2010年6月27日日曜日

新規事項の該当性が争われた事例

知財高裁平成21年(行ケ)第10303号審決取消請求事件(特許)

平成22年6月22日判決言渡

1.概要

 原告(出願人)がした請求項の補正が新規事項の追加に該当すると判断した審決の違法性が争点。裁判所は補正が新規事項の追加に該当しないと判断し、審決を取り消した。

 201061日に新規事項に関する審査基準が改訂された。新審査基準では知財高判平20.5.30(平成18年(行ケ)第10563号審決取消請求事件)「ソルダーレジスト」大合議判決が引用され、

「「当初明細書等に記載した事項」とは、技術的思想の高度の創作である発明について、特許権による独占を得る前提として、第三者に対して開示されるものであるから、ここでいう「事項」とは明細書等によって開示された発明に関する技術的事項であることが前提となるところ、「当初明細書等に記載した事項」とは、当業者によって、当初明細書等のすべての記載を総合することにより導かれる技術的事項である。したがって、補正が、このようにして導かれる技術的事項との関係において、新たな技術的事項を導入しないものであるときは、当該補正は、「当初明細書等に記載した事項」の範囲内においてするものということができる。」

と規定されている。

 本事例もこの基準に沿って、補正事項が新規事項の追加に該当するか否かが判断されている。

2.本件補正前の本願の特許請求の範囲請求項1

「通信機能と,当該通信機能以外の複数の機能とを有し,通信機能と通信機能以外の複数の機能に係る表示を行う一つの表示手段と,電源キー,数字キー等を備える入力手段とを有する携帯電話端末であって,

 前記入力手段の電源キーを押下すると,前記表示手段を含む各構成部分に電力が供給され,携帯電話端末の動作が開始されて,前記通信機能と前記通信機能以外の複数の機能とが使用可能状態となり,前記入力手段の電源キーとは異なるキー操作により通信機能を停止させる指示が入力されると,当該通信機能を停止させて通信接続情報の交信を行わないようになり,前記通信機能以外の複数の機能は動作可能としたことを特徴とする携帯電話端末。」

3.本件補正の内容

「通信機能と,当該通信機能以外の時計機能,電話帳機能,マイクによる音声を電気信号に変換する機能,スピーカによる電気信号を音声に変換する機能を含む複数の機能とを有し,通信機能と通信機能以外の複数の機能に係る表示を行う一つの表示手段と,電源キー,数字キー等を備える入力手段とを有する携帯電話端末であって,

 前記入力手段の電源キーを押下すると,前記表示手段を含む各構成部分に電力が供給され,携帯電話端末の動作が開始されて,前記通信機能と前記通信機能以外の時計機能,電話帳機能,マイクによる音声を電気信号に変換する機能,スピーカによる電気信号を音声に変換する機能を含む複数の機能とが使用可能状態となり,前記入力手段の電源キーとは異なるキー操作により通信機能を停止させる指示が入力されると,当該通信機能を停止させて通信接続情報の交信を行わないようになり,前記通信機能以外の時計機能,電話帳機能,マイクによる音声を電気信号に変換する機能,スピーカによる電気信号を音声に変換する機能を含む複数の機能はそのまま動作可能としたことを特徴とする携帯電話端末。」

4.審決の理由

 審決は,本件補正について,特許法17条の2第3項の規定に違反するとし,特許法159条1項において読み替えて準用する特許法53条1項の規定により却下すべきものとし,本願発明については,先願発明と同一であり,先願発明をした者が本願発明の発明者であるとも,また,本願の出願の時に,その出願人が先願明細書の出願人と同一であるとも認められないので,本願発明は,特許法29条の2の規定により特許を受けることができないと判断した。

(1) 補正の適否について

ア 補正事項

「イ)補正前の請求項1の『複数の機能とを有し』を,『時計機能,電話帳機能,マイクによる音声を電気信号に変換する機能,スピーカによる電気信号を音声に変換する機能を含む複数の機能とを有し』とし,

 ロ)補正前の請求項1の『複数の機能とが使用可能状態となり』を,『時計機能,電話帳機能,マイクによる音声を電気信号に変換する機能,スピーカによる電気信号を音声に変換する機能を含む複数の機能とが使用可能状態となり』とし,

