2011年1月30日日曜日

進歩性否定のための正確な論理付けがなされていないことを理由に拒絶審決を取り消した事例

知財高裁平成22年12月28日判決
平成22年(行ケ)第10229号審決取消請求事件

1.概要
 本発明の事例では拒絶審決における進歩性欠如の論理付けが適法でないとして審決が取り消された。
 進歩性を否定する結論を導くためには論理的な説明が必要であるとする最近の裁判所のスタンスがよく理解できる裁判例の1つとして紹介する。

2.本願発明(請求項1記載の発明)
「【請求項1】最大径が0.1mm~3mmであるピンポイントゲート又はトンネルゲートを有する金型を用いた熱可塑性樹脂の射出成形方法において,該熱可塑性樹脂を溶融して金型内部に射出する際の該金型の温度が,射出される熱可塑性樹脂の荷重変形温度より0~100度高くなるように設定され,それによりゲートマークの発生が防止されることを特徴とする成形方法。」

3.審決の理由の概要
(1) 審決は,特開平10-100216号公報(以下「刊行物1」という。甲1)に記載された発明(以下「刊行物1記載の発明」という。)の内容,及び本願発明と刊行物1記載の発明との一致点及び相違点を以下のとおり認定した。
ア 刊行物1記載の発明の内容
「ゲート11を有する金型を用いた熱可塑性樹脂の射出成形法において,溶融された熱可塑性樹脂を金型内部に射出する際の金型温度が,射出する熱可塑性樹脂の熱変形温度より0~100度高くなるように設定され,高品質外観を有する射出成形品を得る方法。」(審決書2頁27行~30行)
イ 一致点
「ゲートを有する金型を用いた熱可塑性樹脂の射出成形方法において,該熱可塑性樹脂を溶融して金型内部に射出する際の該金型の温度が,射出される熱可塑性樹脂の荷重変形温度より0~100度高くなるように設定された成形方法」である点(審決書3頁8行~11行)
ウ 相違点
「[相違点1]
本願発明は,ゲートが『最大径が0.1mm~3mmであるピンポイントゲート又はトンネルゲート』であるのに対し,刊行物1記載の発明のゲートは径が不明である点。
[相違点2]
本願発明は,『ゲートマークの発生が防止される』のに対し,刊行物1記載の発明は高品質外観を有するものの,ゲートマークの発生が防止されるか否かは不明である点。」(審決書3頁12行~19行)
(2)審決は,相違点に係る容易想到性について,次のとおり判断した。
「(相違点1について)
 射出成形の技術分野において,径が0.1mm~3mmであるピンポイントゲート又はトンネルゲートを有する金型は,従来周知の事項である(例えば,特開平6-97695号公報の段落【0013】には『径0.8mm』のピンポイントゲートが記載され,特開平5-60995号公報の段落【0011】には『ゲート径は1.2mm』のピンポイントゲートが記載されている点等参照)。
 そこで,刊行物1記載の発明を,最大径が0.1mm~3mmであるピンポイントゲート又はトンネルゲートを有する金型に適用することの容易想到性について検討する。
 刊行物1記載の発明の技術的課題は,ウエルドラインやジェッティング等の外観不良を解消し,高品質外観を有する射出成形品を得ることである(上記記載事項(イ)参照)。
 一方,ピンポイントゲート又はトンネルゲートを有する金型で成形した成形品においても,ウエルドラインやジェッティング等の外観不良が生じることは,従来周知の技術的課題である(例えば,特開平11-198190号公報の段落【0005】には『この種の射出成形用金型を用いて射出成形を行うと,ジェッティングといわれるヘビの跡のようなマークがつく。』と記載され,実願平4-48898号(実開平6-11380号)のCD-ROMの段落【0005】には『多数のピンポイントゲート4を介して成形を行った場合,樹脂の合流部分でウエルドライン7,8が発生することは避けられない。』と記載されている点等参照)。
 そうすると,ピンポイントゲート又はトンネルゲートを有する金型で成形した成形品において,ウエルドラインやジェッティング等の外観不良を解消するために,刊行物1記載の発明を適用することは,当業者であれば容易に想到し得るものである。
 また,ピンポイントゲート又はトンネルゲートの最大径を『0.1mm~3mm』と特定した点については,上記のようにこのような径を有するピンポイントゲート又はトンネルゲートが通常使用されているものに比べて,特別な数値であるとは認められない点,及び該数値範囲の上下限値に格別顕著な技術的意義あるいは臨界的意義があるとは認められない点を考慮すると,当業者が通常の創作能力を発揮してピンポイントゲート又はトンネルゲートの最大径の最適値を見い出したにすぎない。
 してみると,刊行物1記載の発明を上記周知のピンポイントゲート又はトンネルゲートを有する金型に適用し,本願発明の上記相違点1に係る構成とすることは,当業者であれば容易に想到し得たものである。」

