2011年4月30日土曜日

物の発明の実施可能性を担保するための開示の程度が争われた事例

知財高裁平成23年4月14日判決

平成22年(行ケ)第10247号 審決取消請求事件

1.概要

 本願発明は所定の特性により規定された物の発明である。

 出願時明細書には、本願所定の特性を有する物の製造方法が記載されている。しかしながら記載された条件の全範囲に亘って本願発明に係る物が製造できるわけではなく、製造のためには当業者による条件調節が行われることが前提である。

 特許庁審判体は、所定の特性を有する物を製造するためには当業者にとり試行錯誤が必要であること、製造可能性が保証されていないことを理由として、本願は実施可能要件を満たしていないと判断した。

 知財高裁はこの審決を取り消した。技術常識を加味すれば本願明細書の記載から本願発明1の物を製造することができると判断した。

2.本願発明1

「【請求項1】基板上に炭素膜の層を有する電界放出デバイスであって,該炭素膜は電界の影響下で電子を放出し,該炭素膜は,1578cm-1~1620cm-1の範囲のUVラマンバンドを有し,該UVラマンバンドは25cm-1~165cm-1の半値全幅値(FWHM)を有する,電界放出デバイス」

3.裁判所の判断のポイント

本願発明に係る炭素膜の製造方法について

ア 本願発明に係る炭素膜の構造

 本願明細書において,従来技術とされている電界放出デバイスに適用される炭素膜は,「CVDあるいは欠陥補強CVDダイアモンド膜又は主にsp3結合を有するダイアモンド状炭素(DLC)膜」である(【0024】)。「ダイアモンド膜」とは,「ダイアモンド結晶構造を有する膜」であり,「ダイアモンド状炭素(DLC)膜」とは,「sp2とsp3結合が混合したアモルフォス膜」であり,UVラマンスペクトルは,1580~1620cm-1において励起線を示すが,可視ラマンは1580cm-1線(Gバンド)及び1350cm-1線(Dバンド)のいずれをも示さない(【0025】)。

 これに対し,本願発明の炭素膜は,従来技術のダイアモンド状の炭素あるいはCVDダイアモンド膜に比べて,優れた放出特性を示すもので(【0013】),「ダイアモンド状」炭素膜ではなく,また単なる「ダイアモンド」膜でもなく,「アモルフォス,非常に無秩序な黒鉛状炭素,並びにいくらかの不規則なsp3結合炭素及び秩序立ったsp3結合炭素の,独特な組合せからなる」ものである(【0021】)。そして,このような炭素膜は,ダイアモンド/黒鉛状炭素比に関し,可視ラマンスペクトル分光法に比べて極めて感度の高いUVラマンスペクトル分光法によってもダイアモンド成分に特有の1332cm-1のラマン励起線は出現しないか,出現しても小規模であり(【図1】),1578cm-1~1620cm-1の範囲のUVラマンバンドを有し,該UVラマンバンドは25cm-1~165cm-1の半値全幅値(FWHM)を有するものである。

 このように,従来技術の炭素膜と本願発明の炭素膜とは,構造及び特性において十分に区別されているということができる。

イ 本願発明に係る炭素膜の製造方法

 前記1のとおり,本願明細書には,本願発明の製造工程として,以下の記載がある(【0010】)。

(ア)炭素層は,熱いフィラメントによって補助された化学蒸着(「CVD」)プロセスを用いて堆積し得る。

(イ)基板は,CVD反応器中のホルダー上に載置される。

(ウ)水素ガスが,反応器におよそ10分間未満,流入される。

(エ)次に,メタンのパーセンテージが50%未満である,水素及びメタンの混合物が,反応器の中に1時間未満,流入される。

(オ)上記工程(エ)におけるよりもメタンのパーセンテージが低い,別の水素及びメタンの混合物が,反応器に2時間未満,流入される。

(カ)そして,CVD反応器内において,水素のフローが15分未満行われる。 また,本願明細書には,上記製造工程における製造条件としては,以下のことも記載されている(【0011】【0012】)。

