2010年7月25日日曜日

訂正により追加された事項が新規事項に該当しないと判断された事例

知財高裁平成22年7月15日判決言渡

平成22年(行ケ)第10019号審決取消請求事件

1.概要

 訂正審判において追加された事項が新規事項に該当すると判断された審決が取り消された。

 訂正事項が「第三者に対する不測の不利益」を生じないことをひとつの理由としてし新規事項に該当しないと判断された。この点は、知財高裁平成22年1月28日判決、平成21年(行ケ)第10175号審決取消請求事件(2010年1月31日記事参照)における補正新規事項の判断と類似する。

2.訂正事項

後記のとおり,審決が判断した訂正事項は,訂正事項a(特許請求の範囲に係る部分)と訂正事項b(明細書に係る部分)である。

 このうち,本件訂正後の本件特許の明細書の特許請求の範囲の請求項1の記載は,次のとおりである(下線部が本件訂正部分である。・・・)。

「【請求項1】継鉄部と,外周側が開放され内周側が絶縁性樹脂を介して連結された歯部とに分割されるとともに,前記歯部にコイルが巻装され,かつ,前記継鉄部と歯部とが,プレス抜きの後積層されて,一体的に構成されるステータコアと,前記ステータコアをインサート成形した前記絶縁性樹脂からなるフレームと,前記フレームに嵌合固定するブラケットとを有するモールドモータにおいて,

 前記コイルの巻装形状を,コイルエンドの軸方向端面の外周側を平坦面にするとともに,コイルエンドの軸方向端面の内周側にテーパを形成した台形状とし,かつ,前記フレームのコイルエンドの軸方向端部の平坦面と接する部分の厚みを薄くし,前記コイルエンドと前記ブラケットとを,肉厚のきわめて薄い樹脂製のフレームからなる細隙を介して対向させたことを特徴とするモールドモータ。」

3.審決の理由

「審決は,訂正事項aは,本件特許の明細書の特許請求の範囲の請求項1に記載した発明を特定するために必要な事項である「歯部」について,「内周側が連結された」とあったのを「内周側が絶縁性樹脂を介して連結された」と限定するものであって,特許請求の範囲の減縮を目的とするものに該当・・・すると判断した。」

「・・・訂正事項aにより訂正された「内周側が絶縁性樹脂を介して連結された歯部」については,本件特許明細書に記載されているとはいえず,また,本件特許明細書の記載から自明な事項であるとはいえないから,訂正事項aが,本件特許明細書のすべての記載を総合することにより導かれる技術的事項との関係において,新たな技術的事項を導入しないものとはいえない。したがって,訂正事項aは,本件特許明細書に記載した事項の範囲内においてされたものであるとは認められない。」

4.裁判所の判断のポイント

「1 はじめに

 本件特許は,平成4年7月13日に出願されたものであるから,その訂正審判請求の可否は,平成6年改正前の特許法(以下「旧特許法」という。)126条1項に基づいて判断されるところ,同項には,「特許権者は,第百二十三条第一項の審判が特許庁に係属している場合を除き,願書に添付した明細書又は図面の訂正をすることについて審判を請求することができる。ただし,その訂正は,願書に添付した明細書又は図面に記載した事項の範囲内においてしなければならず,かつ,次に掲げる事項を目的とするものに限る。

一特許請求の範囲の減縮

二誤記の訂正

三明りょうでない記載の釈明」

と規定されている。

審決は,本件訂正審判請求について,「訂正事項aは,特許明細書の特許請求の範囲の請求項1に記載した発明を特定するために必要な事項である『歯部』について『内周側が連結された』とあったのを『内周側が絶縁性樹脂を介して連結された』と限定するものであって,特許請求の範囲の減縮を目的とするものに該当」(審決書4頁15行~18行)すると認定し,本件訂正が,いわゆる訂正の目的要件に適合することを認めている(この点は,当事者間に争いはない。)。その上で,審決は,内周側が絶縁性樹脂を介して連結されたとする本件訂正が,「願書に添付された明細書又は図面に記載した事項の範囲内」のものであるか否かを判断している。

 そうすると,本件訂正前の請求項1記載の発明における「内周側が連結された歯部」は,「内周側が絶縁性樹脂を介して連結された歯部」と「内周側が絶縁性樹脂を介さないで連結された歯部」との両方を含んでいたことについて,本件訴訟において,当事者間に争いはないことになる。

