2009年6月28日日曜日

食品組成物発明の新規性に関する審決判決の紹介 その2

1.事件の概要
異議2000-72817 平成13年10月26日発行

請求項1に係る発明:
「セサミンを内容組成物の1重量%以上添加したセサミン含有飲食物」

請求項8に係る発明:
「飲食物にセサミンを内容組成物の0.001重量%以上添加することを特徴とする、セサミン及び/又はエピセサミン含有飲食物の製造方法。」

明細書には、セサミンを所定量添加することにより、血中コレステロールおよび血中中性脂質を低下させる作用が奏される旨の記載がある。

2.異議理由の判断(異議申立人Aによる主張の判断)
<29条1項3号違反について>
「甲第1号証には、ゴマ種子中には平均53.1%のゴマ油が含まれていること、ゴマ油中には0.4~1.1%のセサミンが含まれていること、及び、ゴマ油を食用油として使用して各種飲食物を製造することが記載され、甲第2号証には、ゴマ種子から得られるゴマ油には、ゴマ種子原料の種類によっては、1%以上のセサミンを含むものもあることが記載されているが、これら刊行物には、ゴマ油からセサミンを単離し、これを添加して飲食物を製造すること、あるいはゴマ油からセサミン等のリグナン類化合物を主成分とする抽出物を得て、この抽出物を添加して飲食物を製造することについては何も記載されていない。
 この点について、異議申立人は、「甲第1、2号証から明らかなように、ゴマ種子から抽出したゴマ油にはセサミン含有量が1%以上のものもある。かかるゴマ油を飲食品に使用する態様は様々であって、その使用形態により結果としてセサミン含有量が1%以上になることは当然にあり得る。」と主張している。
 確かに、本件請求項1に係る発明は、「セサミンが天然物からの抽出物中に含有される形で添加される」態様を包含するものではあるが、技術用語として「抽出」を使用するとき、それは「液状または固状の混合物に溶剤を接触させて、混合物の中のある特定の物質を他の物質から分離する操作」(化学大辞典編集委員会編「化学大辞典 5」共立出版株式会社、‘抽出’の項参照)を意味するのであるから、ゴマ種子を圧搾して得られるゴマ油は、本件特許明細書で特定する「天然物からの抽出物」に該当しない。(異議申立書の「ゴマ種子から抽出したゴマ油」という記載は、技術的にみて正しい表現ではない。)
 即ち、本件請求項1に係る発明は、ゴマ油を直接添加してセサミン含有飲食物あるいは液体飲料とする態様を含むものではない。
 してみると、異議申立人の上記主張を採用することはできず、本件請求項1に係る発明は、甲第1又は2号証に記載された発明であるとすることはできない。」
<29条2項違反について>
「甲第1、2号証には、上記<29条1項3号違反について>の項で述べたとおりのことが記載されて、甲第3~6号証には、ゴマ油、粉末ゴマ、練りゴマ、あるいはいりゴマを使用して各種飲食物を製造することは記載されているが、これら刊行物には、ゴマ油からセサミンを単離し、これを添加して飲食物を製造すること、あるいはゴマ油からセサミン等のリグナン類化合物を主成分とする抽出物を得て、この抽出物を添加して飲食物を製造すること、及び該飲食物は血中コレステロール及び血中中性脂質を低下させる作用を有することについては何も記載されていない。
 この点についてさらに検討すると、ゴマ油中にセサミンが含まれていること、及びゴマ油を用いて飲食物を製造することが甲第1、2号証等に記載されているとしても、セサミンそれ自体の有する食品成分としての有利な作用・機能について甲第1~6号証に何も記載されていない以上、ゴマ油からセサミンを単離し、あるいはゴマ油からセサミン等のリグナン類化合物を主成分とする抽出物を得て、これらを飲食物に添加することは当業者が容易に想到し得ることではない。
 そして、本件請求項8に係る発明は、セサミンを内容組成物の0.001重量%以上添加することにより、血中コレステロール及び血中中性脂質を低下させる作用を有する飲食物が得られる等の特許明細書に記載されたとおりの効果を奏するものである。
 したがって、本件請求項8に係る発明は、甲第1~6号証に記載された発明に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものとすることはできない。」