4.裁判所の判断のポイント
「1 取消事由1(理由不備)について
 当裁判所は,審決には,理由不備の違法があるから,審決は取り消されるべきであると判断する。その理由は,以下のとおりである。
 審決は,刊行物1(甲1)を主引用例として刊行物1記載の発明を認定し,本願発明と当該刊行物1記載の発明とを対比して両者の一致点並びに相違点1及び2を認定しているのであるから,甲2及び甲3記載の周知技術を用いて(併せて甲4及び甲5記載の周知の課題を参酌して),本願発明の上記相違点1及び2に係る構成に想到することが容易であるとの判断をしようとするのであれば,刊行物1記載の発明に,上記周知技術を適用して(併せて周知の課題を参酌して),本願発明の前記相違点1及び2に係る構成に想到することが容易であったか否かを検討することによって,結論を導くことが必要である。
 しかし,審決は,相違点1及び2についての検討において,逆に,刊行物1記載の発明を,甲2及び甲3記載の周知技術に適用し,本願発明の相違点に係る構成に想到することが容易であるとの論理づけを示している(審決書3頁28行~5頁12行)。すなわち,審決は,「刊行物1記載の発明を上記周知のピンポイントゲート又はトンネルゲートを有する金型に適用し,本願発明の上記相違点1に係る構成とすることは,当業者であれば容易に想到し得たものである。」(審決書4頁19行~21行)としたほか,「上記相違点1において検討したとおり,刊行物1記載の発明をピンポイントゲート又はトンネルゲートを有する金型に適用することが容易に想到し得るものである以上,本願発明の上記相違点2に係る構成は,実質的な相違点ではない。」(審決書4頁26行~29行),「本願発明は刊行物1記載の発明を従来周知の事項に適用しただけの構成であることは,上記で検討したとおりである。」(審決書5頁5行~7行),「刊行物1記載の発明を従来周知の事項に適用することの動機づけとなる従来周知の技術的課題(ウエルドラインやジェッティング等の外観不良の解消)があり,その適用にあたり阻害要因となる格別の技術的困難性があるとも認められない。」(審決書5頁8行~11行)などと判断しており,刊行物1記載の発明を,従来周知の事項に適用することによって,本願発明の相違点に係る構成に想到することが容易であるとの説明をしていると理解される。
 そうすると,審決は,刊行物1記載の発明の内容を確定し,本願発明と刊行物1記載の発明の相違点を認定したところまでは説明をしているものの,同相違点に係る本願発明の構成が,当業者において容易に想到し得るか否かについては,何らの説明もしていないことになり,審決書において理由を記載すべきことを定めた特許法157条2項4号に反することになり,したがって,この点において,理由不備の違法がある。
 これに対し,被告は,審決では,本願発明について,当業者が刊行物1記載の発明,及び,従来周知の金型に基づいて容易に発明をすることができたと判断したと理解されるべきであり,刊行物1記載の発明と上記従来周知の金型とを組み合わせて1つの発明を構成するに当たり,刊行物1記載の発明を上記金型に適用しても,上記金型を刊行物1記載の発明に適用しても,組み合わせた結果としての発明に相違はないから,理由不備の違法はないと主張する。
 しかし,被告の上記主張は,採用の限りでない。すなわち,仮に,審判体が,本願発明について,当業者であれば,金型に係る特定の発明を基礎として,同発明から容易に想到することができるとの結論を導くのであれば,金型に係る特定の発明の内容を個別的具体的に認定した上で,本願発明の構成と対比して,相違点を認定し,金型に係る特定の発明に,公知の発明等を適用して,上記相違点に係る本願発明の構成に想到することが容易であったといえる論理を示すことが求められる。金型に係る特定の発明を主引用例発明として用い,これを基礎として結論を導く場合は,刊行物1記載の発明を主引用例発明として用い,これを基礎として結論を導く場合と,相違点の認定等が異なることになり,本願発明の相違点に係る構成を容易に想到できたか否かの検討内容も,当然に異なる。そうすると,刊行物1記載の発明を主引用例発明としても,従来周知の金型を主引用例発明としても,その両者を組み合わせた結果に相違がないとする被告の主張は,採用の限りでない。」