2 「願書に添付された明細書又は図面に記載した事項の範囲」の意義について

 旧特許法126条1項は,訂正が許されるためには,いわゆる訂正の目的要件(本件では特許請求の範囲の減縮)を充足するだけでは足りず,「願書に添付された明細書又は図面に記載した事項の範囲内」であることを要するものと定めている。法が,いわゆる目的要件以外に,そのような要件を定めた理由は,訂正により特許権者の利益を確保することは,発明を保護する上で重要ではあるが,他方,新たな技術的事項が付加されることによって,第三者に対する不測の不利益が生じることを避けるべきであるという要請を考慮したものであって,特許権者と第三者との衡平を確保するためのものといえる。

 このように,訂正が許されるためには,いわゆる目的要件を充足することの外に,「願書に添付された明細書又は図面に記載した事項の範囲内」であることを要するとした趣旨が,第三者に対する不測の損害の発生を防止し,特許権者と第三者との衡平を確保する点にあることに照らすならば,「願書に添付された明細書又は図面に記載した事項の範囲内」であるか否かは,訂正に係る事項が,願書に添付された明細書又は図面の特定の箇所に直接的又は明示的な記載があるか否かを基準に判断するのではなく,当業者において,明細書又は図面のすべてを総合することによって導かれる技術的事項(すなわち,当業者において,明細書又は図面のすべてを総合することによって,認識できる技術的事項)との関係で,新たな技術的事項を導入するものであるか否かを基準に判断するのが相当である(知的財産高等裁判所平成18年(行ケ)第10563号平成20年5月30日判決参照)。

3 本件訂正について

 そこで,審決が,「内周側が連結された歯部」を「内周側が絶縁性樹脂を介して連結された歯部」とする本件訂正について,一方では,特許請求の範囲の減縮に当たることを認めた(すなわち,訂正前には,「内周側が連結された歯部」を「内周側が絶縁性樹脂を介して連結された歯部」と「内周側が絶縁性樹脂を介さないで連結された歯部」の両者を含むことを認めた)上で,他方では,本件訂正が「願書に添付された明細書又は図面に記載した事項の範囲内」に該当しないと判断した点の当否について検討する。

 そして,前記のとおり,その検討に当たっては,当該明細書又は図面のすべての記載を総合することにより導かれる技術的事項との関係で,何らかの新たな技術的事項を導入するものであったかどうかをみていくこととする。

・・・・

ア 本件訂正前の本件特許明細書の上記記載中の本件発明の作用・効果等の記載に照らすならば,①本件発明を特徴づけている技術的構成は,特許請求の範囲の記載(請求項1)中の「継鉄部と,外周側が開放され内周側が連結された歯部とに分割されるとともに,前記歯部にコイルが巻装され,かつ,前記継鉄部と歯部とが,プレス抜きの後積層されて,一体的に構成されるステータコアと,前記ステータコアをインサート成形した絶縁性樹脂からなるフレームと,前記フレームに嵌合固定するブラケットとを有するモールドモータにおいて」までの部分にあるのではなく,むしろ,これに続いて記載されている「前記コイルの巻装形状を,コイルエンドの軸方向端面の外周側を平坦面にするとともに,コイルエンドの軸方向端面の内周側にテーパを形成した台形状とし,かつ,前記フレームのコイルエンドの軸方向端部の平坦面と接する部分の厚みを薄くし,前記コイルエンドと前記ブラケットとを,肉厚のきわめて薄い樹脂製のフレームからなる細隙を介して対向させたことを特徴とするモールドモータ。」との部分にあると解されるところ,本件特許明細書の「内周側が連結された歯部」との構成は,前段部分に記載されていること,②そして,「歯部」は,「内周側が絶縁性樹脂を介して連結された歯部」のみに限定された範囲のものであったとしても,「内周側が絶縁性樹脂を介さないで連結された歯部」を含む範囲のものであったとしても,本件発明の上記作用効果,すなわち,歯部間におけるコイルのスペースファクタを高くし,コイルの冷却を良好にすることにより,モータ特性を向上させ,モータの全長を短くするとの作用効果との関係においては,何らかの影響を及ぼすものとはいえないことが,それぞれ認められる。