3.異議理由の判断(異議申立人Bによる主張の判断)
「甲第1号証*には、ヒト又は動物に対して向精神反応を惹起させるのに効果的かつ無毒な量のセサミンと、薬学的に許容される担体とから本質的になり、投与形態が錠剤、糖衣錠、カプセル、アンプル、座薬又は無菌注射製剤である向精神用医薬組成物、及び該組成物は経口的に投与されることが記載されているが、セサミンを添加して飲食物を製造することについては何も記載されていない。
 異議申立人は、「甲第1号証に記載の向精神用医薬組成物と本件請求項1に係る発明の飲食物とは、一応表現上の差異が存在している。しかし、甲第1号証では、向精神用医薬組成物を経口的に投与しており、さらに実施例2では、トリオレイン5mlにセサミン14.3mgを溶解し、これをオレンジスライスに注入したものを用いている。一方、本件特許明細書をみると、本件発明で対象とするリグナン類化合物であるセサミンの薬理作用について、炎症性疾患、心臓欠管及び血栓症疾患、精神医学的疾患等の種々疾患の治療に利用できると記載され、これらの記載からは、本件発明が対象とする飲食物は通常の飲食物というよりは、経口投与用の医薬組成物ということができる。このように、両者の上記の差異は、単なる表現上の違いであり、両者は同一のものである。」との主旨の主張をしている。
 しかしながら、医薬(医薬組成物)は、人の病気の診断、治療、処置又は予防のために使用する物であるのに対して、飲食物は、人体の栄養を主目的として飲食する物であって、甲第1号証に記載の向精神用医薬組成物と本件請求項1に係る発明の飲食物とは、用途からみて明確に区別される物である。
・・・・
 以上のとおり、異議申立人の上記主張を検討するも、本件請求項1に係る発明は、甲第1号証に記載された発明であるとすることはできない。」

注:*甲第1号証は、異議申立人A提出の甲第1号証とは異なる。

4.コメント
 「成分Aを1重量%以上(天然状態で)含有する飲食品組成物。」が公知である場合でも、「成分Aが1重量%以上(人為的に)添加された飲食品組成物。」が新規性を有すると判断される場合があることを示した審決として注目し、紹介した。
 本件の場合、請求項表現上は用途発明の形式で記載されていない。しかしながら、セサミンを所定量添加することにより、血中コレステロールおよび血中中性脂質を低下させる作用を有する飲食品組成物が提供される、という点が異議申立人提出の証拠に記載されていなかったことが、新規性の肯定につながったと考えられる。仮に、従来のゴマ油がこれらの作用を有することが公知であったとすれば、新規性も否定されたように思われる。

 異議申立人Bの主張に対する判断も面白い。この場合も同じく、仮に、単離されたセサミンを所定量含有する医薬品組成物が血中コレステロールおよび血中中性脂質を低下させる作用を有することが先行技術文献に記載されていたのだとすれば、新規性、進歩性は否定されたように思われる。

2009年6月21日日曜日

食品組成物発明の新規性に関する審決判決の紹介

1.問題点
 従来公知の成分を有効成分とする機能性食品に関する特許権の取得を目指す場合の請求項の記載形式は大きく分けて二通りある。

(1)用途を限定した請求項
「成分Aを含有する、血中コレステロール低下剤。」
のように、用途を特定する形式。
 この記載形式は、「成分Aを含有する食品組成物」が公知であった場合でも、用途が新規で従来技術から自明ではない場合には、新規性、進歩性が肯定される可能性がある、という点でメリットがある。
 ただし、「血中コレステロール低下」の効能を表示等しない食品は、上記請求項の権利範囲に入らないと考えられる。認可された特定保健用食品以外は、効能を表示したくても表示ができないのであるから、第三者が実施する、成分Aを含んだ食品組成物は、摂食により血中コレステロール低下が生じていたとしても、原則として権利範囲に入らないであろう。