 ハ)補正前の請求項1の『複数の機能は動作可能とした』を,『時計機能,電話帳機能,マイクによる音声を電気信号に変換する機能,スピーカによる電気信号を音声に変換する機能を含む複数の機能はそのまま動作可能とした』とする補正事項を含むものである。」

イ 補正事項イ)の適否についての判断

「これらの記載(判決注:後記第5の1記載の段落【0002】【0012】【0015】【0

016】【0021】【0022】【0029】【0033】【0040】)からは,使用可能な複数の機能としては『通信機能』『電子手帳機能』『電話帳機能』『時計機能』のみが示され,そのまま動作可能な複数の機能としては『電子手帳機能』『電話帳機能』『時計機能』のみが示されていると解され,使用可能又はそのまま動作可能な複数の機能としての『マイクによる音声を電気信号に変換する機能』,『スピーカによる電気信号を音声に変換する機能』は読み取ることができない。」

「よって,上記補正事項は,当初明細書等に記載されたものでなく,当初明細書等の記載から自明な事項であるともいえないから,本件補正は,当初明細書等の記載事項の範囲内においてしたものでない。」

5.補正事項イ)に関する被告(特許庁長官)の主張

(1) 審決では,補正事項イ)について,文言上,他の機能に並列する「機能」として,「マイクによる音声を電気信号に変換する機能」,「スピーカによる電気信号を音声に変換する機能」の記載はみあたらないとしているだけであり,本願明細書に「マイクによる音声を電気信号に変換する機能」,「スピーカによる電気信号を音声に変換する機能」という直接の記載はないのであるから,そもそも審決の認定に誤りはない。

 本願明細書では,「マイク」及び「スピーカ」の動作について「機能」という表現はなく,「はたらき」,「役割」,「作用」という表現もされていないから,「マイク」や「スピーカ」の動作を「機能」と表現すること自体に必然性がなく,仮に「動作すること」を「機能」と表現できるとしたところで,「マイクの機能」,「スピーカの機能」にとどまるものである。

 そして,本願発明における「通信機能以外の機能」とは,平成19年1月22日提出の手続補正書(甲4)における特許請求の範囲請求項1において,「通信機能と,当該通信機能以外の複数の機能とを有し,‥‥入力手段とを有する携帯電話端末」と記載されているように,「携帯電話端末の有する機能」として定義されており,「マイクの機能」,「スピーカの機能」とは明らかに異なっている。

 また,本願発明における「機能」として本願明細書に明確な技術概念の定義はなく,本願明細書の段落【0012】【0015】【0022】【0029】に記載されているように,電子手帳,電話帳,時計等の使用者に認識され,使用者の要求・意志によって使用状態を制御できる携帯電話端末の機能,つまり,携帯電話端末におけるいわゆる「アプリケーションとしての機能」が例示されるのみである。そして,「マイク」及び「スピーカ」に至っては,従来技術において回路部品単体としての動作が示されるだけであり,「マイク」及び「スピーカ」に上述のような携帯電話端末のアプリケーションとしての機能は本願明細書から何ら読み取ることはできない。

 具体的にいえば,「マイク」が音声を電気信号に変換しても,この電気信号を使用するか否かは,携帯電話端末の有する機能(アプリケーション)に応じて決定される。そして,使用者が認識して使用するのは携帯電話端末の有する機能(アプリケーション)であって,「マイク」が音声を電気信号に変換すること自体ではない。

 このように,「マイク」及び「スピーカ」の動作と携帯電話の有する機能とは異なる技術概念であるから,「マイク」及び「スピーカ」の動作は,携帯電話の有する「通信機能以外の機能」に含まれない。」

6.裁判所の判断

「取消事由1(手続補正の適否について判断を誤った違法)について

(1) ・・・ところで,審決は,本件補正が特許法17条の2第3項の規定に違反するというものであるところ,同条の「明細書又は図面に記載した事項」とは,技術的思想の高度の創作である発明について,特許権による独占を得る前提として,第三者に対して開示されるものであるから,ここでいう「事項」とは明細書又は図面によって開示された発明に関する技術的事項であることが前提となるところ,「明細書又は図面に記載した事項」とは,当業者によって,明細書又は図面のすべての記載を総合することにより導かれる技術的事項であり,補正が,このようにして導かれる技術的事項との関係において,新たな技術的事項を導入しないものであるときは,当該補正は,「明細書又は図面に記載した事項の範囲内において」するものということができると解すべきである。

