2009年8月29日土曜日

補正により「除くクレーム」にすることが新規事項追加に該当しないと判断された事例

知財高裁平成21年3月31日判決
平成20年(行ケ)第10358号

1.ソルダーレジスト事件(平成20年5月30日知財高裁大合議判決)では、「訂正」により「ただし・・・を除く」などの消極的表現を追加して特許発明を限定することは、明細書又は図面の記載によって開示された技術的事項に対し、新たな技術的事項を導入しないものであると認められる限り、「明細書又は図面に記載した事項の範囲内において」する訂正であると判断された。
 本日紹介する事例では、「補正」により除くクレームとすることが新規事項の追加に該当するか否かも「訂正」と同様の基準で判断されることが示された。

2.補正の内容
本件特許の請求項1
「フェノール樹脂又はイオン交換樹脂を炭素源として製造され,直径が0.01~1mmであり,ラングミュアの吸着式により求められる比表面積が1000m2/g以上であり,そして細孔直径7.5~15000nmの細孔容積が0.25mL/g未満である球状活性炭からなるが,
但し,式(1):
R=(I15-I35)/(I24-I35) (1)
〔式中,I15は,X線回折法による回折角(2θ)が15°における回折強度であり,I35は,X線回折法による回折角(2θ)が35°における回折強度であり,I24は,X線回折法による回折角(2θ)が24°における回折強度である〕
で求められる回折強度比(R値)が1.4以上である球状活性炭を除く,
ことを特徴とする,経口投与用吸着剤。」

 下線部は、同日に同日出願された特許発明と同一であるので、特許法第39条第2項の規定により特許を受けることができないとする拒絶理由を解消するために追加された。

3.裁判所の判断のポイント
「「除くクレーム」と法17条の2第3項との関係
ア 法17条の2は,願書に添付した明細書,特許請求の範囲又は図面の補正に関する法文であり,その第3項は,「第1項の規定により明細書,特許請求の範囲又は図面について補正をするときは,…願書に最初に添付した明細書,特許請求の範囲又は図面…に記載した事項の範囲内においてしなければならない」と定めているところ,本件補正は前記のような「除くクレーム」の形でなされているものの,法17条の2にいう補正であることに変わりはないから,その適否を判断する基準となるのは,上記法17条の2である。
 ところで,特許権は発明について最初に出願した者に付与される(先願主義,法39条)のであるから,出願人が一旦なした不完全な内容の特許出願に対しその後その内容の補正を認める事実上の必要が生じたとしても,補正することができる物的範囲は上記先願主義との関係で自ら限界があり,発明の開示が不十分にしかされていない出願と出願当初から発明の開示が十分にされている出願との間の取扱いの公平性を確保するため,これを法は,上記のとおり,「願書に最初に添付した明細書,特許請求の範囲又は図面に記載した事項の範囲内においてしなければならない」と規定したものである。
 そして,「明細書等に記載した事項の範囲内」か否かは,上記のような法の趣旨からすると,「明細書等に記載した事項」とは,その発明の属する技術の分野における通常の知識を有する者(当業者)を基準として,明細書・特許請求の範囲・図面のすべての記載を総合して理解することができる技術的事項のことであり,補正が,上記のようにして導かれる技術的事項との関係で新たな技術的事項を導入しないものであるときは,当該補正は「明細書等に記載した事項の範囲内」であると解されることになる。
 したがって,本件のように特許請求の範囲の減縮を目的として特許請求の範囲に限定を付加する補正を行う場合,付加される補正事項が当該明細書等に明示されているときのみならず,明示されていないときでも新たな技術的事項を導入するものではないときは,「明細書等に記載した事項の範囲内」の減縮であるということになる。
 また,上記にいう「除くクレーム」を内容とする補正は,特許請求の範囲を減縮するという観点からみると差異はないから,先願たる第三者出願に係る発明に本願に係る発明の一部が重なる場合(法29条1項3号,29条の2違反)のみならず,本件のように同一人によりA出願とB出願とがなされ,その内容の一部に重複部分があるため法39条により両出願のいずれかの請求項を減縮する必要がある場合にも,そのまま妥当すると解
される。」