イ 被告は,本件特許明細書の【図2】及び【図4】には,「歯部の内周側が絶縁性樹脂を介して連結されること」が明確に示されているとはいえない点を,本件訂正が「願書に添付された明細書又は図面に記載した事項の範囲内」の訂正であることを否定する根拠としている。しかし,訂正が,上記要件を充足するか否かは,明細書の実施例に図示されているか否かという形式的な観点から判断すべきではなく,当該明細書又は図面のすべての記載を総合することにより導かれる技術的事項との関係で,第三者に不測の損害を生じる可能性があると推測できるような,新たな技術的事項を導入したか否かを実質的に判断すべきであるから,被告の主張は採用の限りでない。

 この点,被告は,本件において,「絶縁性樹脂を介して連結された歯部」とする訂正を認めると,本件特許明細書の記載から予測できない範囲に特許権の効力が及ぶことになり,第三者に不測の損害を与えかねないと主張する。

 しかし,被告は,第三者に不測の損害を与えかねないような新たな技術的事項の内容を,何ら明らかにしていないので,被告の主張は採用できない。また,審決では,本件訂正が「特許請求の範囲の減縮」を目的とするものに該当すると判断しており,「内周側が絶縁性樹脂を介して連結された歯部」も本件訂正前の請求項1記載の発明に含まれることを認めているのであって,本件においては,本件訂正がされたからといって,第三者に不測の損害を与える可能性のある新たな技術的事項が付加されたことを,想定することは困難である。

ウ したがって,「内周側が連結された歯部」(本件において,同構成が「内周側が絶縁性樹脂を介さないで連結された歯部」及び「内周側が絶縁性樹脂を介して連結された歯部」を含むことについては,争いがない。)を「内周側が絶縁性樹脂を介して連結された歯部」とした本件訂正は,明細書又は図面のすべての記載を総合することにより導かれる技術的事項との関係において,新たな技術的事項を導入するものではないというべきである。

2010年7月18日日曜日

進歩性判断に関わる「発明の効果」を証明するための実験データの追加が許容された事例

知財高裁平成22年7月15日判決

平成21年(行ケ)第10238号審決取消請求事件

1.概要

 本事例では、進歩性を主張するために、従来技術と本発明との相違点に係る特徴による本発明の有利な効果を示す実験データ(参考資料1)を出願人(原告)が提出した。

 審決では、相違点による効果が出願時明細書に何ら具体的に記載されていないので,後発的に提出された参考資料1のデータを参酌して本願発明の進歩性を判断することはできないと指摘された。

 知財高裁はこの審決を取り消した。

1.1.本願発明:

「日焼け止め剤としての使用に好適な組成物であって:

a)安全で且つ有効な量の,UVAを吸収するジベンゾイルメタン日焼け止め剤活性種;

b)安全で且つ有効な量の安定剤であって,次式,

・・・

を有し,式中,R1及びR1’は独立にパラ位又はメタ位にあり,独立に水素原子,又は直鎖もしくは分枝鎖のC1~C8のアルキル基,R2は直鎖又は分枝鎖のC2~C12のアルキル基;及びR3は水素原子又はCN基である前記安定剤;

c)0.1~4重量%の,2-フェニル-ベンズイミダゾール-5-スルホン酸であるUVB日焼け止め剤活性種;及び

d)皮膚への適用に好適なキャリア;

を含み,前記UVAを吸収するジベンゾイルメタン日焼け止め剤活性種に対する前記安定剤のモル比が0.8未満で,前記組成物がベンジリデンカンファー誘導体を実質的に含まない前記組成物。」

1.2.審決の内容

(1) 審決は,本願発明と引用例Aに記載された発明(以下「引用発明」という。)との一

致点及び相違点を以下のとおり認定した。

ア 一致点

「『日焼け止め剤としての使用に好適な組成物であって:

a)安全で且つ有効な量の,UVAを吸収するジベンゾイルメタン日焼け止め剤活性種;

b)安全で且つ有効な量のα-シアノ-β,β-ジフェニルアクリレート安定剤;及び

d)皮膚への適用に好適なキャリア;

を含み,前記UVAを吸収するジベンゾイルメタン日焼け止め剤の量が1%以上の場合には,前記UVAを吸収するジベンゾイルメタン日焼け止め剤活性種に対する前記安定剤のモル比が0.8未満で,前記組成物がベンジリデンカンファー誘導体を実質的に含まない前記組成物』である点」

イ 相違点

「本願発明は『0.1~4重量%の2-フェニル-ベンズイミダゾール-5-スルホン酸であるUVB日焼け止め剤活性種を含む』のに対し,引用発明は『任意に通常のUV-Bフィルターを含む』とされている点」