(キ)少量の酸素,窒素,あるはホウ素ドーパントが,ガス流に含まれてもよい。

(ク)フィラメントの温度は,1600℃~2400℃の範囲に設定される。

(ケ)基板の温度は,600℃~1000℃の間に設定されている。

(コ)堆積圧力は,5~300torr の間である。

ウ 本件意見書の記載

  原告は,法36条4項違反等を指摘する拒絶理由通知書に対応して,平成21年7月6日,本件意見書を提出した(甲5)。

 本件意見書には,本願発明に係る3つの炭素膜を製造した際に用いられたパラメータを記載したランシート及びそれをまとめた【表1】が添付されている。それによれば,サンプル「LJ012397-02-A(図1及び図4)」,サンプル「LJ012797-03-A(図2及び図5)」及びサンプル「FF031497-01-A(図3及び図6)」の3つの炭素膜のサンプルを製造した際,クリーン,シーディング,グロース,エッチングの各ステップにおけるフィラメント温度,基板温度,堆積圧力,ガス混合物が記載され,説明されている。

 また,本件意見書には,水素の流速が非常に低くダイアモンド微結晶が非常に小さい場合には,炭素膜がグラファイト膜に近づき,ダイアモンド微結晶が大きくなると,炭素膜の性質がダイアモンド膜に近づくことが,文献を上げて説明されている。

エ 当業者の技術常識

 従来のDLC膜は,ダイアモンド構造が多い場合も少ない場合も存在することは,本願明細書にもあるとおり,公知である。このことや,本件意見書中の上記記載によれば,当業者であれば,sp3結合を少なくして1580cm-1近傍のピークの半値幅を小さくする実施条件を,予測することができるものと解される。

小括

 以上総合すれば,本願明細書には,本願発明1に係る炭素膜の製造方法が記載されているところ,記載された条件の中で,当業者が技術常識等を加味して,具体的な製造条件を決定すべきものであり,これにより本願発明1に係る炭素膜を製造することは,可能であるというべきである。

 本件審決の判断について

ア 本件審決は,①本願発明1で用いられる炭素膜の製造工程は,上記イの(ア)(イ)(エ)が必須の製造工程であるが,同(ウ)(オ)(カ)は選択的なものであること,②本願発明の製造工程は,従来の「ダイアモンド状の炭素あるいはCVDダイアモンド膜」の製造方法として甲1刊行物及び甲2刊行物に記載されている製造工程と実質的に同じものであり,その製造条件は,従来の「ダイアモンド状の炭素あるいはCVDダイアモンド膜」の製造方法として上記刊行物に記載されている製造条件を含むから,発明の詳細な説明に記載されている炭素膜の製造工程は,当該製造工程により従来のダイアモンド状の炭素あるいはCVDダイアモンド膜が製造できても,それを超える本願発明1に係る炭素膜の製造を保証するものではないこと,③炭素膜の製造方法における温度,圧力等の製造パラメータが多数あり,かつ,その数値範囲もCVDダイアモンド膜が製造できる数値を含んでいることから,当業者は,種々の製造パラメータにおける適正な範囲やそれらの組合せ,その他の製造パラメータについて更に特定して,所望の特性を有する炭素膜を製造する方法を見つけ出さなくてはならず,当業者が過度の試行錯誤を強いられること,④したがって,本願発明1の電子放出デバイスが有する「炭素膜」を実施するための製造方法に関して,発明の詳細な説明には,従来のダイアモンド膜を含む一般の「炭素膜」を製造する方法が記載されているにすぎず,請求項1に記載したUVラマンバンドに関する特性を有する特定の炭素膜を実施するための製造方法が,明確かつ十分に記載されているものとはいえないし,本願発明1の「炭素膜」を得るための具体的な製造方法が,当業者の技術常識であったともいえないと判断した。

イ しかしながら,本件審決の上記①ないし③の判断は,以下のとおり,誤りである。

 上記①について

 本願明細書(【0010】)には,本願発明の製造工程が工程順に記載されているのであるから,当業者は,明細書の記載としては,代表的な製造プロセスの全工程が一体として記載されていると理解するのが通常であると解される。そして,製造工程のうち,上記イの(ウ)(オ)(カ)の工程について,時間の上限のみが言及されているからといって,その工程が省略可能であり,その余の同(ア)(イ)(エ)の工程のみが必須の製造工程であると解することは相当とはいえない。また,本願明細書の記載(【0021】~【0024】【0027】)からは,本願発明の炭素膜は秩序だったsp3結合炭素の領域が非常に小さく,均一に分散しているという特徴的組織構造を有しており,本願明細書の記載(【0010】~【0012】)及び本件意見書(甲5)の上記記載等によると,水素流速を非常に小さくして形成するとダイアモンド微結晶が形成できることが示されており,本願明細書の【0010】ないし【0012】で示された範囲の中でも,ガス濃度を小さくする等の結晶を大きくさせない条件によって,ダイアモンド微結晶が形成できることが示唆されているということができる。