2011年1月22日土曜日

存続期間延長登録の処分の対象と特許請求の範囲の記載との関係について判断された事例

知財高裁平成22年12月22日判決

平成21年(行ケ)第10062号 審決取消請求事件

1.概要

 特許法67条2項:

「特許権の存続期間は、その特許発明の実施について安全性の確保等を目的とする法律の規定による許可その他の処分であつて当該処分の目的、手続等からみて当該処分を的確に行うには相当の期間を要するものとして政令で定めるものを受けることが必要であるために、その特許発明の実施をすることができない期間があつたときは、五年を限度として、延長登録の出願により延長することができる。」

 特許法67条の3第1項:

「審査官は、特許権の存続期間の延長登録の出願が次の各号の一に該当するときは、その出願について拒絶をすべき旨の査定をしなければならない。

一  その特許発明の実施に第六十七条第二項の政令で定める処分を受けることが必要であつたとは認められないとき。

二~五(略)」

 本件は,存続期間延長登録の出願に対する拒絶査定に係る不服の審判請求について,特許庁がした請求不成立の審決の取消訴訟である。争点は,本件出願が,特許法67条の3第1項1号の規定に該当するか否かである。

 審決において審判体は「医薬品についての処分が特許発明の実施に必要であったというためには,少なくともその処分によって特定される「物」,すなわち,「有効成分」が特許発明の構成要件として明確に特定されていることを要する。」判断し、有効成分が特定されていない上位概念が特許請求の範囲に記載された本件特許発明の存続期間延長登録出願を拒絶した。

 これに対して裁判所は「特許権の存続期間延長制度の対象となる特許発明は,「特許を受けている発明」全般であり,新しい有効成分に関する特許発明,あるいは,新たな効能・効果に関する特許発明という特定の特許発明に限定して存続期間の延長を認めるべき合理的根拠はない。」として審決を取り消した。

2.延長登録の理由となる処分

 薬事法14条7項に規定する医薬品の製造の承認事項の一部変更に係る同項の承認

処分の対象となった物

 一般名称:ランソプラゾール,販売名:タケプロンOD錠15

処分の対象となった物について特定された用途

 非びらん性胃食道逆流症

3.本件特許発明

【請求項1】投与前に水中に分散させることなく経口投与する錠剤であって,味覚マスクするように被覆層(ただし,当該被覆層はステアリン酸,ステアリン酸アルミニウム,ステアリン酸カルシウム,ステアリン酸マグネシウム,ステアリン酸亜鉛及びタルクからなる群から選択される潤滑剤の有効量を含む潤滑コーティング表層膜を含まない)で被覆された微結晶または微粒子形態の有効物質と,賦形剤混合物とを含む材料を圧縮して得られ,前記賦形剤混合物がカルボキシメチルセルロース又は錠剤の全重量に対して13.3%以下の不溶網状PVPを含む少なくとも1つの崩壊剤,及び,澱粉,加工澱粉,あるいは微結晶セルロースから選択され,水と接触して高粘度を生じない少なくとも1つの膨張剤を含み,発泡剤及び遊離の有機酸を含まず,口中で唾液の存在下で咀嚼無しに60秒より短い時間で崩壊する急速崩壊性多粒子錠剤。