審決は,特許法29条2項の発明の容易性について次のとおり判断した。

ア 本願の優先権主張の日の前において,「2-フェニル-ベンズイミダゾール-5-スルホン酸」が代表的な「UV-Bフィルター」(UV-B吸収剤)の1つであって,既にそれを含む商品が販売され,他の公知のUV吸収剤と併用されることは,周知である。そうすると,引用例Aの「任意に少なくとも1種の通常のUV-Bフィルターを・・・含み」なる記載及び「UV-B線の濾波に使われる材料に関してはその選択に全く制限がない」なる記載に従って,「代表的なUV-Bフィルター」成分の中から「2-フェニル-ベンズイミダゾール-5-スルホン酸」を選定することは容易である。

イ そして,その際の配合量として,引用例Aには「UV-Bフィルターが約1~約12%の量で存在する」と記載されているので,かかる範囲と重複する「約0.1~4重量%」と特定することも当業者が適宜なし得る。

ウ 本願明細書には実施例として化粧品の製造例が記載されているにすぎず,本願発明の効果については一般的な記載にとどまり,客観性のある具体的な数値データをもって記載されているものではない。また,特に「UV-Bフィルター」を「2-フェニル-ベンズイミダゾール-5-スルホン酸」に特定することによる効果については,何ら具体的に記載されていない。よって,本願明細書の記載からは,格別予想外の効果が奏されたものとすることはできない。

 なお,平成19年3月19日付けの審判請求理由補充書において【参考資料1】として記載された本願発明(請求項1の組成物)のSPF又はPPDに関する効果については,本願明細書には「UV-Bフィルター」を「2-フェニル-ベンズイミダゾール-5-スルホン酸」に特定することによる効果が何ら具体的に記載されていないので,参酌することができない。仮にこれを参酌したとしても,SPF又はPPD値自体がUV線に対する効果の指標であるから,UV-Bフィルターとして代表的な成分の中から「2-フェニル-ベンズイミダゾール-5-スルホン酸」を選定する際に当然その値を確認しつつ選定をするものと理解されるので,そのようなSPF又はPPDに関する効果をもって,当業者が予期し得ない格別予想外のものであるとすることはできない。

2.裁判所の判断のポイント

「審判請求理由補充書の実験結果を参酌することができないとした判断の誤りについて

(1) 審決は,本願発明が,特許法29条2項の要件を充足しないことを理由とするものである。

 ところで,特許法29条2項の要件充足性を判断するに当たり,当初明細書に,「発明の効果」について,何らの記載がないにもかかわらず,出願人において,出願後に実験結果等を提出して,主張又は立証することは,先願主義を採用し,発明の開示の代償として特許権(独占権)を付与するという特許制度の趣旨に反することになるので,特段の事情のない限りは,許されないというべきである。

 また,出願に係る発明の効果は,現行特許法上,明細書の記載要件とはされていないものの,出願に係る発明が従来技術と比較して,進歩性を有するか否かを判断する上で,重要な考慮要素とされるのが通例である。出願に係る発明が進歩性を有するか否かは,解決課題及び解決手段が提示されているかという観点から,出願に係る発明が,公知技術を基礎として,容易に到達することができない技術内容を含んだ発明であるか否かによって判断されるところ,上記の解決課題及び解決手段が提示されているか否かは,「発明の効果」がどのようなものであるかと不即不離の関係があるといえる。そのような点を考慮すると,本願当初明細書において明らかにしていなかった「発明の効果」について,進歩性の判断において,出願の後に補充した実験結果等を参酌することは,出願人と第三者との公平を害する結果を招来するので,特段の事情のない限り許されないというべきである。

 他方,進歩性の判断において,「発明の効果」を出願の後に補充した実験結果等を考慮することが許されないのは,上記の特許制度の趣旨,出願人と第三者との公平等の要請に基づくものであるから,当初明細書に,「発明の効果」に関し,何らの記載がない場合はさておき,当業者において「発明の効果」を認識できる程度の記載がある場合やこれを推論できる記載がある場合には,記載の範囲を超えない限り,出願の後に補充した実験結果等を参酌することは許されるというべきであり,許されるか否かは,前記公平の観点に立って判断すべきである。

