的に許容可能な酸付加塩形態にあってもよいフリバンセリンの,性欲障害治療用薬剤を製造するための使用。」
 本願明細書の発明の詳細な説明には、「性欲障害治療」に有効であることの in vitroまたはin vivoデータ(医薬発明審査基準が求めている「数値データ」)は記載されていない。
 審決(1回目)は本願に係る発明の詳細な説明において,「フリバンセリン類の性欲障害治療用薬剤としての有用性を裏付ける薬理データ又はそれと同視すべき程度の記載がない」ことを根拠として,本願は,特許法36条6項1号の要件(サポート要件)を満たさないと判断した。
 裁判所は、医薬として実際に有効であるか否かの問題は、サポート要件の充足性の問題ではなく、特許法36条4条1号の要件(実施可能要件)の充足性の問題であるから、サポート要件を満たさないと判断した審決を取り消した。

 詳細は当ブログ2010年2月13日記事にて紹介している。
 今回の審決では、注目されていた実施可能要件充足性についての特許庁の判断が示された。

2.審決(2回目)の概要
 特許庁審判体は2011年12月19日に審決(2回目)を送達した。上記の判決~審決(2回目)の間には2年近い時間があったが、この間、審判請求人に意見書提出の機会等は与えられていないようである。
 審決(2回目)では、請求項1に係る医薬用途発明は実施可能性を満足せず、後発的に提出された薬理効果を証明するための試験結果は参酌することができない旨の判断を示した。