【請求項2】前記賦形剤混合物が,直接圧縮糖をさらに含むことを特徴とする請求項1記載の錠剤。

【請求項3】胃腸鎮静薬,制酸薬,鎮痛薬,抗炎症剤,冠状血管拡張薬,末梢および脳血管拡張薬,抗感染剤,抗生物質,抗ウイルス剤,駆虫剤,抗癌剤,抗不安剤,神経弛緩薬,中枢神経系刺激剤,抗鬱薬,抗ヒスタミン剤,下痢止め剤,緩下薬,栄養補給剤,免疫抑制薬,コレステロール低下剤,ホルモン,酵素,鎮痙剤,抗苦悶剤,心臓律動作用薬,動脈高血圧の治療薬,抗片頭痛剤,血液凝集作用薬,抗癲癇剤,筋弛緩剤,糖尿病の治療薬,甲状腺機能不全の治療薬,利尿剤,食欲抑制薬,抗ぜん息剤,去痰薬,鎮痰剤,粘液調整薬,うっ血除去薬,催眠薬,制吐剤,造血剤,尿酸排泄剤,植物抽出物,造影剤よりなる有効物質の群の少なくとも1つを,味覚マスクするように被覆層(ただし,当該被覆層はステアリン酸,ステアリン酸アルミニウム,ステアリン酸カルシウム,ステアリン酸マグネシウム,ステアリン酸亜鉛及びタルクからなる群から選択される潤滑剤の有効量を含む潤滑コーティング表層膜を含まない)で被覆された微結晶の形状で含むことを特徴とする請求項1又は2記載の錠剤。

【請求項4】胃腸鎮静薬,制酸薬,鎮痛薬,抗炎症剤,冠状血管拡張薬,末梢および脳血管拡張薬,抗感染剤,抗生物質,抗ウイルス剤,駆虫剤,抗癌剤,抗不安剤,神経弛緩薬,中枢神経系刺激剤,抗鬱薬,抗ヒスタミン剤,下痢止め剤,緩下薬,栄養補給剤,免疫抑制薬,コレステロール低下剤,ホルモン,酵素,鎮痙剤,抗苦悶剤,心臓律動作用薬,動脈高血圧の治療薬,抗片頭痛剤,血液凝集作用薬,抗癲癇剤,筋弛緩剤,糖尿病の治療薬,甲状腺機能不全の治療薬,利尿剤,食欲抑制薬,抗ぜん息剤,去痰薬,鎮痰剤,粘液調整薬,うっ血除去薬,催眠薬,制吐剤,造血剤,尿酸排泄剤,植物抽出物,造影剤よりなる有効物質の群の少なくとも1つを,味覚マスクするように被覆層(ただし,当該被覆層はステアリン酸,ステアリン酸アルミニウム,ステアリン酸カルシウム,ステアリン酸マグネシウム,ステアリン酸亜鉛及びタルクからなる群から選択される潤滑剤の有効量を含む潤滑コーティング表層膜を含まない)で被覆された微粒子の形状で含むことを特徴とする請求項1又は2記載の錠剤。

4.審決の理由

「医薬品についての処分が特許発明の実施に必要であったというためには,少なくともその処分によって特定される「物」,すなわち,「有効成分」が特許発明の構成要件として明確に特定されていることを要する。

