2010年6月27日日曜日

新規事項の該当性が争われた事例

知財高裁平成21年(行ケ)第10303号審決取消請求事件(特許)

平成22年6月22日判決言渡

1.概要

 原告(出願人)がした請求項の補正が新規事項の追加に該当すると判断した審決の違法性が争点。裁判所は補正が新規事項の追加に該当しないと判断し、審決を取り消した。

 201061日に新規事項に関する審査基準が改訂された。新審査基準では知財高判平20.5.30(平成18年(行ケ)第10563号審決取消請求事件)「ソルダーレジスト」大合議判決が引用され、

「「当初明細書等に記載した事項」とは、技術的思想の高度の創作である発明について、特許権による独占を得る前提として、第三者に対して開示されるものであるから、ここでいう「事項」とは明細書等によって開示された発明に関する技術的事項であることが前提となるところ、「当初明細書等に記載した事項」とは、当業者によって、当初明細書等のすべての記載を総合することにより導かれる技術的事項である。したがって、補正が、このようにして導かれる技術的事項との関係において、新たな技術的事項を導入しないものであるときは、当該補正は、「当初明細書等に記載した事項」の範囲内においてするものということができる。」

と規定されている。

 本事例もこの基準に沿って、補正事項が新規事項の追加に該当するか否かが判断されている。

2.本件補正前の本願の特許請求の範囲請求項1

「通信機能と,当該通信機能以外の複数の機能とを有し,通信機能と通信機能以外の複数の機能に係る表示を行う一つの表示手段と,電源キー,数字キー等を備える入力手段とを有する携帯電話端末であって,

 前記入力手段の電源キーを押下すると,前記表示手段を含む各構成部分に電力が供給され,携帯電話端末の動作が開始されて,前記通信機能と前記通信機能以外の複数の機能とが使用可能状態となり,前記入力手段の電源キーとは異なるキー操作により通信機能を停止させる指示が入力されると,当該通信機能を停止させて通信接続情報の交信を行わないようになり,前記通信機能以外の複数の機能は動作可能としたことを特徴とする携帯電話端末。」

3.本件補正の内容

「通信機能と,当該通信機能以外の時計機能,電話帳機能,マイクによる音声を電気信号に変換する機能,スピーカによる電気信号を音声に変換する機能を含む複数の機能とを有し,通信機能と通信機能以外の複数の機能に係る表示を行う一つの表示手段と,電源キー,数字キー等を備える入力手段とを有する携帯電話端末であって,

 前記入力手段の電源キーを押下すると,前記表示手段を含む各構成部分に電力が供給され,携帯電話端末の動作が開始されて,前記通信機能と前記通信機能以外の時計機能,電話帳機能,マイクによる音声を電気信号に変換する機能,スピーカによる電気信号を音声に変換する機能を含む複数の機能とが使用可能状態となり,前記入力手段の電源キーとは異なるキー操作により通信機能を停止させる指示が入力されると,当該通信機能を停止させて通信接続情報の交信を行わないようになり,前記通信機能以外の時計機能,電話帳機能,マイクによる音声を電気信号に変換する機能,スピーカによる電気信号を音声に変換する機能を含む複数の機能はそのまま動作可能としたことを特徴とする携帯電話端末。」

4.審決の理由

 審決は,本件補正について,特許法17条の2第3項の規定に違反するとし,特許法159条1項において読み替えて準用する特許法53条1項の規定により却下すべきものとし,本願発明については,先願発明と同一であり,先願発明をした者が本願発明の発明者であるとも,また,本願の出願の時に,その出願人が先願明細書の出願人と同一であるとも認められないので,本願発明は,特許法29条の2の規定により特許を受けることができないと判断した。

(1) 補正の適否について

ア 補正事項

「イ)補正前の請求項1の『複数の機能とを有し』を,『時計機能,電話帳機能,マイクによる音声を電気信号に変換する機能,スピーカによる電気信号を音声に変換する機能を含む複数の機能とを有し』とし,

 ロ)補正前の請求項1の『複数の機能とが使用可能状態となり』を,『時計機能,電話帳機能,マイクによる音声を電気信号に変換する機能,スピーカによる電気信号を音声に変換する機能を含む複数の機能とが使用可能状態となり』とし,

