2010年1月31日日曜日

明細書に記載されていない数値を請求項に追加する補正が新規事項追加に該当しないと判断された事例

平成22年1月28日判決言渡

平成21年(行ケ)第10175号審決取消請求事件

1.概要

 原告が有する特許権に対する無効審判審決において、特許庁は、原告が審査段階でした補正が、願書の最初に添付した明細書等に記載した事項の範囲内においてなされたものとはいえず特許法第17条の2第3項の規定に違反(新規事項追加)すると判断し、本件特許を無効とした。

 知財高裁は、この判断を覆した。

 補正内容:

出願時の請求項1「高断熱・高気密住宅において,建物部同様に布基礎にも断熱材を使用して外気温の影響を遮断して尚且つ床下空間の気密を保持し,地表面から,防湿シート,断熱材,発熱体が埋設された蓄熱層であるコンクリートもしくは砂・砂利が順に積層されてなる暖房装置を形成し,さらに該暖房装置と床面の間に所定間隔の床下空間を形成し,床面の所定位置には室内と床下空間とを貫通する通気孔を形成し,蓄熱された熱の放射時に床面の加温とともに加温された床面からの二次的輻射熱と,室内と床下空間を自然対流もしくは換気装置による強制対流によって家屋空間全体を24時間暖房することを特徴とする深夜電力利用を利用した蓄熱式床下暖房システム。」

 出願人(原告)は審査段階の平成15年12月12日付で補正書を提出し、高断熱・高気密住宅」という記載を「熱損失係数が1.0~2.5kcal/m・h・℃の高断熱・高気密住宅」に変更した。この補正により、「熱損失係数が1.0~2.5kcal/m・h・℃」という記載が追加されたことになる。

 明細書中にはこの追加された数値範囲は一切記載されていないし、「高断熱・高気密住宅」が一義的に所定の熱損失係数を有すると確定できるわけでもない。しかし裁判所は、意外なことに、このような補正であっても「新たな技術的事項を導入」する補正に該当しなければ許容される場合があると判断した

 参考までに特許実用新案審査基準には以下の記載がある

(1)「当初明細書等に記載した事項」の範囲を超える内容を含む補正(新規事項を含む補正)は、許されない。

(2)「当初明細書等に記載した事項」とは、「当初明細書等に明示的に記載された事項」だけではなく、明示的な記載がなくても、「当初明細書等の記載から自明な事項」も含む。

(3)補正された事項が、「当初明細書等の記載から自明な事項」といえるためには、当初明細書等に記載がなくても、これに接した当業者であれば、出願時の技術常識に照らして、その意味であることが明らかであって、その事項がそこに記載されているのと同然であると理解する事項でなければならない。」

 今回の判断は審査基準と比較して寛大である。

 「新たな技術的事項の導入」でない限り補正訂正は許されるべきである、という判断基準は、「除くクレーム」に関する「ソルダーレジスト事件」(平成20年(行ケ)第10358号、2009829日付け本ブログ記事参照)と同一である。

2.裁判所の判断のポイント

「特許法17条の2第3項は,補正について,願書に最初に添付した明細書,特許請求の範囲又は図面(以下「出願当初明細書等」という場合がある。)に記載した事項の範囲内においてしなければならない旨を定める。同規定は,出願当初から発明の開示を十分ならしめるようにさせ,迅速な権利付与を担保し,発明の開示が不十分にしかされていない出願と出願当初から発明の開示が十分にされている出願との間の取扱いの公平性を確保するとともに,出願時に開示された発明の範囲を前提として行動した第三者が不測の不利益を被ることのないようにするなどの趣旨から設けられたものである。

 そして,発明とは,自然法則を利用した技術的思想であり,課題を解決するための技術的事項の組合せによって成り立つものであることからすれば,同条3項所定の出願当初明細書等に「記載した事項」とは,出願当初明細書等によって開示された発明に関する技術的事項であることが前提になる。したがって,当該補正が,明細書,特許請求の範囲又は図面のすべての記載を総合することにより導かれる技術的事項との関係において,新たな技術的事項を導入したものと解されない場合であれば,当該補正は,明細書,特許請求の範囲の記載又は図面に記載した事項の範囲内においてされたものというべきであって,同条3項に違反しないと解すべきである。

 ところで,特許法36条5項は,特許請求の範囲には,「・・・特許出願人が特許を受けようとする発明を特定するために必要と認める事項のすべてを記載しなければならない」と規定する。同規定は,特許請求の範囲には,「・・・特許を受けようとする発明の構成に欠くことができない事項のみを記載」すべきとされていた同項2号の規定を改正したものである(平成6年法律第116号)。従来,特許請求の範囲には,発明の構成に不可欠な事項以外の記載はおよそ許されなかったのに対して,同改正によって,発明を特定するのに必要な事項を補足したり,説明したりする事項を記載することも許容されることとされた。そこで,これに応じて,特許請求の範囲に係る補正においても,発明の構成に不可欠な技術的事項を付加する補正のみならず,それを補足したり,説明したりする文言を付加するだけの補正も想定されることになる。