「すなわち,本件補正は,上記アのとおり,球状活性炭につき,X線回折法による回折角(2θ)が15°,24°,35°における回折強度の比(R値)が1.4以上であるものを除くとするものである。
 一方,前記記載のとおり,本件当初明細書に記載された発明は,経口投与用吸着剤に用いられる球状活性炭について,熱硬化性樹脂,実質的にはフェノール樹脂又はイオン交換樹脂を炭素源として用い,これにより,ピッチ類を用いる従来の球状活性炭に比べて,有益物質に対する吸着が少なく尿毒症性物質の吸着性に優れるという選択吸着性が向上するという効果を奏するとするものである。
 そして,上記(3)ウのとおり,別件特許は,球状活性炭からなる経口投与剤につき,その細孔構造に注目して,直径,比表面積のほか,最も優れた選択吸着性を示すX線回折強度を示す回折角の観点からこれをR値として規定し,このR値が1.4以上であることを特徴としたものである。別件特許は,球状活性炭に関し,本件特許とは異なりフェノール樹脂又はイオン交換樹脂を出発原料として特定せず,また本件特許では従来技術に属するものとされるピッチ類を用いても調整が可能であるとして,このR値の観点から球状活性炭を特定したものである。
 そうすると,球状活性炭のうちフェノール樹脂又はイオン交換樹脂を炭素源として用いた場合において,そのR値が1.4以上であるときには,本件特許に係る発明と別件特許に係る発明は同一であるということができる。そして,本件補正は,このR値が1.4以上である球状活性炭を特許請求の範囲の記載から除くことを目的とするものであるところ,上記本件当初明細書の記載内容によれば,本件補正は,当業者(その発明の属する技術の分野における通常の知識を有する者)によって,明細書,特許請求の範囲又は図面のすべての記載を総合することにより導かれる技術的事項との関係において,新たな技術的事項を導入するものではないと認めるのが相当である。そうすると,本件補正は,特許法17条の2第3項に違反するものではないから,補正要件違反の無効理由は認められない。」

「ウ 原告の主張に対する補足的判断
(ア) 原告は,本件補正は,特許請求の範囲に回折強度比(R値)が1.4未満であるという限定を加える外的付加に他ならないところ,この点については本件当初明細書には開示も示唆もされていない新たな技術的事項であり,新規事項の追加に該当すると主張する。
 しかし,上記イで検討したとおり,回折強度比(R値)が1.4以上の部分を除くとする本件補正は,別件特許と同一となる部分を除くものであって,特許請求の範囲の記載に技術的観点から限定を加えるものではなく,新たな技術的事項を導入するものではないから,新規事項の追加に当たるものではない。原告の上記主張は採用することができない。」

2009年8月23日日曜日

実施可能要件・サポート要件欠如に関する審決取消訴訟判決紹介

平成21年8月18日判決
知財高裁平成20年(行ケ)第10304号

 本件発明について、原告がした無効審判請求(実施可能要件欠如、サポート要件欠如)は理由がなく、請求は成り立たないと審決された。一方、知財高裁は、原告の請求を認め、審決は取り消されるべき旨判断した。
 裁判所は、実施可能要件・サポート要件の判断において、特許請求の範囲が明細書を参酌して狭く解釈されるべきであると主張する特許権者には寛大であるが(本ブログ2009年5月31日紹介、平成20年(行ケ)第10066号参照)、本件のように、特許請求の範囲の文言の通り広く解釈されるべきであると主張する特許権者には厳しいように思われる。

1.審決のポイント

本件発明
「還元性鉄と酸化促進剤とを含有し且つ鉄に対する銅の含有量が150ppm以下及び硫黄の含有量が500ppm以下であることを特徴とする樹脂配合用酸素吸収剤。」

原告は、本件発明の効果を奏しない樹脂を包含する点で明細書の記載に不備があるとして、実施可能要件(特許法36条4項)およびサポート要件(特許法36条5項1号)を満足しないことなどを理由として無効審判を請求した。

原告は、無効審判において、概ね、「本件発明は、不特定の樹脂について制限はなく本件発明の酸素吸収剤が適用できるとしているが、エチレン-ビニルアルコール共重合体の場合についてのみ示された値であり、その他については確認されていなく、ポリエチレン、ポリプロピレンについて比較実験では本件発明の効果を認められないことは、甲第8号証、甲第9号証で示したとおりであり、臨界的効果を含む本件発明の効果は認められない」旨主張した。