(2) 上記観点から,本件について検討する。

 本願当初明細書(甲3,段落【0011】)には,本願発明の作用効果について,「本発明の組成物は,UVAを吸収するジベンゾイルメタン日焼け止め剤活性種,すでに定義された安定剤,UVB日焼け止め剤活性種,及びキャリアを含み,実質的にはベンジリデンカンファー誘導体を含まない組成物であるが,現在,驚くべきことに,本組成物が優れた安定性(特に光安定性),有効性,及び紫外線防止効果(UVA及びUVBのいずれの防止作用を含めて)を,安全で,経済的で,美容的にも魅力のある(特に皮膚における透明性が高く,過度の皮膚刺激性がない)方法で提供することが見出されている。」との記載がある

 また,本願当初明細書(甲3,段落【0025】)には,UVB日焼け止め剤活性種(UV-Bフィルター)について,「好ましいUVB日焼け止め剤活性種は,2-フェニル-ベンズイミダゾール-5-スルホン酸,TEAサリチレート,オクチルジメチルPABA,酸化亜鉛,二酸化チタン,及びそれらの混合物から成る群から選択される。好ましい有機性日焼け止め剤活性種は2-フェニル-ベンズイミダゾール-5-スルホン酸である」との記載がある。

 さらに,「2-フェニル-ベンズイミダゾール-5-スルホン酸」は,並列的に記載された様々な「UV-Bフィルター」の中の1つとして公知のものである(甲2の1~9)。

 以上の記載に照らせば,本願当初明細書に接した当業者は,「UV-Bフィルター」として「2-フェニル-ベンズイミダゾール-5-スルホン酸」を選択した本願発明の効果について,広域スペクトルの紫外線防止効果と光安定性を,より一層向上させる効果を有する発明であると認識するのが自然であるといえる。

 他方,本件【参考資料1】実験の結果によれば,本願発明の作用効果は,①本願発明(実施例1)のSPF値は「50+」に,PPD値は「8+」に各相当し,従来品(比較例1~4)と比較すると,SPF値については約3ないし10倍と格段に高く,PPD値についても約1.1ないし2倍と高いこと(広域スペクトルの紫外線防止効果に優れていること),②本願発明は従来品に対して,紫外線照射後においても格段に高いSPF値及びPPD値を維持していること(光安定性に優れていること)を示しており,上記各点において,顕著な効果を有している。

 確かに,本願当初明細書には,本件【参考資料1】実験の結果で示されたSPF値及びPPD値において,従来品と比較して,SPF値については約3ないし10倍と格段に高く,PPD値についても約1.1ないし2倍と高いこと等の格別の効果が明記されているわけではない。しかし,本件においては,本願当初明細書に接した当業者において,本願発明について,広域スペクトルの紫外線防止効果と光安定性をより一層向上させる効果を有する発明であると認識することができる場合であるといえるから,進歩性の判断の

前提として,出願の後に補充した実験結果等を参酌することは許され,また,参酌したとしても,出願人と第三者との公平を害する場合であるということはできない。

(3) 被告の主張に対する判断

ア 被告は,前記段落【0011】でいう「本組成物」とは,同段落が出願当初より補正されていないことからみて,本願当初明細書の請求項1に記載された「組成物」,すなわち「有機性日焼け止め剤活性種,無機性物理的日焼け止め剤,及びそれらの混合物から成る群から選択される安全で且つ有効な量のUVB日焼け止め剤」を使用した組成物を意味するものと理解されるのであって,補正後にUVB日焼け止め剤として特定された「2-フェニル-ベンズイミダゾール-5-スルホン酸」を使用する組成物に限定された記載ではない,と主張する。

 しかし,被告の主張は採用の限りでない。すなわち,平成17年5月9日付け手続補正書(甲4)により補正された段落【0012】には,「本発明は日焼け止め剤としての使用に好適な組成物に関するものであり,その際その組成物は,a)・・・b)・・・c)0.1~4重量%の,2-フェニル-ベンズイミダゾール-5-スルホン酸であるUVB日焼け止め剤活性種;及びd)・・・を含み,」と記載されているから,段落【0011】でいう「本組成物」も特許請求の範囲の請求項1に記載されたものに定義されるものと理解され,その補正の効果は出願当初に遡るのであるから,被告の前記主張は採用の限りでない。

イ また,被告は,段落【0011】の記載は,本願発明の効果についての一般的な記載に止まるものであって,本願当初明細書によっては,どの程度のSPF値やPPD値を有するかについて推測し得ないと主張する。

