2011年1月8日土曜日

用途発明の権利範囲について

平成2年(ワ)第12094号 特許権侵害差止等請求事件 東京地方裁判所 平成4年10月23日判決

 この事例は第二医薬用途発明の権利範囲が真っ向から争われた(私が知る限りでは)唯一の裁判例である。
 この事例は重要判決であるために論文等でしばしば引用される。医薬用途発明の権利範囲は特定の用途にのみ限定され他の用途には及ばない、というのがこの裁判例のポイントである。例えば「化合物Aを有効成分とする抗癌剤」が特許権である場合、化合物A自体や、化合物Aを含有する風邪薬は独占権の範囲外となる。
 しかしながらこの判決の「仮に被告らの製剤品にアレルギー性喘息の予防剤以外の用途があるとしても、被告らは、被告らの製剤品について、アレルギー性喘息の予防剤としての用途を除外する等しておらず、右予防剤としての用途と他用途とを明確に区別して製剤販売していないのであるから、被告らが、その製剤品についてアレルギー性喘息の予防剤以外の用途をも差し止められる結果となったとしてもやむを得ない」という、頻繁に引用される箇所だけをザッと読んで、上記例でいえば「抗癌剤用途を除く」という表示をしていない限り化合物A自体や、化合物Aの多用途のための製剤も用途発明の権利範囲になるのだという、全く違う意味に誤解されることがある
 そこで本日は古いが重要なこの判決について解説を試みる。

原告が有する特許権の特許請求の範囲:
「ケトチフェン又はその製薬上許容しうる酸付加塩を有効成分とするアレルギー性喘息の予防剤」

主文:
「一 被告らは、別紙第二物件目録記載の医薬品を製造し、該製剤品を販売してはならない。」

特許権に基づいて原告が製造等の差し止めを求めた被告の実施品:
第一物件目録:フマル酸ケトチフェン(化合物そのもの)
第二物件目録:第一物件目録記載のフマル酸ケトチフェンを有効成分とし、「効能又は効果」として気管支喘息、喘息又はアレルギー性喘息を含み、「用法」として「一日二回、朝食後および就寝前に経口投与する」等と定期的継続的に用いるものとする医薬品

 第二物件目録に該当する、被告らが実施する製剤品の「添付文書」中には効能又は効果として、気管支喘息、アレルギー性鼻炎、湿疹・皮膚炎、蕁麻疹、皮膚ソウ痒症と記載されている。すなわち、用途発明の対象となる用途の表示と、権利範囲外である他の用途の表示とが一体に記載されている。

 原告は「別紙第一物件目録記載の物件を製剤し、該製品を販売してはならない」と請求した。すなわち、所定の用途に限定されないフマル酸ケトチフェンの製剤までをも本件特許発明の技術的範囲に属するとして差し止めを求めた。
 しかしながら裁判所は本件特許発明の技術的範囲に属するのは別紙第二物件目録記載の医薬品に限定されると判断して、原告の請求を一部棄却した。すなわち、「効能又は効果」の欄に気管支喘息、喘息又はアレルギー性喘息を含む第二物件目録の医薬品のみが特許権者が独占できる範囲である。

(判決関連箇所抜粋)
「被告らの製剤品がアレルギー性喘息の予防剤に該当するものであることは前記認定のとおりであるが、本訴において、原告が製剤の差止めの対象物としているのはフマル酸ケトチフェンであり、販売の差止めの対象としているのはフマル酸ケトチフェンの製剤品であって、「ザジトマカプセル」、「ケトチロンカプセル」及び「サルジメンカプセル」に限っているわけではない。そして、フマル酸ケトチフェンがヒスタミン解放抑制作用の他に抗ヒスタミン作用を有することは従来から知られているのであるから、このフマル酸ケトチフェンについて、その抗ヒスタミン作用を利用する等した、アレルギー性喘息の予防剤以外の用途も考えられないわけではなく、現に、・・・(証拠)・・・によれば、ケトチフェンなどの抗ヒスタミン剤について、その効能に対する見直しが考えられるべきであるとの趣旨の記載のある文献も存するところである。そして、このようなアレルギー性喘息の予防剤以外の用途については本件発明の技術的範囲が及ばないことはいうまでもない。そして、前記のような認定事実をも併せて考えると、原告が差止めを求めた対象物のうち、本件発明の技術的範囲に属するのは、別紙第二物件目録記載の医薬品に限定されるというべきである。」

 被告の実施品は気管支喘息だけでなく、「アレルギー性鼻炎、湿疹・皮膚炎、蕁麻疹、皮膚ソウ痒症」も効果効能の対象であることから、この実施品に対する差し止めは不当であるようにも思われる。この点について裁判所は、本件特許発明の用途と、他の用途とが区別できるにもかかわらず一体不可分になっている以上、他の用途にまで本件発明の技術的範囲が及ぶことを被告は甘受せざるを得ないと判断した。逆に言えば、被告が実施品の「効能又は効果」の欄から「気管支喘息」の表示を削除しさえすれば差し止めの対象外になるように思われる。

(判決関連箇所抜粋)
「本件化合物については、これを製剤販売する業者としては、アレルギー性喘息の予防剤としての用途と他用途とを用途としての適用範囲において実質的に区別することが可能なのであって、右区別をすることによって当該製剤が本件発明の技術的範囲に属していないことを明らかにすることができるのであり、他方、右用途の区別が明確になされていない場合には、本件化合物はアレルギー性喘息の予防剤としての用途と他用途とがいわば不可分一体になっているものというほかはなく、したがって、アレルギー性喘息の予防剤としての用途と他用途とを区別する方途がないのであるから、当該製剤販売業者としては、本件化合物のアレルギー性喘息の予防剤としての用途のみならず、他用途にまで本件発明の技術的範囲が及ぶことも甘受せざるを得ないものといわなければならない。
 本件においては、仮に被告らの製剤品にアレルギー性喘息の予防剤以外の用途があるとしても、被告らは、被告らの製剤品について、アレルギー性喘息の予防剤としての用途を除外する等しておらず、右予防剤としての用途と他用途とを明確に区別して製剤販売していないのであるから、被告らが、その製剤品についてアレルギー性喘息の予防剤以外の用途をも差し止められる結果となったとしてもやむを得ないものといわざるをえない。」