 したがって,補正が,特許法17条の2第3項所定の出願当初明細書等に記載した「事項の範囲内」であるか否かを判断するに際しても,補正により特許請求の範囲に付加された文言と出願当初明細書等の記載とを形式的に対比するのではなく,補正により付加された事項が,発明の課題解決に寄与する技術的な意義を有する事項に該当するか否かを吟味して,新たな技術的事項を導入したものと解されない場合であるかを判断すべきことになる。

 上記の観点から,本件補正の適否を判断する。」

「ア 本件発明の内容

 本件出願当初明細書,特許請求の範囲及び図面によれば,本件発明の内

容は,次のとおりと理解される。

 すなわち,本件発明は,当初出願に係る特許請求の範囲(請求項1)AないしFの構成からなる蓄熱式床下暖房システムである。従来,床材直下にコンクリート等の蓄熱層を形成し,該蓄熱体に埋設等された温水循環用の配管や電熱線の発熱により蓄熱層に蓄熱され,その熱の放射により暖房を行っていたが,このようなシステムでは,施工に手間がかかる,床面に温度むらができるなどの問題があり,また,床下空間を利用して暖房装置と床面の間に密閉された空間を設けたものでは,空間の距離調整が難しく,空間内に熱がこもり床面のみが高温となるという問題があった。本件発明は,この問題を解決するために,高断熱・高気密住宅において,熱源をユニット化されたシーズヒータとすることで施工を容易にするとともにヒータの寿命が長く,施工後のメンテナンスが容易にし,また床下空間を利用して蓄熱層と床面の間に空間を設け,床面に床下空間と室内とを貫通する通気口を形成して床面による輻射熱による暖房と,床下空間で蓄熱層により暖められた空気が通気孔を介して家屋全体を対流する対流暖房の2方式の暖房方法を利用した深夜電力利用のシステムとするものである点に,その技術的な特徴がある。

 イ「高断熱・高気密住宅」及び「熱損失係数が1.0~2.5kcal/m・h・℃の高断熱・高気密住宅」の本件発明における意義について

() 本件当初出願に係る特許請求の範囲(請求項1)においては,「高断熱・高気密住宅において」(構成A)と記載されていた。前記アの認定によれば,同構成は,本件発明の解決課題及び解決機序と関係する技術的事項とはいい難く,むしろ,本件発明における課題解決の対象を漠然と提示したものと理解するのが合理的である。そして,本件補正によって,「高断熱・高気密住宅」については「熱損失係数が1.0~2.5kcal/m・h・℃」との事項が付加され,「熱損失係数が1.0~2.5kcal/m・h・℃の高断熱・高気密住宅」との構成とされた。ところで,「熱損失係数が1.0~2.5kcal/m・h・℃の高断熱・高気密住宅」との構成について,本件発明全体における意義を検討すると,形式的には,数値を含む事項によって限定されてはいるものの,熱損失係数の計算精度は高いものとはいえないと指摘されていること等に照らすならば,同構成は,補正前と同様に,本件発明の解決課題及び解決機序に関係する技術的事項を含むとはいいがたく,むしろ,本件発明における課題解決の対象を漠然と提示したものと理解するのが合理的である。

 本件補正の適否についてみてみると,仮に本件補正を許したとしても,先に述べた特許法17条の2第3項の趣旨,すなわち,①出願当初から発明の開示を十分ならしめ,発明の開示が不十分にしかされていない出願と出願当初から発明の開示が十分にされている出願との間の取扱いの公平性の確保,②出願時に開示された発明の範囲を前提として行動した第三者が被る不測の不利益の防止,という趣旨に反するということはできない。

 そうすると,本件補正は,本件発明の解決課題及び解決手段に寄与する技術的事項には当たらない事項について,その範囲を明らかにするために補足した程度にすぎない場合というべきであるから,結局のところ,明細書,特許請求の範囲又は図面のすべての記載を総合することにより導かれる技術的事項との関係において,新たな技術的事項を導入していない場合とみるべきであり,本件補正は不適法とはいえない。

・・・

() 仮に,「熱損失係数が1.0~2.5kcal/m・h・℃」が,本件発明に関する技術的意義を有するといえるとしても,本件補正は,明細書,特許請求の範囲又は図面のすべての記載を総合することにより導かれる技術的事項との関係において,新たな技術的事項を導入した場合であるとはいえない。