 しかし,被告の主張は採用の限りでない。すなわち,被告の主張を前提とすると,本願当初明細書に,効果が定性的に記載されている場合や,数値が明示的に記載されていない場合,発明の効果が記載されていると推測できないこととなり,後に提出した実験結果を参酌することができないこととなる。このような結果は,出願人が出願当時には将来にどのような引用発明と比較検討されるのかを知り得ないこと,審判体等がどのような理由を述べるか知り得ないこと等に照らすならば,出願人に過度な負担を強いることになり,実験結果に基づく客観的な検証の機会を失わせ,前記公平の理念にもとることとなり,採用の限りでない。

・・・

(4) 以上のとおり,本件においては,本願当初明細書に接した当業者において,本願発明について,広域スペクトルの紫外線防止効果と光安定性をより一層向上させる効果を有する発明であると認識することができる場合であるといえるから,進歩性の判断の前提として,出願の後に補充した実験結果等を参酌したとしても,出願人と第三者との公平を害する場合であるということはできない。

 本件【参考資料1】実験の結果を参酌すべきでないとした審決の判断は,誤りである。」

2010年7月10日土曜日

補正却下の一体不可分性

東京高裁平成15年7月1日判決

平成14年(行ケ)第3号審決取消請求事件

東京高裁昭和59年4月27日判決

昭和56年(行ケ)第236号審決取消請求事件

1.概要

 特許法第53条には「第17条の2第1項第1号又は第3号に掲げる場合・・・において、願書に添付した明細書、特許請求の範囲又は図面についてした補正が第17条の2第3項から第6項までの規定に違反しているものと特許をすべき旨の査定の謄本の送達前に認められたときは、審査官は、決定をもつてその補正を却下しなければならない。」と規定されている。拒絶査定不服審判請求と同時にする補正についても同様に補正却下の対象となる(特許法第159条第1項)。

 提出された補正書の内容が、補正却下の対象となる補正事項(たとえば新規事項の追加)と、補正却下の対象とならない適正な補正事項とを含んでいる場合、補正全体が一体的に却下される。「補正は一体不可分」であるというのが過去の判決例の立場である。

 最高裁判決(事件番号平成19年(行ヒ)第318号)では、訂正請求(判決は異議申立事件での訂正請求)の場面では、訂正の許否の判断は請求項ごとになされるべきであると判示された。しかしこの判決は補正が一体不可分であるという取り扱いを否定するわけではないので注意する必要がある。

2.判決のポイント

2.1.平成14年(行ケ)第3号

「原告は,補正中に一部についてでも認めることができる部分があるならば,その部分を除いた部分のみを却下すべきであり,補正を全部却下することは許されない,と主張する。

 しかしながら,補正は一体不可分のものと解すべきであるから,一部でも要件に適合しない部分がある場合には,全体として補正は却下されるべきである。」

2.2.昭和56年(行ケ)第236号

「原告は、本件補正が「拒絶の理由に示す事項」についてのもの以外の事項を含むとしても、その記載事項は余事記載であるから、その余事事項のみを却下すべきもので、余事事項を含む補正全体を却下すべきではない旨主張するが、明細書又は図面の補正とは、ある一個の明細書又は図面を補正して他の一個の明細書又は図面とする補正であつて、補正事項の内容としては互に分離できるものがあつたとしても、補正された結果のものは、一つの明細書又は図面として一体不可分のものとなるものであり、余事事項を含む手続補正によつて明細書又は図面が補正されると、余事事項を含めた一体不可分の一つの明細書又は図面となるとみるのが相当であるから、余事事項の補正部分のみを却下するというように、余事事項を可分なものとして処理することは許されないところといわなければならない

 そして、特許法第六四条第一項の規定は、「拒絶の理由に示す事項」に余事事項を含めず、余事事項を含めることを禁止しているものであるから、余事事項を含む手続補正は、余事事項を含むことを理由に全体として却下されるべきものであり、右に反する原告の主張は採用できない。」

