2011年4月2日土曜日

用途の同一性が争われた事例

知財高裁平成23年3月23日判決

平成22年(行ケ)第10256号審決取消請求事件

1.概要

 本事例では、無効審判審決において特許庁審判体は用途の新規性を肯定し、知財高裁は用途の新規性を否定した。

 知財高裁は、用途発明の同一性を判断する際の判断基準を以下のとおり示した。

「物の性質の発見,実証,機序の解明等に基づく新たな利用方法に基づいて,「物の発明」としての用途発明を肯定すべきか否かを判断するに当たっては,個々の発明ごとに,発明者が公開した方法(用途)の新規とされる内容,意義及び有用性,発明として保護した場合の第三者に与える影響,公益との調和等を個々的具体的に検討して,物に係る方法(用途)の発見等が,技術思想の創作として高度のものと評価されるか否かの観点から判断することが不可欠となる。」

 審判体と裁判所の判断を以下に紹介する。

2.本件特許発明

【請求項1】

A ポリビニルピロリドン,ポリビニルアルコール,ポリアクリル酸,シクロデキストリン,アミノペクチン,又はメチルセルロースの存在下で

B 金属塩還元反応法により調整され,

C 顕微鏡下で観察した場合に粒径が6nm 以下の白金の微粉末からなる

スーパーオキサイドアニオン分解剤。

3.審決の理由

 審決は,本件特許発明は,甲1(特開2002-212102号公報)及び甲2(特開2001-122723号公報)記載の発明と同一ではなく,また,甲1,2及び甲3(高分子論文集 Vol.57No.6pp346-355(2000)「高分子保護貨幣金属ナノクラスターの調製と機能」)の記載及び本件優先日当時の当業者の技術常識を考慮しても,当業者が容易に想到できたものとは認められないから,本件特許を無効とすることはできないとするものである。

3.1.甲1の記載

 白金微粉末に関するもの(構成A~Cに関するもの)として,(a)コロイド中の白金粒子が,単一粒子で10nm 以下で,その単一粒子が鎖状になった凝集粒子が150nm オーダー以下で分散している白金コロイド溶液であって,たとえば,金属塩還元法(特に,特願平11-259356号に記載の方法)により製造されるもの,及び,(b)具体例として,『しんくろ』と名づけられた白金コロイド溶液であり,金属塩還元法によって製造され,凝集粒子径(鎖状)が4~8nm の白金凝集粒子を含むものが記載されており,また,白金微粉末の性質ないし用途に関するもの(構成Dに関するもの)としては,金属塩還元法,とりわけ,特願平11-259356号に記載の方法によって得られた金属微粒子(コロイド)(PtPd コロイド)の性質として,(c)過酸化水素水の分解反応を触媒すること,及び,上記(b)の白金微粉末の性質として,(d)上記(1―5)に記載されるような各種病気(判決注・リュウマチ,胆嚢・ポリープ,低血圧,腎臓病,肝臓病,アトピー,生理不順,肥満,糖尿病,食欲不振,高血圧,リンパ球ガン,子宮ガン,肝臓ガン,C肝炎,膠原病,神経痛,腸閉塞,腎盂炎,腎不全,肺気腫,胃酸過多,腕のしびれ,慢性鼻炎,口内炎,脳梗塞,血栓症,自律神経失調症,生理痛,直腸ガン,胃潰瘍等)の症状改善に効果がある。

3.2.用途限定(構成D)に関する審決の判断

「本件特許発明の要件Dは、「スーパーオキサイドアニオン分解剤」であるのに対し、甲第1号証には、上述のように、(c)過酸化水素水の分解反応を触媒すること(上記(1-3))、及び、(d)上記(1-5)に記載されるような各種病気の症状改善に効果があることが記載されているのみであり、スーパーオキサイドアニオンの分解に関する記載はないから、少なくとも形式的には、甲第1号証には、要件Dは記載されていない。

