2010年11月13日土曜日

拒絶査定と拒絶審決とで主引用例が異なる場合でも違法性はないと判断された事例

平成22年11月8日判決

平成22年(行ケ)第10068号審決取消請求事件

1.概要

 拒絶査定での進歩性欠如の理由における主引用例と、拒絶審決での主引用例とが形式的にみて異なる場合()でも、2つの事情:

(1)原告(審判請求人)は、審判請求書において、拒絶査定にて言及されていたものの主引用例ではなかった本件引用例(拒絶審決での主引用例)が、前置補正後の本件発明と対比されるべき引用例であると十分に認識した上で反論している、

(2)拒絶査定と拒絶審決とは判断の枠組みが実質的に同じである。

を考慮し、審判段階において審判請求人に拒絶の理由を通知して意見書の提出及び補正の機会を与える必要があるとはいえないと知財高裁は判断した。

 特許法159条2項、50条は,拒絶査定不服審判において査定の理由と異なる拒絶の理由を発見した場合には,拒絶の理由を通知し,相当の期間を指定して,意見書を提出する機会を与えなければならない旨を規定する。審判請求書は意見書ではなく、しかも審判請求時の前置補正の制限は最初の拒絶理由における補正の制限とは異なるにもかかわらず、裁判所は、審判請求時に前置補正し、審判請求書において実質的に反論を展開している以上、「原告にとって意見書の提出や補正の機会」が奪われたということはできないと判断している。

2.裁判所の判断のポイント

「取消事由5(手続違背)について

(1) 原告は,審決において新たに8つの文献が周知例として追加された,あるいは,審決と拒絶査定とで主たる公知文献が異なっていたにもかかわらず,原告に意見書を提出する機会が与えられなかったことは,手続違背に当たると主張する。

(2) 平成5年法律第26号による改正前の特許法159条2項,50条は,拒絶査定不服審判において査定の理由と異なる拒絶の理由を発見した場合には,拒絶の理由を通知し,相当の期間を指定して,意見書を提出する機会を与えなければならない旨を規定する。その趣旨は,審判官が新たな事由により出願を拒絶すべき旨の判断をしようとするときは,出願人に対してその理由を通知をすることによって,意見書の提出及び補正の機会を与えることにあるから,拒絶査定不服審判手続において拒絶理由を通知しないことが手続上違法となるか否かは,手続の過程,拒絶の理由の内容等に照らして,拒絶理由の通知をしなかったことが出願人(審判請求人)の上記の機会を奪う結果となるか否かの観点から判断すべきである。

(3) これを本件についてみるに,なるほど,拒絶査定には,拒絶理由通知書にて引用されていなかった引用例(以下「本件引用例」という。)が挙げられている。

 すなわち,拒絶理由通知書では,当時の請求項1及び2の発明と特開平3-235116号公報記載の発明とを対比して容易想到性判断をし,拒絶査定でもこの判断枠組みは維持されつつ,本件引用例が引用文献の一つとして付加された。

 原告はこの拒絶査定に対し,請求項を一つに絞り,前記第2,2の下線部分を付加する補正をするとともに拒絶査定不服の審判請求をした。その請求書で原告は「本願発明が特許されるべき理由」として,「(1)本願発明の説明」,「(2)補正の根拠の明示」,「(3)引用発明の説明」,「(4)本願発明と引用発明の対比」の主張をし,本願発明の特徴である第1~第3の表示手段と関係する本件引用例の構成を上記「(3)引用発明の説明」の項で掲げた上,「(4)本願発明と引用発明の対比」の項において,本件引用例の構成を中心にして,上記補正により付加された「第3の表示手段」と対比主張し,この主張をもって審判請求が成り立つべき理由の中心に据え,さらに,「本願発明の特有の構成である,現況調査手段,電話発信手段及び通話中手段を同時に備える」構成との関係についても付加しているが,その根拠については抽象的な理由を述べるにとどまっている。

 審決は,この審判請求書に基づいてなされたものであり,上記付加された補正部分の構成の容易想到性の判断が審判で審理されるべき中心点であることを念頭に置いて本願発明の容易想到性を判断していたであろうことは,上記の経緯から推認されるところである

 なるほど,拒絶査定が引用している拒絶理由通知での引用公知文献と,審決で引用した主たる公知文献(本件引用例)とは異なっているが,本件引用例(甲10)は拒絶査定でも挙げられており,審判請求書で原告が主張として中心に据えたのは,本件引用例と対比しての本願発明(特に上記補正で付加された構成について)の進歩性であった経緯にかんがみると,原告は審判請求時において,本願発明の容易想到性判断で対比されているのは本件引用例であったことを十分に認識していたものといえるのであるから,本件引用例を対比すべき主たる公知文献として本願発明の容易想到性判断をするに際して,改めて拒絶理由を通知しなかったとしても,原告にとって意見書の提出や補正の機会が奪われたということはできず,審判手続には,平成5年法律第26号による改正前の特許法159条2項が準用する同法50条に違反する手続違背があったとすることはできない。