 すなわち,前記のとおり,①本件出願当初明細書には,本件発明のヒータ利用による深夜電力の料金の目安を示した表(表2)が掲載され,ヒータ利用による電気量料金の試算は,熱損失係数1.2kcal/㎡・h・℃の住宅仕様を対象に行われていること,②本件出願当時,高断熱・高気密住宅とは,正確な定義が存在するわけではないが,おおむね,平成11年次世代省エネルギー基準で定めた熱損失係数と対比して,それより良好な住宅を指すものと解して差し支えないこと,③熱損失係数とは,室内外の温度差が1℃の時,家全体から1時間に床面積1㎡当たりに逃げ出す熱量を指し,住まいの保温性能を表わす住宅の省エネルギーに関する指標であること,④財団法人建築環境・省エネルギー機構から,平成11年次世代省エネルギー基準が示されているが,その基準値(下限)は,地域によって異なるが,1.4kcal/㎡・h・℃ないし2.3kcal/㎡・h・℃とされていること(ただし,沖縄県を除く。),⑤前記のとおり,熱損失係数の計算精度は高いものとはいえないことが認められる。

 そうすると,仮に,本件補正によって付加された事項が技術的内容を含んでいると解したとしても,本件出願当初明細書には「熱損失係数が1.0~2.5kcal/m・h・℃」における数値が明示されているわけではないが,本件発明の課題解決の対象である「高断熱・高気密住宅」をある程度明りょうにしたにすぎないという意味を超えて,当該数値に本件発明の解決課題及び解決手段との関係で格別な意味を見いだせない本件においては,その付加された事項の内容は,本件出願当初明細書において既に開示されていると同視して差し支えないといえる。したがって,本件補正は,明細書,特許請求の範囲又は図面のすべての記載を総合することにより導かれる技術的事項との関係において,新たな技術的事項を導入した場合であるとはいえない。」

2010年1月23日土曜日

医薬発明のような「剤」に関する判決

知財高裁平成22年1月20日判決 平成21年(行ケ)第10134号審決取消請求事件

1.概要

1.1.本件補正後の請求項1:

「【請求項1】大麦を原料とする焼酎製造において副成する大麦焼酎蒸留残液を固液分離して液体分を得,該液体分を芳香族系又はメタクリル系合成吸着剤を用いる吸着処理に付して合成吸着剤吸着画分を得,該合成吸着剤吸着画分をアルカリ又はエタノールを用いて溶出することにより得られる脱着画分からなり,乾燥物重量で,粗タンパク40乃至60重量%,ポリフェノール7乃至12重量%,多糖類5乃至10重量%(糖組成:グルコース0乃至2重量%,キシロース3乃至5重量%,及びアラビノース2乃至5重量%),有機酸4乃至10重量%(リンゴ酸1乃至3重量%,クエン酸2乃至4重量%,コハク酸0乃至1重量%,乳酸0乃至6重量%,及び酢酸0乃至1重量%),及び遊離糖類0乃至2重量%(マルトース0乃至1重量%,キシロース0乃至1重量%,アラビノース0乃至1重量%,及びグルコース0乃至1重量%)の成分組成を有する組成物からなる活性酸素によって誘発される生活習慣病に対して有効であるヒドロキシラジカル消去剤。」

1.2.審決の判断:

サポート要件違反:「活性酸素によって誘発される生活習慣病に対して有効であるヒドロキシラジカル消去剤」という用途発明は、ヒドロキシラジカル消去剤としてのインビトロデータのみでは裏付けられているとはいえない。

進歩性要件違反:引用発明1における「酸化防止剤」と、本件発明の「活性酸素によって誘発される生活習慣病に対して有効であるヒドロキシラジカル消去剤」とは異なる(相違点3)ものの、容易に想到可能。

1.3.判決の結論:

審決取消の理由あり。

1.4.コメント:

 「活性酸素によって誘発される生活習慣病に対して有効であるヒドロキシラジカル消去剤」という請求項1の記載が、(1)用途の限定なのか、(2)性質の特定なのかという点については明示的には示されていない。

 裁判所は「・・引用発明によっては,活性酸素によって誘発される生活習慣病に対して有効であるという物性を有するヒドロキシラジカル消去剤に当業者が容易に想到することができたものということはできない。」と記載していることから、(2)のスタンスのようである。

 しかしながら「生活習慣病に対する効果」が引用発明に示唆されていないことを理由として本願発明の進歩性を肯定しているようにも読める。仮に、本件発明が、「活性酸素によって誘発される生活習慣病に対して有効である」という限定のない「ヒドロキシラジカル消去剤」だったとすれば結論は変わるのだろうか?