審決では次のように述べ、本件発明は実施可能要件、サポート要件を満足すると判断した。

「本件明細書には、実施例として「エチレン-ビニルアルコール共重合体の場合について」のみ記載されているが、他の樹脂で銅及び硫黄による相関が全くないという根拠はないのであるから、他の実施例がないからといって本件発明の効果を奏しない樹脂を包含する点で明細書の記載に不備があるとはいえない。そして、請求人の云う臨界的効果についても、樹脂によって効果上差があることを否定するものではないが、被請求人が答弁書(第8頁22行~第9頁3行)で「すなわち、本件特許明細書の実施例において酸素吸収剤を配合する樹脂として・・・エチレン-ビニルアルコール共重合体が他の樹脂に比して熱分解されやすく、樹脂のゲル化等の変質が生じやすい」と述べているように、「エチレン-ビニルアルコール共重合体」が、銅、硫黄による樹脂の分解や異臭が発生する典型的で顕著な例として記載されたものであるとみれなくもないし、また、この樹脂で検討することによって他の樹脂をも樹脂に配合したときのゲル化や分解、更には異味、異臭成分の発生が有効に防止できることが予期できることから、このことによって格別記載上の不備を生じさせているともいえない。」
「したがって、本件発明に係る特許は、特許法第36条第4項あるいは同条第5項第1号、第2号に規定する要件を満たさない特許出願に対してされたものである、とまでいうことはできない。」

2.判決のポイント
「以上の発明の詳細な説明の記載によれば,本件発明が所期する作用効果は,酸素吸収剤を樹脂に適用した際の樹脂のゲル化及び分解並びに異味・異臭成分の発生を抑制すること(以下「本件作用効果」という。)であると認められる。」

「しかしながら,発明の詳細な説明には,本件発明の酸素吸収剤を適用するのに特に好適な樹脂(エチレン-ビニルアルコール共重合体を除く。)の例として一定の数のアミド基を有するポリアミド類が,本件発明の酸素吸収剤を適用することができるその他の樹脂の例としてオレフィン系樹脂等がそれぞれ記載されているのであって,それにもかかわらず,エチレン-ビニルアルコール共重合体以外の樹脂(酸素吸収剤の適用の対象となるもの。以下同じ。)については,前記したとおりであって,本件発明が本件作用効果を奏するものと確認された旨の直接の記載は一切存在しないのである。」

「・・・当業者において,これらの記載の内容が,エチレン-ビニルアルコール共重合体以外の樹脂一般についても,そのまま妥当するものと容易に理解することができるとみることはできない。さらに,発明の詳細な説明には,当業者において,銅及び硫黄が過大に存在することによる樹脂のゲル化及び分解並びに異味・異臭成分の発生を考える上で,エチレン-ビニルアルコール共重合体とそれ以外の樹脂一般とを同視し得るものと容易に理解することができるような記載は全くない。
 以上からすると,発明の詳細な説明に,エチレン-ビニルアルコール共重合体以外の樹脂一般について,本件発明が本件作用効果を奏することを裏付ける程度の記載がされているものと認めることはできず,その他,そのように認めるに足りる証拠はない。」

「以上によると,発明の詳細な説明の記載は,特許法36条4項に定める実施可能要件を満たすものと認めることは到底できないというべきである。」

「・・・本件発明の酸素吸収剤を適用する樹脂がエチレン-ビニルアルコール共重合体である場合はともかく,その余の樹脂一般である場合についてまで,発明の詳細な説明に,当業者において本件課題が解決されるものと認識し得る程度の記載ないし示唆があるということはできず,また,本件出願時の技術常識に照らし,当業者において本件課題が解決されるものと認識し得るということもできないといわざるを得ない。」

「以上によると,本件発明に係る特許請求の範囲の記載が特許法36条5項1号に定めるサポート要件を満たすものと認めることは到底できないというべきである。

「そうすると,「本件発明の効果を奏しない樹脂を包含する点で明細書の記載に不備があるとはいえない」とした本件審決の判断は誤りであり,原告の取消事由4の主張は,実施可能要件の欠缺をいう点及びサポート要件の欠缺をいう点のいずれについても理由があるといわなければならない。」