 そこで,以下,本件補正が,上記の新たな技術的事項を導入しないものであるか否かを各補正事項ごとに検討する。

(2) 補正事項イ)について

 ここでは,本願発明の「複数の機能」について,「マイクによる音声を電気信号に変換する機能」及び「スピーカによる電気信号を音声に変換する機能」を加えることの適否が問題となる。

 ア 前記1の段落【0002】及び図7を参照すると,従来の携帯電話端末は,「音響信号(音声)を音声電気信号に変換するマイク8」と,「音声電気信号を音響信号に変換するスピーカ9」を備えており,また,本願発明の携帯電話端末に関して,「本装置の基本的な構成は,図7に示した従来の携帯電話端末とほぼ同様であり,従来と同様の部分としてアンテナ1と,無線部2と,ベースバンド処理部3と,表示部7と,マイク8と,スピーカ9と,バッテリ11と,電源制御部12とを備え,」(段落【0016】参照)と記載されているとともに,発明の実施の形態を示す図1には,マイク8及びスピーカ9が制御部10と矢印線により結ばれている様子が示されている。

 すると,当初明細書等に記載された本願発明の実施例としての携帯電話端末は,「マイク8」と「スピーカ9」とを備え,従来の携帯電話端末と同様に,「マイク8」は「音響信号(音声)を音声電気信号に変換する」ものであり,「スピーカ9」は「音声電気信号を音響信号に変換する」ものであると認められる。

 ところで,「広辞苑第6版」(甲6)によれば,「機能」とは,「物のはたらき。相互に関連し合って全体を構成している各要素や部分が有する固有な役割。また,その役割を果たすこと。作用。」を意味するものと認められるから,物が動作することによって,作用が生じ,その結果「機能」が提供されると解されるから,当初明細書等に「マイク」及び「スピーカ」に関して「機能」との明示的な記載がないとしても,「音響信号(音声)を音声電気信号に変換する」ことが「マイク8」の機能であり,「音声電気信号を音響信号に変換する」ことが「スピーカ9」の機能であるということができ,また,「マイク8」及び「スピーカ9」を備えた携帯電話端末が,「音響信号(音声)を音声電気信号に変換する機能」と「音声電気信号を音響信号に変換する機能」を有していると認定することができる。

 さらに,「マイク」及び「スピーカ」は携帯電話端末として成立するための必須の構成部品であって,例えば,「スピーカ」は通話をするときのみならず,一般的な信号音の発生にも利用されることは技術常識であるから,これらの構成部品は,携帯電話端末の特定の機能やアプリケーションに従属するものではなく,独立して音声入力及び出力手段として機能し得るものであることは明らかである。

 そして,「通信機能」とは「無線信号の送受信を行う」機能であって(当初明細書【請求項2】参照),「通話機能」と異なり,音響信号(音声)に直接関わるものではないから,「マイク」や「スピーカ」の機能は「通信機能」に含まれないと解される。

 したがって,「マイク8」及び「スピーカ9」が提供する「音響信号(音声)を音声電気信号に変換する機能」と「音声電気信号を音響信号に変換する機能」は,他の機能と両立する独立した機能であって,「通信機能以外の機能」と認められる。

 イ この点について,被告は,本願発明における携帯電話端末の「機能」とは,使用者に認識され,使用者の要求・意志によって使用状態を制御できる携帯電話端末の機能,つまり,携帯電話端末におけるいわゆる「アプリケーションとしての機能」である旨主張しているが,機械的な部品や電気回路等のハードウエア構成も,それらの動作によって使用者に固有の機能を提供すると解されるから,「アプリケーションとしての機能」に限られる理由はなく,また,前記1の段落【0005】においては,通信用接続情報に関して,「無線チャネルの設定,維持,切り替え等を行う無線管理機能」,「位置登録,認証を行う移動管理機能」,「発呼切断等の呼制御機能」等,携帯電話端末内で行われる様々な働きを「機能」と称しているから,本願発明にいう「機能」が「アプリケーションとしての機能」に限られると解することはできないというべきである。

