2011年1月22日土曜日

存続期間延長登録の処分の対象と特許請求の範囲の記載との関係について判断された事例

知財高裁平成22年12月22日判決

平成21年(行ケ)第10062号 審決取消請求事件

1.概要

 特許法67条2項:

「特許権の存続期間は、その特許発明の実施について安全性の確保等を目的とする法律の規定による許可その他の処分であつて当該処分の目的、手続等からみて当該処分を的確に行うには相当の期間を要するものとして政令で定めるものを受けることが必要であるために、その特許発明の実施をすることができない期間があつたときは、五年を限度として、延長登録の出願により延長することができる。」

 特許法67条の3第1項:

「審査官は、特許権の存続期間の延長登録の出願が次の各号の一に該当するときは、その出願について拒絶をすべき旨の査定をしなければならない。

一  その特許発明の実施に第六十七条第二項の政令で定める処分を受けることが必要であつたとは認められないとき。

二~五(略)」

 本件は,存続期間延長登録の出願に対する拒絶査定に係る不服の審判請求について,特許庁がした請求不成立の審決の取消訴訟である。争点は,本件出願が,特許法67条の3第1項1号の規定に該当するか否かである。

 審決において審判体は「医薬品についての処分が特許発明の実施に必要であったというためには,少なくともその処分によって特定される「物」,すなわち,「有効成分」が特許発明の構成要件として明確に特定されていることを要する。」判断し、有効成分が特定されていない上位概念が特許請求の範囲に記載された本件特許発明の存続期間延長登録出願を拒絶した。

 これに対して裁判所は「特許権の存続期間延長制度の対象となる特許発明は,「特許を受けている発明」全般であり,新しい有効成分に関する特許発明,あるいは,新たな効能・効果に関する特許発明という特定の特許発明に限定して存続期間の延長を認めるべき合理的根拠はない。」として審決を取り消した。

2.延長登録の理由となる処分

 薬事法14条7項に規定する医薬品の製造の承認事項の一部変更に係る同項の承認

処分の対象となった物

 一般名称:ランソプラゾール,販売名:タケプロンOD錠15

処分の対象となった物について特定された用途

 非びらん性胃食道逆流症

3.本件特許発明

【請求項1】投与前に水中に分散させることなく経口投与する錠剤であって,味覚マスクするように被覆層(ただし,当該被覆層はステアリン酸,ステアリン酸アルミニウム,ステアリン酸カルシウム,ステアリン酸マグネシウム,ステアリン酸亜鉛及びタルクからなる群から選択される潤滑剤の有効量を含む潤滑コーティング表層膜を含まない)で被覆された微結晶または微粒子形態の有効物質と,賦形剤混合物とを含む材料を圧縮して得られ,前記賦形剤混合物がカルボキシメチルセルロース又は錠剤の全重量に対して13.3%以下の不溶網状PVPを含む少なくとも1つの崩壊剤,及び,澱粉,加工澱粉,あるいは微結晶セルロースから選択され,水と接触して高粘度を生じない少なくとも1つの膨張剤を含み,発泡剤及び遊離の有機酸を含まず,口中で唾液の存在下で咀嚼無しに60秒より短い時間で崩壊する急速崩壊性多粒子錠剤。