 ハ)補正前の請求項1の『複数の機能は動作可能とした』を,『時計機能,電話帳機能,マイクによる音声を電気信号に変換する機能,スピーカによる電気信号を音声に変換する機能を含む複数の機能はそのまま動作可能とした』とする補正事項を含むものである。」

イ 補正事項イ)の適否についての判断

「これらの記載(判決注:後記第5の1記載の段落【0002】【0012】【0015】【0

016】【0021】【0022】【0029】【0033】【0040】)からは,使用可能な複数の機能としては『通信機能』『電子手帳機能』『電話帳機能』『時計機能』のみが示され,そのまま動作可能な複数の機能としては『電子手帳機能』『電話帳機能』『時計機能』のみが示されていると解され,使用可能又はそのまま動作可能な複数の機能としての『マイクによる音声を電気信号に変換する機能』,『スピーカによる電気信号を音声に変換する機能』は読み取ることができない。」

「よって,上記補正事項は,当初明細書等に記載されたものでなく,当初明細書等の記載から自明な事項であるともいえないから,本件補正は,当初明細書等の記載事項の範囲内においてしたものでない。」

5.補正事項イ)に関する被告(特許庁長官)の主張

(1) 審決では,補正事項イ)について,文言上,他の機能に並列する「機能」として,「マイクによる音声を電気信号に変換する機能」,「スピーカによる電気信号を音声に変換する機能」の記載はみあたらないとしているだけであり,本願明細書に「マイクによる音声を電気信号に変換する機能」,「スピーカによる電気信号を音声に変換する機能」という直接の記載はないのであるから,そもそも審決の認定に誤りはない。

 本願明細書では,「マイク」及び「スピーカ」の動作について「機能」という表現はなく,「はたらき」,「役割」,「作用」という表現もされていないから,「マイク」や「スピーカ」の動作を「機能」と表現すること自体に必然性がなく,仮に「動作すること」を「機能」と表現できるとしたところで,「マイクの機能」,「スピーカの機能」にとどまるものである。

 そして,本願発明における「通信機能以外の機能」とは,平成19年1月22日提出の手続補正書(甲4)における特許請求の範囲請求項1において,「通信機能と,当該通信機能以外の複数の機能とを有し,‥‥入力手段とを有する携帯電話端末」と記載されているように,「携帯電話端末の有する機能」として定義されており,「マイクの機能」,「スピーカの機能」とは明らかに異なっている。

 また,本願発明における「機能」として本願明細書に明確な技術概念の定義はなく,本願明細書の段落【0012】【0015】【0022】【0029】に記載されているように,電子手帳,電話帳,時計等の使用者に認識され,使用者の要求・意志によって使用状態を制御できる携帯電話端末の機能,つまり,携帯電話端末におけるいわゆる「アプリケーションとしての機能」が例示されるのみである。そして,「マイク」及び「スピーカ」に至っては,従来技術において回路部品単体としての動作が示されるだけであり,「マイク」及び「スピーカ」に上述のような携帯電話端末のアプリケーションとしての機能は本願明細書から何ら読み取ることはできない。

 具体的にいえば,「マイク」が音声を電気信号に変換しても,この電気信号を使用するか否かは,携帯電話端末の有する機能(アプリケーション)に応じて決定される。そして,使用者が認識して使用するのは携帯電話端末の有する機能(アプリケーション)であって,「マイク」が音声を電気信号に変換すること自体ではない。

 このように,「マイク」及び「スピーカ」の動作と携帯電話の有する機能とは異なる技術概念であるから,「マイク」及び「スピーカ」の動作は,携帯電話の有する「通信機能以外の機能」に含まれない。」

6.裁判所の判断

「取消事由1(手続補正の適否について判断を誤った違法)について

(1) ・・・ところで,審決は,本件補正が特許法17条の2第3項の規定に違反するというものであるところ,同条の「明細書又は図面に記載した事項」とは,技術的思想の高度の創作である発明について,特許権による独占を得る前提として,第三者に対して開示されるものであるから,ここでいう「事項」とは明細書又は図面によって開示された発明に関する技術的事項であることが前提となるところ,「明細書又は図面に記載した事項」とは,当業者によって,明細書又は図面のすべての記載を総合することにより導かれる技術的事項であり,補正が,このようにして導かれる技術的事項との関係において,新たな技術的事項を導入しないものであるときは,当該補正は,「明細書又は図面に記載した事項の範囲内において」するものということができると解すべきである。