2010年7月3日土曜日

第2医薬用途発明の容易想到性が判断された事例

知的財産高等裁判所平成20年(行ケ)第10366号

平成21年9月30日第3部判決

1.概要

 本件特許発明が引用発明および周知技術に基づいて当業者が容易に発明をすることができたとする無効審判審決の取消を求めた原告の請求が棄却された事例である。

 知財高裁は、公知化合物の新規な用途が、公知の用途に基づいて容易に想到可能であると判断した。

2.審決

(1)本件特許発明

「2-(4-クロルベンゾイルアミノ)-3-(2-キノロン-4-イル)プロピオン酸またはその塩を有効成分とする,胆汁酸の胃内への逆流に起因する胃炎の治療剤。」

(2)引用発明の内容

 2-(4-クロルベンゾイルアミノ)-3-(2-キノロン-4-イル)プロピオン酸を有効成分とする胃潰瘍治療剤

(3)一致点

 本件2-(4-クロルベンゾイルアミノ)-3-(2-キノロン-4-イル)プロピオン酸(以下「本件化合物」という場合がある。)を有効成分とする医薬品である点。

(4)相違点

 本件特許発明が胆汁酸の胃内への逆流に起因する胃炎の治療剤であるのに対し,引用発明は胃潰瘍治療剤である点。

(5)容易想到であるとした理由の概要

「胃潰瘍の治療に有効な化合物について,種々の化学構造や物理的性質を有する化合物が,胃炎の治療にも有効であることが知られており,胆汁酸の胃内への逆流は胃炎の主な原因の一つであり,胆汁酸投与により胃炎を発生させた実験胃炎モデルを用いて調べることが一般的であるから,引用発明の胃潰瘍治療剤について,胃炎の治療に有効であることを期待し,胆汁酸投与により胃炎を発生させた実験胃炎モデルを用いて調べ,胆汁酸の胃内への逆流に起因する胃炎の治療剤としての有効性を確認することは当業者が容易に着想し,実施し得ることである。そして,本件特許明細書の記載からは,本件特許発明の効果が当業者が予想できないものとは認められない。」(審決書10頁7行~16行)

「胃潰瘍と同時に胃炎の治療にも有効である化合物がたまたま一つ存在する,あるいは,特定の種類の化合物だけが胃潰瘍と同時に胃炎の治療にも有効であるというのではなく,胃潰瘍と同時に胃炎の治療にも有効である種々の化学構造や物理的性質を有するものが多数存在するのであるから,抗潰瘍剤であっても,抗胃炎作用が認められていない医薬品が多数存在するとしても,上記のとおり,当業者であれば,胃炎の治療に有効であることを期待し,薬理効果を確認することは,当業者が容易に着想し,実施し得ることである。」(審決書10頁30行~37行)

「本願明細書に記載された薬理実験1及び薬理実験2を検討するに,胆汁酸の胃内への逆流に起因する胃炎の治療剤である本件特許発明の薬理実験といえるのは,薬理実験1だけである。薬理実験1と,塩酸・エタノールによる胃粘膜損傷に対する効果に関する薬理実験2とを対比しても,薬理実験1の有効成分の用量は薬理実験2のそれの10倍であって両者の用量は異なるから,両実験結果から,胆汁酸の胃内への逆流に起因する胃炎の治療剤である本件特許発明の効果が当業者の予想できないものであると認めることはできない。またシメチジン1種だけとの比較試験(乙第1号証)をもって,胆汁酸の胃内への逆流に起因する胃炎の治療剤である本件特許発明の効果が当業者の予想できないものであると認めることもできない。」(審決書11頁23行~33行)

3.裁判所の判断のポイント

「物質の用途発明について,新規に発見した属性(用途)が,当業者において容易に想到し得たものであるか否かは、当該発明の属する技術分野における公知技術や技術常識を基礎として判断すべきであることはいうまでもない。

 本件についてみると,本件出願前に,「胃潰瘍治療剤」としての薬効が知られている場合,当業者が,「胃炎治療剤」としての薬効も存在するとの技術思想に容易に想到し得たか否かは,〔1〕「胃潰瘍」と「胃炎」の病態・発症機序における相違の有無,〔2〕「胃潰瘍治療剤」と「胃炎治療剤」の作用機序における相違の有無,〔3〕「胃潰瘍治療剤」と「胃炎治療剤」の双方に効果のある他の薬剤の比較,検討,〔4〕本件化合物の胃炎治療への適用を阻害する要素の有無等を総合的に考慮して判断すべきである。」

1「胃潰瘍」と「胃炎」の病態・発症機序及び「治療剤」の作用機序等の相違の有無について

「 上記各記載によれば,本件出願当時までの文献において,急性胃炎の原因として急性胃粘膜病変が指摘されるようになっていたことがうかがわれるが,胃潰瘍についても,胃液の刺激による正常な粘膜への攻撃が指摘されており,両者の病態や発症機序が明確に区別して認識されていたとは認められない。また,本件出願後の文献,意見書においては,ピロリ菌発見後の胃炎の分類の変更がみられるものの,胃潰瘍と胃炎の関係については,胃炎の進展したものが胃潰瘍であるとの見解(乙8)もあれば,原告が提出する意見書のように胃潰瘍と胃炎は発症機序として異なるとの見解(甲52)もあり,本件出願前後を通じて,胃潰瘍と胃炎の病態・発症機序が異なるとする確立した見解はなかったというべきである。