【請求項2】前記賦形剤混合物が,直接圧縮糖をさらに含むことを特徴とする請求項1記載の錠剤。

【請求項3】胃腸鎮静薬,制酸薬,鎮痛薬,抗炎症剤,冠状血管拡張薬,末梢および脳血管拡張薬,抗感染剤,抗生物質,抗ウイルス剤,駆虫剤,抗癌剤,抗不安剤,神経弛緩薬,中枢神経系刺激剤,抗鬱薬,抗ヒスタミン剤,下痢止め剤,緩下薬,栄養補給剤,免疫抑制薬,コレステロール低下剤,ホルモン,酵素,鎮痙剤,抗苦悶剤,心臓律動作用薬,動脈高血圧の治療薬,抗片頭痛剤,血液凝集作用薬,抗癲癇剤,筋弛緩剤,糖尿病の治療薬,甲状腺機能不全の治療薬,利尿剤,食欲抑制薬,抗ぜん息剤,去痰薬,鎮痰剤,粘液調整薬,うっ血除去薬,催眠薬,制吐剤,造血剤,尿酸排泄剤,植物抽出物,造影剤よりなる有効物質の群の少なくとも1つを,味覚マスクするように被覆層(ただし,当該被覆層はステアリン酸,ステアリン酸アルミニウム,ステアリン酸カルシウム,ステアリン酸マグネシウム,ステアリン酸亜鉛及びタルクからなる群から選択される潤滑剤の有効量を含む潤滑コーティング表層膜を含まない)で被覆された微結晶の形状で含むことを特徴とする請求項1又は2記載の錠剤。

【請求項4】胃腸鎮静薬,制酸薬,鎮痛薬,抗炎症剤,冠状血管拡張薬,末梢および脳血管拡張薬,抗感染剤,抗生物質,抗ウイルス剤,駆虫剤,抗癌剤,抗不安剤,神経弛緩薬,中枢神経系刺激剤,抗鬱薬,抗ヒスタミン剤,下痢止め剤,緩下薬,栄養補給剤,免疫抑制薬,コレステロール低下剤,ホルモン,酵素,鎮痙剤,抗苦悶剤,心臓律動作用薬,動脈高血圧の治療薬,抗片頭痛剤,血液凝集作用薬,抗癲癇剤,筋弛緩剤,糖尿病の治療薬,甲状腺機能不全の治療薬,利尿剤,食欲抑制薬,抗ぜん息剤,去痰薬,鎮痰剤,粘液調整薬,うっ血除去薬,催眠薬,制吐剤,造血剤,尿酸排泄剤,植物抽出物,造影剤よりなる有効物質の群の少なくとも1つを,味覚マスクするように被覆層(ただし,当該被覆層はステアリン酸,ステアリン酸アルミニウム,ステアリン酸カルシウム,ステアリン酸マグネシウム,ステアリン酸亜鉛及びタルクからなる群から選択される潤滑剤の有効量を含む潤滑コーティング表層膜を含まない)で被覆された微粒子の形状で含むことを特徴とする請求項1又は2記載の錠剤。

4.審決の理由

「医薬品についての処分が特許発明の実施に必要であったというためには,少なくともその処分によって特定される「物」,すなわち,「有効成分」が特許発明の構成要件として明確に特定されていることを要する。

 本件特許発明の請求項1及び2に係る発明は,錠剤の発明であるが,錠剤に含有される有効成分については「味覚マスクするように被覆層(ただし,当該被覆層はステアリン酸,ステアリン酸アルミニウム,ステアリン酸カルシウム,ステアリン酸マグネシウム,ステアリン酸亜鉛及びタルクからなる群から選択される潤滑剤の有効量を含む潤滑コーティング表層膜を含まない)で被覆された微結晶または微粒子形態の有効物質」と記載されているが,どのような物質を使用するのかは特定されていない。

 同請求項3及び4に係る発明では,胃腸鎮静薬,制酸薬,鎮痛薬,・・・よりなる有効物質の群の少なくとも1つが錠剤に含まれることが記載されているが,これも薬効は特定されてもどのような成分(物)を使用するかを特定するものではない。

 したがって,本件出願に係る医薬品に対する本件の処分は,本件特許発明の実施に必要な処分であったとは認められないから,本件出願は,特許法67条の3第1項1号の規定に該当する。」

5.裁判所の判断のポイント

 裁判所は以下のとおり判断し、審決を取り消した。

「1 本件処分の対象と本件特許発明の実施について

 本件処分となる薬事法上の承認の対象たる「タケプロンOD錠15」(販売名)が本件特許発明の構成を備えていないことに関しては,被告において主張立証するところではないので,この対象物の製造(生産,特許法2条3項1号)は,特許法67条2項所定の「特許発明の実施」に当たるものというべきである。