 よって,本願明細書【0010】の製造工程中,上記イの(ア)(イ)(エ)のみが必須の製造工程であるとした本件審決の上記①の判断は,誤りである。

 上記②について

 甲1刊行物は,耐摩耗性,耐熱性及び耐欠損性に優れた工具用ダイアモンドを製造するための方法に関するものである(【0001】)。甲1刊行物には,【請求項1】に記載されるように,多結晶ダイアモンドを気相合成する方法の原料ガスの水素に対する炭素源の濃度を経時的にかつ周期的に変化させる方法が記載されており,実施例として,【0033】及び【0034】のプロセスを繰り返すことが記載されている(【0032】~【0035】)。しかしながら,甲1刊行物は,あくまでもダイアモンド膜の文献であり,形成される炭素膜に関して,X線解析によってより硬く摩耗しにくく劈開しにくい多結晶ダイアモンドを製造するために(【0015】),多結晶ダイアモンドがどのような結晶面を有しているかを分析しているだけであって,アモルフォス部分や非常に無秩序な黒鉛状の部分が混合されている点や,sp2結合状態とsp3結合状態の分布を問題にしている点に関して何ら認識していないものである。たとえ,【0033】【0034】のプロセスのうち一部を取り出せば,本願明細書【0010】ないし【0012】に重複する条件があるとしても,本願発明とは膜構造や特性が異なるダイアモンド膜に関する甲1刊行物によって,UVラマンバンドを特定して,電界放出デバイス特性を向上させた本願発明の記載要件判断における,一般的なダイアモンド状炭素(DLC)膜の製造方法に関する技術水準を認定すること自体,誤りである。

 また,甲2刊行物は,多結晶薄膜ダイアモンドを形成する薄膜ダイアモンドの製造方法に関するものである。甲2刊行物には,ダイアモンドの硬度,熱伝導率,透光性,耐熱性を利用した半導体分野での応用を前提として発明がされていること(【0001】~【0003】),ダイアモンド結晶合成時の核発生密度を高めることで緻密な薄膜ダイアモンドを実現し,薄膜ダイアモンドと基板との界面での応力緩和を課題としていること(【0008】)が記載されており,水素-メタン混合ガスを用いた合成条件が開示されている(【0048】)。しかしながら,甲2刊行物は,フッ酸を含む電解液中での陽極化成処理で基板表面に多孔質層を形成して格子歪みを導入した後,薄膜ダイアモンドを気相合成して,できるだけ多くの核発生を生じさせ,最終的に連続膜を形成することを目的としたものであり(【請求項1】【0051】),アモルフォス部分や非常に無秩序な黒鉛状炭素の部分が混

合されている点や,sp2結合状態とsp3結合状態の分布を問題にしている点に関して何ら認識していない。たとえ,【0048】のプロセスのうち一部を取り出せば,本願明細書【0010】ないし【0012】に重複する条件があるとしても,本願発明とは膜構造や特性が異なるダイアモンド膜に関する甲2刊行物によって,UVラマンバンドを特定して,電界放出デバイス特性を向上させた本願発明の記載要件判断における,一般的なダイアモンド状炭素(DLC)膜の製造方法に関する技術水準を認定すること自体,誤りである。

 なお,被告は,炭素膜についての実施可能要件を論ずるに当たっては,請求項1で特定された炭素膜の材質,構造あるいは製造方法の異同が本質といえるものであって,その用途の相違は格別問題とならないと主張する。しかし,対象としている用途が異なることに起因して着目している炭素膜の構造や特性が異なっており,本願発明では,アモルフォス構造等の中に秩序立ったsp3結合炭素(ダイアモンド構造)を非常に少量,均一性をもって分散させることに着目するのに対し,甲1刊行物及び甲2刊行物は,均一な多結晶ダイアモンド層を形成することに着目していることからみて,膜構造について着目している点がそもそも異なり,かつ,実際の膜構造も異なっているのであるから,甲1刊行物及び甲2刊行物を実施可能要件判断のための技術水準の認定に用いることは,相当でない。