 本件特許発明の請求項1及び2に係る発明は,錠剤の発明であるが,錠剤に含有される有効成分については「味覚マスクするように被覆層(ただし,当該被覆層はステアリン酸,ステアリン酸アルミニウム,ステアリン酸カルシウム,ステアリン酸マグネシウム,ステアリン酸亜鉛及びタルクからなる群から選択される潤滑剤の有効量を含む潤滑コーティング表層膜を含まない)で被覆された微結晶または微粒子形態の有効物質」と記載されているが,どのような物質を使用するのかは特定されていない。

 同請求項3及び4に係る発明では,胃腸鎮静薬,制酸薬,鎮痛薬,・・・よりなる有効物質の群の少なくとも1つが錠剤に含まれることが記載されているが,これも薬効は特定されてもどのような成分(物)を使用するかを特定するものではない。

 したがって,本件出願に係る医薬品に対する本件の処分は,本件特許発明の実施に必要な処分であったとは認められないから,本件出願は,特許法67条の3第1項1号の規定に該当する。」

5.裁判所の判断のポイント

 裁判所は以下のとおり判断し、審決を取り消した。

「1 本件処分の対象と本件特許発明の実施について

 本件処分となる薬事法上の承認の対象たる「タケプロンOD錠15」(販売名)が本件特許発明の構成を備えていないことに関しては,被告において主張立証するところではないので,この対象物の製造(生産,特許法2条3項1号)は,特許法67条2項所定の「特許発明の実施」に当たるものというべきである。

2 特許法67条2項及び67条の3第1項1号の解釈について

 特許権の存続期間の延長登録について,特許法67条2項は,「特許権の存続期間は,その特許発明の実施について安全性の確保等を目的とする法律の規定による許可その他の処分であって当該処分の目的,手続等からみて当該処分を的確に行うには相当の期間を要するものとして政令で定めるものを受けることが必要であるために,その特許発明の実施をすることができない期間があったときは,5年を限度として,延長登録の出願により延長することができる。」と規定している。また,同法67条の3第1項1号は,特許権の存続期間の延長登録の出願について拒絶をすべき場合の1つとして,「その特許発明の実施に第67条第2項の政令で定める処分を受けることが必要であったとは認められないとき。」と規定している。

 これらの規定の趣旨は,「特許発明の実施」について,特許法67条2項所定の「政令で定める処分」を受けることが必要な場合には,特許権が存続していても,特許権者は特許発明を実施することができずにその利益を享受することが困難であり,いわば特許期間が侵食される事態が生ずるため,特許発明を実施することができなかった期間について,5年を限度として,特許権の存続期間を延長することとしたものと解される。そして,この場合の「特許発明」とは,その条文上の記載から明らかなように,一般に「特許を受けている発明」(特許法2条2項)と解され,特定の特許発明に限って存続期間の延長が認められるわけではなく,また,「実施」とは,特許法2条3項各号に掲げる行為をいうものである。

 ところで,「政令で定める処分」を受けることによって禁止が解除される行為のうちに,「特許発明の実施」に当たる行為の部分がなければ,「その特許発明の実施」に「政令で定める処分」を受けることが必要であったとはいえないから,「特許発明の実施」に「政令で定める処分」を受けることが必要であったと認められるためには,「政令で定める処分」を受けることによって禁止が解除される行為のうちに「特許発明の実施」に当たる行為の部分が存することが必要である。そして,「政令で定める処分」が,例えば,薬事法14条所定の医薬品の製造の承認や医薬品の製造の承認事項の一部変更に係る承認である場合に,上記要件を充足するためには,薬事法14条所定の当該承認を受けることによって禁止が解除された医薬品の製造行為に,当該特許発明の実施に当たる部分がなければならないと解される。