 そこで,以下,本件補正が,上記の新たな技術的事項を導入しないものであるか否かを各補正事項ごとに検討する。

(2) 補正事項イ)について

 ここでは,本願発明の「複数の機能」について,「マイクによる音声を電気信号に変換する機能」及び「スピーカによる電気信号を音声に変換する機能」を加えることの適否が問題となる。

 ア 前記1の段落【0002】及び図7を参照すると,従来の携帯電話端末は,「音響信号(音声)を音声電気信号に変換するマイク8」と,「音声電気信号を音響信号に変換するスピーカ9」を備えており,また,本願発明の携帯電話端末に関して,「本装置の基本的な構成は,図7に示した従来の携帯電話端末とほぼ同様であり,従来と同様の部分としてアンテナ1と,無線部2と,ベースバンド処理部3と,表示部7と,マイク8と,スピーカ9と,バッテリ11と,電源制御部12とを備え,」(段落【0016】参照)と記載されているとともに,発明の実施の形態を示す図1には,マイク8及びスピーカ9が制御部10と矢印線により結ばれている様子が示されている。

 すると,当初明細書等に記載された本願発明の実施例としての携帯電話端末は,「マイク8」と「スピーカ9」とを備え,従来の携帯電話端末と同様に,「マイク8」は「音響信号(音声)を音声電気信号に変換する」ものであり,「スピーカ9」は「音声電気信号を音響信号に変換する」ものであると認められる。

 ところで,「広辞苑第6版」(甲6)によれば,「機能」とは,「物のはたらき。相互に関連し合って全体を構成している各要素や部分が有する固有な役割。また,その役割を果たすこと。作用。」を意味するものと認められるから,物が動作することによって,作用が生じ,その結果「機能」が提供されると解されるから,当初明細書等に「マイク」及び「スピーカ」に関して「機能」との明示的な記載がないとしても,「音響信号(音声)を音声電気信号に変換する」ことが「マイク8」の機能であり,「音声電気信号を音響信号に変換する」ことが「スピーカ9」の機能であるということができ,また,「マイク8」及び「スピーカ9」を備えた携帯電話端末が,「音響信号(音声)を音声電気信号に変換する機能」と「音声電気信号を音響信号に変換する機能」を有していると認定することができる。

 さらに,「マイク」及び「スピーカ」は携帯電話端末として成立するための必須の構成部品であって,例えば,「スピーカ」は通話をするときのみならず,一般的な信号音の発生にも利用されることは技術常識であるから,これらの構成部品は,携帯電話端末の特定の機能やアプリケーションに従属するものではなく,独立して音声入力及び出力手段として機能し得るものであることは明らかである。

 そして,「通信機能」とは「無線信号の送受信を行う」機能であって(当初明細書【請求項2】参照),「通話機能」と異なり,音響信号(音声)に直接関わるものではないから,「マイク」や「スピーカ」の機能は「通信機能」に含まれないと解される。

 したがって,「マイク8」及び「スピーカ9」が提供する「音響信号(音声)を音声電気信号に変換する機能」と「音声電気信号を音響信号に変換する機能」は,他の機能と両立する独立した機能であって,「通信機能以外の機能」と認められる。

 イ この点について,被告は,本願発明における携帯電話端末の「機能」とは,使用者に認識され,使用者の要求・意志によって使用状態を制御できる携帯電話端末の機能,つまり,携帯電話端末におけるいわゆる「アプリケーションとしての機能」である旨主張しているが,機械的な部品や電気回路等のハードウエア構成も,それらの動作によって使用者に固有の機能を提供すると解されるから,「アプリケーションとしての機能」に限られる理由はなく,また,前記1の段落【0005】においては,通信用接続情報に関して,「無線チャネルの設定,維持,切り替え等を行う無線管理機能」,「位置登録,認証を行う移動管理機能」,「発呼切断等の呼制御機能」等,携帯電話端末内で行われる様々な働きを「機能」と称しているから,本願発明にいう「機能」が「アプリケーションとしての機能」に限られると解することはできないというべきである。

(更に、補正事項ロ)及びハ)についても新たな技術的事項の導入に該当しないと判断された。)

(5) 以上のとおり,補正事項イ)ないしハ)は,当初明細書等のすべての記載を総合することにより導かれる技術的事項との関係において,新たな技術的事項を導入しないものであると認められるから,本件補正は,「明細書又は図面に記載した事項の範囲内において」するものということができると解される。」