2.サポート要件違反について

2.1.明細書の記載

 本願明細書に具体的に記載されている活性データは、本発明の組成物が、ヒドロキシラジカル消去活性を有することを示すインビトロデータのみであった。

 明細書中には「本発明の抗酸化作用を有する組成物は、従来公知である、焼酎粕の液体分を卓越した極めて強力なヒドロキシラジカル消去活性からなる抗酸化作用を有するので、活性酸素によって誘発される老化や動脈硬化等の種々の生活習慣病の予防に極めて好適である。」という記載が【発明の効果】の欄にある。

2.2.サポート要件に関する被告(特許庁長官)の主張

 本件審決は,新請求項1には「活性酸素によって誘発される生活習慣病に対して有効であるヒドロキシラジカル消去剤」が記載されているが,本願明細書の発明の詳細な説明には,(活性酸素によって誘発される)生活習慣病(の予防)に対する効果の有無及び当該効果とヒドロキシラジカル消去活性などの抗酸化作用の大小との対応関係(例えば,どの程度の抗酸化作用を有していれば,生活習慣病(の予防)に対する効果を有するとするのかなど)に係る記載又はそれらを示唆する記載はないこと,また,疾病(の予防)に対する効果の有無を論じる場合,生体に対する薬理的又は臨床的な検証を要するが,同検証に係る記載又はそれを示唆する記載もないことを挙げ,本件補正発明が明細書の発明の詳細な説明に記載したものであるということができないとした。

2.2.サポート要件に関する裁判所の判断

「・・・特許請求の範囲が,特許法36条6項1号に適合するか否かは,特許請求の範囲の記載と発明の詳細な説明の記載とを対比し,特許請求の範囲に記載された発明が,発明の詳細な説明に記載された発明で,発明の詳細な説明の記載により当業者が当該発明の課題を解決できると認識できる範囲のものであるか否か,また,その記載や示唆がなくとも当業者が出願時の技術常識に照らし当該発明の課題を解決できると認識できる範囲のものであるか否かを検討して判断すべきものである。

ウ そこで,上記見地から検討すると,本願明細書・・・には,次の記載がある。

・・・

() 大麦焼酎製造の蒸留工程で得られた大麦焼酎蒸留残液を固液分離して得た液体分を吸着処理に付して得た合成吸着剤吸着画分から溶出させることによって分取した脱着画分を強酸性陽イオン交換樹脂を充填したカラムに接触させた後に凍結乾燥させるなどして得た本件補正発明に係る実施例1の組成物・・・と比較例1~3の各組成物・・・につき,デオキシリボース法によるヒドロキシラジカル消去活性の測定を行ったところ・・・,実施例1で得た組成物は,対照に比較して試料のヒドロキシラジカル活性を40%以下に減少させ,比較例1~3で得た組成物よりも強いヒドロキシラジカル消去活性を示したこと・・・。

() 本願発明の抗酸化作用を有する組成物は,従来公知である焼酎粕の液体分の抗酸化作用を有する組成物を卓越した極めて強力なヒドロキシラジカル消去活性からなる抗酸化作用を有するもので,活性酸素によって誘発される老化や動脈硬化等の種々の生活習慣病の予防に極めて好適であること・・・。

エ また,・・・甲22・・・甲23・・・甲24・・・に記載されているように,ヒドロキシラジカル消去活性を有する物質が種々の生活習慣病にかかわる疾患の予防に有効であることが,本件出願当時において当業者にとって公知の知見であったことが認められる。

オ 以上によると,上記ウのとおり,当業者が,ヒドロキシラジカル消去活性の大小や本願発明の抗酸化作用を有する組成物が強力なヒドロキシラジカル消去活性からなる抗酸化作用を有して種々の生活習慣病の予防に好適であること等を記載する本願明細書に接し,上記エの公知の知見をも加味すると,本件補正発明の組成物が,活性酸素によって誘発される生活習慣病の予防に対して効果を有することを認識することができるものであって,本件補正発明が,発明の詳細な説明に記載された発明で,その記載によって,生活習慣病などの疾患に対して有効である抗酸化物質を提供しようとする課題を解決できると認識できる範囲のものであるということができる。

・・・

 また,本件審決は,疾病(の予防)に対する効果の有無を論じる場合,生体に対する薬理的又は臨床的な検証を要することが当業者に自明であるところ,本願明細書の発明の詳細な説明の記載を検討しても,同検証に係る記載又はそれを示唆する記載はないから,新請求項1について,本願明細書の発明の詳細な説明はサポート要件を満たすということができないとも説示する。

 しかしながら,医薬についての用途発明において,疾病の予防に対する効果の有無を論ずる場合,たとえ生体に対する薬理的又は臨床的な検証の記載又は示唆がないとしても,生体を用いない実験において,どのような化合物等をどのような実験方法において適用し,どのような結果が得られたのか,その適用方法が特許請求の範囲の記載における医薬の用途とどのような関連性があるのかが明らかにされているならば,公開された発明について権利を請求するものとして,特許法36条6項1号に適合するものということができるところ,上記ウのとおりの本願明細書の実施例1や図1の記載,本願発明の抗酸化作用を有する組成物は,極めて強力なヒドロキシラジカル消去活性からなる抗酸化作用を有するもので,活性酸素によって誘発される老化や動脈硬化等の種々の生活習慣病の予防に極めて好適であることなどの記載によると,同号で求められる要件を満たしているものということができる。