3.審決のポイント
「・・・「場合により薬理学的に許容可能な酸付加塩の形態にあってもよいフリバンセリンが、性欲強化特性を示すことが分かった。」と記載されているが、試験方法や試験データ等の具体的な説明は何も記載されていない。また、フリバンセリンが性欲強化特性を示すことを裏付けるに足る理論的な説明も記載されていない。
 そして、「場合により薬理学的に酸付加塩の形態にあってもよいフリバンセリンの、性欲障害治療用薬剤を製造するための使用に関する。」と記載されているが、フリバンセリンが機能低下性性欲障害等の性欲障害治療用薬剤として使用されるといった一般的な説明が記載されているに過ぎず、また、フリバンセリンが性欲障害治療用薬剤として有用であることを裏付けるに足る理論的な説明も記載されていない。
 また、上記(b)の記載は、性欲障害治療に関する記載ではなく、その上位概念である性的不全治療に関するものであり、その記載は、フリバンセリンが男性及び女性の性的不全治療薬剤に使用され得るが、特に女性用が好ましいこと、種々の原因による性的不全の治療に効果があるという一般的な説明、及び、酸付加塩の好ましい例の列挙である。
 また、上記(c)~(f)は、製剤や投与量に関する説明と製剤例であり、薬理効果に関する記載は何もない。
 してみると、本願明細書の発明の詳細な説明の(a)~(f)の記載は、フリバンセリンの性欲障害治療用薬剤としての有用性について一般的な記載及び製剤及び投与量、製剤例に関する記載であり、フリバンセリンが性欲強化特性を有すること、ひいては、フリバンセリンが性欲障害治療用という医薬用途に有効であることを裏付ける記載は全くない。
 特に、薬理試験系が不明であるということは、そもそも請求人がいかなる作用を確認した結果、フリバンセリンが、性欲強化活性を有すると結論づけたのか自体が不明であるということであり、また、性欲強化活性の内容が分からなければ、性欲障害の治療に利用できるかどうかも分からないのであるから、フリバンセリンが性欲障害の治療に有効であると理解できるように、発明の詳細な説明が記載されているとは到底いえない。
 さらに、薬理試験結果についても何ら具体的に開示されておらず、本願発明の詳細な説明の記載から、フリバンセリンが、性欲障害治療用という医薬用途に有効であることは確認できない。
 したがって、本願明細書の発明の詳細な説明における、上記摘記事項(a)~(f)の記載は、フリバンセリンが性欲障害治療用という医薬用途に有効であることの裏付けとなるものと認めることはできないものである。
 以上、本願明細書の発明の詳細な説明は、フリバンセリンが性欲障害治療用という医薬用途に有効であることが、当業者が理解できるように記載されているとは認められないから、本願明細書の発明の詳細な説明の記載は、特許法第36条第4項第1号に規定する要件を満たさない。」
「なお、請求人は、原審の平成18年8月7日付けの意見書及び平成19年2月21日付けの審判請求書に対する手続補正書(方式)において、(1)性的不全に悩む男性及び女性の患者の研究において本発明の化合物のフリバンセリンが性欲強化特性を示すことが出願当初の本件明細書第1頁第17~18行に具体的に記載されていること、(2)その有効な投与量が出願当初の明細書第2頁第18~20行に記載されていること、(3)これらの記載の根拠となった薬理データとして、当業者に知られる評価法であるASEX指標(Arizona Sexual Experience Scale)に基づく実際の臨床研究の結果を示したことから、有効成分としてのフリバンセリンが性欲障害の治療に使用し得ることは裏付けられており、本願の明細書の記載に不備はない旨主張する。
 しかし、(1)において指摘されている本願明細書の該当箇所は、上記(4-3)の項における摘記(a)の「性的不全に悩む男性及び女性の患者の研究において、場合により薬理学的に許容可能な酸付加塩の形態にあってもよいフリバンセリンが、性欲強化特性を示すことが分かった。」であると認められるが、この記載は、「フリバンセリンが性欲強化特性を示した」という結論部分を除くと、「性的不全に悩む男性及び女性の患者の研究において」という漠然とした記載があるのみであり、どのような試験を行い、どのようなデータに基づいて上記の結論を導いたのかを示す具体的な記載があるとはいえないものであることは上述のとおりである。また、(2)についても、製剤及び投与量、製剤例に関する一般的記載の一部であり、フリバンセリンの性欲強化特性を裏付けるものではない。 そして、(3)については、明細書の記載外の事項であり、その内容を補足することによって、特許法第36条第4項第1号に規定する要件に適合させることは、発明の公開を前提に特許を付与するという特許制度の趣旨に反し許されないというべきであるから、上記薬理試験の結果は参酌することができないものである。そして、もし仮に、明細書に単に、ある医薬用途において有効であったと記載されていさえすれば、後から提出された薬理実験データ等を参酌でき、医薬用途の有効性が補完できるとするならば、医薬用途の有効性が不明確な段階で出願を行い、後から実験により有効性を確認することも可能になるため、いわば、完成されていない医薬用途発明の出願を助長する結果となりかねず、また、実験により有効性を確認してから(したがって、そのために出願時期が遅れることになる)出願を行った者との公平性の観点からみても、後から提出された薬理試験結果を参酌することは妥当ではない。

2012年3月10日土曜日

周知技術を裏付ける新たな文献は審決取消訴訟でも提出可能

知財高裁平成24年2月29日判決
平成23年(行ケ)第10183号 審決取消請求事件

1.概要
 本件発明と主引用発明である引用発明1との相違点1:本件発明では、高透明プラスティック支持体の両面に光拡散層を備えているのに対して、引用発明1では片面である点。

 審決では、上記相違点1の特徴は「周知」であるから、引用発明1+周知技術の組み合わせにより本件発明は進歩性なし、と判断した。審決では周知技術であることの「一例」として甲3文献を引用した。原告(出願人)審決取消訴訟を提起した。
 審決取消訴訟において被告(特許庁)は、相違点1の特徴が周知技術であることを示す文献として新たに乙1~乙5文献を追加した。
 裁判所は、訴訟段階において周知技術を裏付ける新たな文献を追加提出することは適法であると判断した。

2.裁判所の判断のポイント
「引用発明1に周知技術を適用し,相違点を解消して本願発明1に想到した場合に奏される作用効果が,当業者の予測を超えた格別のものであるということはできない。なお,訴訟において,周知技術を裏付ける新たな文献として乙第1ないし第5号証の公報を提出し,裁判所がこれに基づいて周知技術を認定することは,審決取消訴訟の審理の範囲内である。