(更に、補正事項ロ)及びハ)についても新たな技術的事項の導入に該当しないと判断された。)

(5) 以上のとおり,補正事項イ)ないしハ)は,当初明細書等のすべての記載を総合することにより導かれる技術的事項との関係において,新たな技術的事項を導入しないものであると認められるから,本件補正は,「明細書又は図面に記載した事項の範囲内において」するものということができると解される。」

2010年6月20日日曜日

訂正による構成の追加が「択一的記載要素の追加」ではなく「直列的付加」に該当すると判断された事例

知財高裁平成22年4月27日判決

平成21年(行ケ)第10326号審決取消請求事件

概要

 特許権者は、特許請求の範囲に構成要件を追加する訂正審判を請求した。特許請求の範囲の減縮を目的とする訂正(すなわち構成要件を追加して特許発明を限定する「直列的付加」)であるというのが原告(請求人、特許権者)の解釈。

 被告(特許庁審判官)はこの訂正が、択一的な構成要件を追加する「並列的付加」に該当し不適法であると解釈し、訂正審判請求は成り立たないとの審決をした。

 この審決の違法性が争われ、知財高裁は原告の主張を支持して審決を取り消した・。

本件訂正前発明2

 本件訂正前発明2は,以下の通り分説することができる。

(ア)

 マッサージ機本体(2)と,使用者にマッサージを施すように当該マッサージ機本体(2)に設けられていると共に使用者の身長方向に移動自在な施療子(14)と,当該施療子(14)を操作して任意の位置に位置決めすることができる位置操作部(49,50)を有する操作装置(40)と,を備えたマッサージ機において,

(イ)

 前記位置操作部(49,50)の操作によって決められた施療子(14)の位置をマッサージの基準位置として記憶する記憶部(39)を備え,

(ウ)

 前記施療子(14)の位置決めを行うための一定の時間を設定しておき,その時間内に前記施療子(14)を移動させ,その時間が経過した時点での前記施療子(14)の位置を検出しその位置を基準位置として自動的に前記記憶部(39)に記憶させることを特徴とする

(エ)

 前記基準位置は肩位置であることを特徴とするマッサージ機。

本件訂正後発明2

 本件訂正後発明2は,以下の通り分説することができる。

(ア)

 マッサージ機本体(2)と,使用者にマッサージを施すように当該マッサージ機本体(2)に設けられていると共に使用者の身長方向に移動自在な施療子(14)と,当該施療子(14)を操作して任意の位置に位置決めすることができる位置操作部(49,50)を有する操作装置(40)と,

(イ)

 前記位置操作部(49,50)の操作によって決められた施療子(14)の位置をマッサージの基準位置として記憶する記憶部(39)と,を備え,

(ウ)

 施療子(14)を移動させた後,前記操作装置(40)への所定の操作を施すと,その所定の操作が行われたときの前記施療子(14)の位置を基準位置として検出する,マッサージ機において,

(エ)

 前記所定の操作を行わなくとも,前記施療子(14)を移動させて位置決めを行うために予め設定された一定の時間が経過すると,前記施療子(14)の位置を検出しその位置を基準位置として自動的に前記記憶部(39)に記憶させ,

(オ)

 前記基準位置は肩位置であることを特徴とするマッサージ機。

審決の理由

 審決の理由は要するに,本件訂正前発明2と本件訂正後発明2を対比すると,①本件訂正前発明2は,施療子の位置決めを行うための一定の時間を設定しておき,その時間内に施療子を移動させ,その時間が経過した時点での施療子の位置を基準位置としているのに対し,②本件訂正後発明2は,操作装置への所定の操作を施すと,その所定の操作が行われたときの施療子の位置を基準位置とし,また,所定の操作を施さないと,施療子を移動させて位置決めを行うために予め設定された一定の時間が経過すると,施療子の位置を検出しその所定位置を基準位置とするものであり,本件訂正後発明2においては,操作装置への所定の操作を施す場合には,一定の時間が経過した時点での施療子の位置を検出しその位置を基準位置とするものでないから,本件訂正後発明2は,本件訂正前発明2の「一定時間経過による基準位置検出」に「所定操作による基準位置検出」が単に付加されたものではなく,特許請求の範囲を減縮するものではなく,また,本件訂正前発明2は特段不明瞭な記載や誤記を含むものではないから,明瞭でない記載の釈明や誤記又は誤訳の訂正でもなく,さらに,本件訂正後発明2は本件訂正前発明2とは明らかに異なる構成であると共に,その下位概念発明とはいえず,本件訂正前発明2を別異の発明に実質上変更するものであるというものである。