(2)組成を限定し、用途を限定しない請求項
「成分Aを組成物全量に対して0.1重量%以上含有する、食品組成物。」
「成分Aと成分Bとを含有し、成分A:成分Bの重量比が10:1~1:10である、食品組成物。」
などのように、組成のみを限定し、用途は限定しない形式。
 この記載形式は、特許権の権利範囲が特定の用途に限定されないという点でメリットがある。
 ただし、対象発明と同一の組成を有する食品組成物が従来公知であれば、たとえ先行技術で意図されていた用途が対象発明とは異なっているとしても、新規性が否定されることとなる。

 上記(1)の記載形式の新規性の判断の基準は、医薬発明と実質的に同じであると考えられる。医薬発明については、特許実用新案審査基準などにも詳しく検討がされている。
 一方、上記(2)の記載形式により特定された発明の新規性の判断基準は、特許実用新案審査基準上は明確には記載されていない。
 そこで上記(2)の判断において参考になると思われる審決、判決例を挙げる。

 下記3の判決から、「食品組成物に用いる各成分を所望の比率で配合することは、通常の調理行為なのだから自明である」という結論にはならない、ということは少なくとも言ってよさそうである。ただし、下記2の審決から、従来技術との相違点が公知であるか、実質的に公知である場合には、新規性又は進歩性が否定されると考えられる。

2.無効審判において組成物の新規性、進歩性が否定された例(従来技術との相違点が実質的な相違でないとされた例)
無効2005-80124
平成18年5月26日

本件発明:
「ガゴメ昆布またはマ昆布由来のフコイダンを含有する食品又は飲料であって、アルギン酸及びフコイダンの重量の合計値に対するフコイダンの重量の比が43%以上のフコイダン抽出物もしくは純化されたフコイダンを含有する穀物加工品、油脂加工品、大豆加工品、食肉加工品、乳製品、野菜・果実加工品、菓子類、アルコール飲料、嗜好飲料から選択される食品又は飲料であって、前記フコイダン抽出物もしくは純化されたフコイダンの含有により食感が改善されていることを特徴とする食品又は飲料。」

 本件発明は、「食感の改善」を期待して、所定のフコイダン抽出物もしくは純化されたフコイダンを配合することを特徴とする。ただし、請求項上は用途は特定されていない(機能は特定されているが)。

審決の要点
(1)特許法第29条第1項第3号違反について
「・・刊行物1には・・・フコイダンの市販試薬或いは精製品若しくは海藻の抽出物或いは精製物を、抗潰瘍剤として飲食品に添加して日常的に摂取することが記載されているから、「フコイダン市販精製品若しくは海藻の精製物を添加した飲食品」が記載されているといえる。
 本件発明と上記刊行物1に記載された発明(以下、「引用発明」という。)とを対比すると、後者の「フコイダンの市販精製品若しくは海藻の精製物」は、前者の「純化されたフコイダン」に相当するといえるから、
両者は、「純化されたフコイダンを含有する食品又は飲料」である点で一致しており、
前者が、
(1)フコイダンの由来について、ガゴメ昆布またはマ昆布と、
(2)飲食品について、穀物加工品、油脂加工品、大豆加工品、食肉加工品、乳製品、野菜・果実加工品、菓子類、アルコール飲料、嗜好飲料から選択される食品又は飲料と、
(3)飲食品の性質について、純化されたフコイダンの含有により食感が改善されていると、
夫々限定している点で、両者は一応相違している。」

「相違点(1)について
 引用発明は・・・フコイダンを抽出するための原料として褐藻類が挙げられているが、フコイダンを抽出するための原料として、褐藻類であるマ昆布を使用することは周知のこと・・・であり、ガゴメ昆布またはマ昆布を使用することにより、他の褐藻類を使用した場合と比べて効果上の差異を奏するものとも認められないから、この点は実質的な相違点ではない。」