2 特許法67条2項及び67条の3第1項1号の解釈について

 特許権の存続期間の延長登録について,特許法67条2項は,「特許権の存続期間は,その特許発明の実施について安全性の確保等を目的とする法律の規定による許可その他の処分であって当該処分の目的,手続等からみて当該処分を的確に行うには相当の期間を要するものとして政令で定めるものを受けることが必要であるために,その特許発明の実施をすることができない期間があったときは,5年を限度として,延長登録の出願により延長することができる。」と規定している。また,同法67条の3第1項1号は,特許権の存続期間の延長登録の出願について拒絶をすべき場合の1つとして,「その特許発明の実施に第67条第2項の政令で定める処分を受けることが必要であったとは認められないとき。」と規定している。

 これらの規定の趣旨は,「特許発明の実施」について,特許法67条2項所定の「政令で定める処分」を受けることが必要な場合には,特許権が存続していても,特許権者は特許発明を実施することができずにその利益を享受することが困難であり,いわば特許期間が侵食される事態が生ずるため,特許発明を実施することができなかった期間について,5年を限度として,特許権の存続期間を延長することとしたものと解される。そして,この場合の「特許発明」とは,その条文上の記載から明らかなように,一般に「特許を受けている発明」(特許法2条2項)と解され,特定の特許発明に限って存続期間の延長が認められるわけではなく,また,「実施」とは,特許法2条3項各号に掲げる行為をいうものである。

 ところで,「政令で定める処分」を受けることによって禁止が解除される行為のうちに,「特許発明の実施」に当たる行為の部分がなければ,「その特許発明の実施」に「政令で定める処分」を受けることが必要であったとはいえないから,「特許発明の実施」に「政令で定める処分」を受けることが必要であったと認められるためには,「政令で定める処分」を受けることによって禁止が解除される行為のうちに「特許発明の実施」に当たる行為の部分が存することが必要である。そして,「政令で定める処分」が,例えば,薬事法14条所定の医薬品の製造の承認や医薬品の製造の承認事項の一部変更に係る承認である場合に,上記要件を充足するためには,薬事法14条所定の当該承認を受けることによって禁止が解除された医薬品の製造行為に,当該特許発明の実施に当たる部分がなければならないと解される。

3 特許法68条の2の解釈について

 特許権の存続期間が延長された場合の特許権の効力について,特許法68条の2は,「特許権の存続期間が延長された場合(第67条の2第5項の規定により延長されたものとみなされた場合を含む。)の当該特許権の効力は,その延長登録の理由となった第67条第2項の政令で定める処分の対象となった物(その処分においてその物の使用される特定の用途が定められている場合にあっては,当該用途に使用されるその物)についての当該特許発明の実施以外の行為には,及ばない。」と規定している。

 この規定の趣旨は,特許権の存続期間が延長された場合の当該特許権の効力は,その特許発明の全範囲に及ぶものではなく,「政令で定める処分の対象」となった「物」(その処分においてその物に使用される特定の用途が定められている場合にあっては,当該用途に使用されるその物)についてのみ及ぶというものである。これは,特許請求の範囲の記載によって特定される特許発明は,様々な上位概念で記載されることがあり,「政令で定める処分」を受けることによって禁止が解除された「物」又は「物及び用途」よりも広いことが少なくないため,「政令で定める処分」を受けることが必要なために特許権者がその特許発明を実施することができなかった「物」又は「物及び用途」を超えて,延長された特許権の効力が及ぶとすることは,特許発明の実施が妨げられる場合に存続期間の延長を認めるという特許権の存続期間の延長登録の制度趣旨に反することとなるからである。