 よって,甲1刊行物及び甲2刊行物に基づき技術水準の認定をした本件審決の上記②の判断は,誤りである。

 上記③について

 なお,本件審決の上記③の判断は,全てのパラメータの開示が必要であることを述べたものではなく,炭素膜の形成に影響を及ぼす他のパラメータの存在を指摘して,開示条件の記載が少ないことを指摘したものにすぎないと解される。そして,被告が主張するような無数の試行錯誤があるわけではなく,当業者にとって過度な試行錯誤とまではいえない。

 被告の主張について

ア 被告は,当業者が,一般的なダイアモンド状炭素(DLC)膜の製造方法の域を出ていない本願明細書の発明の詳細な説明の記載に基づいて,本願発明1に係る「電界放出デバイス用炭素膜」を製造できることが保証されることにはならないと主張する。

 しかし,本願明細書に記載された複数の条件の全範囲で,本願発明が製造できる必要はなく,技術分野や課題を参酌して,当業者が当然行う条件調整を前提として,【0010】ないし【0012】に記載された範囲から具体的製造条件を設定すればよい。

イ 被告は,本件意見書に添付したランシートに記載された3つのサンプルについて,4つの製造条件(パラメータ)がカバーする範囲は,本願明細書の発明の詳細な説明(【0010】~【0012】)に記載された製造条件(パラメータ)の範囲の一部分でしかないと主張する。

 しかし,本来,物の発明において,適用可能な条件範囲全体にわたって,実施例が必要とされるわけではない。物の発明においては,物を製造する方法の発明において,特許請求の範囲に製造条件の範囲が示され,公知物質の製造方法として,方法の発明の効果を主張しているケースとは,実施例の網羅性に関して,要求される水準は異なるものと解される。

 なお,本件意見書のランシートに記載された3つのサンプルは,本願明細書(【0010】~【0012】)で示された範囲のうち,偏った部分の具体例,すなわち,メタン濃度が低く,流入時間が短い部分の具体例,基板温度も低い部分の具体例,堆積圧力も低い部分の具体例であるといわざるを得ない。しかしながら,本願発明が,「薄く(300ナノメートル未満),アモルフォス,非常に無秩序な黒鉛状炭素,並びにいくらかの不規則なsp3結合炭素及び秩序立ったsp3結合炭素の,独特な組合せからなっている炭素膜」(【0021】)という目標構造を持っている以上,膜厚の大きな,結晶性の高い膜を得るためには,原料ガスを十分に供給して,基板温度を上げて結晶性を高めることが一般的膜形成の技術常識というべきであるから,これは予測可能な結果であるということができる。

 そして,クリーニングやエッチングを行う前提で,結晶核を形成する段階(シーディング工程)ではメタン濃度をある程度高くし,発生した結晶核を成長させる段階(グロース工程)では,メタン濃度を下げるという方法で,本件意見書(甲5)のランシートのサンプル(LJ012397-02-Aの試料)が製造できたのであり,最終目標とする炭素膜の構造である無秩序なマトリックス内に秩序立ったsp3結合炭素が均一に少量存在するというものの製造方法ということができる。

 以上のとおり,本願明細書【0010】ないし【0012】の条件範囲は,製造可能なパラメータ範囲を列挙したと捉えるべきで,当業者は具体的な製造条件決定に際しては,技術常識を加味して決定すべきものである。」

2011年4月10日日曜日

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2011年4月2日土曜日

用途の同一性が争われた事例

知財高裁平成23年3月23日判決

平成22年(行ケ)第10256号審決取消請求事件

1.概要

 本事例では、無効審判審決において特許庁審判体は用途の新規性を肯定し、知財高裁は用途の新規性を否定した。

 知財高裁は、用途発明の同一性を判断する際の判断基準を以下のとおり示した。

「物の性質の発見,実証,機序の解明等に基づく新たな利用方法に基づいて,「物の発明」としての用途発明を肯定すべきか否かを判断するに当たっては,個々の発明ごとに,発明者が公開した方法(用途)の新規とされる内容,意義及び有用性,発明として保護した場合の第三者に与える影響,公益との調和等を個々的具体的に検討して,物に係る方法(用途)の発見等が,技術思想の創作として高度のものと評価されるか否かの観点から判断することが不可欠となる。」

