2011年9月4日日曜日

進歩性欠如の拒絶審決が取り消された事例

平成22年(行ケ)第10408号 審決取消請求事件

知財高裁平成23年8月25日判決

1.概要:

 本件は、特許庁審判体による拒絶審決(進歩性欠如)が知財高裁により取り消された事例である。

 特許庁審判体は、本願発明の「凸部材」と、引用発明の「溝」とが除去しようとする異物を引っ掛けて除去するという点で共通すること、引用発明2の「カッター」とが異物を捕捉するための構造,機能,捕捉後の異物の動きが共通すること、を理由として本願発明の進歩性を否定した。

 裁判所はこの審決を取り消した。審決は、明らかに「後知恵」的な拒絶審決であり取り消すとの判断は妥当なものと思われる。

2.本願発明の内容:

「水路中に設置されるものであって,流入側より吸い込まれる水を吐出させる羽根車を有するポンプにおいて,/前記羽根車に対向して前記ポンプのケーシング内部に設けられたライナーと,/このライナーの内周に設けられ水とともに吸い込まれ絡み付いた異物を捕捉して前記ポンプ内を通過させる異物捕捉体とからなり,/前記異物捕捉体は,前記羽根車の羽根の先端部に絡み付いた異物を引っ掛けるために,前記羽根車の外周縁部に対向して前記ライナーの内周の一部から前記羽根車方向に干渉しない長さに張り出して設けられた1以上の凸部材である/ことを特徴とするポンプ」

 審決の理由は,本願発明は,引用例1に記載された発明及び引用例2に記載された発明に基づいて,当業者が容易に発明をすることができたものであり,特許法29条2項の規定により特許を受けることができない,というものである。

3.引用発明1と本願発明との一致点及び相違点:

ア 引用発明1:汚水中に設置されるものであって,流入側より吸い込まれる汚水を吐出させる羽根車を有する汚水ポンプにおいて,前記羽根車に対向して前記汚水ポンプのケーシング内部に設けられたケーシングライナーと,このケーシングライナーの内周に設けられ汚水とともに吸い込まれ前記羽根車の羽根先端とケーシングライナーとの間にかみ込んだ塊状固体を前記羽根先端によって押し込んで前記羽根車の吸込口から吐出口へ移動させる溝とからなる汚水ポンプ

イ 一致点:水路中に設置されるものであって,流入側より吸い込まれる水を吐出させる羽根車を有するポンプにおいて,前記羽根車に対向して前記ポンプのケーシング内部に設けられたライナーと,このライナーの内周に設けられ水とともに吸い込まれ絡み付いた異物を捕捉して前記ポンプ内を通過させる異物捕捉体とからなるポンプ

ウ 相違点:本願発明においては,「前記異物捕捉体は,前記羽根車の羽根の先端部に絡み付いた異物を引っ掛けるために,前記羽根車の外周縁部に対向して前記ライナーの内周の一部から前記羽根車方向に干渉しない長さに張り出して設けられた1以上の凸部材である」のに対して,引用発明においては,異物捕捉体は溝である点

4.審決のポイント

「引用例1には、「汚水中に含有した繊維類、土砂などの塊状の固体が羽根1a先端とケーシングライナー4との間に噛込んだ場合には第2図、第3図に示すごとく、塊状の羽根1a先端によつて溝6内に押し込まれ、」(上記ウ.参照)と記載されていることからも明らかなように、引用発明においては、羽根1a先端に絡み付いた塊状固体は、羽根1a先端によって溝6内に押し込まれるが、その際、塊状固体は溝6の側壁に引っ掛かることによって溝6内に押し込まれると考えられるので、この溝6は塊状固体を引っ掛ける機能を有していると認められる。