4 延長登録出願と特許請求の範囲

 このように,「政令で定める処分の対象」となった「物」又は「物及び用途」に限定して特許権の存続期間の延長が認められるのであるから,特許権の存続期間満了後に当該特許発明を実施しようとする第三者に対して不測の不利益を与えないという観点から,存続期間の延長登録出願が適法であるためには,「政令で定める処分の対象」となった「物」又は「物及び用途」についてみれば,それらが客観的に明確に記載され,かつ,当該特許発明に含まれるものであることが,「特許請求の範囲」を基準とし,「発明の詳細な説明」の記載に照らして認識できるものでなければならず,また,それで足りるということができる。すなわち,存続期間の延長登録出願に際し,「政令で定める処分」を前提として,その対象となった「物」又は「物及び-用途」が,客観的に明確に記載され,かつ,当該特許発明に含まれるものであることが,上記の手法に基づいて認識できるような場合には,当該「政令で定める処分」を受けることによって禁止が解除された行為に,「特許発明の実施」に当たる行為の部分があると客観的に判断することができるからである。そして,特許請求の範囲の記載によって特定される特許発明が,様々な上位概念で記載され,「政令で定める処分」を受けることによって禁止が解除された「物」又は「物及び用途」よりも広い場合であっても,当該「物」又は「物及び用途」が,客観的に明確に記載され,かつ,当該特許発明に含まれるものであることが,「特許請求の範囲」,「発明の詳細な説明」の各記載に基づいて認識できるのであれば足りるのであり,上記の禁止が解除された「物」又は「物及び用途」が,特許発明のうちの特定の構成として明文上区分されている必要まではない。

 審決は,「医薬品についての処分が特許発明の実施に必要であったというためには,少なくともその処分によって特定される「物」すなわち「有効成分」が特許発明の構成要件として明確に特定されていることを要するというべきである。」と判断したものであるが,この判断は,当裁判所の上記判断に反するものである。

 また,審決は,「本件特許発明はランソプラゾールの使用を必須とする錠剤についての発明でないのはもちろん、それが「非びらん性胃食道逆流症」という特定の用途に向けられたものでもない。」(8頁5行~7行)と判断するが,これは,当裁判所の上記判断に反する立場を前提とするものであり,前記1の認定判断と当裁判所の上記判断を前提とする以上,審決の上記判断に基づき本件出願を拒絶すべきものであるとした審決の結論は誤りというべきである。

5 被告の主張について

(1) 被告は,本件において審査され評価されているのは,有効成分であるランソプラゾールを非びらん性胃食道逆流症へ適用するに当たっての有効性と安全性であって,これが本件の承認により禁止が解除される範囲に当たるにもかかわらず,本件明細書の特許請求の範囲において,多粒子錠剤が含有する有効物質の限定がないから,本件特許発明では,「非びらん性胃食道症へ適用されるランソプラゾール」という薬事法による規制によって生じる禁止範囲の存在を把握することはできず,本件の承認によって禁止が解除された範囲と本件特許発明とに重複部分が存在するということができないと主張する。

(2) その前提として被告が主張するのは,特許権の存続期間延長制度についての立法趣旨を踏まえれば,医薬品に関しては,「その特許発明の実施に第67条第2項の政令で定める処分を受けることが必要であった」という要件は,「有効成分(物)と効能・効果(用途)という観点から処分を受けることが必要であった」と解すべきであるから,特許発明が,新しい有効成分に関する特許発明,あるいは,新たな効能・効果に関する特許発明ではない場合には,「有効成分(物)と効能・効果(用途)」という観点からは,特許発明の実施に処分を受けることが必要であったとはいえないので,このような特許発明に係る特許権の延長登録出願は,「その特許発明の実施に67条2項の政令で定める処分を受けることが必要であったとは認められないとき」に該当し,拒絶すべき旨の査定をしなければならないというものである。

 しかし,特許権の存続期間延長制度の対象となる特許発明は,前記2のとおり,その条文上の記載から明らかなように,「特許を受けている発明」(特許法2条2項)全般であり,新しい有効成分に関する特許発明,あるいは,新たな効能・効果に関する特許発明という特定の特許発明に限定して存続期間の延長を認めるべき合理的根拠はない。」