2011年1月30日日曜日

進歩性否定のための正確な論理付けがなされていないことを理由に拒絶審決を取り消した事例

知財高裁平成22年12月28日判決
平成22年(行ケ)第10229号審決取消請求事件

1.概要
 本発明の事例では拒絶審決における進歩性欠如の論理付けが適法でないとして審決が取り消された。
 進歩性を否定する結論を導くためには論理的な説明が必要であるとする最近の裁判所のスタンスがよく理解できる裁判例の1つとして紹介する。

2.本願発明(請求項1記載の発明)
「【請求項1】最大径が0.1mm~3mmであるピンポイントゲート又はトンネルゲートを有する金型を用いた熱可塑性樹脂の射出成形方法において,該熱可塑性樹脂を溶融して金型内部に射出する際の該金型の温度が,射出される熱可塑性樹脂の荷重変形温度より0~100度高くなるように設定され,それによりゲートマークの発生が防止されることを特徴とする成形方法。」

3.審決の理由の概要
(1) 審決は,特開平10-100216号公報(以下「刊行物1」という。甲1)に記載された発明(以下「刊行物1記載の発明」という。)の内容,及び本願発明と刊行物1記載の発明との一致点及び相違点を以下のとおり認定した。
ア 刊行物1記載の発明の内容
「ゲート11を有する金型を用いた熱可塑性樹脂の射出成形法において,溶融された熱可塑性樹脂を金型内部に射出する際の金型温度が,射出する熱可塑性樹脂の熱変形温度より0~100度高くなるように設定され,高品質外観を有する射出成形品を得る方法。」(審決書2頁27行~30行)
イ 一致点
「ゲートを有する金型を用いた熱可塑性樹脂の射出成形方法において,該熱可塑性樹脂を溶融して金型内部に射出する際の該金型の温度が,射出される熱可塑性樹脂の荷重変形温度より0~100度高くなるように設定された成形方法」である点(審決書3頁8行~11行)
ウ 相違点
「[相違点1]
本願発明は,ゲートが『最大径が0.1mm~3mmであるピンポイントゲート又はトンネルゲート』であるのに対し,刊行物1記載の発明のゲートは径が不明である点。
[相違点2]
本願発明は,『ゲートマークの発生が防止される』のに対し,刊行物1記載の発明は高品質外観を有するものの,ゲートマークの発生が防止されるか否かは不明である点。」(審決書3頁12行~19行)
(2)審決は,相違点に係る容易想到性について,次のとおり判断した。
「(相違点1について)
 射出成形の技術分野において,径が0.1mm~3mmであるピンポイントゲート又はトンネルゲートを有する金型は,従来周知の事項である(例えば,特開平6-97695号公報の段落【0013】には『径0.8mm』のピンポイントゲートが記載され,特開平5-60995号公報の段落【0011】には『ゲート径は1.2mm』のピンポイントゲートが記載されている点等参照)。
 そこで,刊行物1記載の発明を,最大径が0.1mm~3mmであるピンポイントゲート又はトンネルゲートを有する金型に適用することの容易想到性について検討する。
 刊行物1記載の発明の技術的課題は,ウエルドラインやジェッティング等の外観不良を解消し,高品質外観を有する射出成形品を得ることである(上記記載事項(イ)参照)。
 一方,ピンポイントゲート又はトンネルゲートを有する金型で成形した成形品においても,ウエルドラインやジェッティング等の外観不良が生じることは,従来周知の技術的課題である(例えば,特開平11-198190号公報の段落【0005】には『この種の射出成形用金型を用いて射出成形を行うと,ジェッティングといわれるヘビの跡のようなマークがつく。』と記載され,実願平4-48898号(実開平6-11380号)のCD-ROMの段落【0005】には『多数のピンポイントゲート4を介して成形を行った場合,樹脂の合流部分でウエルドライン7,8が発生することは避けられない。』と記載されている点等参照)。
 そうすると,ピンポイントゲート又はトンネルゲートを有する金型で成形した成形品において,ウエルドラインやジェッティング等の外観不良を解消するために,刊行物1記載の発明を適用することは,当業者であれば容易に想到し得るものである。
 また,ピンポイントゲート又はトンネルゲートの最大径を『0.1mm~3mm』と特定した点については,上記のようにこのような径を有するピンポイントゲート又はトンネルゲートが通常使用されているものに比べて,特別な数値であるとは認められない点,及び該数値範囲の上下限値に格別顕著な技術的意義あるいは臨界的意義があるとは認められない点を考慮すると,当業者が通常の創作能力を発揮してピンポイントゲート又はトンネルゲートの最大径の最適値を見い出したにすぎない。
 してみると,刊行物1記載の発明を上記周知のピンポイントゲート又はトンネルゲートを有する金型に適用し,本願発明の上記相違点1に係る構成とすることは,当業者であれば容易に想到し得たものである。」

