2012年2月12日日曜日

周知技術に基づく想到容易性の判断も慎重を期すべきであると判断された事例

知財高裁平成24年1月31日判決
平成23年(行ケ)第10121号 審決取消請求事件

1.概要
 進歩性判断において特許権者出願人サイドに有利な裁判例が近年多い。本事例では、副引用発明が「周知技術」であるからといって特許庁側の立証負担が軽減されるわけではないことが明示されており興味深い。

2.本件発明
「【請求項1】
(a) 上面と,前記上面に設けられた複数の半導体チップ搭載領域と,前記上面とは反対側の下面とを有するマトリクス基板を準備する工程,
(b) 複数の半導体チップを前記複数の半導体チップ搭載領域に,それぞれ搭載する工程,
(c) 前記複数の半導体チップのそれぞれと前記マトリクス基板に形成された前記複数の第1パッドとを,複数のワイヤで接続する工程,
(d) 前記複数の半導体チップおよび前記複数のワイヤを樹脂で封止する工程,
(e) 前記複数の半導体チップのうちの互いに隣り合う領域における前記マトリクス基板および前記樹脂を切断し,複数の樹脂封止型半導体装置を取得する工程,
を含み,
 取得された前記複数の樹脂封止型半導体装置のそれぞれは,分割された前記マトリクス基板の前記下面に,複数の第2パッドと,複数の配線と,アドレス情報パターンとを有し,
 分割された前記マトリクス基板の前記上面は,前記樹脂で覆われており,
 前記複数の配線は,前記複数の第2パッドのそれぞれと一体に形成され,
 前記アドレス情報パターンは,前記複数の第2パッドおよび前記複数の配線を除く領域に形成されており,
 前記アドレス情報パターンは,前記(b)工程に先立ち,形成されていることを特徴とする樹脂封止型半導体装置の製造方法。」

3.引用発明との相違点
相違点1:本願発明では,分割されたマトリクス基板の下面に,複数の配線を有し,前記複数の配線は,前記複数の第2パッドのそれぞれと一体に形成されているのに対し,引用発明では,本願発明の「第2パッド」に相当する「接続領域104」は有しているものの,複数の配線を有し,前記複数の配線は,前記複数の第2パッドのそれぞれと一体に形成されているかどうかについては,不明な点。
相違点2:本願発明では,分割された前記マトリクス基板の前記下面に,アドレス情報パターンとを有し,前記アドレス情報パターンは,前記複数の第2パッドおよび前記複数の配線を除く領域に形成されており,前記アドレス情報パターンは,前記(b)工程に先立ち,形成されているのに対し,引用発明では,このような構成は備えていない点。