 また、上記(c)については、過酸化水素とスーパーオキサイドアニオンがいずれも活性酸素の一種であるということができても、乙第1号証には、「個性豊かな四つの活性酸素」という項において、「a.スーパーオキシドイオン」と「b.過酸化水素」は別の項目で説明されており、このうち、スーパーオキサイドアニオンは、「Oはラジカルで、しかも陰イオン(アニオンともいう)であり、多様な反応性を示します(図7)。」(13頁、9~10行)と記載され、図7には、ラジカルとしての反応性として、塩基触媒反応、求核置換反応及び求核付加反応の例が、また、アニオンとしての反応性として、水素引き抜き反応、一電子酸化反応、一電子還元反応及び不均化反応の例が記載されているのに対し、過酸化水素については、「過酸化水素(H)は不対電子を持っておらず(図6)、したがってOや・OHと異なってラジカルではありません。しかしながら、わずかなきっかけで・OHを生成するというとても不安定な性質をもっているために活性酸素の仲間に入れられています。・・・過酸化水素そのものの酸化力は大きくありません。むしろ、過酸化水素は・OH、HO・(ヒドロキシペルオキシラジカル、Oの水素イオンがついたもの)源として重要です。過酸化水素が種々の菌を殺す殺菌効果があるというのも、過酸化水素分子自身がその作用を行うというよりも、それが分解して・OHを生成し、それが真の反応種となっている場合の方が多いともいわれています。過酸化水素は、ヒトの細胞の中にある鉄イオンや銅イオンと反応して・OHを生成します。」(17頁5~16行)と記載され、この記載によると、両者は、異なる反応性を有する化学物質であると認識されていたものと認められる。また、乙第1号証の30頁2~8行に、「最近、生物の寿命とSOD活性能力(すなわち、体重1グラム当たり同じエネルギーを生み出すのにどれだけのSODが関与しているかを表す)との相関性が認められています。・・・SOD活性が高いほど活性酸素の消去が早く、寿命を伸ばすはたらきがあることがわかります。」と記載されているように、スーパーオキサイドアニオンの代表的なスカベンジャーであるSODについての生物学的な意義が認識されている。つまり、SODの基質であるスーパーオキサイドアニオンについての生物的な意義が認識されているということができる。さらに、二酸化マンガンのように、過酸化水素の分解を触媒するが、スーパーオキサイドアニオンに触媒的な分解作用を発揮しないものや、カテキンのように、スーパーオキサイドアニオンに対して分解活性を示すが、過酸化水素には分解活性を示さない(乙14参照)ものが存在するという事実も、過酸化水素分解作用とスーパーオキサイドアニオン分解作用は別のものであることを示している。

 したがって、スーパーオキサイドアニオンの分解と、過酸化水素の分解とは、実質的に同一のものということはできない。

 次に、上記(d)については、甲第1号証に記載された各症状の改善とスーパーオキサイドアニオンの分解作用とを関連づける記載は、甲第1号証にはなく、また、これらの症状が改善したことから直ちに、白金微粉末がスーパーオキサイドアニオン分解作用を有するといえるとの技術常識が存在したものとも認められない。

 続いて、請求人が、本件特許発明の基礎になっている「スーパーオキサイドアニオン分解作用」について、『これが未知の属性であったと仮定しても、本件特許はこの属性に基づく新たな用途を何ら提供するものではない。』とも主張するので、この点について検討する。

 まず、本件特許発明に係る「スーパーオキサイドアニオン分解剤」は、請求項には、使用態様や具体的な用途について特段の限定がないので、本件特許明細書に記載された用途のみならず、スーパーオキサイドアニオン分解作用に関する、本件優先日当時における当業者に周知の知見から自明な用途に使用するものも包含するものと認められる。

 そうすると、本件特許明細書には、「本発明の分解剤は、活性酸素に起因するとされる前記の疾病、特に筋萎縮性側索硬化症(FALS)などの予防又は治療に有効であると期待される。また、還元水の形態として提供される本発明の分解剤は、健康食品としての飲料水又はスポーツドリンクとして用いることができ、それ自体を医薬又は化粧料として使用できるほか、健康食品の製造や医薬又は化粧料などの製造に用いることもできる。」(段落【0021】)と記載されているが、これらのみならず、「スーパーオキサイドアニオン分解剤」という発明が提供する用途は、スーパーオキサイドアニオン分解作用という属性から、本件優先日当時における当業者にとって自明な用途にも及ぶものと認められる。

 そして、本件特許発明の「スーパーオキサイドアニオン分解剤」は、医薬分野における各種用途の他、(i)飲食物中の過酸化水素発生抑制のための適用(乙第9,10号証)、(ii)油脂の酸化防止のための適用(乙第11号証)、(iii)ポリマーの光分解防止のための適用(乙第12号証)、(iv)二酸化チタンから生成するスーパーオキサイドアニオン消去のための適用(乙第13号証)等への使用可能性を有しているものと認められるので、請求人の『これが未知の属性であったと仮定しても、本件特許はこの属性に基づく新たな用途を何ら提供するものではない。』との主張は採用できない。

