2011年6月26日日曜日

医薬用途発明の進歩性を主張するための、明細書に記載の動物試験結果の妥当性について争われた事例

知財高裁平成23年6月9日判決

平成22年(行ケ)第10322号 審決取消請求事件

1.概要

 医薬用途発明の進歩性は、実施例に記載された試験結果を根拠にした「予想外の効果」に基づき肯定される場合が多い。

 この場合に、明細書には必ずしもヒトでの臨床結果が記載されている必要はない。

 本事例ではこの点について争われ、動物試験のみが記載された明細書の記載だけで進歩性を裏付けるに十分であることが確認された。

2.本件請求項1の発明

「Rhoキナーゼ阻害剤とβ遮断薬との組み合わせからなる緑内障治療剤であって,/該Rhoキナーゼ阻害剤が(R)-(+)-N-(1H-ピロロ[2,3-b]ピリジン-4-イル)-4-(1-アミノエチル)ベンズアミドであり,/該β遮断薬がチモロールである,/緑内障治療剤」

3.無効審判での審決(請求棄却、特許維持)のポイント

 引用発明2等に対する進歩性が争われた

「引用発明2:Rhoキナーゼ阻害剤からなる緑内障治療剤であって,該Rhoキナーゼ阻害剤が(R)-(+)-N-(1H-ピロロ[2,3-b]ピリジン-4-イル)-4-(1-アミノエチル)ベンズアミドである緑内障治療剤

オ 本件発明1と引用発明2との一致点:Rhoキナーゼ阻害剤を含む緑内障治療剤であって,該Rhoキナーゼ阻害剤が(R)-(+)-N-(1H-ピロロ[2,3-b]ピリジン-4-イル)-4-(1-アミノエチル)ベンズアミドである緑内障治療剤である点

カ 本件発明1と引用発明2との相違点:本件発明1が,β遮断薬であるチモロールとRhoキナーゼ阻害剤である((R)-(+)-N-(1H-ピロロ[2,3-b]ピリジン-4-イル)-4-(1-アミノエチル)ベンズアミドとの組合せからなるのに対し,引用発明2はRhoキナーゼ阻害剤である((R)-(+)-N-(1H-ピロロ[2,3-b]ピリジン-4-イル)-4-(1-アミノエチル)ベンズアミドからなる単剤である点

 審判体は、併用することによる効果は試験を通じてはじめて確認されたことを理由とし本件発明の進歩性を肯定し、無効審判請求を棄却した。

「・・・ピロカルピンとRhoキナーゼ阻害剤とは,共に全体としては経シュレム管流出路からの房水流出を促進して眼圧の低下をもたらす作用を有するものではあるものの,毛様体筋やぶどう膜-強膜流出路に係るその作用機序は全く異なるものであって,薬理作用(作用機序)の点において両者は完全に一致するものではないのであり,しかも,上記のとおり,緑内障治療に係る眼圧降下薬の併用療法による効果は,実際には理論どおりではないため,それぞれの症例について,様々な薬剤併用の実際の適用による試行錯誤を経た上で判定する以外に方法はなく,複数種の眼圧下降薬のその併用パターンは多岐にわたる複雑なものであるという技術的事項も考慮すれば,本件優先権主張の日前において,β遮断薬であるチモロールを用いる緑内障の併用療法に関し,副交感神経刺激薬であるピロカルピンと引用発明2に係るRhoキナーゼ阻害剤とが,互いに置換可能である等価な薬物として当業者が認識できたとは,到底認められないと言わざるをえない。」

4.原告の主張

「被告は,本件発明1の顕著な効果を主張するが,本件明細書の薬理試験では,被検体であるウサギの個体差や初期眼圧値が考慮された形跡はないし,サンプルサイズについては何ら配慮することなく,1群当たりたかだか4匹で試験さていることからも,その実験手法については看過し難い過誤がある。