4.裁判所の判断のポイント
「1 取消事由1(理由不備)について
 当裁判所は,審決には,理由不備の違法があるから,審決は取り消されるべきであると判断する。その理由は,以下のとおりである。
 審決は,刊行物1(甲1)を主引用例として刊行物1記載の発明を認定し,本願発明と当該刊行物1記載の発明とを対比して両者の一致点並びに相違点1及び2を認定しているのであるから,甲2及び甲3記載の周知技術を用いて(併せて甲4及び甲5記載の周知の課題を参酌して),本願発明の上記相違点1及び2に係る構成に想到することが容易であるとの判断をしようとするのであれば,刊行物1記載の発明に,上記周知技術を適用して(併せて周知の課題を参酌して),本願発明の前記相違点1及び2に係る構成に想到することが容易であったか否かを検討することによって,結論を導くことが必要である。
 しかし,審決は,相違点1及び2についての検討において,逆に,刊行物1記載の発明を,甲2及び甲3記載の周知技術に適用し,本願発明の相違点に係る構成に想到することが容易であるとの論理づけを示している(審決書3頁28行~5頁12行)。すなわち,審決は,「刊行物1記載の発明を上記周知のピンポイントゲート又はトンネルゲートを有する金型に適用し,本願発明の上記相違点1に係る構成とすることは,当業者であれば容易に想到し得たものである。」(審決書4頁19行~21行)としたほか,「上記相違点1において検討したとおり,刊行物1記載の発明をピンポイントゲート又はトンネルゲートを有する金型に適用することが容易に想到し得るものである以上,本願発明の上記相違点2に係る構成は,実質的な相違点ではない。」(審決書4頁26行~29行),「本願発明は刊行物1記載の発明を従来周知の事項に適用しただけの構成であることは,上記で検討したとおりである。」(審決書5頁5行~7行),「刊行物1記載の発明を従来周知の事項に適用することの動機づけとなる従来周知の技術的課題(ウエルドラインやジェッティング等の外観不良の解消)があり,その適用にあたり阻害要因となる格別の技術的困難性があるとも認められない。」(審決書5頁8行~11行)などと判断しており,刊行物1記載の発明を,従来周知の事項に適用することによって,本願発明の相違点に係る構成に想到することが容易であるとの説明をしていると理解される。
 そうすると,審決は,刊行物1記載の発明の内容を確定し,本願発明と刊行物1記載の発明の相違点を認定したところまでは説明をしているものの,同相違点に係る本願発明の構成が,当業者において容易に想到し得るか否かについては,何らの説明もしていないことになり,審決書において理由を記載すべきことを定めた特許法157条2項4号に反することになり,したがって,この点において,理由不備の違法がある。
 これに対し,被告は,審決では,本願発明について,当業者が刊行物1記載の発明,及び,従来周知の金型に基づいて容易に発明をすることができたと判断したと理解されるべきであり,刊行物1記載の発明と上記従来周知の金型とを組み合わせて1つの発明を構成するに当たり,刊行物1記載の発明を上記金型に適用しても,上記金型を刊行物1記載の発明に適用しても,組み合わせた結果としての発明に相違はないから,理由不備の違法はないと主張する。
 しかし,被告の上記主張は,採用の限りでない。すなわち,仮に,審判体が,本願発明について,当業者であれば,金型に係る特定の発明を基礎として,同発明から容易に想到することができるとの結論を導くのであれば,金型に係る特定の発明の内容を個別的具体的に認定した上で,本願発明の構成と対比して,相違点を認定し,金型に係る特定の発明に,公知の発明等を適用して,上記相違点に係る本願発明の構成に想到することが容易であったといえる論理を示すことが求められる。金型に係る特定の発明を主引用例発明として用い,これを基礎として結論を導く場合は,刊行物1記載の発明を主引用例発明として用い,これを基礎として結論を導く場合と,相違点の認定等が異なることになり,本願発明の相違点に係る構成を容易に想到できたか否かの検討内容も,当然に異なる。そうすると,刊行物1記載の発明を主引用例発明としても,従来周知の金型を主引用例発明としても,その両者を組み合わせた結果に相違がないとする被告の主張は,採用の限りでない。」