 さらにいえば,審決は,本件引用例との対比において本願発明との間に相違点を8点認定している。このことは,審決が本件引用例を形式上主たる公知文献としたとはいえ,本願発明が多くの公知技術の組合せによって容易に推考し得たものであることを念頭に置いて判断したものということができるのであり,実質的な判断枠組みは拒絶査定から変化がなく,審判請求とともに補正がされたのに伴い,視点を変えて判断し直したと評価するのが相当である。

2010年11月6日土曜日

審決における進歩性の判断手法に問題ありと指摘された事例

知財高裁平成22年10月28日判決

平成22年(行ケ)第10064号審決取消請求事件

1.概要

 審決において合議体は本願補正発明の進歩性の判断にあたり、本願補正発明と引用発明との相違点をことさらに細かく分け(6つの相違点)、相違点それぞれについて先行技術文献からの容易想到性を検討し、本願補正発明は進歩性を有しておらず独立特許要件を満たさないと結論付けた。

 審決取消訴訟において原告は相違点の認定については争っていない。

 裁判所は、審理の対象ではないとしながらも、審決における上記の相違点認定手法は著しく適切を欠くと付言した。裁判所は、相違点は、まとまりのある構成を単位として認定されるべきであると指摘した。

2.本願補正発明

 本願補正発明は以下のとおりである:

「シュー形式の長尺ニッププレスもしくはカレンダー用または他の抄紙アプリケーションおよび紙加工アプリケーション用樹脂含浸エンドレスベルトであって、前記樹脂含浸エンドレスベルトがベースサポート構造体、前記ベースサポート構造体に付着したステープルファイバーバット並びに前記ベースサポート構造体の内面および外面の少なくとも一方の上の第二高分子樹脂材料被膜からなり、

 前記ベースサポート構造体は内面、外面、縦方向および横方向を有するエンドレスループ形をとり、

 前記ステープルファイバーバットの繊維の少なくとも一部には第一高分子樹脂材料が含まれ、

 前記被膜は前記ベースサポート構造体に含浸してこれを液体に対して不浸透性となし、さらに前記ステープルファイバーバットを被包し、前記被膜は滑らかであって、かつ、前記ベルトの厚みを均一にし、前記第二高分子樹脂材料は前記ステープルファイバーバットに含まれる前記第一高分子樹脂材料に対して親和性を有し、その結果として、前記第二高分子樹脂材料の前記被膜は前記ベースサポート構造体に付着した前記ステープルファイバーバットと機械的に結合するだけでなく化学的に結合し、

 前記第一高分子樹脂材料及び前記第二高分子樹脂材料は、互いに異なるポリウレタン樹脂であることを特徴とする前記ベルト。」

3.審決における対比判断

 審決では、本願補正発明と引用発明とを以下のような手法で対比判断し、本願補正発明の進歩性を否定した。

「(ア)対比

 本願補正発明と引用発明とを対比する。

 引用発明の「機械方向」、「機械に直交する方向」は、本願発明の「縦方向」、「横方向」に相当する。そして、本願補正発明の「ベースサポート構造体」は、内面、外面、縦方向および横方向を有するエンドレスループ形をとるものであるところ、引用発明の「基礎布」も、内面、外面、機械方向及び機械に直交する方向を持つエンドレスループの形をとるものであるから、引用発明の「基礎布」は、本願補正発明の「ベースサポート構造体」に相当する。また、引用発明の「第一重合体樹脂」は、本願補正発明の「第二高分子樹脂材料」に相当する。

 そうすると、本願補正発明と引用発明とは、

「シュー形式の長尺ニッププレスもしくはカレンダー用または他の抄紙アプリケーションおよび紙加工アプリケーション用樹脂含浸エンドレスベルトであって、前記樹脂含浸エンドレスベルトがベースサポート構造体、前記ベースサポート構造体の内面および外面の少なくとも一方の上の第二高分子樹脂材料被膜からなり、前記ベースサポート構造体は内面、外面、縦方向および横方向を有するエンドレスループ形をとり、前記被膜は前記ベースサポート構造体に含浸してこれを液体に対して不浸透性となし、さらに前記被膜は滑らかであって、かつ、前記ベルトの厚みを均一にし、前記第二高分子樹脂材料は、ポリウレタン樹脂であることを特徴とする前記ベルト。」で一致するのに対し、以下の点で相違する。