 本件明細書の開示は効能の証明と称するにはサンプルサイズが余りに小さく,動物実験であることを差し引いても効果の証明とはなり得ない。本件明細書においては,エラーバーによる併用剤の偏差のデータが単剤の偏差のデータとが区別のつかない記載となっており,エラーバーの重なりから,誤差範囲において単剤と併用剤の評価がなされていることが明らかであって,適切な評価になっているかに疑問がある。」

5.裁判所の判断のポイント

「原告は,本件明細書では健常なウサギに対する眼圧降下作用を調べ眼圧降下薬の併用療法による効果を確認しており,緑内障患者に適用して効果を確認していないにもかかわらず,緑内障治療に係る眼圧降下薬の併用療法による効果は理論どおりではなく,症例に実際に適用して判定する以外に方法はないことを本件発明の進歩性を肯定する理由の一つとしている本件審決は誤りであると主張する。

 しかし,(R)-(+)-N-(1H-ピロロ[2,3-b]ピリジン-4-イル)-4-(1-アミノエチル)ベンズアミドと併用する薬剤は,眼圧降下の作用機序に基づきある程度その数が絞られたとはいえ,依然,数多くあり,これらの薬剤について,その効果を実際に確認しなければ併用における効果は不明であるところ,この数多くの薬剤の中から,示唆もなくチモロールを選択することには困難がある。緑内障治療に係る眼圧降下薬の併用療法による効果は症例に実際に適用して判定する以外に方法はないとの指摘に対して,進歩性を判断するに際し考慮すべきは,併用による効果は実際に確認しなければ分からないということで十分であり,症例,すなわち,緑内障の患者やモデル動物に投薬しその効果を判定しなければならないというものではない。そして,本件明細書では,健常なウサギにより,併用療法と単独療法を対比して眼圧降下薬の効果を確認しているから,原告が主張する誤りはない。

 原告は,本件明細書記載の実験は,1群4匹のウサギと少数の動物による実験で効果を確認したものであり,また,エラーバーに重なる部分があるので,その評価方法についても疑問がある旨も主張する。しかし,上記のとおり,特許発明の進歩性の判断では,先行技術である単独療法と比較して併用療法の効果を確認することができればよいのであって,多数の実験動物や緑内障患者により併用療法の効果の確実性を確認しなければ,先行技術と比較して顕著な効果が認められないというものではなく,実験動物の数を問題とする原告の上記主張には理由がない。また,エラーバーの重なりについても,本件明細書の図1の2時間及び4時間経過後のデータでは,併用投与群と単独投与群の間で原告が指摘するような重なりはなく,このデータにより,本件発明の緑内障治療剤が増強された眼圧下降作用を有するということができるから,原告の主張を採用することはできない。」

2011年6月18日土曜日

一体不可分の補正却下が妥当であるか争われた事例

知財高裁平成23年6月14日判決

平成22年(行ケ)第10158号 審決取消請求事件

1.概要

 審判請求時の補正が現行特許法17条の2第5項に規定する「請求項の削除」、「特許請求の範囲の減縮」、「誤記の訂正」、「明りようでない記載の釈明」のいずれを目的とするものでもない場合、補正は却下される。

 複数の補正事項を含む場合でも補正却下が請求項単位でされるわけではなく、補正全体が一体不可分のものとして却下される。

 本事例ではこの取り扱いの妥当性が争われ、一部の補正が特許法17条の2第5項の規定に該当しない場合には補正全体を一体的に却下する審決に違法性はないと判断された。

2.手続き概要

拒絶査定

→審判請求

→本件補正(前置補正)

→審査前置解除

→審尋(前置審査報告書の内容が通知された。報告書には、本件補正後の請求項発明が進歩性を欠くことが指摘されているのみ。特許法17条の2第4項の規定に違反することは一切触れられていない。)

→回答書(進歩性について反論)