裁判所の判断のポイント

(1) 本件訂正前発明2及び本件訂正後発明2は,いずれも,マッサージ機において,より正確に肩位置を設定できるようにするために,マッサージ機本体と,使用者にマッサージを施すように当該マッサージ機本体に設けられていると共に使用者の身長方向に移動自在な施療子と,当該施療子を操作して任意の位置に位置決めすることができる位置操作部とを備え,前記位置操作部の操作によって決められた施療子の位置を基準位置(肩位置)として記憶する記憶部を備えていることを特徴とするマッサージ機である。

 そして,本件訂正後発明2は,本件訂正前発明2に対して,「施療子(14)を移動させた後,前記操作装置(40)への所定の操作を施すと,その所定の操作が行われたときの前記施療子(14)の位置を基準位置として検出する,マッサージ機において,」(本件訂正後発明2のウ)との構成が付加されたものである。

 ところで,特許請求の範囲の記載において「構成」が付加された場合,付加された後の発明の技術的範囲は,付加される前の発明の技術的範囲と比較して縮小するか又は明りょうになることは,説明を要するまでもない。本件において,本件訂正後発明2記載の特許請求の範囲に属するマッサージ機は,構成アないし構成オのすべてを具備するものに限定される。本件訂正前発明2では,何らの限定がされていなかったものに対して,本件訂正後発明2では,「施療子(14)を移動させた後,前記操作装置(40)への所定の操作を施すと,その所定の操作が行われたときの前記施療子(14)の位置を基準位置として検出する,マッサージ機において,」との構成を有するものに限定されたのであるから,これに伴って,その技術的範囲が縮小するか又は明りょうになることは,当然である。

(2) この点,被告は,本件訂正後発明2は,「所定操作による基準位置検出に基づく制御」を行うと,もはや「一定時間経過による基準位置検出に基づく制御」を行わないから,本件訂正前発明2と比較して択一的記載であり,特許請求の範囲の減縮に当たらないと主張する。

 被告の主張は,発明の技術範囲の解釈についての誤りに由来するものであって,到底採用できるものではない。

 確かに,マッサージ機の使用者(ユーザ)は,本件訂正後発明2の構成ウに係る操作方法を選択することによって,構成エ〔前記施療子(14)を移動させて位置決めを行うために予め設定された一定の時間が経過すると,前記施療子(14)の位置を検出する構成〕に係る機能を選択することなく,位置決めをすることができる。しかし,ユーザが,そのような位置決め方法を選択することが可能であることは,本件訂正後発明2において,はじめて可能となるものではなく,本件訂正前発明2においても同様であり,本件訂正後発明2と本件訂正前発明2とは,その点に関する相違はない(任意の位置に基準位置を決定することのできる位置操作部が存在することは,本件訂正前発明2においても同様である。)。

 使用者(ユーザ)にとって,本件訂正後発明2の構成ウを選択することによって,構成エで示す機能を選択しないことがあり得ることは,本件訂正後発明2において,構成エを具備しないマッサージ機が,発明の技術的範囲に含まれること,すなわち,技術範囲が拡大することを意味するものではない。

 この点の被告の主張は,その前提において採用できない。」

「以上のとおりであり,本件訂正は,特許請求の範囲を減縮するものではなく,また,明りょうでない記載の釈明等に該当せず,本件訂正後発明2は本件訂正前発明2と異なる発明に実質上変更するものであるとした審決の判断は,誤りである。なお,任意の位置への位置決めは,肩位置の正確性を期するという本件明細書に記載された目的に沿うものであって,新たな目的を追加したものとはいえない。本件訂正は,特許法126条4項にも違反しない。被告は,その他,縷々主張するが,いずれも理由はない。原告の取消事由は,いずれも理由がある。」