2012年3月4日日曜日

優先権の効果に関する審決の判断が覆された事例

知財高裁平成24年2月29日判決
平成23年(行ケ)第10127号 審決取消請求事件

1. 概要
 以下のような状況を仮定する:
基礎出願の開示事項:上位概念A
優先権主張した後の出願:
 請求項1発明=上位概念A
 請求項1に従属する請求項2発明=下位概念a

 この場合、請求項1発明は優先権の利益を享受することができ、請求項2発明は優先権の利益を享受することができない。
 請求項1発明は、その下位概念に請求項2発明を包含していることは事実であるが、そのような場合でも、請求項1発明は下位概念aを主要部に包含するため優先権の利益を受けられない、という判断は通常はなされない。ただし請求項記載の発明の要旨の認定が問題となる「人工乳首事件」平成14年(行ケ)539のようなケースは除く。

 今回の事例では、無効審判審決において、上位概念発明(本件発明1)は、その要旨に、優先権の効果が認められない下位概念発明(本件発明3)を包含していることを理由として、上位概念発明(本件発明1)に優先権の利益は認められないと判断された。審決のこの判断は「人工乳首事件」の考え方に近いと思われるが、この事例では、上位概念発明の発明の要旨の認定が問題となっているわけではない。
 裁判所は審決の判断は妥当ではなく、上位概念発明(本件発明1)は優先権の利益を享受することができると判断した。

2.出願の経緯
平成13年11月13日 特願2001-346977号(第1基礎出願)
平成13年12月18日 特願2001-383987号(第2基礎出願)
平成14年 4月 3日 特願2002-100851号(第3基礎出願)
平成14年10月10日 特願2002-296828号(上記3つの出願を基礎として、国内優先権主張出願)

3.本件発明の内容
【請求項1(本件発明1)】
「ハウジング(3)内に軸心回りに回転可能に挿入されると共に軸心方向の一端から他端へクランプ移動されるクランプロッド(5)であって,片持ちアーム(6)を固定する部分と,上記ハウジング(3)の一端側の第1端壁(3a)に緊密に嵌合支持されるようにロッド本体(5a)に設けた第1摺動部分(11)と,上記ハウジング(3)の筒孔(4)に挿入したピストン(15)を介して駆動される入力部(14)と,上記ハウジング(3)の他端側の第2端壁(3b)に緊密に嵌合支持されるように上記ロッド本体(5a)から他端方向へ一体に突出されると共に周方向へほぼ等間隔に並べた複数のガイド溝(26)を外周部に形成した第2摺動部分(12)とを,上記の軸心方向へ順に設けたクランプロッド(5)と,
 その第2摺動部分(12)に設けた複数のガイド溝(26)にそれぞれ嵌合するように上記ハウジング(3)に支持した複数の係合具(29)とを備え,
 上記の複数のガイド溝(26)は,それぞれ,上記の軸心方向の他端から一端へ連ねて設けた旋回溝(27)と直進溝(28)とを備え,上記の複数の旋回溝(27)を相互に平行状に配置すると共に上記の複数の直進溝(28)を相互に平行状に配置し,
 上記ピストン(15)の両端方向の外方に配置された上記の第1摺動部分(11)と第2摺動部分(12)との2箇所で上記クランプロッド(5)を上記ハウジング(3)に緊密に嵌合支持させて同上クランプロッド(5)が傾くのを防止するように構成した,ことを特徴とする旋回式クランプ。」

【請求項3(本件発明3)】
「請求項1または2の旋回式クランプにおいて,
前記の旋回溝(27)を螺旋状に形成し,その旋回溝(27)の傾斜角度(A)を10度から30度の範囲内に設定した,ことを特徴とする旋回式クランプ。」