→審決(「本件補正後の請求項7の記載は,「()バルサルタンまたはその薬学的に許容される塩と,(ii) アムロジピンまたはその薬学的に許容される塩を,医薬的に許容される担体とともに含む,医薬的組合せ組成物。」であるところ,これは本件補正前の請求項1~14のいずれかを減縮するものではなく,誤記の訂正,明りょうでない記載の釈明を目的とするものではないから,本件補正は補正要件を充足せず,却下すべきである。」)

3.原告主張の審決取消理由

取消理由1(本件補正についての判断の違法)

「改善多項制の下においては,複数の請求項に係る特許出願については,各請求項に記載された発明ごとに特許要件を審査すべきであり,そのような特許審査を前提とすれば,出願過程において複数の請求項に係る補正が申し立てられた場合には,請求項ごとに補正の許否を判断すべきである。」

取消事由2(本件出願に係る発明についての特許要件判断の遺脱)

「本件出願においては,本来,本件補正後の10個の請求項につき,請求項ごとに補正の許否を判断した上で,個別の請求項の補正の許否に従って,請求項ごとに本件補正後又は本件補正前の記載に基づき個別に特許要件を満たすかどうかを判断すべきであった。しかるに,審決は,本件補正前の請求項12について特許要件を満たすかどうかを判断しただけであり,他の9個の請求項については,本件補正前あるいは本件補正後の記載のいずれに対しても全く判断をしていない。したがって,審決には判断遺脱の違法がある。」

取消理由3(本件補正についての手続上の違法)

「本件における審尋(甲12)においては,特許法17条の2第4項の規定違反については一切触れられておらず,進歩性欠如の理由について記載されているのみであった。このため,原告(出願人,審判請求人)は,審尋に対する回答書(甲13)においても,補正後の請求項に係る発明の進歩性にのみ言及したのである。しかるに審決は,本件補正についていきなり補正却下の決定を下し,本件補正前の特許請求の範囲に記載された発明について特許要件を判断した上で,新規性欠如の理由で拒絶査定を維持するとの判断をした。審判長が本件補正に不適法な点があることを原告に通知することは容易であったにもかかわらず,原告に対して本件補正につき何らの通知もせず,また,再度の手続補正の機会を与えないまま本件補正を不意打ち的に却下したことには手続上の違法がある。」

4.裁判所の判断のポイント

「1 取消事由1(本件補正についての判断の違法)について

 平成14年法律第24号改正前の特許法17条1項,4項,17条の2第1項,53条1項,17条の2第4項,159条1項(以下において「改正前」というときはこの平成14年の改正前を指す。)は,手続をした者が補正をすることができることや補正が可能な時期等を定めるとともに,一定の要件がある場合は,補正を却下しなければならないとしているが,この規定に加え,補正は,特許請求の範囲のほか,明細書,図面についてもされるものであり,補正事項が請求項ごとに明確に区分されるものではない場合があって,このような場合も含めてどのような内容の補正とするかは出願人の意向次第であるから,補正内容によっては,請求項ごとに補正要件の有無を判断することができないことがあることにも鑑みれば,一つの手続補正書によりされた補正は,補正事項ごと,又は請求項ごとの補正としてその可否が審理され判断されるものではなく,特許請求の範囲の減縮が複数の請求項にわたっていても,補正は一体として扱われ,一部に補正要件違反がある場合は,その補正は全体として却下されるべきことを予定していると解するのが相当である。

 本件補正のうち,請求項7に係る部分は,改正前17条の2第4項に掲げる事項のいずれをも目的とするものではないことは審決の判断するところであり,原告はこの判断の誤りを主張しない。審決において補正を却下すべきものとした理由は,本件補正後の請求項7についての補正が,改正前特許法17条の2第4項1~4号のいずれにも該当しないとの点にあるが,その理由の実質をみると,補正後の請求項7で規定する事項が,補正前の各請求項に記載した事項の範囲内におけるものではないから,減縮にも当たらないとの判断をしたものと理解することができる。このような理解を前提としてみれば,請求項7についての補正を含む本件補正を却下すべきものとした審決の判断はこれを支持することができる。

