2011年7月31日日曜日

「その方法の使用にのみ用いる物」の実施による間接侵害が認定された事例

知財高裁平成23年6月23日判決

平成22年(ネ)第10089号 特許権侵害差止等請求控訴事件

1.概要

 被告方法1は、方法に関する本件発明1の構成要件を充足する。

 被告装置1は、被告方法1の使用に用いる装置である。

 被告装置1を、「ノズル部材」を1mmよりも深く下降させるように使用したとき、本件発明1の方法の構成要件である「外皮材を椀状に形成する」を満足する。

 被控訴人(一審被告)は、被告装置1の納品にあたり、「ノズル部材が1㎜以下に下降できない状態で納品した」と主張した。

 この場合に被告装置1が本件発明1の方法の使用に「のみ」用いる物といえるかどうかが争われた。

 知財高裁は被告装置1が本件発明1の方法の使用に「のみ」用いる物であると判断した。

2.裁判所の判断のポイント

(6) 間接侵害の成否

ア 以上のとおり,被告方法1は,本件発明1の構成要件を全て充足する。

イ 特許法101条4号について

 特許法101条4号は,その物自体を利用して特許発明に係る方法を実施する物についてこれを生産,譲渡等する行為を特許権侵害とみなすものであるところ,同号が,特許権を侵害するものとみなす行為の範囲を,「その方法の使用にのみ用いる物」を生産,譲渡等する行為のみに限定したのは,そのような性質を有する物であれば,それが生産,譲渡等される場合には侵害行為を誘発する蓋然性が極めて高いことから,特許権の効力の不当な拡張とならない範囲でその効力の実効性を確保するという趣旨に基づくものである。このような観点から考えれば,その方法の使用に「のみ」用いる物とは,当該物に経済的,商業的又は実用的な他の用途がないことが必要であると解するのが相当である。

 被告装置1は,前記のとおり本件発明1に係る方法を使用する物であるところ,ノズル部材が1㎜以下に下降できない状態で納品したという被控訴人の前記主張は,被告装置1においても,本件発明1を実施しない場合があるとの趣旨に善解することができる。

 しかしながら,同号の上記趣旨からすれば,特許発明に係る方法の使用に用いる物に,当該特許発明を実施しない使用方法自体が存する場合であっても,当該特許発明を実施しない機能のみを使用し続けながら,当該特許発明を実施する機能は全く使用しないという使用形態が,その物の経済的,商業的又は実用的な使用形態として認められない限り,その物を製造,販売等することによって侵害行為が誘発される蓋然性が極めて高いことに変わりはないというべきであるから,なお「その方法の使用にのみ用いる物」に当たると解するのが相当である。被告装置1において,ストッパーの位置を変更したり,ストッパーを取り外すことやノズル部材を交換することが不可能ではなく,かつノズル部材をより深く下降させた方が実用的であることは,前記のとおりである。そうすると,仮に被控訴人がノズル部材が1㎜以下に下降できない状態で納品していたとしても,例えば,ノズル部材が窪みを形成することがないよう下降しないようにストッパーを設け,そのストッパーの位置を変更したり,ストッパーを取り外すことやノズル部材を交換することが物理的にも不可能になっているなど,本件発明1を実施しない機能のみを使用し続けながら,本件発明1を実施する機能は全く使用しないという使用形態を,被告装置1の経済的,商業的又は実用的な使用形態として認めることはできない。したがって,被告装置1は,「その方法の使用にのみ用いる物」に当たるといわざるを得ない。

(7) 小括

 以上のとおり,被告装置1の製造,販売及び販売の申出をする行為は,本件特許権1を侵害するものとみなされる。 」

2011年7月24日日曜日

選択発明の新規性が争われた事例

平成22年(行ケ)第10324号 審決取消請求事件
知財高裁平成23年7月7日判決

1.概要
 本件では選択発明の新規性が争われた。本件発明では、所定の二種の単量体を組み合わせて共重合体を形成することが特定されているのに対して、引用発明1ではこの特定の組み合わせを取り得る選択肢として開示しているものの、具体的な例としては開示していない。