2009年8月9日日曜日

引用文献に記載された発明が、技術常識を参酌して認定された事例

知的財産高等裁判所平成21年6月30日判決
平成20年(行ケ)第10396号審決取消請求事件

1.概要
 本件特許権に対する無効審判では、本件特許の請求項1の発明(本件発明1)が甲1号証発明に基づいて容易に発明することができたと判断した。
 特許権者(原告)が無効審決の取消しを求めた本事件では、裁判所は、請求項中に記載されていない技術常識を考慮して特許発明と引用発明との相違点を認定し、審決を取り消す旨の判断を下した。

 この判決は、本ブログ2009年7月27日投稿の記事における「場面(5)」の一例のようにも思われるが、先行技術文献に記載の用語の解釈にまつわる事例であるため「場面(5)」の一例とするのは適当でない。

2.裁判所の判断のポイント
本件発明1:
「【請求項1】表面に表飾のための凹凸が施された塩化ビニールシートに紙製シートを貼り合わせて成る壁紙の廃材を原料とし,該壁紙を細かく破砕し形成した表面に上記凹凸を残存する塩化ビニール片と紙片の貼り合わせ構造を有する破砕片と,繊維状吸水材又は粉粒状吸水材とを組成材とする粗粒状体から成り,該粗粒状体中の塩化ビニール片の上記凹凸面が対面して通水路を形成し,該通水路内に上記繊維状吸水材又は粉粒状吸水材を保持した構造を有することを特徴とする排泄物処理材。」

審決が認定した甲第1号証発明の内容:
「3mm以下の粒度の表面がプラスチック材料被膜で覆われているラミネート加工紙廃材の粉砕物,及び該粉砕物より少ない量の粉状吸水性樹脂を含有して粒状に形成されている粒体,並びに該粒体表面部に付着した界面活性剤から成る粒状の動物用排泄物処理材」

 本事件では、本件発明1の「表面に上記凹凸を残存する塩化ビニール片と紙片の貼り合わせ構造を有する破砕片」と、甲第1号証発明の「3mm以下の粒度の表面がプラスチック材料被膜で覆われているラミネート加工紙廃材の粉砕物」とが構造上同一のものといえるかが争われた。
 原告は、「表面に表飾のための凹凸が施された塩化ビニールシートに紙製シートを貼り合わせて成る壁紙の廃材」を本件特許明細書に記載されているように粉砕機を用いて破砕した場合には、シート形態が残存するのに対して、甲第1号証発明の「プラスチック材料被膜で覆われているラミネート加工紙廃材」(牛乳パック等の廃材)を同様の方法を破砕した場合にはシート形状は残存しない旨を主張した。

 一方被告は、
「「3mm」という数値が示すように,甲第1号証発明は紙廃材が紙としての形態を失わない一定の大きさをもつことを予定している。そして,3mm以下でもそれなりの大きさの粉砕物であれば,当然,シート形態にもなる。例えば,家庭で,ハサミやカッター等を使って牛乳パックを3mm以下の紙片に切り刻めば,その紙片が短繊維状に離解せずシート形態を維持していることは,簡単に確認することができる。そもそも,甲1の特許請求の範囲の記載は破砕機の使用を要件としていないからである。
 したがって,原告の主張は理由がなく,審決の本件発明1と甲第1号証発明との一致点の認定に誤りはない。」
と反論した。

 この争点について、裁判所は次の通り判断し、原告の主張を支持した。
「前記2のとおり,本件発明1における「破砕片」は,表面に表飾のための凹凸が施された塩化ビニールシートに紙製シートを貼り合わせて成る壁紙の廃材を細かく破砕したものであって,表面に上記凹凸を残存する塩化ビニール片と紙片の貼り合わせ構造を有し,塩化ビニール片の上記凹凸面が対面して通水路を形成し,該通水路内に繊維状吸水材又は粉粒状吸水材を保持した構造を有するものであるから,シート形態を残存するものである。そして,前記2(2)カのとおり,本件特許明細書(段落【0037】~【0039】)には,破砕機を用いて壁紙を破砕することが記載されており,このような方法が本件発明1の技術分野で通常用いられる破砕方法と考えられる。
 一方,前記3(2)のとおり,甲第1号証発明は「3mm以下の粒度の表面がプラスチック材料被膜で覆われているラミネート加工紙廃材の粉砕物」を含むものであるが,証拠(牛乳パックの外観写真と拡大断面写真[甲29],技術説明資料[甲35])及び弁論の全趣旨によれば,表面がプラスチック材料被膜で覆われているラミネート加工紙である紙製牛乳パックを,破砕機で3mm以下に粉砕した粉砕物は,紙の部分がプラスチックフィルムの部分よりもはるかに厚いため,短繊維状に離解されて,シート原形を留めない粉末状又は綿状のものになり,シート形態を残存しないものと認められる。
 そうすると,本件発明1における「破砕片」と甲第1号証発明における「粉砕物」とは,上記のとおりシート形態を残存するかどうかという点に違いがあるということができる。
 なお,証拠(実験写真[乙9])及び弁論の全趣旨によれば,表面がプラスチック材料被膜で覆われているラミネート加工紙である紙製牛乳パックを,はさみで3mm以下に切ったものは,シート形態を残存するものと認められるが,上記のはさみで切るというような方法が本件発明1の技術分野で通常用いられる方法とは考えられないことからすると,紙製牛乳パックをはさみで3mm以下に切ったものがシート形態を残存するからといって,甲第1号証発明における「粉砕物」がシート形態を残存すると認めることはできない。甲1の特許請求の範囲には,破砕機を使用するとの限定はないが,そうであるからといって,本件発明1の技術分野で通常用いられないような方法を想定して本件発明1と甲第1号証発明とを対比することは相当でない。