2010年6月13日日曜日

最近読んだ雑誌記事4

小山角太郎,井上雄「継続的出願と継続審査請求」,知財管理,Vol.60, No.5, 20105, p.823-829

(米国での継続的出願(継続出願、分割出願、一部継続出願)等の活用方法について整理されています。)

最近読んだ雑誌記事3

相田義明「(附)進歩性判断の実務と裁判例」,パテント,Vol.63, No.5 (別冊No.3), p.14-33

(進歩性に関わる比較的新しい判決が多数紹介されています。判決は種々の観点から分類され、整理されています。)

最近読んだ雑誌記事2

小合宗一「引用文献に記載の発明の実施可能性」,パテント,Vol.63, No.5 (別冊No.3), p.100-108

(化学バイオ分野での、引用発明としての適格性と実施可能性との関係について論じられています。)

最近読んだ雑誌記事1

高石秀樹「「数値限定」発明の進歩性判断」,パテント,Vol.63, No.3, 20102p.46-67

(実務に役立つ数値限定発明の進歩性に関わる裁判例が多数紹介されています。)

2010年6月6日日曜日

物自体を請求項に記載する場合、その物を製造するための方法は1つ記載されていれば十分であることが判断された事例

知財高裁平成22年3月24日判決

平成21年(行ケ)第10281号審決取消請求事件

1.概要

 本件発明1~3は、以下の訂正後の請求項1~3に記載された発明である。

【請求項1】

「重量%で,

C:0.05~0.14%,

Si:0.3~1.5%,

Mn:1.5~2.8%,

P:0.03%以下,

S:0.02%以下,

Al:0.005~0.283%,

N:0.0060%以下を含有し,

残部Feおよび不可避的不純物からなり,さらに%C,%Si,%MnをそれぞれC,Si,Mn含有量とした時に(%Mn)/(%C)≧15かつ(%Si)/(%C)≧4が満たされる化学成分からなり,その金属組織として,フェライト中に体積率で3%以上20%以下のマルテンサイトおよび残留オーステナイトが混在することを特徴とする加工性の良い高強度合金化溶融亜鉛めっき鋼板。」

【請求項2】

「重量%で,B:0.0002~0.0020%を含有する請求項1記載の加工性の良い高強度合金化溶融亜鉛めっき鋼板。」

【請求項3】

「請求項1または請求項2に記載の化学成分からなる組成のスラブをAr点以上の温度で仕上圧延を行い,50~85%の冷間圧延を施した後,連続溶融亜鉛めっき設備で700℃以上850℃以下のフェライト,オーステナイトの二相共存温度域で焼鈍し,その最高到達温度から650℃までを平均冷却速度0.5~3℃/秒で,引き続いて650℃からめっき浴までを平均冷却速度1~12℃/秒で冷却して溶融亜鉛めっき処理を行った後,500℃以上600℃以下の温度に再加熱してめっき層の合金化処理を行い,その金属組織として,フェライト中に体積率で3%以上20%以下のマルテンサイトおよび残留オーステナイトが混在することを特徴とする加工性の良い高強度合金化溶融亜鉛めっき鋼板の製造方法。」

原告が主張する取消事由2(実施可能要件についての判断の誤り)

() 審決は,「…本件発明1又は2は,要するに,合金化溶融亜鉛めっきされる鋼板の化学成分組成に関する事項と,『金属組織として,フェライト中に体積率で3%以上20%以下のマルテンサイトおよび残留オーステナイトが混在する』と記載した事項を発明特定事項とするもので,本件発明3の製造方法以外の方法で製造された物を包含するものであって,この製造方法以外の方法については,上述した実現を可能とする手段の示唆すらなく,本件発明1又は2については,発明の詳細な説明の記載は,その発明の属する技術の分野における通常の知識を有する者がその実施をすることができる程度に,即ち,本件課題が解決できるように,明確かつ十分になされているということはできない。」(20頁6行