i)本願補正発明は、ベースサポート構造体が、ステープルファイバーバットが付着した構成をとっているのに対し、引用発明は、そのような構成をとっていない点(以下、「相違点i」という)

ii)本願補正発明は、ステープルファイバーバットの繊維の少なくとも一部には第一高分子樹脂材料が含まれている構成をとっているのに対し、引用発明は、そのような構成をとっていない点(以下、「相違点ii)」という。)

iii)本願補正発明は、第二高分子樹脂材料被膜がステープルファイバーバットを被包している構成をとっているのに対し、引用発明は、そのような構成をとっていない点(以下、「相違点iii)」という。)

iv)本願補正発明は、第二高分子樹脂材料はステープルファイバーバットに含まれる第一高分子樹脂材料に対して親和性を有する構成をとっているのに対し、引用発明は、そのような構成をとっていない点(以下、「相違点iv)」という。)

v)本願補正発明は、第二高分子樹脂材料被膜はベースサポート構造体に付着したステープルファイバーバットと機械的に結合するだけでなく化学的に結合している構成をとっているのに対し、引用発明は、そのような構成をとっていない点(以下、「相違点iv)」という。)

vi)本願補正発明は、第一高分子樹脂材料及び第二高分子樹脂材料は、互いに異なるポリウレタン樹脂であるのに対し、引用発明は、そのような特定がされていない点(以下、「相違点vi)」という。)

(イ)相違点の検討

・相違点i)について

 刊行物2の上記摘示事項2-aには、「・・・織られた生地構造の糸に機械的に接着された樹脂コーティングを有するどんな被覆布でも、樹脂コーティングの剥離が起り得る。」と課題について言及されており、上記摘示事項2-bには、その課題解決のための一手段として、「本発明のカレンダーベルトは基礎生地、基礎生地に取付けられるステープルファイバー打綿、それにより与えられた基礎生地とステープルファイバー打綿より成るファイバー/生地複合構造体、及び実質的に一様な深さでファイバー/生地複合構造体の少なくとも一つの側に一つの層を形成するファイバー/生地複合構造体を充満するポリマー樹脂材料より成る、又この一つの層の側はカレンダーベルトのエンドレスループの形の外側となるような上側である。」ことが記載され、また、作用効果として、上記摘示事項2-dには、「更に、ステープルファイバー打綿は基礎生地にポリウレタン樹脂を結びつける作用をする」と記載されている。そうすると、刊行物2には、基礎生地と、基礎生地を充満するポリマー樹脂材料より成るエンドレスループの形をとるカレンダーベルトにおいて、樹脂コーティングの剥離を防止するために、ステープルファイバーバットが付着した基礎生地を用いる技術が記載されている。

 そして、刊行物2の上記摘示事項2-aに記載されるように、織られた生地構造の糸に機械的に接着された樹脂コーティングを有するどんな被覆布でも、樹脂コーティングの剥離が起り得るため、樹脂コーティングの剥離を防止しようとすることは当業者にとって自明の課題である。してみると、引用発明において、樹脂コーティングの剥離を防止するという当業者にとって自明の課題を解決するために、刊行物2に記載された技術に基づき、ベースサポート構造体として、ステープルファイバーバットが付着した構成をとることは当業者にとって容易なことである。

(以下、相違点ii)~vi)についても、相違点i)と同様に個別に容易想到性が議論されている。)

4.裁判所の判断のポイント

 裁判所は、審決における相違点の判断手法は妥当でないと指摘した。ただし原告はこの点を争っていないため、裁判の審理の対象とはされていない。

「なお,本願補正発明の進歩性の有無を判断するに当たり,審決は,本願補正発明と引用発明との相違点を認定したが,その認定の方法は,著しく適切を欠く。すなわち,審決は,発明の解決課題に係る技術的観点を考慮することなく,相違点を,ことさらに細かく分けて(本件では6個),認定した上で,それぞれの相違点が,他の先行技術を組み合わせることによって,容易であると判断した。このような判断手法を用いると,本来であれば,進歩性が肯定されるべき発明に対しても,正当に判断されることなく,進歩性が否定される結果を生じることがあり得る。相違点の認定は,発明の技術的課題の解決の観点から,まとまりのある構成を単位として認定されるべきであり,この点を逸脱した審決における相違点の認定手法は,適切を欠く。

 しかし,本件では,原告において,このような問題点を指摘することなく,また,平成22年4月15付けの第1準備書面において,審決のした本願補正発明の相違点1ないし5に係る認定及び容易想到性の判断に誤りがないことを自認している以上,審決の上記の不適切な点を,当裁判所の審理の対象とすることはしない。」