4.審決の概要
4.1.本件発明3(請求項3)の優先権の有効性に関する審決での判断
 旋回溝(27)を螺旋状に形成し,その旋回溝(27)の傾斜角度(A)を10度から30度の範囲内に設定した、という数値を含む発明特定事項は、3つの基礎出願のいずれにも記載されていない。
 「優先権主張の効果は請求項毎であるところ、後の出願である特願2002-296828号に基づく本件特許の請求項3に記載された発明の要旨となる技術的事項が、優先権主張の基礎となる出願の当初明細書及び図面に記載された技術的事項の範囲を超えることになり、その超えた部分については優先権主張の効果が認められないのであるから、本件発明3に記載された構成部分の判断基準日、すなわち第29条の規定の適用についての基準日は、実際の出願日である平成14年10月10日である。」

4.2.本件発明1(請求項1)の優先権の有効性に関する審決での判断
「本件発明1は、後の出願の特許請求の範囲(本件の場合、本件発明1ないし4)に記載された発明の要旨となる技術事項(本件の場合、本件発明3、明細書段落【0005】の請求項3に係る部分、同段落【0020】、【0033】、【0036】に記載の技術事項)が、先の出願(本件の場合、優先1ないし優先3)の出願当初明細書及び図面に記載された技術事項の範囲を超えることになることは明らかであるから、その越えた部分については優先権主張の効果は認められない。すなわち、本件発明1及び2は、旋回溝の構成を有するものであり、本件特許の現実の出願日である平成14年10月10日付けの願書に添付された明細書によって、その角度を特定したことにより、前述のように新規事項を含むことになるから、特許請求の範囲の請求項1及び2に記載された発明の要旨となる技術事項が、先の出願の当初明細書及び図面に記載された技術的事項の範囲を超えることになることは明らかである。
 よって、本件特許においても本件発明1は、先の出願の当初明細書及び図面に記載された技術的事項の範囲を超えることとなり、優先権主張の効果は認められない。
 したがって、本件発明1の、第29条の規定の適用についての基準日は、実際の出願日である平成14年10月10日である。」

5.裁判所の判断のポイント
5.1.本件発明3(請求項3)の優先権の有効性について
 本件発明3については優先権の利益を享受できないと判断し、審決の判断を支持した。
 「本件発明3についての特許法29条の規定の適用については,優先権主張の利益を享受できず,現実の出願日である平成14年10月10日を基準として発明の新規性を判断すべきである。」

5.2.本件発明1(請求項1)の優先権の有効性について
 本件発明1については優先権の利益を享受できると判断した。
「本件発明1では,クランプロッドのガイド溝につき,「周方向へほぼ等間隔に並べた複数の」との限定,「第2摺動部分(12)に設けた複数の」との限定や「上記の複数のガイド溝(26)は,それぞれ,上記の軸心方向の他端から一端へ連ねて設けた旋回溝(27)と直進溝(28)とを備え,上記の複数の旋回溝(27)を相互に平行状に配置すると共に上記の複数の直進溝(28)を相互に平行状に配置し,」との限定が付されているにすぎない。・・・
 そうすると,本件発明1、2では,ガイド溝の傾斜角度に関する特定はされていないから,上記傾斜角度に関する本件発明3の発明特定事項である「傾斜角度を10度から30度の範囲にした」との事項が第1ないし第3基礎出願に係る明細書(図面を含む。)で開示されていないからといって,本件発明1,2が上記事項を発明特定事項として含む形で特定されて出願され,特許登録されたことになるものではない。この理は,例えば請求項3(本件発明3)が特許請求の範囲の記載から削除された場合を想定すれば,より明らかである。したがって,本件発明1,2(請求項1,2)の特許請求の範囲の記載に照らせば,旧特許法41条1項にいう先の出願「の願書に最初に添付した明細書又は図面・・・に記載された発明に基づ」いて特許出願されたものといい得るから,本件発明1,2については原告が優先権主張の効果を享受できなくなるいわれはなく,特許法29条の規定の適用につき,最先の優先日(平成13年11月13日,第1基礎出願の出願日)を基準として差し支えない。」