 この点に関し、請求人は、『被請求人が上申書にて主張する「スーパーオキサイドアニオン分解剤」の個別具体的な用途は、(1)甲第1号証に記載の用途と区別不可能な用途、(2)本件特許明細書に何ら記載も示唆もされておらず、出願時の技術水準を考慮しても自明とはいえない用途、(3)本件特許発明の剤により、当該用途に用い得るか否かが、本件特許明細書の記載並びに出願時の技術水準を組み合わせても不明である用途のいずれかの一以上に該当し、何ら新たな用途を提供するものではない』と主張する。

 請求人は、このうち、(2)に該当するものとして、(ii)油脂の酸化防止のための適用、(iii)ポリマーの光分解防止のための適用、及び、(iv)二酸化チタンから生成するスーパーオキサイドアニオン消去のための適用を指摘するが、乙第11~13号証には、スーパーオキサイドアニオンが、油脂の酸化劣化を促進すること(乙第11号証)、ポリマーの光分解及び進行の過程でスーパーオキサイドアニオンが生成すること(乙第12号証)及び、二酸化チタンを日焼け止め剤として使用する際には、スーパーオキサイドアニオンが皮膚に酸化的損傷を与えること(乙第13号証)がそれぞれ記載されていることから、本件特許発明に係るスーパーオキサイドアニオン分解剤を、(f)~(h)のような、食品分野、工業分野又は化粧品分野へ使用できるものと、本件優先日当時の当業者が認識できたものと認められる。

 また、請求人は、(3)に該当するものとして、医薬分野における各種用途として挙げられたもののうち、SOD様物質としての適用、フリーラジカルによって引き起こされる疾病の予防又は治療のための適用、及び、炎症抑制のための適用を指摘するが、これらについても、乙第3~8号証の記載から、スーパーオキサイドアニオン分解作用と、上記用途への適用を関連づけることは可能であると認められる。

 したがって、本件特許発明の「スーパーオキサイドアニオン分解剤」は、(1)のように、甲第1号証に記載された用途と重複する用途が存在するとしても、(2)及び(3)のように、甲第1号証に記載された用途とは異なる新たな用途を提供するものと認められるので、この点に関する請求人の主張は採用することができない。


4.裁判所の判断のポイント

「当裁判所は,下記の事実関係を総合すれば,本件特許発明における白金微粉末を「スーパーオキサイドアニオン分解剤」としての用途に用いるという技術は,甲1において記載,開示されていた,白金微粉末を用いた方法(用途)と実質的に何ら相違はなく,新規な方法(用途)とはいえず,白金微粉末に備わった上記の性質を,構成Dとして付加したにすぎず,本件特許発明は,甲1の記載と実質的には同一のものであって,新規性を欠くことになるから,これと異なる審決の認定,判断には誤りがあると解する。」

(1) 一般に,公知の物は,特許法29条1項各号に該当するから,特許の要件を欠くことになる。しかし,その例外として,①その物についての非公知の性質(属性)が発見,実証又は機序の解明等がされるなどし,②その性質(属性)を利用する方法(用途)が非公知又は非公然実施であり,③その性質(属性)を利用する方法(用途)が,産業上利用することができ,技術思想の創作としての高度なものと評価されるような場合には,単に同法2条3項2号の「方法の発明」として特許が成立し得るのみならず,同項1号の「物の発明」としても,特許が成立する余地がある点において,異論はない(特許法29条1項,2項,2条1項)。もっとも,物に関する「方法の発明」の実施は,当該方法の使用にのみ限られるのに対して,「物の発明」の実施は,その物の生産,使用,譲渡等,輸出若しくは輸入,譲渡の申出行為に及ぶ点において,広範かつ強力といえる点で相違する。このような点にかんがみるならば,物の性質の発見,実証,機序の解明等に基づく新たな利用方法に基づいて,「物の発明」としての用途発明を肯定すべきか否かを判断するに当たっては,個々の発明ごとに,発明者が公開した方法(用途)の新規とされる内容,意義及び有用性,発明として保護した場合の第三者に与える影響,公益との調和等を個々的具体的に検討して,物に係る方法(用途)の発見等が,技術思想の創作として高度のものと評価されるか否かの観点から判断することが不可欠となる。