~15行)と判断した。

 しかし,訂正明細書(甲41の2)には,本件発明1,2に係る物の発明(加工性の良い高強度合金化溶融亜鉛めっき鋼板)について,その物を製造するための少なくとも一つの製造方法を本件発明3として開示し,さらに,より具体的な製造条件を,発明の実施の形態の欄に詳細に記述している。

 審決は,上記のとおり「本件発明1又は2は,…本件発明3の製造方法以外の方法で製造された物を包含するものであって,この製造方法以外の方法については,上述した実現を可能とする手段の示唆すらなく,…」としているが,これは,即ち,本件発明1・2は,少なくとも,本件発明3の製造方法で製造できることを審決自体が認めているのであるから,訂正明細書には,本件発明1・2について,当業者が実施できる程度に明確かつ十分に記載されていることは明白である。

() なお,特許庁の審査基準(「特許・実用新案審査基準」第I部第1章「明細書及び特許請求の範囲の記載要件」,17頁~18頁。甲45)には,発明の詳細な説明の記載要件のうちの「3.2.1実施可能要件の具体的運用」について,「(1)発明の実施の形態…特許出願人が最良と思うものを少なくとも一つ記載することが必要である。」,「(2)物の発明についての『発明の実施の形態』物の発明について実施をすることができるとは,上記のように,その物を作ることができ,かつ,その物を使用できることである…」と記載されている。ところで,物の発明である本件発明1・2は,審決が認めているように,少なくとも,本件発明3の製造方法で製造できるのであって,さらに,本件発明1・2は,高強度,加工性,塗装性,溶接性が要求される,例えば,自動車,家庭電気製品,建築などの用途にプレス加工をして使用される(甲41の2,段落【0001】,【0034】)のである。

 そうであれば,本件発明1・2については,その物を作ることができ,かつ,その物を使用できるのであるから,特許庁の審査実務を規定した上記審査基準(甲45)に照らしても,実施可能要件に違反するものでないことは明らかである。」

2.裁判所の判断のポイント

(1) 審決は,「5-3.まとめ」(19頁下7行)において,本件発明1・2について明確性要件違反であると判断し,続けて,「…本件発明1又は2は,要するに,合金化溶融亜鉛めっきされる鋼板の化学成分組成に関する事項と,『金属組織として,フェライト中に体積率で3%以上20%以下のマルテンサイトおよび残留オーステナイトが混在する』と記載した事項を発明特定事項とするもので,本件発明3の製造方法以外の方法で製造された物を包含するものであって,この製造方法以外の方法については,上述した実現を可能とする手段の示唆すらなく,本件発明1又は2については,発明の詳細な説明の記載は,その発明の属する技術の分野における通常の知識を有する者がその実施をすることができる程度に,即ち,本件課題が解決できるように,明確かつ十分になされているということはできない。」(20頁6行~15行)とし,続けて,「6.むすび本件発明1~3の本件特許は,特許法第36条第4項又は第6項の規定に違反した特許出願についてされたものであるから,上記本件特許は,特許法第123条第1項第4号に該当し,無効とすべきである。」(20頁19行~22行)と判断した。

 これに対し原告は,上記審決の判断につき,本件発明1・2に実施可能要件違反(改正前特許法36条4項)はなく,また本件発明3につき無効であると判断した具体的な理由が示されておらず,手続き違背があると主張するので,以下検討する。

(2) 実施可能要件につき

ア上記2(1)()で摘記したとおり,本件発明1~3において,段落【0020】~【0028】で製造条件を限定した理由について述べ,段落【0029】~【0033】に実施例が示され,表1,2で試料4,8,10,12,14,15,18,21,25において,本件発明1~3の数値範囲を充たす化学成分のスラブを用いて,高強度で加工性がよく,めっき層の凝着も生じない例が示されている。また,上記2で検討したとおり,本件発明1~3において,「金属組織として,フェライト中に体積率で3%以上20%以下のマルテンサイトおよび残留オーステナイトが混在する」と規定することの技術的意義についても明確である。

 そうすると,本件発明1~3において,実施可能要件違反はないというべきである。

 この点審決は,上記のとおり,本件発明1・2において,本件発明3の方法以外で製造する方法が示されていないとするが,本件発明3の方法で製造することが可能である以上,実施可能要件がないとすることはできない。」