2010年9月20日月曜日

食品組成物特許の容易想到性について争われた事例

知財高裁平成22年9月15日判決
平成21年(行ケ)第10240号審決取消請求事件

1.概要
 食品組成物特許についての無効審判において、審判請求人(訴訟原告)が主張する新規性、進歩性欠如の無効理由は存在しないと判断され、請求が棄却された。
 原告はこの点を不服として審決取消を求めたが、裁判所は原告の請求を棄却した。
 請求項に記載の食品組成物と同一の組成を有する組成物が先行技術文献に示唆されている場合でも、「食品とすることは自明」と必ず判断されるわけではないことに留意しなければならない。本事例のように引用発明の組成物を食品として利用することの示唆がなければ、公知組成物の食品への転用は容易には想到し得ないと判断される場合がある。
 「食品」という記載が用途を限定する記載であると当然のように考えられている点も注目すべきである。
 なお本件特許は、類似の食品組成物を開示する別の引用文献を主引用発明とする無効審判事件の取消訴訟において、容易に想到し得ると判断されている(知財高裁平成22年9月15日判決、平成22年(行ケ)第10038号事件)。食品特許発明の新規性、進歩性を否定するためには食品を開示する先行技術を引用することが有効であると考えられる。
 本ブログ2009年6月21日記事も関連するのでご参考いただきたい。

2.本件発明1
「ナットウキナーゼと1μg/g乾燥重量以下のビタミンK2とを含有する納豆菌培養液またはその濃縮物を含む,ペースト,粉末,顆粒,カプセル,ドリンクまたは錠剤の形態の食品。」

3.引用例3に関する原告の主張
「ア 本件審決は,引用例3で得られたビタミンK2を低減した液体には,高濃度の塩類あるいは有機溶媒を含むとし,高濃度の塩類あるいは有機溶媒を含む引用発明3を「食品」とすることは,塩類による食味又は食品機能の変性のおそれ,あるいは人体に影響を及ぼすおそれがあって,食品に有機溶媒が残留する可能性や消費者の抵抗感などが問題となるから,引用発明3を「食品」とすることは,当業者にとって考え難いと説示する。
イ しかしながら,塩類による食味の変性については,食品として使用することの障害となる事情ではなく,塩類の食味に適合した食品とすればよく,また,食品機能の変性についても,ナットウキナーゼという機能物質が含まれることになることからすれば,このような機能物質を食品に取り込んで使用することは当業者であれば容易に想到するものである。
 賞味の良い食品とするために問題があれば,必要な限度で,有機溶媒や塩類を除去すれば足りることであって,そのことは当業者であればだれでも気付く技術的な問題にすぎない。
 また,本件審決は,引用発明3の残液について,人体への影響があるかのように主張するが,そのような影響があるとの証拠はない。引用例3における「塩類」である硫酸アンモニウムによる塩析は,タンパク質の溶解度の差を利用した分離方法であって,タンパク質を変性させ難いことが知られている(甲41)。また,硫酸アンモニウムの濃度を徐々に変えて濃度ごとに沈殿するタンパク質を分画する硫安分画も,一般的な分画方法である(甲42)。塩析後においては,上清を透析法,限外濾過法,ゲル濾過法等の公知の脱塩方法に供することによって,硫酸アンモニウムを除去することができるのであって,その際の条件設定(例えば,透析膜の分画分子量の選択)によって,硫酸アンモニウムを除去しながら,他の成分は残存するようにすることも可能である。そして,その脱塩後の納豆菌培養液は,食品としての使用も可能なもの,すなわち,本件発明1における「納豆菌培養液またはその濃縮物」に相当するものである。
 さらに,消費者が抵抗感を有していても食品として販売されているものは多数存在するし,消費者の抵抗感の問題は,製品として大量生産大量販売を行うか否かの営業上の障害事由とはなっても,技術的に食品として利用することについては何ら障害となるものではない。
・・・
ウ したがって,引用発明3を食品として使用できないということはなく,当業者が引用発明3の残液を食品に使用することは容易に想到することができるから,引用発明3において,当業者が相違点4”に係る本件発明1の構成に想到することが困難であるとした本件審決の判断には誤りがある。」

4.裁判所の判断のポイント
「引用例3の記載について
(ア) 引用例3の特許請求の範囲には,枯草菌培養液中に存在するビタミンK2含有水溶性ミセルを不溶性化した後,該水不溶物を分離,回収することを特徴とするビタミンK2濃縮物の製造法(【請求項1】),ビタミンK2含有水溶性ミセルを不溶性化する方法が,培養液のpHを6.0以下に調整することである請求項1記載のビタミンK2濃縮物の製造法(【請求項2】),ビタミンK2含有水溶性ミセルを不溶性化する方法が,培養液に塩類を添加することである請求項1記載のビタミンK2濃縮物の製造法(【請求項3】),ビタミンK2含有水溶性ミセルを不溶性化する方法が,培養液に有機溶媒を添加することである請求項1記載のビタミンK2濃縮物の製造法(【請求項4】),枯草菌が納豆菌である請求項1記載のビタミンK2濃縮物の製造法(【請求項7】)との記載がある。」
「イ 引用発明3の技術内容
 以上の記載によると,引用例3に記載されている課題としての発明は,納豆菌である枯草菌の培養液中に存在するビタミンK2含有水溶性ミセルを不溶性化した後,該水不溶物を分離,回収することを特徴とするビタミンK2濃縮物の製造法であるところ,上記の発明によってビタミンK2を分離・回収した後に残る液体は,ビタミンK2を低減させた納豆菌培養液ということができないわけではない。
 したがって,引用例3には,その発明本来の目的である納豆菌の培養液中に存在するビタミンK2含有水溶性ミセルを不溶性化した後の結果として,該水不溶物を分離・回収することにより得られるビタミンK2を低減させた液体が残る,その技術思想も記載されていると認め得ないわけではなく,この技術思想によるものを引用発明3とするものである。
 しかしながら,引用例3には,水不溶物を分離・回収した後の残りの液体を「食品」とすることについては何ら記載されておらず,その示唆もなく,「食品」とするための技術思想が記載されていると認め得る余地はないということができる。
 以上に加えて,元来食品である納豆に係る納豆菌を利用するものであったというたけで,種々の処置をした後の残りの液体についての引用発明3につき,当然に「食品」とすることができると考え得るものでもない。
ウ したがって,引用発明3によってビタミンK2含有水溶液を不溶性化した該水不溶物を分離・回収した残りの液体を「食品」とすることは,当業者にとって考え難いものであるから,引用発明3それ自体から本件発明1を想到することは容易ではなく,この点に本件審決の判断に誤りはない。」