2009年8月1日土曜日

特許請求の範囲の用語の解釈にまつわる判決(その2)

特許成立前の審査審判における新規性進歩性の判断のための「用語の意義の解釈」においては、明細書の記載は当然に参酌される。
前回投稿場面(2)に近いが少し違う

平成20年(行ケ)第10166号審決取消請求事件
判決言渡平成21年1月27日

ポイント:特許請求の範囲に記載された用語(この場合は「熱粘着式造粒」という用語)の意義を解釈するにあたり、明細書の記載は当然に参酌されるべきであると判断された。

 また、引用文献の記載を実施すれば必然的に本願発明の現象が生じているとしても、その旨の記載がなければ本願発明の新規性は否定されないとも判断されている点で面白い判決である。本件は先行技術が「刊行物公知」であったが、仮に先行技術が「公然実施」であれば、結論は変わるのであろうか?

1.審決概要
 審決では、本願発明が、引用例に記載された発明に基づいて容易に発明することができると判断された。

本願発明:
「【請求項1】A)一種または一種以上の希釈賦形剤約5~約99重量%及び/または薬学的活性成分0~約99重量%,
B)結合剤約1~約99重量%,及び
必要に応じて,
C)崩壊剤0~約10重量%
の全部または一部を使用した混合物を含み,
初期水分を約0.1~20%,及び/または薬学的に許容できる有機溶剤を約0.1~20%含む条件下において,約30℃~約130℃の温度範囲まで加熱し,密閉系統中で転動回転,混合しつつ顆粒を形成することを特徴とする直接錠剤化用調合物または補助剤を調合するための熱粘着式造粒方法。」

審決の内容:
「その理由の要点は,本願発明は,前記引用発明及び周知技術に基づいて,当業者が容易に発明をすることができたから特許法29条2項により特許を受けることができない,というものである。」

 なお,審決は,上記判断をするに当たり,引用発明の内容を以下のとおり認定した上,本願発明と引用発明との一致点及び相違点を次のとおりとした。
<引用発明の内容>
「薬学的に活性な成分及びそれを希釈・賦形するための生薬粉体30重量部,塩酸セトラキサート30重量部,及び,トウモロコシデンプン15重量部を含む混合物と,それらの水分を加熱前に特別除去することなく,転動機能付きの造粒装置で65℃以上の温度で加熱し,密閉系の転動機能付きの造粒装置中で攪拌・転動しつつ顆粒を形成する粒状物の製造方法。」
<一致点>
いずれも,
「A)一種または一種以上の希釈賦形剤約5~約99重量%及び/または薬学的活性成分0~約99重量%,
B)結合剤約1~約99重量%,及び
必要に応じて,
C)崩壊剤0~約10重量%
の全部または一部を使用した混合物を含み,
初期水分を約0.1~20%,及び/または薬学的に許容できる有機溶剤を約0.1~20%含む条件下において,約30℃~約130℃の温度範囲まで加熱し,密閉系統中で転動回転,混合しつつ顆粒を形成する熱粘着式造粒方法。」であること。
<相違点>
本願発明は,直接錠剤化用調合物または補助剤を調合するための熱粘着式造粒方法であるのに対して,引用発明は,直接錠剤化用調合物または補助剤を調合するための熱粘着式造粒方法であるか否か明確でない点。

