2011年8月28日日曜日

侵害訴訟において請求項の用語意義を発明の効果を考慮して解釈した事例

知財高裁平成23年8月9日判決

平成22年(ネ)第10086号 特許権侵害差止等請求控訴事件

1.概要

 侵害訴訟における技術的範囲の解釈は請求項の記載だけでなく発明の詳細な説明に記載された発明の効果等も参酌して行われる。

 本事例では裁判所は「前記ポリテトラフルオロエチレン微粒子の隙間間に光触媒粒子が保持されている」(構成要件C)という用語の意義を発明の詳細な説明も考慮して解釈し、被告物件が当該構成要件を満足しないと結論付けた。

2.特許請求の範囲の記載

 原告特許権に係る発明は以下のとおり分節できる:

A ガラス繊維織物のガラス繊維の周囲に

B ポリテトラフルオロエチレン微粒子が連通した隙間のある多孔質状

に付着されているとともに,

C 前記ポリテトラフルオロエチレン微粒子の隙間間に光触媒粒子が保

持されている

D ことを特徴とする空気浄化用シート。

3.裁判所の判断のポイント

「本件発明は,周辺の空気の浄化を目的とした空気浄化用シートに係る発明であり,PTFEは融点以上でも極めて高い溶融粘度を示し,細微な空孔を残しやすいという特質を利用して,PTFE微粒子同士を,光や周辺の空気がPTFE微粒子間の隙間を通って光触媒粒子に至るような連通した隙間を形成するように多孔質状に付着させ,この連通した隙間間に光触媒粒子を保持させることにより,光や周辺の空気がこの隙間間を通って光触媒に至り,効率的に周辺の空気の浄化が行われるという構成を採用したことに特徴を有する発明であると解することができる。

 以上によれば「前記ポリテトラフルオロエチレン微粒子の隙間間に光触媒粒子が保持されている」(構成要件C)は,PTFE微粒子同士が多孔質状に付着することによって形成され,光や空気を通すよう連通する隙間の間に,光触媒粒子が保持されていることを意味すると解すべきである。

「原告は,①SEMを用いて撮影した被告製品の写真(甲20の1の写真6(原判決別添8,9))の4がPTFE微粒子,5が隙間,9がTiO2粒子である,②高倍率SEM写真(甲82の図1(別紙3))におけるA がTiO2粒子,B がPTFE微粒子,C がFEPである,③SEM-EDX分析の結果を示す写真(甲81の図2(別紙2))の赤いドットはTiO2粒子に由来する酸素原子(O)であり,黒く見える部分(孔)の周囲から内部にかけて赤いドットが存在することを前提に,被告製品の最外層におけるPTFE微粒子が形成する隙間にTiO2粒子が保持されていることが確認できると主張する。また,原告は,SEM写真(甲20の1の写真6,8及び9)から,被告製品の最外層は連通した隙間のある多孔質状の層であると主張する。

 しかし,原告の上記主張は,以下のとおり失当である。

 すなわち,SEM写真(甲20の1の写真6(原判決別添8,9))において,4がPTFE微粒子であり,9がTiO2粒子であることを確認することはできず,また,高倍率SEM写真(甲82の図1(別紙3))において,A がTiO2粒子,B がPTFE微粒子であることを確認することはできない。したがって,これらの写真から,PTFE微粒子同士が連通した隙間を形成していることを確認すること21はできない。

 また,SEM-EDX分析の結果を示す写真(甲81の図2(別紙2))からも,PTFE微粒子同士が連通した隙間を形成していることを確認することはできず,仮に,同写真の赤いドットが全てTiO2粒子に由来するものであるとしても,これが上記の隙間間に保持されていることを確認することはできない。

 以上のとおり,上記各写真から,仮に被告製品には隙間が存在するとしても,PTFE微粒子同士が多孔質状に付着することによって形成された隙間であること,それが周辺の空気を通すような連通した隙間であること,PTFE微粒子が形成している連通した隙間に光触媒粒子が保持されていることを確認することはできない。