 原告は,改善多項制の下においては,複数の請求項に係る特許出願については,各請求項に記載された発明ごとに特許要件を審査すべきであることを前提に,出願過程において複数の請求項に係る補正があった場合には,請求項ごとに補正の許否を判断すべきであると主張する。

 この主張は,補正を一体として却下すべきものとの上記判断に必ずしも結び付くものではないが,平成14年改正の前後を通じての特許法49条,51条の文言などからすれば,特許法は,一つの特許出願に対し,一つの行政処分としての特許査定又は特許審決がされ,これに基づいて一つのまとまった特許が付与されるという基本構造を前提としているものと理解される。このような構造の理解に基づけば,複数の請求項に係る特許出願であっても,特許出願の分割をしない限り,当該特許出願の全体を一体不可分のものとして特許査定又は拒絶査定をすることが予定され,一部の請求項に係る特許出願について特許査定をし,他の請求項に係る特許出願について拒絶査定をするというような可分的な取扱いをしないとの特許庁における一貫した実務の扱いも支持することができる。改善多項制は,一出願の下において複数の発明が出願された場合には,一体として特許登録がされるものの特許権は請求項ごとに成立することにしたものであるが,このことは,各請求項に記載された発明ごとに特許要件を審査することに必ずしも結び付くものではない。したがって,原告の上記主張は,当裁判所の採用するところではない。

 以上のとおりであって,取消事由1は理由がない。

2 取消事由2(本件出願に係る発明についての特許要件判断の遺脱)について

 原告は,本件補正後の請求項については,請求項ごとに補正の許否を判断すべきであり,仮に,補正については全体を不可分一体のものとして補正の許否を判断するという取扱いが許されるとしても,その場合は補正前の請求項の全てについて個別に特許要件を満たすかどうかを判断しなければならないのに,本件補正前の請求項12についてのみ特許要件の判断をした審決には判断遺脱の違法があると主張する。

 まず,本件補正を一体のものとして扱った審決に誤りはないことは既に判断したとおりである。

 また,複数の請求項に係る特許出願であっても,特許出願の分割をしない限り,当該特許出願の全体を一体不可分のものとして特許査定又は拒絶査定をする特許庁の実務を支持できることも前記のとおりである。したがって,本件補正前の請求項12についてのみ特許要件の判断をした上で,これに新規性がないことを理由に請求不成立とした審決に,原告主張の判断遺脱はない。

 よって,原告の主張する取消事由2は採用することができない。

3 取消事由3(本件補正に関する手続上の違法)について

 原告は,審尋において,審判長が本件補正に不適法な点があることを原告に通知することは容易であったにもかかわらず,原告に対して本件補正につき何らの通知をせず,また,再度の手続補正の機会を与えないまま本件補正を却下したことには手続上の違法があると主張する。

 しかし,補正却下について規定する改正前特許法159条1項が準用する同法53条1項は,補正却下に先立って出願人に違法な補正事項を通知し反論又は補正の機会を与えなければならないとする別段の規定は存在しない。したがって,この規定に係る補正の却下に際して,却下すべき旨の理由を事前に通知し補正の機会を与えることが必要とされるものではないと解されるから,本件補正による補正後の請求項7が改正前特許法17条の2第3~5項のいずれかの規定に違反する補正事項を含むと判断された場合,原告主張の事前の手続なしに補正却下がされたとしても,違法となるものではなく,原告の主張する取消事由3は採用することができない。」

2011年6月12日日曜日

最近読んだ雑誌記事11

「抽象的・機能的に表現されたクレームの解釈」について,青柳昤子著,パテント, Vol.64, No.7, p65-81, 2011

機能的クレームの権利解釈にかかわる日本の裁判例が古いものから新しいものまで網羅的に紹介され、分析されている。

補正新規事項拒絶は、審判請求時の補正では解消できないと判断された事例

知財高裁平成23年5月23日判決
平成22年(行ケ)第10325号 審決取消請求事件

1.概要
 本ブログ2010年年2月20日付記事において、知的財産高等裁判所平成20年3月19日判決(平成19年(行ケ)第10159事件)にて、最初の拒絶理由応答時に追加した補正事項が「新規事項の追加」に該当するとの指摘を解消するために当該補正事項を削除する補正は、特許法第17条の2第5項に規定する請求項の削除(1号)、特許請求の範囲の減縮(2号)、誤記の訂正(3号)、明りょうでない記載の釈明(4号)のいずれにも該当しないため、「最後の拒絶理由通知書の応答時」又は「拒絶査定不服審判請求時」には却下されるとの判断が示されていることを紹介した。