・・・

 被告は,さらに,生体に適用する抗酸化剤については,食品又は医薬として経口摂取又は外用された場合に,消化・吸収されて生体内に取り込まれるか否か,さらに,生体内に吸収又は静脈注射などで投与された抗酸化剤がヒドロキシラジカルなどの活性酸素が生成する部位に適切な濃度以上で到達するか否かなどを確認する必要があるとも主張するが,上記オのとおり,本件補正発明の組成物が活性酸素によって誘発される生活習慣病の予防に対して効果を有することを当業者が認識できるものであるから,被告の主張は採用することができない。」

3.進歩性判断/相違点3(本件補正発明は,「活性酸素によって誘発される生活習慣病に対して有効であるヒドロキシラジカル消去剤」であるのに対し,引用発明1 では「酸化防止剤」である点)の争点

3.1.本件補正発明と引用発明1との相違点3

相違点3:本件補正発明は,「活性酸素によって誘発される生活習慣病に対して有効であるヒドロキシラジカル消去剤」であるのに対し,引用発明1では「酸化防止剤」である点

3.2.相違点3に関する被告(特許庁)の主張

「新請求項1における「活性酸素によって誘発される生活習慣病に対して有効である」との記載は,「ヒドロキシラジカル消去剤」の具体的用途を表すものではなく,「ヒドロキシラジカル消去剤」は「抗酸化剤」の一種であり,「酸化防止剤」と「抗酸化剤」は実質的に同義であって,「酸化防止剤」(又は「抗酸化剤」)と「ヒドロキシラジカル消去剤」との間で発明が属する技術分野が異なるということができないものであるから,本件審決は,具体的な用途を考慮することなく,「酸化防止剤」の用語を「抗酸化剤(又は抗酸化物質)」の用語に置き換えるという形式的な用語の意味を操作したものではない。」

3.3.相違点3に関する裁判所の判断

「引用発明1は,金属,食品等の酸化防止対象と接触させて酸化防止作用を発揮する酸化防止剤についての発明ということができる。

 一方,引用例1には,生体内にかかわる抗酸化剤,活性酸素によって誘発される疾病の存在,活性酸素によって誘発される生活習慣病についての記載及び示唆はない。」

「以上によると,引用発明1は,防錆剤や食品等の酸化防止剤についての発明であり,活性酸素によって誘発される生活習慣病について記載又は示唆するところはなく,また,引用発明2~4についても同様であるから,引用発明によっては,活性酸素によって誘発される生活習慣病に対して有効であるという物性を有するヒドロキシラジカル消去剤に当業者が容易に想到することができたものということはできない。」

2010年1月17日日曜日

請求項の文言に矛盾がある場合の解釈

平成22年1月14日判決 知財高裁平成20年(行ケ)第10235号審決取消請求事件

1. 争点及び概要

 本事例は、矛盾した記載を含む特許発明が実施可能要件違反と判断された無効審決が、知財高裁により取り消された事例である。

本件訂正後の発明は

「約35.7~約50.0重量%のペンタフルオロエタンと約64.3~約50.0重量%のジフルオロメタンとからなり,32°Fにて約119.0psia の蒸気圧を有する,空調用又はヒートポンプ用の冷媒としての共沸混合物様組成物。」

である。

 「約35.7~約50.0重量%のペンタフルオロエタンと約64.3~約50.0重量%のジフルオロメタンとからなり」という前段の記載と、「32°Fにて約119.0psia の蒸気圧を有する」という後段の記載とは文言上は相互に矛盾する。

 本件明細書及び原告(特許権者、無効審判被請求人)の主張によれば、「32°Fにて約119.0psia の蒸気圧を有する」のは「約25重量%のペンタフルオロエタンと約75重量%のジフルオロメタンを含んだ組成物」である。この組成物は「真の共沸組成物(実質的に一定の沸点を有する組成物)」であり、共沸点組成物として最良のものである。一方、本件訂正後の発明にはこの「真の共沸組成物」は含まれない。明細書に記載された実験結果によれば、「約35.7~約50.0重量%のペンタフルオロエタンと約64.3~約50.0重量%のジフルオロメタンと」からなる組成物の蒸気圧は上記とは異なる値である。

 審決では、本件発明が規定する組成によっては、共沸混合物様組成物を「32°Fにて約119.0psia の蒸気圧」とすることはできないこと等を理由として、本件発明が実施可能要件違反であると判断した。

 知財高裁は上記審決を取り消した。矛盾があるのは明細書の記載を参酌すれば明らかなのであるから、「『32°Fにて約119.0 psia という真の共沸混合物の蒸気圧を有する,共沸混合物』のように挙動する組成物」のように理解すればそれでいいではないか、という比較的寛大な判断がされた。