 審決(無効審判事件)では「新規性あり」と判断された。選択肢に含まれる組合せの数が多数であることも考慮された。

 これに対して裁判所は、特定の組み合せによる効果が明細書に開示されていないことなどを考慮して「新規性なし」と判断した。被告(特許権者)が審判段階で追加提出した、特定の組み合せによる効果を示す試験報告書は、効果が明細書に開示されていないことなどを理由に参酌することができないと判断した。

2.本件発明(請求項1記載の発明):
「表面に長鎖アルキル基を有する重合性ビニル単量体の1種又は2種以上と該重合性ビニル単量体と共重合可能な他の重合性ビニル単量体の1種又は2種以上とからなるグラフト共重合体鎖を導入した重合体粒子からなることを特徴とする液晶用スペーサー」

3.引用発明1:
「粒子表面を配向基板に対して付着性を有する付着層によって被覆した構成であって,該粒子表面と付着層とは共有結合によって結合されている液晶用スペーサーであって,前記粒子は重合体粒子であり,前記付着層として用いられる材料は,「メチルアクリレート,エチルアクリレート,n-ブチルアクリレート,iso-ブチルアクリレート,2-エチルヘキシルアクリレート,シクロヘキシルアクリレート,テトラヒドロフルフリルアクリレート,メチルメタクリレート,エチルメタクリレート,n-ブチルメタクリレート,iso-ブチルメタクリレート,2-エチルヘキシルメタクリレート,ステアリルメタクリレート,ラウリルメタクリレート,メチルビニルエーテル,エチルビニルエーテル,n-プロピルビニルエーテル,n-ブチルビニルエーテル,iso-ブチルビニルエーテル,スチレン,α-メチルスチレン,アクリロニトリル,メタクリロニトリル,酢酸ビニル,塩化ビニル,塩化ビニリデン,弗化ビニル,弗化ビニリデン,エチレン,プロピレン,イソプレン,クロロプレン,ブタジエン」に例示される重合可能な単量体の単独重合体または上記単量体の2種以上の共重合体であって熱可塑性を有するものであり,粒子表面に上記付着層を構成する重合体との共有結合は,グラフト重合法によって結合せしめたものである,液晶用スペーサー」

4.一致点・相違点
(イ) 一致点:表面に重合性ビニル単量体の2種以上からなるグラフト共重合体鎖を導入した重合体粒子からなる液晶用スペーサー
(ウ) 相違点:グラフト共重合体鎖が,本件発明では,「長鎖アルキル基を有する重合性ビニル単量体の1種又は2種以上と該重合性ビニル単量体と共重合可能な他の重合性ビニル単量体の1種又は2種以上とからなる」のに対して,引用発明1では,2種以上からなる重合性ビニル単量体の組合せを特定しないものである点(以下「相違点1」という。)

5.審決の要点(新規性あると判断):
 審決では、本件発明は、引用発明1とは実質的に異なると判断された。
「引用例1には、例示された単量体の二種以上の共重合体として、特定の二種の組合せが記載されているわけではなく、当該段落の記載は、列挙されている単量体同士の組合せ(特に、「二種以上」とされていることを考慮すると、組合せはきわめて多数のものとなる。)のうち、「長鎖アルキル基を有する重合性ビニル単量体」に該当するいくつかの特定の単量体と、「該重合性ビニル単量体と共重合可能な他の重合性ビニル単量体」に該当する他の単量体との組合せが、あり得る選択肢として含まれることを示すにとどまるものである。また、甲第1号証のその他の記載をみても・・・特定の二種(以上)の単量体の組合せを具体的に示す記載はない
・・・
 そして、上記のように、引用発明1において、付着層として用い得る単量体の二種以上の組合せがきわめて多数のものになることに照らせば多数の組合せの中に「長鎖アルキル基を有する重合性ビニル単量体」と「該重合性ビニル単量体と共重合可能な他の重合性ビニル単量体」との組合せが含まれるとしても、このことをもって、甲第1号証に、「長鎖アルキル基を有する重合性ビニル単量体」に該当するいくつかの特定の単量体と、「該重合性ビニル単量体と共重合可能な他の重合性ビニル単量体」に該当する他の単量体との組合せによる共重合体を付着層として用いることを示す記載があるとすることはできない。
 したがって、引用発明1が、相違点に係る本件発明の構成を実質的に備えるとはいえないから、相違点は実質的な相違である。」