2.裁判所の判断のポイント
2.1.明細書の記載に基づく用語の解釈
「・・・本願明細書の発明の詳細な説明には,次の内容が記載さ
れていることが認められる。
 すなわち,本願発明は,従来の湿式造粒法において大量の水又は有機溶剤の添加が必要とされ,そのために乾燥工程が必要となるなどの欠点があったのに対し,わずかな水分又は有機溶剤によって造粒できるようにすることを目的としたものである。そして,諸材料の混合物中に含まれる初期水分又は有機溶剤(エタノール等)の含有量を約0.1~20%とし,密閉系で加熱して造粒を行うことにより,加熱工程で希釈剤等から発生する蒸気が,外部に放出されることなく容器の内壁のより温度が低い区域で凝結し,吸湿性が高いポリビニルピロリドン(PVP)などの結合剤に吸収されて,結合剤に粘性を生じ,周囲の粒子を粘着させることにより造粒が行われる。このような造粒方法は,従来の湿式造粒法とは異なる新しい造粒方法として開発されたものであり,「熱粘着式造粒方法」(Thermal
adhesion granulation)と命名された。
 そうすると,本願発明にいう「熱粘着式造粒方法」とは,希釈賦形剤・薬学的活性成分・結合剤等の混合物を加熱することにより発生する蒸気が密閉系統中で凝結することを利用して,凝結した水分により結合剤に粘性を生じさせ,周囲の粒子を粘着させるという造粒方法をいうものと理解される。

2.2.明細書を参酌して用語を解釈することの妥当性
「なお被告は,本願発明に関して特許請求の範囲の記載に何ら不明確な点はなく,発明の詳細な説明の記載を参酌すべき特段の事情も存在しないから,審決が本願発明の「熱粘着式造粒方法」は加熱して粒状物を製造する方法であるとした点に誤りはないと主張する。しかし,特段の事情が存在しない限り発明の詳細な説明の記載を参酌することが許されないのは,あくまでも特許出願に係る発明の要旨の認定との関係においてであって,上記のように特許請求の範囲に記載された用語の意義を解釈するに当たっては,特許出願に関する一件書類に含まれる発明の詳細な説明の記載や図面を参酌すべきことは当然であるから,被告の上記主張は採用することができない。

2.3.一致点の判断
「以上の記載によれば,引用発明は,揮発性物質の造粒に関して,従来の湿式造粒法では多量の水分を含有するため乾燥操作が必要となり,通風工程において水分と共に揮発性物質が揮散してしまうという欠点があったので,揮発性物質の損失をできるだけ少なくすることを目的としたものである。そして,課題を解決するための手段として,融点が30~100℃の低融点物質を使用し,密閉系で加熱造粒することにより低融点物質を溶融させ,これを攪拌・混合して粒状物を得るという方法を採用している。そうすると,引用発明は,従来の湿式造粒法における欠点を克服し,多量の水分を含有させずに粒状物を製造するという点では本願発明と共通の目的を有するものの,その目的を達成するための手段として低融点物質を加熱して溶融させるという方法を採用している点で,本願発明とは異なる
方法によるものである。
 したがって,引用発明における「粒状物の製造方法」が本願発明の「熱粘着式造粒方法」に相当するものとした審決の判断は誤りである。」

2.4.引用発明を実施した場合に必然的に本発明の現象が生じている可能性と、新規性との関係
「しかし,仮に,引用発明の諸材料中に1%を超える水分が含まれ,これを密閉系で加熱することによって容器内で水分が凝結することがあるとしても,引用例(甲1)には凝結した水分が結合剤に吸収されて粘性を生じさせるという記載はなく,低融点物質を溶融させて造粒を行うことが上記のとおり記載されているのである。そうすると,引用発明の諸材料中に通常含まれる水分が粒状物の製造に寄与するか,仮に寄与するとしてどのような役割を果たすのかについては,引用例には教示も示唆もされていないといわざるを得ない。
したがって,引用発明の諸材料中に本願発明における「約0.1~20%」の範囲内の水分が含まれているとしても,それを根拠として引用発明における「粒状物の製造方法」が本願発明の「熱粘着式造粒方法」に相当するということはできない
。」