 審判体と裁判所の判断を以下に紹介する。

2.本件特許発明

【請求項1】

A ポリビニルピロリドン,ポリビニルアルコール,ポリアクリル酸,シクロデキストリン,アミノペクチン,又はメチルセルロースの存在下で

B 金属塩還元反応法により調整され,

C 顕微鏡下で観察した場合に粒径が6nm 以下の白金の微粉末からなる

スーパーオキサイドアニオン分解剤。

3.審決の理由

 審決は,本件特許発明は,甲1(特開2002-212102号公報)及び甲2(特開2001-122723号公報)記載の発明と同一ではなく,また,甲1,2及び甲3(高分子論文集 Vol.57No.6pp346-355(2000)「高分子保護貨幣金属ナノクラスターの調製と機能」)の記載及び本件優先日当時の当業者の技術常識を考慮しても,当業者が容易に想到できたものとは認められないから,本件特許を無効とすることはできないとするものである。

3.1.甲1の記載

 白金微粉末に関するもの(構成A~Cに関するもの)として,(a)コロイド中の白金粒子が,単一粒子で10nm 以下で,その単一粒子が鎖状になった凝集粒子が150nm オーダー以下で分散している白金コロイド溶液であって,たとえば,金属塩還元法(特に,特願平11-259356号に記載の方法)により製造されるもの,及び,(b)具体例として,『しんくろ』と名づけられた白金コロイド溶液であり,金属塩還元法によって製造され,凝集粒子径(鎖状)が4~8nm の白金凝集粒子を含むものが記載されており,また,白金微粉末の性質ないし用途に関するもの(構成Dに関するもの)としては,金属塩還元法,とりわけ,特願平11-259356号に記載の方法によって得られた金属微粒子(コロイド)(PtPd コロイド)の性質として,(c)過酸化水素水の分解反応を触媒すること,及び,上記(b)の白金微粉末の性質として,(d)上記(1―5)に記載されるような各種病気(判決注・リュウマチ,胆嚢・ポリープ,低血圧,腎臓病,肝臓病,アトピー,生理不順,肥満,糖尿病,食欲不振,高血圧,リンパ球ガン,子宮ガン,肝臓ガン,C肝炎,膠原病,神経痛,腸閉塞,腎盂炎,腎不全,肺気腫,胃酸過多,腕のしびれ,慢性鼻炎,口内炎,脳梗塞,血栓症,自律神経失調症,生理痛,直腸ガン,胃潰瘍等)の症状改善に効果がある。

3.2.用途限定(構成D)に関する審決の判断

「本件特許発明の要件Dは、「スーパーオキサイドアニオン分解剤」であるのに対し、甲第1号証には、上述のように、(c)過酸化水素水の分解反応を触媒すること(上記(1-3))、及び、(d)上記(1-5)に記載されるような各種病気の症状改善に効果があることが記載されているのみであり、スーパーオキサイドアニオンの分解に関する記載はないから、少なくとも形式的には、甲第1号証には、要件Dは記載されていない。