3 特許法68条の2の解釈について

 特許権の存続期間が延長された場合の特許権の効力について,特許法68条の2は,「特許権の存続期間が延長された場合(第67条の2第5項の規定により延長されたものとみなされた場合を含む。)の当該特許権の効力は,その延長登録の理由となった第67条第2項の政令で定める処分の対象となった物(その処分においてその物の使用される特定の用途が定められている場合にあっては,当該用途に使用されるその物)についての当該特許発明の実施以外の行為には,及ばない。」と規定している。

 この規定の趣旨は,特許権の存続期間が延長された場合の当該特許権の効力は,その特許発明の全範囲に及ぶものではなく,「政令で定める処分の対象」となった「物」(その処分においてその物に使用される特定の用途が定められている場合にあっては,当該用途に使用されるその物)についてのみ及ぶというものである。これは,特許請求の範囲の記載によって特定される特許発明は,様々な上位概念で記載されることがあり,「政令で定める処分」を受けることによって禁止が解除された「物」又は「物及び用途」よりも広いことが少なくないため,「政令で定める処分」を受けることが必要なために特許権者がその特許発明を実施することができなかった「物」又は「物及び用途」を超えて,延長された特許権の効力が及ぶとすることは,特許発明の実施が妨げられる場合に存続期間の延長を認めるという特許権の存続期間の延長登録の制度趣旨に反することとなるからである。

4 延長登録出願と特許請求の範囲

 このように,「政令で定める処分の対象」となった「物」又は「物及び用途」に限定して特許権の存続期間の延長が認められるのであるから,特許権の存続期間満了後に当該特許発明を実施しようとする第三者に対して不測の不利益を与えないという観点から,存続期間の延長登録出願が適法であるためには,「政令で定める処分の対象」となった「物」又は「物及び用途」についてみれば,それらが客観的に明確に記載され,かつ,当該特許発明に含まれるものであることが,「特許請求の範囲」を基準とし,「発明の詳細な説明」の記載に照らして認識できるものでなければならず,また,それで足りるということができる。すなわち,存続期間の延長登録出願に際し,「政令で定める処分」を前提として,その対象となった「物」又は「物及び-用途」が,客観的に明確に記載され,かつ,当該特許発明に含まれるものであることが,上記の手法に基づいて認識できるような場合には,当該「政令で定める処分」を受けることによって禁止が解除された行為に,「特許発明の実施」に当たる行為の部分があると客観的に判断することができるからである。そして,特許請求の範囲の記載によって特定される特許発明が,様々な上位概念で記載され,「政令で定める処分」を受けることによって禁止が解除された「物」又は「物及び用途」よりも広い場合であっても,当該「物」又は「物及び用途」が,客観的に明確に記載され,かつ,当該特許発明に含まれるものであることが,「特許請求の範囲」,「発明の詳細な説明」の各記載に基づいて認識できるのであれば足りるのであり,上記の禁止が解除された「物」又は「物及び用途」が,特許発明のうちの特定の構成として明文上区分されている必要まではない。

 審決は,「医薬品についての処分が特許発明の実施に必要であったというためには,少なくともその処分によって特定される「物」すなわち「有効成分」が特許発明の構成要件として明確に特定されていることを要するというべきである。」と判断したものであるが,この判断は,当裁判所の上記判断に反するものである。

 また,審決は,「本件特許発明はランソプラゾールの使用を必須とする錠剤についての発明でないのはもちろん、それが「非びらん性胃食道逆流症」という特定の用途に向けられたものでもない。」(8頁5行~7行)と判断するが,これは,当裁判所の上記判断に反する立場を前提とするものであり,前記1の認定判断と当裁判所の上記判断を前提とする以上,審決の上記判断に基づき本件出願を拒絶すべきものであるとした審決の結論は誤りというべきである。

5 被告の主張について

(1) 被告は,本件において審査され評価されているのは,有効成分であるランソプラゾールを非びらん性胃食道逆流症へ適用するに当たっての有効性と安全性であって,これが本件の承認により禁止が解除される範囲に当たるにもかかわらず,本件明細書の特許請求の範囲において,多粒子錠剤が含有する有効物質の限定がないから,本件特許発明では,「非びらん性胃食道症へ適用されるランソプラゾール」という薬事法による規制によって生じる禁止範囲の存在を把握することはできず,本件の承認によって禁止が解除された範囲と本件特許発明とに重複部分が存在するということができないと主張する。