 そうすると,本件出願当時,当業者においても,胃潰瘍と胃炎とが病態・発生機序において異質であり,その治療剤の作用機序が異なるとの認識をもっていたとは認め難い。

 したがって,胃潰瘍と胃炎の病態・発症機序が異なり,胃潰瘍治療剤と胃炎治療剤の作用機序が異なることを理由として,胃潰瘍治療剤である本件化合物について胃炎治療剤としての用途を予測することが容易でなかったとの原告の主張は採用できない。

 なお,原告は,国民衛生の動向(甲55)においても,胃潰瘍患者と胃炎患者とが別異に分類されており,医療現場においても区別して取り扱われていることや,医薬品の製造承認において胃潰瘍治療剤と胃炎治療剤が区別されていることを根拠として,胃潰瘍と胃炎の治療剤のそれぞれの作用機序が異なると主張する。しかし,胃潰瘍と胃炎が別個の疾患として区別されているからといって,胃潰瘍治療剤と胃炎治療剤の作用機序の相違を示すことにはならず,また,胃炎に対する治療効果を妨げる理由にもならない。」

2「胃潰瘍治療剤」と「胃炎治療剤」の双方に効果のある他の薬剤の検討

「 上記アないしコの各記載によれば,本件特許発明が出願された平成元年8月14日より前10年以内に刊行された特許公報又は日本医薬品集において,本件化合物以外の多様な化合物又は医薬品について,胃潰瘍治療剤としての用途と併せて胃炎治療剤としての用途が記載されており,それらの化合物又は医薬品と本件化合物とが別個の性質を有し,胃炎に対する作用機序が異なることを認めるだけの根拠はない。これらの各記載から,当業者は胃潰瘍の治療作用と胃炎の治療作用の間には作用機序の関連性があることの示唆を受けるものということができる。

 そうすると,本件化合物が胃潰瘍治療剤としての薬効を有する場合に,胃炎治療剤としての薬効を想到することは,容易であるというべきである。

 これに対し,原告は,上記文献では,胃潰瘍治療剤には胃炎治療剤としての用途を有するものもあるが,そうでないものも多いから(甲22の1表の1ないし13の医薬品,甲24ないし34),胃炎としての用途に想到することが容易とはいえないと主張する。

 しかし,原告の主張は,以下のとおり理由がない。

 すなわち,甲22の1表(なお,1,8,11については,胃炎に対する効能・効果の記載がある。),甲24ないし34の薬剤については,胃炎への適用の可否について言及はないが,そのような胃潰瘍治療剤が存在したとしても,前記のとおり,胃潰瘍治療剤の中に胃炎治療剤としての用途を有するものが多数存在する以上,当業者が胃潰瘍治療剤である本件化合物について胃炎治療剤への用途を予測することが困難であったということはできない。」

3「胆汁酸の胃内への逆流に起因する胃炎」との用途について

「原告は,本件特許発明が,その用途を胆汁酸の胃内への逆流に起因する胃炎に限定しているのに,審決が胃炎一般の用途について検討し,容易想到としているのは誤りであると主張する。

 しかし,胆汁酸の胃内への逆流が胃炎の1つの原因となること及び胆汁酸投与による実験胃炎モデルを用いることが公知であることは,原告も認めるところであり,各種胃炎治療剤について,タウロコール酸(胆汁酸)により発生させた実験胃炎に対する効果が確認されている・・・

 そして,全証拠によっても,胃炎治療剤については,胆汁酸の胃内への逆流による胃炎と胃炎一般を区別すべきであるとする医学的,薬学的知見も見当たらない。以上によれば,当業者は,胃潰瘍治療剤である本件化合物が胆汁酸の胃内への逆流による胃炎治療剤としての用途をも有することを予測することができたということができる。」

 胃炎一般と胆汁酸の逆流による胃炎とに上記のような関係が存在する以上,審決が胃炎一般の用途を前提として,審決が,本件特許発明の容易想到性を判断したとしても,その判断の当否に影響を与えるものとはいえない。」