 同様の判断が示された最新の事例として表題の知財高裁平成23年5月23日判決を紹介する。

 この事例では、最初の拒絶理由応答時の補正(第一次補正)において追加され、最後の拒絶理由通知において新規事項と判断された「前記生分解性天然樹脂(A)の熱分解温度よりも僅かに低い混練温度で」という構成要件を、審判請求時に削除する補正が適法でないと判断された。

 なお審査段階の最後の拒絶理由通知では、①「前記生分解性天然樹脂(A)の熱分解温度よりも僅かに低い混練温度で混練」が新規事項であること、③「僅かに」が不明りょうであることが指摘されている。
 これに対して、最後の拒絶理由応答時の補正(第二次補正)では、「前記生分解性天然樹脂(A)の熱分解温度よりも僅かに低い混練温度で」が削除されている。
 拒絶査定と同時に、第二次補正が却下されている。ただし、補正却下の理由は、上記削除が補正の制限により認められない、という理由ではない。第二次補正で同時に補正した別の事項が新規事項に該当すると判断され、補正却下がされた。上記削除が補正の制限の下で可能であるかどうかは拒絶査定では何も指摘されていない。


2.補正の経緯
2.1.出願時請求項1
【請求項1】生分解性天然樹脂(A)と生分解性合成樹脂(B)とを均質に混合してなるペレット状生分解性樹脂組成物において,樹脂(A)と樹脂(B)の合計を100質量部とした場合,両者の質量比がA:B=60~90:40~10であることを特徴とするペレット状生分解性樹脂組成物。

2.2.審査段階、最初の拒絶理由通知
 新規性及び進歩性欠如を理由として請求項1発明が拒絶された。

2.3.最初の拒絶理由通知応答補正後の請求項1(第一次補正)
【請求項1】90~120℃で加熱溶解した生分解性天然樹脂(A)と130~180℃で加熱溶解した生分解性合成樹脂(B)とを前記生分解性天然樹脂(A)の熱分解温度よりも僅かに低い混練温度で混練し,均質に混合したものをホットカットしてなるペレット状生分解性樹脂組成物であって,生分解性天然樹脂(A)と生分解性合成樹脂(B)の合計を100質量部とした場合,両者の質量比がA:B=60~90:40~10であることを特徴とするペレット状生分解性樹脂組成物。

2.4.審査段階、最後の拒絶理由通知
 以下の拒絶の理由が通知された:
 ①補正後の請求項1には,(A)の熱分解温度よりも僅かに低い混練温度で混練する旨記載されているが,当初明細書等にはこの点について明示的に記載されていないから,請求項1ないし4に記載した事項は,願書に最初に添付した明細書又は図面に記載した事項の範囲内にない,
 ②・・・(省略)
 ③請求項1における「僅かに」なる記載は多義的に解され不明りょうである(法36条6項2号〔特許を受けようとする発明が明確であること〕違反)

2.5.最後の拒絶理由通知応答補正後の請求項1(第二次補正)
【請求項1】90~120℃である熱分解しない温度で融解した生分解性天然樹脂(A)と130~180℃で解した生分解性合成樹脂(B)とを混練し,均質に混合したものをホットカットしてなるペレット状生分解性樹脂組成物であって,生分解性天然樹脂(A)と生分解性合成樹脂(B)の合計を100質量部とした場合,両者の質量比がA:B=60~90:40~10であることを特徴とするペレット状生分解性樹脂組成物。