6.裁判所の判断のポイント(新規性なしと判断):

「(1) 本件発明について
・・・
 以上の本件明細書の記載によると,本件発明は,液晶用スペーサーにおいて,表面に長鎖アルキル基を有する重合性ビニル単量体の1種又は2種以上と重合性ビニル単量体と共重合可能な他の重合性ビニル単量体の1種又は2種以上とからなるグラフト共重合体鎖を導入した重合体粒子を用いることにより,重合体粒子表面のグラフト共重合体鎖の長鎖アルキル基に対して液晶分子が垂直に規則正しく配列し,液晶スペーサー周りの配向異常を防止することをその技術内容とするものである。
 もっとも,本件明細書【0014】に記載される作用効果は,単独重合,共重合によらず,長鎖アルキル基を有する重合性ビニル単量体の重合体鎖を重合体粒子表面にグラフトしたことに基づくものであって,このような「特定の共重合体鎖」に限定したことに基づく作用効果についての記載はない。
 また,本件明細書【0015】ないし【0027】の実施例の記載から,単量体を共重合した3種の共重合体鎖をグラフト重合体鎖として有するスペーサー(実施例10~12)が,オクタデシルメトキシシランで処理されたスペーサー(比較例1・2)よりも優れていることは理解できるものの,当該比較例は,カップリング剤によって処理されたものであって,単独重合体鎖や他の共重合体鎖を導入したものではないから,液晶スペーサーのグラフト重合体鎖として「特定の共重合体鎖」を限定した作用効果,すなわち,「特定の共重合体鎖」が単独重合体鎖や他の共重合体鎖である場合よりも優れていることは,何ら記載されているものではない。
 この点について,被告は,拒絶査定不服審判において,手続補正書(甲5)に,グラフト鎖が単独重合体鎖の場合と共重合体鎖の場合とを比較した試験報告書を添付し,グラフト共重合体鎖にメチルメタクリエート(MMA)を共重合することによって,単独グラフト共重合体鎖よりも光抜け改善効果が安定すると指摘しているが,このような効果は,本件明細書には全く記載されていないから,本件発明の作用効果に関して当該試験報告書を参酌することはできない。
・・・

(2) 引用発明1について
・・・
 以上の引用例1の記載によると,引用発明1は,粒子と付着層とをグラフト重合法等などによって共有結合させることにより, 配向基板に付着性が良好でかつ付着層が剥離しない液晶用スペーサーを提供することをその技術内容とするものである。
(3) 相違点1について
ア 前記(1)及び(2)の本件発明1及び引用発明1の技術内容からすると,引用例1の【0010】に列挙された「メチルアクリレート,エチルアクリレート,n-ブチルアクリレート,iso-ブチルアクリレート,2-エチルヘキシルアクリレート,シクロヘキシルアクリレート,テトラヒドロフルフリルアクリレート,メチルメタクリレート,エチルメタクリレート,n-ブチルメタクリレート,iso-ブチルメタクリレート,2-エチルヘキシルメタクリレート,ステアリルメタクリレート,ラウリルメタクリレート,メチルビニルエーテル,エチルビニルエーテル,n-プロピルビニルエーテル,n-ブチルビニルエーテル,iso-ブチルビニルエーテル,スチレン,α-メチルスチレン,アクリロニトリル,メタクリロニトリル,酢酸ビニル,塩化ビニル,塩化ビニリデン,弗化ビニル,弗化ビニリデン,エチレン,プロピレン,イソプレン,クロロプレン,ブタジエン等の重合可能な単量体の単独重合体又は上記単量体の2種以上の共重合体であって熱可塑性を有するもの」であれば,いずれもその分子構造が直鎖状であって,通常は熱可塑性を有する重合体であるといえるから,上記列挙に係る各単量体を重合して得られる重合体のほとんど全てが付着層として使用できるものということができる。
 そして,上記単量体のうち,2-エチルヘキシルメタクリレート,ステアリルメタクリレート,ラウリルメタクリレートは,本件発明の「長鎖アルキル基を有する重合性ビニル単量体」に該当するものであるから,引用例1の【0010】には,文言上,「長鎖アルキル基を有する重合性ビニル単量体」を共重合材料に含む共重合体を付着層とすることが記載されているということができる。