 また、上記(c)については、過酸化水素とスーパーオキサイドアニオンがいずれも活性酸素の一種であるということができても、乙第1号証には、「個性豊かな四つの活性酸素」という項において、「a.スーパーオキシドイオン」と「b.過酸化水素」は別の項目で説明されており、このうち、スーパーオキサイドアニオンは、「Oはラジカルで、しかも陰イオン(アニオンともいう)であり、多様な反応性を示します(図7)。」(13頁、9~10行)と記載され、図7には、ラジカルとしての反応性として、塩基触媒反応、求核置換反応及び求核付加反応の例が、また、アニオンとしての反応性として、水素引き抜き反応、一電子酸化反応、一電子還元反応及び不均化反応の例が記載されているのに対し、過酸化水素については、「過酸化水素(H)は不対電子を持っておらず(図6)、したがってOや・OHと異なってラジカルではありません。しかしながら、わずかなきっかけで・OHを生成するというとても不安定な性質をもっているために活性酸素の仲間に入れられています。・・・過酸化水素そのものの酸化力は大きくありません。むしろ、過酸化水素は・OH、HO・(ヒドロキシペルオキシラジカル、Oの水素イオンがついたもの)源として重要です。過酸化水素が種々の菌を殺す殺菌効果があるというのも、過酸化水素分子自身がその作用を行うというよりも、それが分解して・OHを生成し、それが真の反応種となっている場合の方が多いともいわれています。過酸化水素は、ヒトの細胞の中にある鉄イオンや銅イオンと反応して・OHを生成します。」(17頁5~16行)と記載され、この記載によると、両者は、異なる反応性を有する化学物質であると認識されていたものと認められる。また、乙第1号証の30頁2~8行に、「最近、生物の寿命とSOD活性能力(すなわち、体重1グラム当たり同じエネルギーを生み出すのにどれだけのSODが関与しているかを表す)との相関性が認められています。・・・SOD活性が高いほど活性酸素の消去が早く、寿命を伸ばすはたらきがあることがわかります。」と記載されているように、スーパーオキサイドアニオンの代表的なスカベンジャーであるSODについての生物学的な意義が認識されている。つまり、SODの基質であるスーパーオキサイドアニオンについての生物的な意義が認識されているということができる。さらに、二酸化マンガンのように、過酸化水素の分解を触媒するが、スーパーオキサイドアニオンに触媒的な分解作用を発揮しないものや、カテキンのように、スーパーオキサイドアニオンに対して分解活性を示すが、過酸化水素には分解活性を示さない(乙14参照)ものが存在するという事実も、過酸化水素分解作用とスーパーオキサイドアニオン分解作用は別のものであることを示している。

 したがって、スーパーオキサイドアニオンの分解と、過酸化水素の分解とは、実質的に同一のものということはできない。

 次に、上記(d)については、甲第1号証に記載された各症状の改善とスーパーオキサイドアニオンの分解作用とを関連づける記載は、甲第1号証にはなく、また、これらの症状が改善したことから直ちに、白金微粉末がスーパーオキサイドアニオン分解作用を有するといえるとの技術常識が存在したものとも認められない。

 続いて、請求人が、本件特許発明の基礎になっている「スーパーオキサイドアニオン分解作用」について、『これが未知の属性であったと仮定しても、本件特許はこの属性に基づく新たな用途を何ら提供するものではない。』とも主張するので、この点について検討する。

 まず、本件特許発明に係る「スーパーオキサイドアニオン分解剤」は、請求項には、使用態様や具体的な用途について特段の限定がないので、本件特許明細書に記載された用途のみならず、スーパーオキサイドアニオン分解作用に関する、本件優先日当時における当業者に周知の知見から自明な用途に使用するものも包含するものと認められる。

 そうすると、本件特許明細書には、「本発明の分解剤は、活性酸素に起因するとされる前記の疾病、特に筋萎縮性側索硬化症(FALS)などの予防又は治療に有効であると期待される。また、還元水の形態として提供される本発明の分解剤は、健康食品としての飲料水又はスポーツドリンクとして用いることができ、それ自体を医薬又は化粧料として使用できるほか、健康食品の製造や医薬又は化粧料などの製造に用いることもできる。」(段落【0021】)と記載されているが、これらのみならず、「スーパーオキサイドアニオン分解剤」という発明が提供する用途は、スーパーオキサイドアニオン分解作用という属性から、本件優先日当時における当業者にとって自明な用途にも及ぶものと認められる。

 そして、本件特許発明の「スーパーオキサイドアニオン分解剤」は、医薬分野における各種用途の他、(i)飲食物中の過酸化水素発生抑制のための適用(乙第9,10号証)、(ii)油脂の酸化防止のための適用(乙第11号証)、(iii)ポリマーの光分解防止のための適用(乙第12号証)、(iv)二酸化チタンから生成するスーパーオキサイドアニオン消去のための適用(乙第13号証)等への使用可能性を有しているものと認められるので、請求人の『これが未知の属性であったと仮定しても、本件特許はこの属性に基づく新たな用途を何ら提供するものではない。』との主張は採用できない。

 この点に関し、請求人は、『被請求人が上申書にて主張する「スーパーオキサイドアニオン分解剤」の個別具体的な用途は、(1)甲第1号証に記載の用途と区別不可能な用途、(2)本件特許明細書に何ら記載も示唆もされておらず、出願時の技術水準を考慮しても自明とはいえない用途、(3)本件特許発明の剤により、当該用途に用い得るか否かが、本件特許明細書の記載並びに出願時の技術水準を組み合わせても不明である用途のいずれかの一以上に該当し、何ら新たな用途を提供するものではない』と主張する。