2.6.拒絶査定(第二次補正の却下)
 特許庁は,上記第2次補正のうち請求項1に関する部分である「90~120℃である熱分解しない温度で融解した生分解性天然樹脂(A)」なる記載は,願書に最初に添付した明細書又は図面に記載した事項の範囲内においてしたものではない等を理由に上記第二次補正を却下する決定をした。
 更に、原審補正後の本願について,最初の拒絶理由通知書に記載した理由を根拠に拒絶査定をした。

2.7.審判請求時の補正(第三次補正)
【請求項1】90~120℃で加熱融解した生分解性天然樹脂(A)と130~180℃で融解した生分解性合成樹脂(B)とを混練し,均質に混合したものをホットカットしてなるペレット状生分解性樹脂組成物であって,生分解性天然樹脂(A)と生分解性合成樹脂(B)の合計を100質量とした場合,両者の質量比がA:B=60~90:40~10であることを特徴とするペレット状生分解性樹脂組成物。

 要するに、第一次補正後の請求項1から、上記2.4において①新規事項に該当すること、③不明りょうな「僅かに」という記述を含むことが指摘された「(A)の熱分解温度よりも僅かに低い混練温度で混練する」という構成要件を削除する補正を行った(判決中では「補正事項1」とよばれる)。

2.8.拒絶審決
 審判請求時に行った補正(第三次補正)は法17条の2第4項各号に掲げる「請求項の削除」・「特許請求の範囲の減縮」・「誤記の訂正」・「明りょうでない記載の釈明」のいずれの事項をも目的とするものではないから不適法であり,また,原審補正(第1次補正)も当初明細書等に記載した事項の範囲内においてしたものではなく不適法であるから,本願は原査定の理由により拒絶すべきである,というものである。

3.裁判所の判断のポイント
 裁判所は、審決は適法であると判断した。具体的な理由は以下の抜粋箇所参照:

「(1) 補正事項1は法17条の2第4項各号に該当するか
ア 法17条の2第4項4号につき
(ア) 法17条の2第4項4号は,「明りょうでない記載の釈明(拒絶理由通知に係る拒絶の理由に示す事項についてするものに限る。)」と規定している。ここで「明りょうでない記載」とは,それ自体意味の明らかでない記載など,記載上不備が生じている記載であって,特に特許請求の範囲について「明りょうでない記載」とは,請求項の記載そのものが文理上意味が不明りょうである場合,請求項自体の記載内容が他の記載との関係において不合理を生じている場合,又は請求項自体の記載は明りょうであるが請求項に記載した発明が技術的に正確に特定されず不明りょうである場合等をいい,その「釈明」とは,記載の不明りょうさを正してその記載本来の意味内容を明らかにすることをいうものと解される。
 ところで,補正事項1は,前記のとおり,本願に係る発明のうち,「前記生分解性天然樹脂(A)の熱分解温度よりも僅かに低い混練温度で」という記載を削除するものである。
 したがって,補正事項1が「明りょうでない記載の釈明」に該当するためには,「前記生分解性天然樹脂(A)の熱分解温度よりも僅かに低い混練温度で」との記載が上記明りょうでない記載と認められ,それを削除することによってその記載の本来の意味内容が明らかになるものであることを要する。
 しかし,「前記生分解性天然樹脂(A)の熱分解温度よりも僅かに低い混練温度で」の記載のうち,「僅かに」の部分を除く「前記生分解性天然樹脂(A)の熱分解温度よりも低い混練温度で」との記載は,生分解性天然樹脂(A)の熱分解温度と混練温度との高低の関係をいうものであることが明白であるから,その記載自体の意味は明りょうであって,当該記載を除くことが,特許請求の範囲について明りょうでない記載をその記載本来の意味内容を明らかにするものであるとはいえず,むしろ,「前記生分解性天然樹脂(A)の熱分解温度よりも僅かに低い混練温度で」全体を削除すると,生分解性天然樹脂(A)と生分解性合成樹脂(B)との「混練」に関し,補正前発明と本件補正後の発明とではその実質に相違が生ずる可能性があると認められる。
 したがって,「前記生分解性天然樹脂(A)の熱分解温度よりも僅かに低い混練温度で」との記載全体を削除することを内容とする補正事項1は,そもそも「明りょうでない記載の釈明」を目的としたものと認めることはできない。
(イ) 法17条の2第4項4号括弧書き該当性
 法17条の2第4項4号に該当するためには,補正事項が「拒絶理由通知に係る拒絶の理由に示す事項についてするものに限る」(同項4号括弧書き)ところ,同括弧書きの意義は,拒絶理由通知で指摘していなかった事項について「明りょうでない記載の釈明」を名目に補正がされることによって,既に審査・審理した部分が補正されて,新たな拒絶理由が生じることを防止するために,「明りょうでない記載の釈明」は最後の拒絶理由通知で指摘された拒絶の理由に示す事項についてするものに限定されるという趣旨と解される。・・・・最後の拒絶理由通知において明りょうでないと指摘された記載は,文中の「僅かに」という記載のみであることは明らかであるから,「前記生分解性天然樹脂(A)の熱分解温度よりも僅かに低い混練温度で」という記載全体を削除する本件補正は,審査官が「拒絶の理由に示す事項」の範囲を超え,むしろ[理由1]で指摘された新規事項の追加についての拒絶理由を回避するためになされたものと認めるのが相当である。
 したがって,補正事項1は,法17条の2第4項4号括弧書きの「拒絶の理由を示す事項についてするもの」に該当しないというべきである。
イ 法17条の2第4項1ないし3号につき
 前記のとおり,補正事項1は,本願に係る発明の構成の一部を削除するものであるから,法17条の2第4項1号の「第36条5項に規定する請求項の削除」を目的とするものに該当しないことはもちろん,「前記生分解性天然樹脂(A)の熱分解温度よりも僅かに低い混練温度で」という発明特定事項を削除するものであって,それにより特許請求の範囲が拡張されることが明らかであるから,同項2号の「特許請求の範囲の減縮(第36条第5項の規定により請求項に記載した発明を特定するために必要な事項を限定するものであつて,その補正前の当該請求項に記載された発明とその補正後の当該請求項に記載される発明の産業上の利用分野及び解決しようとする課題が同一であるものに限る。)」を目的とするものであるともいえず,さらに,同項3号の「誤記の訂正」を目的とするものにも該当しない。
ウ 以上のとおり,補正事項1について法第17条の2第4項各号に掲げるいずれの事項をも目的とするものではないとして,本件補正を却下した審決に誤りはない。
・・・
 原告は,補正事項1が認められなければ原審補正についての拒絶理由は法17条の2第3項の規定に適合しないとして解消できないことになり,発明の保護が図れない旨主張する。
 しかし,・・・法17条の2第4項4号括弧書きの「拒絶理由通知に係る拒絶の理由に示す事項についてするものに限る」とは,同号の「明りょうでない記載の釈明」を目的とする補正については,審査官が拒絶理由中で明りょうでない旨を指摘した事項について,その記載を明りょうにする補正を行う場合に限られるのであって,新規事項の追加状態を解消する目的の補正に同号を適用する余地はないのであるから,補正事項1が認められなければ発明の保護が図れない旨の原告の上記主張は採用することができない。
 その他,原告は,本件では,再度最後でない拒絶理由通知がなされる余地があったものを審査官が裁量により拒絶査定をしてしまったものであるが,当然のように補正を却下することは極めて不公平であって,このように審査官や審判官の恣意的判断に委ねられるという運用基準は法の下の平等(憲法14条)に反するとか,分割出願は特許出願において補正が却下された場合にするものであるとの考え方は分割出願の趣旨に反するものであるとか,出願人の経済的負担も大きい等と縷々主張するが,いずれも法17条の2第3,4項を正解しない独自の見解であって,採用することができない。」