2.裁判所の判断ポイント

「本件発明は,「約35.7~約50.0重量%のペンタフルオロエタンと約64.3~約50.0重量%のジフルオロメタンとからなり,32°Fにて約119.0psia の蒸気圧を有する,空調用又はヒートポンプ用の冷媒としての共沸混合物様組成物。」と特定されており,「空調用又はヒートポンプ用の冷媒としての共沸混合物様組成物」が「32°Fにて約119.0 psia の蒸気圧を有する」ことが明確に特定されているため,これが訂正前の請求項1の発明と全く同一内容の発明であるということはできず,訂正に伴う相応の変更があったものといわざるを得ない。

 しかしながら,本件発明は,訂正前と同様,共沸混合物様組成物に関するものであって,本件訂正明細書の発明の詳細な説明に記載された発明の技術的意義についても,訂正前と実質的な変更はないものというべきであるが,本件訂正による特許請求の範囲の減縮は,発明の用途を限定するとともに,ペンタフルオロエタンとジフルオロメタンからなる組成物の組成範囲を減縮することを目的としてされているものの,後段記載の部分がそのまま維持されたこともあって,前段記載と後段記載の矛盾関係が発生したものといえる。

 そうであれば,本件訂正後の本件発明は,発明の用途や組成範囲が限定された点を除けば,本件訂正前の発明と基本的に同一であるが,本件訂正明細書の発明の詳細な説明を参照しつつ,上記のような矛盾が生じないように解釈すべきであるから,「空調用又はヒートポンプ用の冷媒としての組成物であり,約35.7~約50.0重量%のペンタフルオロエタンと約64.3~約50.0重量%のジフルオロメタンからなり,32°Fにて約119.0 psia の蒸気圧を有する共沸混合物のような組成物」(ここで「共沸混合物のような組成物」とは「共沸混合物のように挙動する組成物」であるという意義)であると解するのが相当である。

 すなわち,本件発明の後段における蒸気圧の記載は,「真の共沸混合物」が有する属性を記載したものにすぎないと解すべきであって,本件訂正明細書の発明の詳細な説明を参照した当業者であれば,本件発明が上記認定どおりの組成物であると理解することができるものと認められる。

 そして,前記アで検討したとおり,本件訂正明細書には,本件発明の特徴について記載されており,当業者がこれらの記載を見れば,本件発明が「空調用又はヒートポンプ用の冷媒としての組成物であって,約35.7~約50.0重量%のペンタフルオロエタンと約64.3~約50.0重量%のジフルオロメタンとからなり,『32°Fにて約119.0 psia という真の共沸混合物の蒸気圧を有する,共沸混合物』のように挙動する組成物」であるものと理解し,その旨実施することができるものと認められる。

 したがって,本件発明の前段記載と後段記載とは実質的に矛盾するものではなく,両者が矛盾するものであると解釈し,これを根拠に本件発明につき実施可能要件違反があるとした審決の認定判断には誤りがある。」

「被告は,最高裁平成3年3月8日判決(いわゆるリパーゼ事件判決)を引用して,請求項1の後段の「32°Fにて約119.0 psia の蒸気圧」について,それが誤記であるとしても,それは同判決が判示するような「一見して誤記であることが明らかな場合」には当たらないと主張し,また,誤記ではないとしても,「特許請求の範囲の記載の技術的意義が一義的に明確に理解することができない」場合にも当たらないと主張するので,念のために,所論の判例との関係につき付言することとする。

 上記判示のとおり,本件発明の請求項1の文言は,前段では,組成物の物質の名称が特定の数値(重量パーセント)とともに記載され,後段では,特定の温度における特定の数値の蒸気圧が記載されており,それぞれの用語自体としては疑義を生じる余地のない明瞭なものであるが,組成物の発明であるから,構成としては前段の記載で必要かつ十分であるのに,後者は,さらにこれを限定しているようにも見えるものの,真実,要件ないし権利の範囲として更に付された限定であるとすれば,その帰結するところ,権利範囲が極めて限定され,特許として有用性がほとんどない組成物となり,極限的な,いわば点でしか成立しない構成の発明であるという不可思議な理解に,当業者であれば容易に想到することが必定である。

 そうすると,本件発明の請求項1の記載に接した当業者は,前段と後段との関係,特に後段の意味内容を理解するために,明細書の関係部分の記載を直ちに参照しようとするはずである。

 そうであってみれば,本件発明の請求項1の記載に接した当業者は,後段の「32°Fにて約119.0 psia の蒸気圧を有する」の記載に接し,その技術的な意義を一義的に明確に理解することができないため,明細書の記載を参照する必要に迫られ,これを参照した結果,その意味内容を上記判示のように理解するに至るものということができる。したがって,のような,判例の趣旨に反するところはなく,被告のこの点に関する主張は採用する本件発明の請求項1の解釈に当たって明細書の記載を参照することは許され,上記の判断には,所論ことができない。