イ 本件明細書が開示する,重合体粒子表面のグラフト共重合体鎖の長鎖アルキル基に対して液晶分子が垂直に規則正しく配列することにより,液晶スペーサー周りの配向異常を防止するという本件発明の作用効果は,単独重合,共重合によらず,長鎖アルキル基を有する重合性ビニル単量体の重合体鎖を重合体粒子表面にグラフトしたことに基づくものであって,本件明細書において,本件発明が,引用発明1に開示されている構成のうちから,「特定の共重合体鎖」に限定しているとしても,それに基づいて生じる格別の作用効果に係る記載はないから,本件発明の「特定の共重合体鎖」が単独重合体鎖や他の共重合体鎖と比較して格別の作用効果を奏するものということはできない。しかも,本件明細書【0014】には,「長鎖アルキル基の層の厚みが0.01μm以上であれば,グラフト共重合体鎖の溶融効果又は配向基板上の官能基残基との反応により重合体粒子と配向基板との固着性も有する。」として,長鎖アルキル基の層が一定の厚みを有すると付着性が向上する旨を明らかにしているものである。
 そうすると,本件発明は,引用発明1における付着層を構成する重合体鎖について,その一部に相当する「特定の共重合体鎖」を単に限定しているにすぎず,このような限定によって,引用発明1とは異なる作用効果あるいは格別に優れた作用効果を示すものと認めることもできないから,引用発明1の解決課題である付着性や技術常識の観点から,相違点1が実質的な相違点ということはできない。
ウ 以上のとおり,本件発明は,引用発明1において例示的に列挙された「重合可能な単量体の単独重合体又は上記単量体の2種以上の共重合体であって熱可塑性を有するもの」の中から,「表面に長鎖アルキル基を有する重合性ビニル単量体の1種又は2種以上と重合性ビニル単量体と共重合可能な他の重合性ビニル単量体の1種又は2種以上とからなるグラフト共重合体鎖を導入した重合体粒子」について一部限定したものというほかない。
 また,本件発明は,引用発明1から本件発明が限定した部分について,引用発明1の他の部分とその作用効果において差異があるということはできないから,引用発明1と異なる発明として区別できるものでもない。
 したがって,本件発明と引用発明1との間には,相違点は存しないといわざるを得ない。
エ この点について,被告は,引用例1には,本件発明における「長鎖アルキル基を有する重合性ビニル単量体の1種又は2種以上」と,「該重合性ビニル単量体と共重合可能な他の重合性ビニル単量体の1種又は2種以上」との特定の単量体を組み合わせたグラフト共重合体鎖に関する技術思想が開示されていない,引用発明1の付着層においては,「長鎖アルキル基を有する重合性ビニル単量体」に該当する単量体と「該重合性ビニル単量体と共重合可能な他の重合性ビニル単量体」に該当する単量体とを,わざわざ組み合わせてグラフト共重合体鎖とする必然性はなく,これらを組み合わせてグラフト共重合体鎖とすることにより,配向異常や光抜け等が発生するという従来技術の課題を解決するという本件発明の課題やその解決手段も開示されていない等と主張する。
 しかしながら,引用例1には,【0010】に列挙された単量体の重合体鎖であれば,単独重合体鎖,共重合体鎖のいずれにおいても付着層として使用できることが開示されているのみならず,この重合体鎖には本件発明の「特定の共重合体鎖」も包含されるのであるから,引用例1には,付着層を構成する重合体鎖として,本件発明の「特定の共重合体鎖」に係る技術思想が開示されているものということができる。被告の主張は採用できない。」

2011年7月10日日曜日

最近読んだ雑誌記事12

「コンパニオン診断を保護する特許出願の日米欧における審査実務の研究」,バイオテクノロジー委員会第2小委員会, 知財管理, Vol.61, No.5, p625-642, 2011

個別の患者毎の薬剤に対する応答性をバイオマーカー等を指標として評価し、患者毎に薬剤の投与量を決定するのに活用すること等が「コンパニオン診断」と呼ばれるようです。コンパニオン診断に関しての日米欧三極の審査実務について具体的な事例に基づき検討されています。