 請求人は、このうち、(2)に該当するものとして、(ii)油脂の酸化防止のための適用、(iii)ポリマーの光分解防止のための適用、及び、(iv)二酸化チタンから生成するスーパーオキサイドアニオン消去のための適用を指摘するが、乙第11~13号証には、スーパーオキサイドアニオンが、油脂の酸化劣化を促進すること(乙第11号証)、ポリマーの光分解及び進行の過程でスーパーオキサイドアニオンが生成すること(乙第12号証)及び、二酸化チタンを日焼け止め剤として使用する際には、スーパーオキサイドアニオンが皮膚に酸化的損傷を与えること(乙第13号証)がそれぞれ記載されていることから、本件特許発明に係るスーパーオキサイドアニオン分解剤を、(f)~(h)のような、食品分野、工業分野又は化粧品分野へ使用できるものと、本件優先日当時の当業者が認識できたものと認められる。

 また、請求人は、(3)に該当するものとして、医薬分野における各種用途として挙げられたもののうち、SOD様物質としての適用、フリーラジカルによって引き起こされる疾病の予防又は治療のための適用、及び、炎症抑制のための適用を指摘するが、これらについても、乙第3~8号証の記載から、スーパーオキサイドアニオン分解作用と、上記用途への適用を関連づけることは可能であると認められる。

 したがって、本件特許発明の「スーパーオキサイドアニオン分解剤」は、(1)のように、甲第1号証に記載された用途と重複する用途が存在するとしても、(2)及び(3)のように、甲第1号証に記載された用途とは異なる新たな用途を提供するものと認められるので、この点に関する請求人の主張は採用することができない。


4.裁判所の判断のポイント

「当裁判所は,下記の事実関係を総合すれば,本件特許発明における白金微粉末を「スーパーオキサイドアニオン分解剤」としての用途に用いるという技術は,甲1において記載,開示されていた,白金微粉末を用いた方法(用途)と実質的に何ら相違はなく,新規な方法(用途)とはいえず,白金微粉末に備わった上記の性質を,構成Dとして付加したにすぎず,本件特許発明は,甲1の記載と実質的には同一のものであって,新規性を欠くことになるから,これと異なる審決の認定,判断には誤りがあると解する。」

(1) 一般に,公知の物は,特許法29条1項各号に該当するから,特許の要件を欠くことになる。しかし,その例外として,①その物についての非公知の性質(属性)が発見,実証又は機序の解明等がされるなどし,②その性質(属性)を利用する方法(用途)が非公知又は非公然実施であり,③その性質(属性)を利用する方法(用途)が,産業上利用することができ,技術思想の創作としての高度なものと評価されるような場合には,単に同法2条3項2号の「方法の発明」として特許が成立し得るのみならず,同項1号の「物の発明」としても,特許が成立する余地がある点において,異論はない(特許法29条1項,2項,2条1項)。もっとも,物に関する「方法の発明」の実施は,当該方法の使用にのみ限られるのに対して,「物の発明」の実施は,その物の生産,使用,譲渡等,輸出若しくは輸入,譲渡の申出行為に及ぶ点において,広範かつ強力といえる点で相違する。このような点にかんがみるならば,物の性質の発見,実証,機序の解明等に基づく新たな利用方法に基づいて,「物の発明」としての用途発明を肯定すべきか否かを判断するに当たっては,個々の発明ごとに,発明者が公開した方法(用途)の新規とされる内容,意義及び有用性,発明として保護した場合の第三者に与える影響,公益との調和等を個々的具体的に検討して,物に係る方法(用途)の発見等が,技術思想の創作として高度のものと評価されるか否かの観点から判断することが不可欠となる。

