2010年6月6日日曜日

物自体を請求項に記載する場合、その物を製造するための方法は1つ記載されていれば十分であることが判断された事例

知財高裁平成22年3月24日判決

平成21年(行ケ)第10281号審決取消請求事件

1.概要

 本件発明1~3は、以下の訂正後の請求項1~3に記載された発明である。

【請求項1】

「重量%で,

C:0.05~0.14%,

Si:0.3~1.5%,

Mn:1.5~2.8%,

P:0.03%以下,

S:0.02%以下,

Al:0.005~0.283%,

N:0.0060%以下を含有し,

残部Feおよび不可避的不純物からなり,さらに%C,%Si,%MnをそれぞれC,Si,Mn含有量とした時に(%Mn)/(%C)≧15かつ(%Si)/(%C)≧4が満たされる化学成分からなり,その金属組織として,フェライト中に体積率で3%以上20%以下のマルテンサイトおよび残留オーステナイトが混在することを特徴とする加工性の良い高強度合金化溶融亜鉛めっき鋼板。」

【請求項2】

「重量%で,B:0.0002~0.0020%を含有する請求項1記載の加工性の良い高強度合金化溶融亜鉛めっき鋼板。」

【請求項3】

「請求項1または請求項2に記載の化学成分からなる組成のスラブをAr点以上の温度で仕上圧延を行い,50~85%の冷間圧延を施した後,連続溶融亜鉛めっき設備で700℃以上850℃以下のフェライト,オーステナイトの二相共存温度域で焼鈍し,その最高到達温度から650℃までを平均冷却速度0.5~3℃/秒で,引き続いて650℃からめっき浴までを平均冷却速度1~12℃/秒で冷却して溶融亜鉛めっき処理を行った後,500℃以上600℃以下の温度に再加熱してめっき層の合金化処理を行い,その金属組織として,フェライト中に体積率で3%以上20%以下のマルテンサイトおよび残留オーステナイトが混在することを特徴とする加工性の良い高強度合金化溶融亜鉛めっき鋼板の製造方法。」

原告が主張する取消事由2(実施可能要件についての判断の誤り)

() 審決は,「…本件発明1又は2は,要するに,合金化溶融亜鉛めっきされる鋼板の化学成分組成に関する事項と,『金属組織として,フェライト中に体積率で3%以上20%以下のマルテンサイトおよび残留オーステナイトが混在する』と記載した事項を発明特定事項とするもので,本件発明3の製造方法以外の方法で製造された物を包含するものであって,この製造方法以外の方法については,上述した実現を可能とする手段の示唆すらなく,本件発明1又は2については,発明の詳細な説明の記載は,その発明の属する技術の分野における通常の知識を有する者がその実施をすることができる程度に,即ち,本件課題が解決できるように,明確かつ十分になされているということはできない。」(20頁6行

~15行)と判断した。

 しかし,訂正明細書(甲41の2)には,本件発明1,2に係る物の発明(加工性の良い高強度合金化溶融亜鉛めっき鋼板)について,その物を製造するための少なくとも一つの製造方法を本件発明3として開示し,さらに,より具体的な製造条件を,発明の実施の形態の欄に詳細に記述している。

 審決は,上記のとおり「本件発明1又は2は,…本件発明3の製造方法以外の方法で製造された物を包含するものであって,この製造方法以外の方法については,上述した実現を可能とする手段の示唆すらなく,…」としているが,これは,即ち,本件発明1・2は,少なくとも,本件発明3の製造方法で製造できることを審決自体が認めているのであるから,訂正明細書には,本件発明1・2について,当業者が実施できる程度に明確かつ十分に記載されていることは明白である。

() なお,特許庁の審査基準(「特許・実用新案審査基準」第I部第1章「明細書及び特許請求の範囲の記載要件」,17頁~18頁。甲45)には,発明の詳細な説明の記載要件のうちの「3.2.1実施可能要件の具体的運用」について,「(1)発明の実施の形態…特許出願人が最良と思うものを少なくとも一つ記載することが必要である。」,「(2)物の発明についての『発明の実施の形態』物の発明について実施をすることができるとは,上記のように,その物を作ることができ,かつ,その物を使用できることである…」と記載されている。ところで,物の発明である本件発明1・2は,審決が認めているように,少なくとも,本件発明3の製造方法で製造できるのであって,さらに,本件発明1・2は,高強度,加工性,塗装性,溶接性が要求される,例えば,自動車,家庭電気製品,建築などの用途にプレス加工をして使用される(甲41の2,段落【0001】,【0034】)のである。

 そうであれば,本件発明1・2については,その物を作ることができ,かつ,その物を使用できるのであるから,特許庁の審査実務を規定した上記審査基準(甲45)に照らしても,実施可能要件に違反するものでないことは明らかである。」

2.裁判所の判断のポイント

(1) 審決は,「5-3.まとめ」(19頁下7行)において,本件発明1・2について明確性要件違反であると判断し,続けて,「…本件発明1又は2は,要するに,合金化溶融亜鉛めっきされる鋼板の化学成分組成に関する事項と,『金属組織として,フェライト中に体積率で3%以上20%以下のマルテンサイトおよび残留オーステナイトが混在する』と記載した事項を発明特定事項とするもので,本件発明3の製造方法以外の方法で製造された物を包含するものであって,この製造方法以外の方法については,上述した実現を可能とする手段の示唆すらなく,本件発明1又は2については,発明の詳細な説明の記載は,その発明の属する技術の分野における通常の知識を有する者がその実施をすることができる程度に,即ち,本件課題が解決できるように,明確かつ十分になされているということはできない。」(20頁6行~15行)とし,続けて,「6.むすび本件発明1~3の本件特許は,特許法第36条第4項又は第6項の規定に違反した特許出願についてされたものであるから,上記本件特許は,特許法第123条第1項第4号に該当し,無効とすべきである。」(20頁19行~22行)と判断した。

 これに対し原告は,上記審決の判断につき,本件発明1・2に実施可能要件違反(改正前特許法36条4項)はなく,また本件発明3につき無効であると判断した具体的な理由が示されておらず,手続き違背があると主張するので,以下検討する。

(2) 実施可能要件につき

ア上記2(1)()で摘記したとおり,本件発明1~3において,段落【0020】~【0028】で製造条件を限定した理由について述べ,段落【0029】~【0033】に実施例が示され,表1,2で試料4,8,10,12,14,15,18,21,25において,本件発明1~3の数値範囲を充たす化学成分のスラブを用いて,高強度で加工性がよく,めっき層の凝着も生じない例が示されている。また,上記2で検討したとおり,本件発明1~3において,「金属組織として,フェライト中に体積率で3%以上20%以下のマルテンサイトおよび残留オーステナイトが混在する」と規定することの技術的意義についても明確である。

 そうすると,本件発明1~3において,実施可能要件違反はないというべきである。

 この点審決は,上記のとおり,本件発明1・2において,本件発明3の方法以外で製造する方法が示されていないとするが,本件発明3の方法で製造することが可能である以上,実施可能要件がないとすることはできない。」