2010年10月3日日曜日

特許請求の範囲の明確性が争われた事例

知財高裁 平成22年9月30日判決

平成21年(行ケ)第10353号審決取消請求事件

1.概要

 特許請求の範囲の文言が不明確であるとする審決が取り消された事例である。

 文言の明確性は求められれば際限がない。裁判所は「第三者に迷惑をかけるほど不明確か?」という観点から明確性要件を判断しているように思われる。類似の判決としては、知財高裁平成211013日判決平成21年(行ケ)第10130号審決取消請求事件(本ブログ2009118日記事)、知財高裁平成22年8月31日判決平成21年(行ケ)第10434号審決取消請求事件(本ブログ2010911日記事)などがある。

2.本件発明

 本件発明1(請求項1)及び本件発明2(請求項2)は以下のとおりである。

「【請求項1】

 成型され,表面にカビが生育するまで発酵させたチーズカードの間に香辛料を均一にはさんだ後,前記チーズカードを結着するように熟成させて,結着部分から引っ張っても結着部分がはがれない状態に一体化させ,その後,加熱することにより得られる,結着部分からのチーズの漏れがない,香辛料を内包したカマンベールチーズ製品。

【請求項2】

 成型され,表面にカビが生育するまで発酵させたチーズカードの間に香辛料を均一にはさみ,前記チーズカードを結着するように熟成させることにより,結着部分から引っ張っても結着部分がはがれない状態に一体化させ,その後,加熱することを特徴とする,結着部分からのチーズの漏れがない,香辛料を内包したカマンベールチーズ製品の製造方法。」

3.審決の判断

「「結着部分から引っ張」るということは,結着部分に力を加えることを意味していると解される。ここで,加える力を大きくしていけば,チーズはその力に耐えられなくなり,最終的に結着部分ははがれる。つまり,引っ張る力に上限がなければ,いかなるチーズでも,結着部分がはがれてしまう。そして,「結着部分から引っ張」る力の大きさがどの程度であるかについて,当業者であっても共通の認識を有しているとは認められない。よって,「結着部分から引っ張」る力の大きさが規定されていないために,当業者であっても,「結着部分から引っ張っても結着部分がはがれない状態に一体化」しているかどうかを判断することができず,本件訂正発明1及び2は明確でない。

 一方,被請求人は,平成20年10月16日付答弁書(2)において,「白カビチーズ製品関連の技術分野の当業者であれば,一体化の程度が結着部分から引っ張って結着部分がはがれない状態にあるか,又は,はがれる状態にあるかを判断できることであるから,本件訂正発明の範囲が明瞭である。」と主張している(第19頁第2段落)。しかし,結着部分から引っ張る力の大きさがどの程度であるかについて,当業者であれば共通の認識を有していることが具体的に示されてはおらず,被請求人の主張は採用できない。

 また,被請求人は,平成21年8月28日付上申書において,「結着部分を引っ張った時に,結着部分がはがれない状態を良好とし,結着部分から簡単にはがれてしまう状態を不良とした結着状態の評価を行って」いることから,「結着部分を引っ張る力が規定されていなくとも」「結着状態の評価はなし得る」と主張している(第33頁第32行-第34頁第2行)。また,「結着部分を引っ張る力の問題ではなく,結着部分の状態が問題になるのであり」(第34頁第4-5行),「結着部分から引っ張っても結着部分がはがれない状態に一体化」とは「結着部分からのチーズの漏れがなく,切断時に結着部分がはがれず,切り分けたチーズを白カビで覆われた部分をつかむことで指を汚さないで済むことを意味している」(第34頁第9-11行)とも主張し,「「結着部分から引っ張っても結着部分がはがれない」とは,その評価方法からしても,結着部分の強度がそれ以外の外皮部分と同等あるいはそれ以上の強度を有することを意味していることは明白であるから,発明の範囲は明瞭である。」(第34頁第13-16行)としている。

 しかし,「結着部分がはがれない状態を良好とし,結着部分から簡単にはがれてしまう状態を不良とした結着状態の評価」は,実施例において採用されている評価方法にすぎず,特許請求の範囲にはなんら記載がないため,この評価方法に基づいて「結着部分から引っ張っても結着部分がはがれない状態に一体化」しているかどうかを判断できるという被請求人の主張は採用できない。仮に,この評価方法に基づいて判断するとした場合でも,「簡単に」はがれるかどうかには主観的な判断が含まれるため,「簡単に」はがれてしまうかどうかを客観的に判断するためには,引っ張る力の大きさを規定しておく必要があり,結着部分を引っ張る力が規定されていなくとも結着状態の評価はなし得るということはできない。・・・」

4.裁判所の判断のポイント

 裁判所は審決における上記判断は誤りであると判断した。

「審決は,請求項1及び請求項2における「結着部分から引っ張っても結着部分がはがれない状態に一体化」との記載について,「引っ張る力に上限がなければ,いかなるチーズでも,結着部分がはがれてしまう。そして,「結着部分から引っ張」る力の大きさがどの程度であるかについて,当業者であっても共通の認識を有しているとは認められない。」として,当業者であっても「結着部分から引っ張っても結着部分がはがれない状態に一体化」しているかどうかを判断することができないから,本件発明1及び本件発明2は明確でなく,法36条6項2号の要件を満たさないと判断する。

 しかし,審決の上記判断は,以下のとおり,失当である。

 すなわち,請求項1及び請求項2における「結着部分から引っ張っても結着部分がはがれない状態に一体化」記載部分は,チーズが,結着部分から引っ張っても結着部分がはがれない状態に至っていることを,ごく通常に理解されるものとして特定したというべきである。すなわち,本件発明1及び本件発明2のようなカマンベールチーズ製品及びその製造方法において,チーズの結着部分以外の部分であっても,仮に,一定以上の強い力を加えて引っ張れば,表皮は裂けるし,そのような強い力を加えなければ,表皮がはがれることはない。上記構成は,チーズの結着部分について,チーズの結着部分以外の部分における結着の強さと同じような状態にあることを示すために,「結着部分から引っ張っても結着部分がはがれない状態に一体化」との構成によって特定したと理解するのが合理的である。また,上記記載部分をそのように解したからといって,特許請求の範囲の記載に基づいて行動する第三者を害するおそれはないといえる。

 したがって,上記記載が不明確であって法36条6項2号の要件を満たさないとした審決の判断は,誤りである。」