 以上に照らして,本件特許発明の新規性の有無について検討する。

(2) 前記1のとおり,本件補正明細書には,以下の記載がある。すなわち,①「背景技術」として,スーパーオキサイドアニオン等の活性酸素種(ラジカル)が生体内で生体制御に関与していると言われていること,活性酸素が関与する疾病として,ガン,糖尿病,アトピー性皮膚炎,アルツハイマー,網膜色素変性症等が挙げられ,ヒトの病気の90%には何らかのかたちで過剰状態の活性酸素が関与していると言われていること,②本件特許発明の「解決課題」として,生体内で生成する活性酸素のうちO(スーパーオキサイドアニオン)等を効率よく消失させ,生体内におけるこれらの活性酸素の過剰状態を解消するための手段を提供することを目的としていること,③本件特許発明の「課題解決手段」として,白金微粉末等の微粉末は,生体内においてスーパーオキサイドアニオンを分解できること,④実施例及び実験結果を示した上,白金微粉末等の微粉末それ自体を,医薬又は化粧料として使用できるほか,健康食品の製造や医薬又は化粧料などの製造に使用することもできるとしていること,⑤本件特許発明の「産業上の利用可能性」として,本件発明のスーパーオキサイドアニオン分解剤を,生体に投与することにより,生体内の過剰なスーパーオキサイドアニオンを分解することができること等が記載されている。

 他方,甲1には,前記のとおり,構成AないしCを充足する白金微粉末として,(a)コロイド中の白金粒子が,単一粒子かつ10nm 以下で,その単一粒子が鎖状になった凝集粒子が150nm オーダー以下で分散している白金コロイド溶液であって,たとえば,金属塩還元法(特に,特願平11-259356号に記載の方法)により製造されるもの等があること,白金微粉末を体内に取りいれる方法が示されていること,白金微粉末の上記方法は,各種病気の症状改善に効果があること等が記載,開示されている。

(3) 本件特許発明の構成AないしC記載の白金の微粉末は,甲1の白金微粉末を含んでいるから,公知の物質であるといえる(この点,当事者間に争いはない。なお,本件特許発明記載の白金の微粉末は,甲1を示すまでもなく,物質として公知である。)。

 そして,本件補正明細書の記載によれば,①スーパーオキサイドアニオン等の活性酸素種が関与する疾病として,ガン,糖尿病,アトピー性皮膚炎,アルツハイマー,網膜色素変性症等が存在すること,②構成AないしCに該当する白金微粉末には,スーパーオキサイドアニオンを分解できる属性を有することが確認されたことが記載されている。また,特許請求の範囲の記載によれば,本件特許発明は,構成AないしCに該当する白金微粉末を,「医薬品」「健康食品」又は「化粧品」の用途に使用するための「物の発明」として特許請求されたのではなく,「スーパーオキサイドアニオン分解剤」の用途に使用するための「物の発明」として特許請求されている。

 他方,甲1には,構成AないしCに該当する白金微粉末は,ガン,糖尿病,アトピー性皮膚炎などの予防又は治療に有効であると期待されていること,そのような効果を期待して,水溶液として,体内に投与する方法が示されていることが記載され,同記載によれば,そのような使用方法は,公知であることが認められる。そうすると,甲1には,白金微粉末がスーパーオキサイドアニオンを分解する作用が明示的形式的に記載されていないものの,従来技術(甲1)の下においても,白金微粉末を上記のような方法で用いれば,スーパーオキサイドアニオンが分解されることは明らかであり,白金微粉末によりスーパーオキサイドアニオンが分解されるという属性に基づく方法が利用されたものと合理的に理解される(甲24参照)。

 以上によれば,本件特許発明における白金微粉末を「スーパーオキサイドアニオン分解剤」としての用途に用いるという技術は,甲1において記載,開示されていた,白金微粉末を用いた方法(用途)と実質的に何ら相違はなく,新規な方法(用途)とはいえないのであって,せいぜい,白金微粉末に備わった上記の性質を,構成Dとして付加したにすぎないといえる。すなわち,構成Dは,白金微粉末の使用方法として,従来技術において行われていた方法(用途)とは相違する新規の高度な創作的な方法(用途)の提示とはいえない。

 これに対し,被告は,本件発明は,白金微粉末における,新たに発見した属性に基づいて,同微粉末を「剤」として用いるものである以上,新規性を有すると主張する。しかし,確かに,一般論としては,既知の物質であったとしても,その属性を発見し,新たな方法(用途)を示すことにより物の発明が成立する余地がある点は否定されないが,本件においては,新規の方法(用途)として主張する技術構成は,従来技術と同一又は重複する方法(用途)にすぎないから,被告の上記主張は,採用の限りでない。本願審査の段階において,還元水としての用途については,削除されたものと認められる(甲21参照)が,そのような限定が付加されたとしても,従来技術を含む以上,本件特許発明の新規性が肯定されるものとはいえない。