 ところで、引用例2には、「唯一夾雑物が引っ掛かるおそれのあるケーシング4と捩り羽根3の外縁との隙間部分には、カッター8が設けてあるので、隙間に入らんとする夾雑物は、捩り羽根3の回転によってカッター8に押し付けられて切断吸引され、流路が閉塞されることがない。」(上記ク.参照)と記載されている。この記載によれば、ケーシング5と捩り羽根3の外縁との隙間部分に夾雑物が引っ掛かるおそれがあるのであるから、ケーシング5の内面から捩り羽根3方向に張り出して設けられたカッター8には、それ以上に引っ掛かる可能性が高いことは明らかである。捩り羽根3に絡み付いた夾雑物は捩り羽根3と共に回転しながら静止している「カッター8に対して押し付けられて切断」されるのであるから、夾雑物がカッター8に押し付けられる瞬間においては、夾雑物はカッター8に引っ掛かった状態になることは明らかであり、引っ掛かるからこそ、切断されるものと考えられる。そうすると、カッター8は、捩り羽根3の外縁に絡み付いた夾雑物を引っ掛けるために設けられたものということができる。

 また、カッター8は、引用例2の上記コ.の図示内容や汚水ポンプの構造からみて、捩り羽根3の外縁に対向してケーシングの内周面の一部から捩り羽根3方向に干渉しない長さに張り出して設けられており、本願発明の「凸部材」に相当することも明らかである。

 そして、引用発明と引用例2に記載された発明とは、どちらも汚水ポンプに関する点で共通の技術分野に属するものであり、しかも、引用発明のケーシングライナー4に設けられた溝と引用例2記載のカッター8とは、どちらも羽根に絡み付いた異物を引っ掛けて除去する点で機能が共通する。

 そうすると、引用発明及び引用例2に接した当業者であれば、引用発明に引用例2に記載された発明を適用し、ケーシングライナー4に設けられた溝6に代えて引用例2記載のカッター8を採用し、相違点に係る本願発明のように構成することは、格別の創意を要することなく容易に想到できたことである。」

5.裁判所の判断のポイント

「イ そうすると,本願発明,引用発明1,引用発明2は,いずれもポンプの羽根に絡み付く異物を除去してポンプ内を通過させることをその技術内容とするものであるが,本願発明は,その手段として,ケーシングライナーの内周に凸部材を設けることにより,異物を引っ掛けて捕捉して羽根から取り除き,さらに異物を羽根と羽根の間を通過させてポンプ外に排出させる構成を有することをその技術的特徴とするものであるということができる。

 これに対し,引用発明1は,溝に異物を押し込んで捕捉し,溝内を通過させる構成を有するものであり,本願発明1とは,異物捕捉体の具体的構成及び捕捉後の異物の排出方法が異なるものである。

 さらに,引用発明2は,ケーシングライナーの内周にカッターを設けるものであり,当該カッターは突起形状を有するものの,あくまで異物を切断する目的で設けられた部材であって,異物を引っ掛けて捕捉することを目的として設けられた構成ではない。

ウ したがって,本願発明は,異物捕捉体として,引用発明1のように,異物を押し込んで排出する溝や,引用発明2のように,異物を切断して排出するカッターを設けることなく,凸部材を設けるだけで,異物を引っ掛けて捕捉し,羽根と羽根の間を通過させて排出する構成を有する点に,その技術的な特徴を有する発明であるというべきであって,引用発明1及び2とは,異なる技術思想を有するものということができる。

 また,引用発明1の「溝」に換えて,引用発明2のカッターから刃を除いた「凸部材」の構成を採用することは,動機付け欠くものというほかない。

 よって,相違点に係る構成は,当業者が容易に想到し得たものということはできない。

エ この点について,被告は,引用発明1において,塊状固体は異物捕捉体としての溝に引っ掛かって捕捉されるものである,本願発明の凸部材と引用発明2のカッターとは,異物を捕捉するための構造,機能,捕捉後の異物の動きが共通するから,引用発明2のカッターは,本願発明の凸部材に相当するなどと主張する。

 しかしながら,先に指摘したとおり,本願発明は,引用発明1のような「溝」を設けて異物を排出するのではなく,「凸部材」を設けることによって異物を捕捉し,羽根と羽根との間を通過させて異物を排出することをその技術内容とするものであるから,引用発明1の溝が異物を引っ掛けて捕捉するか否かは,上記結論を左右するものではない。

 また,引用発明2のカッターは,異物を引っ掛けて捕捉するためのものではなく,切断するために設けられた構成であるから,異物を切断する前段階において異物が刃に引っ掛った状態となるとしても,本願発明の凸部材とは明らかにその機能が異なるものである。

 したがって,被告の主張はいずれも採用できない。」