4.審決の判断
 本件発明と引用発明とは上記二点で相違するものの、周知例1~3を考慮すれば、引用発明から本件発明は容易に想到可能と判断した。

5.裁判所の判断のポイント
「相違点2に係る構成の容易想到性についての判断
(1) ・・・要するに,引用発明は,同発明に基づく方法を採用することによって,基板と,集積回路を形成し,該基板の1つの領域に取り付けられるチップと,該チップを該基板の1つの面に位置する外部電気接続領域に接続する電気接続手段と,封止容器と,をそれぞれに含む複数の半導体パッケージを,効率的に製作することを目的とする発明である。引用発明は,本願発明の解決課題(個々の樹脂封止型半導体装置が元の配線基板のどの位置にあったかを配線基板の分割後においても容易に識別できるようにし,もって,製造プロセスに起因する製品の不良解析や不良発生箇所の特定を迅速に行えるようにする解決課題)及び課題解決手段(マトリクス基盤の上面に複数の半導体チップを搭載する工程に先立ち,マトリクス基盤の下面のパッド及び配線を除く領域に,アドレス情報パターンを形成するとの構成を採用すること)については,何ら示唆及び開示がない。
 また,周知例1ないし3にも,本願発明の相違点2に係る構成を採用することによる解決課題及び解決手段については,何らの記載も示唆もされていない。すなわち,周知例1ないし3には,配線基板上にマトリクス状に搭載した複数の半導体チップを一括して樹脂封止した後,この配線基板を分割することによって複数の樹脂封止型半導体装置を製造する,樹脂封止型半導体装置の製造方法において,配線基板の上面に複数の半導体チップを搭載する工程や,これを樹脂封止する工程に先立ち,上記配線基板の下面のパッド及び配線を除く領域にアドレス情報パターンを形成するとの構成(相違点2に係る構成)や,かかる構成を採用することにより,上記アドレス情報パターンをカメラ,顕微鏡,目視等で認識することができ,個々の樹脂封止型半導体装置が元の配線基板のどの位置にあったかを配線基板の分割後においても容易に識別できること,依頼メーカの標準仕様(既存)の金型を使用する場合にも適用することができ,樹脂封止型半導体装置の製造コストを低減できることという本願発明の解決課題及びその解決手段について,記載及び示唆はない。そうすると,引用発明に周知例1ないし3に記載された技術事項を適用して,相違点2に係る構成に容易に想到できたとすることはできない。
(2) この点,被告は,「製造工程において素材あるいは製品を分割して,個々の製品を製造する場合に,分割前の素材に,素材の機能に影響を与えない箇所に記号等を表示しておき,製品となった後に,その記号等を利用して分割前の場所に起因する不良解析を行う」ことは,周知の技術であり,当業者が決定する設計的事項である旨を主張する。
 しかし,被告の主張は,失当である。
 当該発明が,発明の進歩性を有しないこと(すなわち,容易に発明をすることができたこと)を立証するに当たっては,公平かつ客観的な立証を担保する観点から,次のような論証が求められる。すなわち,当該発明と,これに最も近似する公知発明(主引用発明)とを対比した上,当該発明の引用発明との相違点に係る技術的構成を確定させ,次いで,主たる引用発明から出発して,これに他の公知技術(副引用発明)を組み合わせることによって,当該発明の相違点に係る技術的構成に至ることが容易であるとの立証を尽くしたといえるか否かによって,判断をすることが実務上行われている。
 この場合に,主引用発明及び副引用発明の技術内容は,引用文献の記載を基礎として,客観的かつ具体的に認定・確定されるべきであって,引用文献に記載された技術内容を抽象化したり,一般化したり,上位概念化したりすることは,恣意的な判断を容れるおそれが生じるため,許されないものといえる。そのような評価は,当該発明の容易想到性の有無を判断する最終過程において,総合的な価値判断をする際に,はじめて許容される余地があるというべきである。
 ところで,当業者の技術常識ないし周知技術についても,主張,立証をすることなく当然の前提とされるものではなく,裁判手続(審査,審判手続も含む。)において,証明されることにより,初めて判断の基礎とされる。他方,当業者の技術常識ないし周知技術は,必ずしも,常に特定の引用文献に記載されているわけではないため,立証に困難を伴う場合は,少なくない。しかし,当業者の技術常識ないし周知技術の主張,立証に当たっては,そのような困難な実情が存在するからといって,①当業者の技術常識ないし周知技術の認定,確定に当たって,特定の引用文献の具体的な記載から離れて,抽象化,一般化ないし上位概念化をすることが,当然に許容されるわけではなく,また,②特定の公知文献に記載されている公知技術について,主張,立証を尽くすことなく,当業者の技術常識ないし周知技術であるかのように扱うことが,当然に許容されるわけではなく,さらに,③主引用発明に副引用発明を組み合わせることによって,当該発明の相違点に係る技術的構成に到達することが容易であるか否という上記の判断構造を省略して,容易であるとの結論を導くことが,当然に許容されるわけではないことはいうまでもない。
 上記観点に照らすならば,被告の主張は,次の理由から採用することはできない。
 すなわち,前記のとおり,引用発明は,その解決課題を「基板と,集積回路を形成し,該基板の1つの領域に取り付けられるチップと,該チップを該基板の1つの面に位置する外部電気接続領域に接続する電気接続手段と,封止容器と,をそれぞれに含む複数の半導体パッケージの製作の効率化」とする発明にすぎず,引用発明には,配線基板上にマトリクス状に搭載した複数の半導体チップを一括して樹脂封止した後,この配線基板を分割することによって複数の樹脂封止型半導体装置を製造する,樹脂封止型半導体装置の製造方法において,配線基板の上面に複数の半導体チップを搭載する工程を前提として,これを樹脂封止する工程に先立って,上記配線基板の下面のパッド及び配線を除く領域にアドレス情報パターンを形成するとの構成を採用することにより,上記アドレス情報パターンをカメラ,顕微鏡,目視等で認識することができ,個々の樹脂封止型半導体装置が元の配線基板のどの位置にあったかを配線基板の分割後においても容易に識別できること,依頼メーカの標準仕様(既存)の金型を使用する場合にも適用することができるため,樹脂封止型半導体装置の製造コストを低減することができることという本願発明の解決課題及びその解決手段についての開示ないし示唆は,存在しない。したがって,被告の主張に係る「製造工程において素材あるいは製品を分割して,個々の製品を製造する場合に,分割前の素材に,素材の機能に影響を与えない箇所に記号等を表示しておき,製品となった後に,その記号等を利用して分割前の場所に起因する不良解析を行う」との技術が,周知技術又は当業者の技術常識であるか否かにかかわらず,引用発明を起点として,周知技術を適用することによって本願発明に至ることが容易であるとはいえない。
 のみならず,被告の主張に係る「製造工程において素材あるいは製品を分割して,個々の製品を製造する場合に,分割前の素材に,素材の機能に影響を与えない箇所に記号等を表示しておき,製品となった後に,その記号等を利用して分割前の場所に起因する不良解析を行う」との技術が,周知例1ないし3の具体的な記載内容を超えて,技術内容を抽象化ないし上位概念化することなく,当然に周知技術又は当業者の技術常識であると認定することもできない。さらに,周知例1ないし3には,本願発明の相違点2に係る構成を採用することによる解決課題及び解決手段に係る事項についての記載も示唆もない。
 そうである以上,引用発明を起点として,周知技術を適用することによって本願発明に至ることが容易であると解することはできない。」