(2) その前提として被告が主張するのは,特許権の存続期間延長制度についての立法趣旨を踏まえれば,医薬品に関しては,「その特許発明の実施に第67条第2項の政令で定める処分を受けることが必要であった」という要件は,「有効成分(物)と効能・効果(用途)という観点から処分を受けることが必要であった」と解すべきであるから,特許発明が,新しい有効成分に関する特許発明,あるいは,新たな効能・効果に関する特許発明ではない場合には,「有効成分(物)と効能・効果(用途)」という観点からは,特許発明の実施に処分を受けることが必要であったとはいえないので,このような特許発明に係る特許権の延長登録出願は,「その特許発明の実施に67条2項の政令で定める処分を受けることが必要であったとは認められないとき」に該当し,拒絶すべき旨の査定をしなければならないというものである。

 しかし,特許権の存続期間延長制度の対象となる特許発明は,前記2のとおり,その条文上の記載から明らかなように,「特許を受けている発明」(特許法2条2項)全般であり,新しい有効成分に関する特許発明,あるいは,新たな効能・効果に関する特許発明という特定の特許発明に限定して存続期間の延長を認めるべき合理的根拠はない。」

2011年1月8日土曜日

用途発明の権利範囲について

平成2年(ワ)第12094号 特許権侵害差止等請求事件 東京地方裁判所 平成4年10月23日判決

 この事例は第二医薬用途発明の権利範囲が真っ向から争われた(私が知る限りでは)唯一の裁判例である。
 この事例は重要判決であるために論文等でしばしば引用される。医薬用途発明の権利範囲は特定の用途にのみ限定され他の用途には及ばない、というのがこの裁判例のポイントである。例えば「化合物Aを有効成分とする抗癌剤」が特許権である場合、化合物A自体や、化合物Aを含有する風邪薬は独占権の範囲外となる。
 しかしながらこの判決の「仮に被告らの製剤品にアレルギー性喘息の予防剤以外の用途があるとしても、被告らは、被告らの製剤品について、アレルギー性喘息の予防剤としての用途を除外する等しておらず、右予防剤としての用途と他用途とを明確に区別して製剤販売していないのであるから、被告らが、その製剤品についてアレルギー性喘息の予防剤以外の用途をも差し止められる結果となったとしてもやむを得ない」という、頻繁に引用される箇所だけをザッと読んで、上記例でいえば「抗癌剤用途を除く」という表示をしていない限り化合物A自体や、化合物Aの多用途のための製剤も用途発明の権利範囲になるのだという、全く違う意味に誤解されることがある
 そこで本日は古いが重要なこの判決について解説を試みる。

原告が有する特許権の特許請求の範囲:
「ケトチフェン又はその製薬上許容しうる酸付加塩を有効成分とするアレルギー性喘息の予防剤」

主文:
「一 被告らは、別紙第二物件目録記載の医薬品を製造し、該製剤品を販売してはならない。」

特許権に基づいて原告が製造等の差し止めを求めた被告の実施品:
第一物件目録:フマル酸ケトチフェン(化合物そのもの)
第二物件目録:第一物件目録記載のフマル酸ケトチフェンを有効成分とし、「効能又は効果」として気管支喘息、喘息又はアレルギー性喘息を含み、「用法」として「一日二回、朝食後および就寝前に経口投与する」等と定期的継続的に用いるものとする医薬品

 第二物件目録に該当する、被告らが実施する製剤品の「添付文書」中には効能又は効果として、気管支喘息、アレルギー性鼻炎、湿疹・皮膚炎、蕁麻疹、皮膚ソウ痒症と記載されている。すなわち、用途発明の対象となる用途の表示と、権利範囲外である他の用途の表示とが一体に記載されている。