2010年1月11日月曜日

引用文献に記載されていない「自明な課題」に関する事例

平成16年9月6日判決
東京高裁平成14年(行ケ)第86号特許取消決定取消事件

1.概要
 特許法29条第2項(進歩性)に関する審査基準には、複数の引用文献を組み合わせる動機付けが存在するか否かの判断のための材料として「課題の共通性」が挙げられている(特許実用新案審査基準第II部第2章新規性・進歩性/2.進歩性/2.5/(2)②)。具体的には、「課題が共通することは、当業者が引用発明を適用したり結び付けて請求項に係る発明に導かれたことの有力な根拠となる。」「引用発明が、請求項に係る発明と共通する課題を意識したものといえない場合は、その課題が自明な課題であるか、容易に着想しうる課題であるかどうかについて、さらに技術水準に基づく検討を要する。」という記載がある。

 本事例は、引用文献に記載の発明が、本件請求項に係る発明等と共通する課題を意識したとはいえないものの「自明な課題」において共通すると認定され、引用文献1、2等と組み合わせ本件発明の進歩性が否定された事例である。

2.判決の要点
本件発明1:
「放電型オゾン発生機で発生させた加圧状態のオゾンガスを中空糸膜を介して被処理水に溶解するオゾン水製造方法において,中空糸膜内側の水圧をガス圧より高く維持し,処理水中のオゾン濃度をオゾンガス濃度に基づき制御することを特徴とするオゾン水製造方法。」

本件発明は、電子工業、精密機械加工分野などでの精密洗浄水として用いるためのオゾン水の製造方法であって、被処理水中に微細気泡ならびに不純物を含まず、なおかつ、濃度及び流量、圧力を一定に制御した高純度オゾン水製造方法を提供することなどを解決課題とする発明である。

刊行物1:
「加圧状態のオゾンガス23をポリ四弗化エチレン系の中空系のガス透過膜33の内側に供給して,該ガス透過膜33を介して,ガス透過膜外側の被処理水13に溶解する,不純物を除去したオゾン水製造方法」の発明(刊行物1記載の発明A)が記載されている。

刊行物2:
「加圧状態の炭酸ガスを,ポリテトラフルオルエチレンからなる中空繊維状多孔質膜を介して飲料水に溶解するに際して,中空繊維状多孔質膜に飲料水を通し,中空繊維状多孔質膜内側の水圧をガス圧と同等又はそれ以上に維持して,気泡の混入を防止すること」が記載されている。

刊行物3:
「膜式気体溶解法によって液体に気体を溶解させる場合,・・・液体の溶解気体濃度を高くするためには,気体圧力を高くすることが有利である。しかしながら,例えば,液体圧力を常圧に保ち,気体圧力を次第に上げてゆくと,最初は液体中に気泡が発生しない状態で気体が溶解するが,気体圧力を更に上げると少量の気泡が膜表面より発生し出し,さらに圧力を上昇させると,ついには多量の気泡が発生するいわゆる散気状態となる。」と記載されている。

取消決定が認定した本件発明1と、刊行物1記載の発明Aとの一致点:
「加圧状態のオゾンガスを中空糸膜を介して被処理水に溶解するオゾン水製造法である点」
本件発明1と、刊行物1記載の発明Aとの相違点2:
「本件発明1は,中空糸膜内側の水圧をガス圧より高く維持するのに対して,刊行物1記載の発明Aは,被処理水を中空糸膜内側に通すものではなく,また,水圧とガス圧との関係が明らかではない点」

相違点2についての取消決定の判断:
「加圧状態のガスを中空糸膜を介して被処理水に溶解させるに際して,被処理水を中空糸膜内側に通すこと,また,中空糸膜内側の水圧をガス圧と同等又はそれ以上に維持して,気泡が混入しないように設けることは,刊行物2に記載されている。
 そして,刊行物2記載の発明は,刊行物1記載の発明Aと同じく,「ガスを中空糸膜を介して被処理水に溶解させる」技術に属するものであって,「膜式気体溶解法によって液体に各種気体を溶解させる場合,気体圧力が高すぎると,気泡が発生する」という課題のあることは,刊行物3に記載されているように,本件特許の出願前周知の事項であることも考慮すると,刊行物1記載の発明Aに,刊行物2記載の発明を組み合わせ,被処理水を中空糸膜内側に通すとともに,中空糸膜内側の水圧をガス圧より高く維持するように設けることは,当業者が容易になし得ることと認められる。
 また,本件発明1の「被処理水中に気泡並びに不純物を含まず」(本件明細書の【発明の効果】を参照)との作用効果は,刊行物1記載の発明A及び刊行物2記載の発明から・・・当業者が予測可能な範囲内のものである。」