 以上に照らして,本件特許発明の新規性の有無について検討する。

(2) 前記1のとおり,本件補正明細書には,以下の記載がある。すなわち,①「背景技術」として,スーパーオキサイドアニオン等の活性酸素種(ラジカル)が生体内で生体制御に関与していると言われていること,活性酸素が関与する疾病として,ガン,糖尿病,アトピー性皮膚炎,アルツハイマー,網膜色素変性症等が挙げられ,ヒトの病気の90%には何らかのかたちで過剰状態の活性酸素が関与していると言われていること,②本件特許発明の「解決課題」として,生体内で生成する活性酸素のうちO(スーパーオキサイドアニオン)等を効率よく消失させ,生体内におけるこれらの活性酸素の過剰状態を解消するための手段を提供することを目的としていること,③本件特許発明の「課題解決手段」として,白金微粉末等の微粉末は,生体内においてスーパーオキサイドアニオンを分解できること,④実施例及び実験結果を示した上,白金微粉末等の微粉末それ自体を,医薬又は化粧料として使用できるほか,健康食品の製造や医薬又は化粧料などの製造に使用することもできるとしていること,⑤本件特許発明の「産業上の利用可能性」として,本件発明のスーパーオキサイドアニオン分解剤を,生体に投与することにより,生体内の過剰なスーパーオキサイドアニオンを分解することができること等が記載されている。

 他方,甲1には,前記のとおり,構成AないしCを充足する白金微粉末として,(a)コロイド中の白金粒子が,単一粒子かつ10nm 以下で,その単一粒子が鎖状になった凝集粒子が150nm オーダー以下で分散している白金コロイド溶液であって,たとえば,金属塩還元法(特に,特願平11-259356号に記載の方法)により製造されるもの等があること,白金微粉末を体内に取りいれる方法が示されていること,白金微粉末の上記方法は,各種病気の症状改善に効果があること等が記載,開示されている。

(3) 本件特許発明の構成AないしC記載の白金の微粉末は,甲1の白金微粉末を含んでいるから,公知の物質であるといえる(この点,当事者間に争いはない。なお,本件特許発明記載の白金の微粉末は,甲1を示すまでもなく,物質として公知である。)。

 そして,本件補正明細書の記載によれば,①スーパーオキサイドアニオン等の活性酸素種が関与する疾病として,ガン,糖尿病,アトピー性皮膚炎,アルツハイマー,網膜色素変性症等が存在すること,②構成AないしCに該当する白金微粉末には,スーパーオキサイドアニオンを分解できる属性を有することが確認されたことが記載されている。また,特許請求の範囲の記載によれば,本件特許発明は,構成AないしCに該当する白金微粉末を,「医薬品」「健康食品」又は「化粧品」の用途に使用するための「物の発明」として特許請求されたのではなく,「スーパーオキサイドアニオン分解剤」の用途に使用するための「物の発明」として特許請求されている。

 他方,甲1には,構成AないしCに該当する白金微粉末は,ガン,糖尿病,アトピー性皮膚炎などの予防又は治療に有効であると期待されていること,そのような効果を期待して,水溶液として,体内に投与する方法が示されていることが記載され,同記載によれば,そのような使用方法は,公知であることが認められる。そうすると,甲1には,白金微粉末がスーパーオキサイドアニオンを分解する作用が明示的形式的に記載されていないものの,従来技術(甲1)の下においても,白金微粉末を上記のような方法で用いれば,スーパーオキサイドアニオンが分解されることは明らかであり,白金微粉末によりスーパーオキサイドアニオンが分解されるという属性に基づく方法が利用されたものと合理的に理解される(甲24参照)。

 以上によれば,本件特許発明における白金微粉末を「スーパーオキサイドアニオン分解剤」としての用途に用いるという技術は,甲1において記載,開示されていた,白金微粉末を用いた方法(用途)と実質的に何ら相違はなく,新規な方法(用途)とはいえないのであって,せいぜい,白金微粉末に備わった上記の性質を,構成Dとして付加したにすぎないといえる。すなわち,構成Dは,白金微粉末の使用方法として,従来技術において行われていた方法(用途)とは相違する新規の高度な創作的な方法(用途)の提示とはいえない。

 これに対し,被告は,本件発明は,白金微粉末における,新たに発見した属性に基づいて,同微粉末を「剤」として用いるものである以上,新規性を有すると主張する。しかし,確かに,一般論としては,既知の物質であったとしても,その属性を発見し,新たな方法(用途)を示すことにより物の発明が成立する余地がある点は否定されないが,本件においては,新規の方法(用途)として主張する技術構成は,従来技術と同一又は重複する方法(用途)にすぎないから,被告の上記主張は,採用の限りでない。本願審査の段階において,還元水としての用途については,削除されたものと認められる(甲21参照)が,そのような限定が付加されたとしても,従来技術を含む以上,本件特許発明の新規性が肯定されるものとはいえない。