 原告は「別紙第一物件目録記載の物件を製剤し、該製品を販売してはならない」と請求した。すなわち、所定の用途に限定されないフマル酸ケトチフェンの製剤までをも本件特許発明の技術的範囲に属するとして差し止めを求めた。
 しかしながら裁判所は本件特許発明の技術的範囲に属するのは別紙第二物件目録記載の医薬品に限定されると判断して、原告の請求を一部棄却した。すなわち、「効能又は効果」の欄に気管支喘息、喘息又はアレルギー性喘息を含む第二物件目録の医薬品のみが特許権者が独占できる範囲である。

(判決関連箇所抜粋)
「被告らの製剤品がアレルギー性喘息の予防剤に該当するものであることは前記認定のとおりであるが、本訴において、原告が製剤の差止めの対象物としているのはフマル酸ケトチフェンであり、販売の差止めの対象としているのはフマル酸ケトチフェンの製剤品であって、「ザジトマカプセル」、「ケトチロンカプセル」及び「サルジメンカプセル」に限っているわけではない。そして、フマル酸ケトチフェンがヒスタミン解放抑制作用の他に抗ヒスタミン作用を有することは従来から知られているのであるから、このフマル酸ケトチフェンについて、その抗ヒスタミン作用を利用する等した、アレルギー性喘息の予防剤以外の用途も考えられないわけではなく、現に、・・・(証拠)・・・によれば、ケトチフェンなどの抗ヒスタミン剤について、その効能に対する見直しが考えられるべきであるとの趣旨の記載のある文献も存するところである。そして、このようなアレルギー性喘息の予防剤以外の用途については本件発明の技術的範囲が及ばないことはいうまでもない。そして、前記のような認定事実をも併せて考えると、原告が差止めを求めた対象物のうち、本件発明の技術的範囲に属するのは、別紙第二物件目録記載の医薬品に限定されるというべきである。」

 被告の実施品は気管支喘息だけでなく、「アレルギー性鼻炎、湿疹・皮膚炎、蕁麻疹、皮膚ソウ痒症」も効果効能の対象であることから、この実施品に対する差し止めは不当であるようにも思われる。この点について裁判所は、本件特許発明の用途と、他の用途とが区別できるにもかかわらず一体不可分になっている以上、他の用途にまで本件発明の技術的範囲が及ぶことを被告は甘受せざるを得ないと判断した。逆に言えば、被告が実施品の「効能又は効果」の欄から「気管支喘息」の表示を削除しさえすれば差し止めの対象外になるように思われる。

(判決関連箇所抜粋)
「本件化合物については、これを製剤販売する業者としては、アレルギー性喘息の予防剤としての用途と他用途とを用途としての適用範囲において実質的に区別することが可能なのであって、右区別をすることによって当該製剤が本件発明の技術的範囲に属していないことを明らかにすることができるのであり、他方、右用途の区別が明確になされていない場合には、本件化合物はアレルギー性喘息の予防剤としての用途と他用途とがいわば不可分一体になっているものというほかはなく、したがって、アレルギー性喘息の予防剤としての用途と他用途とを区別する方途がないのであるから、当該製剤販売業者としては、本件化合物のアレルギー性喘息の予防剤としての用途のみならず、他用途にまで本件発明の技術的範囲が及ぶことも甘受せざるを得ないものといわなければならない。
 本件においては、仮に被告らの製剤品にアレルギー性喘息の予防剤以外の用途があるとしても、被告らは、被告らの製剤品について、アレルギー性喘息の予防剤としての用途を除外する等しておらず、右予防剤としての用途と他用途とを明確に区別して製剤販売していないのであるから、被告らが、その製剤品についてアレルギー性喘息の予防剤以外の用途をも差し止められる結果となったとしてもやむを得ないものといわざるをえない。」