相違点についての原告(特許権者)の主張:
「しかし,まず刊行物2記載の発明は,刊行物1記載の発明Aと同じ技術分野に属するとしているが,刊行物1記載の発明は,電子工業,医薬品工業等に用いる超純水の製造に関するものであるのに対し,刊行物2記載の発明は,単に炭酸ガスを飲料水へ溶解させるものにすぎず,両者は技術分野としては異なるものである。
 また,刊行物3記載の発明は,圧力を上げすぎると散気状態となり妥当でないとするものにすぎず,そこでは,気体圧力は液体圧力より高いことがあくまで前提となっており,本件発明1のように,微細気泡や不純物の混入を防止するために,気体圧力を液体圧力より下げるという技術思想はない。したがって,刊行物3記載の発明には,本件発明1の微細気泡や不純物の混入を防止するとの課題は一切記載されていない。
 このように,刊行物2,3のどこにも,本件発明1における,微細気泡や不純物の混入を防止するとの課題は記載されていないのであるから,刊行物1記載の発明Aに,刊行物2記載の発明を組み合わせることなど,当業者が容易に推考し得るものでない。よって,決定の「刊行物1記載の発明Aに,刊行物2記載の発明を組み合わせ,被処理水を中空糸膜内側に通すとともに,中空糸膜内側の水圧をガス圧より高く維持するように設けることは,当業者が容易になし得ることと認められる。」との判断は誤りである。 」

相違点2についての裁判所の判断:
「(1)刊行物2(甲5)に係る発明の表題は,原告主張のとおり,「飲料水への炭酸ガス溶解装置」であるが,発明の名称が「気液接触用隔膜,気液接触装置及び気体溶解液体の製造方法」と題された刊行物3(甲6)には,発明の詳細な説明の項の【産業上の利用分野】の段落に,「本発明は膜を介して液体と気体を接触せしめ,液体中への気体の溶解,若しくは液体中に含有される気体や揮発性物質の放出,若しくはこれらの溶解と放出を同じに行わしめることを目的とした..隔膜,..装置,及び..気体溶解液体の製造方法に関するものであり,中でも液体中へ効率よく気体を溶解させる隔膜及び装置に関する。本発明は,例えば医薬品や食品産業分野での微生物の培養における培養液への酸素供給と炭酸ガス放出,好気性菌による排水処理における排水への酸素供給と炭酸ガス放出,懸濁液の加圧浮上分離や浮遊選鉱における懸濁液への空気溶解,化学工業や医薬品工業における空気酸化や酸素酸化,養魚や魚類の運搬における水や海水への酸素供給,炭酸水の製造,廃ガス中のCO2,NOX,SOX,H2Sなどの除去,発酵メタンガスからのCO2の除去などの分野に利用できる。」(【0001】及び【0002】)と記載されている。
 すなわち,刊行物3記載の「気液接触用隔膜」や該隔膜を利用した「気体溶解液体の製造方法」に関する発明は,医薬品や食品産業分野での微生物培養に係る酸素供給や炭酸ガス放出,浮遊選鉱における懸濁液への空気溶解,水や海水への酸素供給などとともに,炭酸水の製造にも適用加能であることが明記されている。してみれば,刊行物2記載の「飲料水への炭酸ガス溶解装置」もまた,「炭酸水の製造」に係る発明であることは明らかであり,刊行物2と刊行物3とに記載された技術が同一技術分野に属することが明らかである。
(2)また,刊行物1記載の発明Aが「オゾン水の製造」に係る技術として把握できることは,前記1において説示したとおりであるから,結局,刊行物1記載の発明Aと刊行物2,3記載の発明は,「気液接触によって気体溶解液体を製造」する技術に属する点で,技術分野を一にするものということができ,各刊行物に記載されている技術を相互に参照するのに阻害要因はない。
 なお,
原告は,刊行物3記載の発明には,本件発明1の微細気泡や不純物の混入を防止するとの課題は一切記載されていない,と主張するが,そもそも製造された製品中に不純物が極力混入しないようにすることは,あらゆる製品の製造において当然の課題であり,半導体洗浄や電子工業におけるオゾン水中の微細気泡も,オゾン水という液相中の異相である気相である上,洗浄作用を害するという点ではオゾン水中の「不純物」ともいえるものである以上,微細気泡と不純物とを併せて,これらの混入を防止するという課題は当然のものであるから,刊行物3記載の発明に本件発明1の課題が記載されていないことが,刊行物1記載の発明Aに,刊行物2記載の発明を組み合わせる際に,刊行物3記載の事項を考慮する際の阻害要因とはなり得ない。
(3)よって,本件発明1の取消事由3に関する原告の主張は理由がない。」