 したがって,被告製品は,構成要件Cを充足しない。」

「原告は,構成要件Cにおける「PTFE微粒子の隙間」は「PTFE微粒子とFEP等の混合物が形成する隙間」を含み,その場合,PTFE微粒子の量は問題とならないという前提で,被告製品の最外層は,PTFEとFEP等との混合物ではあるが,PTFEの本来の特徴である成形品中の微細な空孔(ボイド)が確認できると主張する。

 しかし,以下のとおり,PTFEとFEPの溶融粘度の相違等に照らすならば,原告の主張を前提として,被告製品が構成要件Cを充足すると判断することはできない。

 本件発明が構成要件Cを採用したのは,光触媒粒子を保持する連通した隙間を形成するために,PTFEには,素材として,融点以上でも極めて高い溶融粘度を示し,成形品中に微細な空孔(ボイド)を残しやすいという特質がある点に着目したからに他ならないと解される。

 すなわち,PTFEと異なり,FEPは融点が270℃と低く,また溶融粘度が(4×104~105)(380℃)ポアズと低く,融点を超えると芯を残さずに溶解する。前記「発明の詳細な説明」中に記載されているように,本件発明に係る空気浄化用シートの形成過程において,PTFE微粒子同士を結合させて付着させるために,PTFEの融点より高い350~450℃程度に焼成した際,FEPが混在している場合には,FEPが融解し,PTFE微粒子間の隙間に流入すると考えられる。そうすると,仮に,構成要件Cにおける「PTFE微粒子」が「PTFE微粒子とFEP等の混合物」である場合を排除しないと解釈したとしても,FEPが融解した後に,光や空気が通るように,PTFE微粒子同士の結合による連通した隙間が一定程度は残存することを要するのであって,そのためには,相当量のPTFEが存在することは必須であると解すべきである。

・・・・

 このSEM観察の結果を斟酌すると,TiO2の含有割合や焼成の方法等によって,粒子の結合状態等は変わりうるとは考えられるものの,相当量のPTFEが存在するといえるためには,少なくともFEPと同量かそれ以上のPTFEが存在することを要すると解するのが合理的である。

() 各種化学分析等の結果について

 上記の点を前提にすると,次のとおり,化学分析等によって,被告製品の最外層に相当量のPTFEが存在すると認めることはできない。

a DSC測定

 これらの測定結果に照らすと,サンプル中にPFTEは極少量しか存在しないと解される。上記の方法で採取したサンプルが,被告製品の最外層とその下のFEP層しか含んでおらず,PTFEは被告製品の最外層に含まれていると仮定し,さらに,FEP層のFEPによりPTFEの存在分率が希釈されるという点を考慮したとしても,上記陳述書(甲85)記載のDSC測定の結果から,被告製品の最外層に相当量のPTFEが含まれていると認めることはできない。

・・・・

 以上のとおり,被告製品は構成要件Cを充足しない。」

2011年8月7日日曜日

最近読んだ雑誌記事13

梅田幸秀,「特許拒絶査定不服審判運用上の問題点 -審判請求時の補正の補正却下について-」、パテント,Vol.64,No.10(別冊No.6)、第50-68頁、2011

拒絶査定不服審判請求時に行う補正と補正却下の関係について論じられている。

拒絶査定を受けた段階において、独立請求項と、当該独立請求項の構成要件の一部を限定する従属請求項が存在する場合に、独立請求項を削除し、従属請求項を独立請求項とする補正は、「請求項の削除」であると同時に、「特許請求の範囲の限定的限縮」であり、どちらとも解釈できる。ところが、「請求項の削除」であれば独立特許要件が不問であり、仮に新しい拒絶理由が存在したとしても補正却下はされず拒絶理由が通知される(応答時に補正が可能)のに対して、「特許請求の範囲の限定的限縮」であれば仮に新しい特許性否定事由が発見された場合には補正却下の対象であり、補正却下理由を解消するための補正の機会は保障されていないのであるから、「請求項の削除」か、「特許請求の範囲の限定的限縮」かは審判請求人にとっては重要な問題である。
本論文ではこの問題について裁判例からは必ずしも明らでないことや、審判請求時の補正が補正却下された場合に生じる問題点等について論じられている。