「相違点(2)について
 引用発明は・・・胃癌に進行する胃粘膜の炎症を予防する薬剤として、フコイダンを任意の飲食品に添加して日常的に摂取するものであるが、癌転移を予防する薬剤を冷菓、パン、ゼリー等の固形状食品、牛乳、果汁等の液状食品に使用することは周知のこと・・・であり、飲食品を、穀物加工品、油脂加工品、大豆加工品、食肉加工品、乳製品、野菜・果実加工品、菓子類、アルコール飲料、嗜好飲料と特定することにより、他の飲食品と比べて効果上の差異を奏するものとも認められないから、この点は実質的な相違点ではない。 」

「相違点(3)について
 飲食品の成分が同じであれば、同じ性質を示すことは自明のことであり、引用発明は純化されたフコイダンを含有しているのだから、純化されたフコイダンにより食感が改善されていることは自明であり、この点も実質的な相違点ではない。」

「したがって、本件発明は、上記刊行物1に記載された発明である。」

(2)特許法第29条第2項違反について
「本件発明の、アルギン酸及びフコイダンの重量の合計値に対するフコイダンの重量の比が43%以上のフコダイン抽出物を用いる態様と、引用発明とを対比すると、
両者は、フコイダンを含有する食品又は飲料である点で一致しており、
前者が、
(1)フコイダンの由来について、ガゴメ昆布またはマ昆布と、
(2)飲食品について、穀物加工品、油脂加工品、大豆加工品、食肉加工品、乳製品、野菜・果実加工品、菓子類、アルコール飲料、嗜好飲料から選択される食品又は飲料と、
(3)フコイダンについて、前者が、アルギン酸及びフコイダンの重量の合計値に対するフコイダンの比が43%以上のフコイダン抽出物であり、これにより食感が改善されていると特定しているのに対して、後者が、純化されたフコイダンである点で、
両者は相違している。」

「相違点(1)乃至(2)について
 上記のとおり、これらの点は実質的な相違点ではない。」

「相違点(3)について
 褐藻類からの粘質抽出液がアルギン酸、フコイダンを含有することは周知のことであり、引用発明においても・・・褐藻類からフコイダンを抽出する際にアルギン酸を除去するものである。
 ここで、飲食品に天然物から抽出された成分を配合する際に、純化精製物は高コストであるため、飲食品の品質に問題のない範囲で、ある程度不純物を含んだ抽出物を配合することは当業者が通常行っているところである。そして、引用発明も・・・褐藻類の抽出物も精製物と同様に使用することができるものであるから、引用発明において、純化されたフコイダンに代えて、アルギン酸を不純物として含んだ完全には精製されていないフコイダン抽出物を使用することは、当業者が適宜なし得るところである。
 その際に、アルギン酸の含量は、フコイダンの薬理作用や、食味等食品の品質を考慮して当業者が適宜最適化するものであるから、アルギン酸及びフコイダンの重量の合計値に対するフコイダンの比を43%以上として、食感を改善することに、格別の困難性は認められず、それにより当業者の予期し得ない格別の効果を奏するものでもない。 」

「そして、本件発明の効果も、純化されたフコイダンを配合する引用発明と比較して、格別優れたものということはできない。
 被請求人は、平成17年9月5日付け意見書において、「刊行物1、2の発明でフコイダンを飲食品に添加する目的は医薬品を日常的に摂取できるようにするためにすぎず、本件特許発明のように飲食品の食感を改善するためではない、本件特許発明のようなフコイダンの使用方法は刊行物1、2には全く開示されていない。」旨主張しているので検討する。
 本件発明は、「食品又は飲料」自体に関する発明であって、「前記フコイダン抽出物もしくは純化されたフコイダンの含有により食感が改善されている」という発明特定事項は、「食品又は飲料」そのものの性質を特定したものにすぎないから、フコイダンの使用方法が相違するからといって、本件発明と引用例発明がこの点において相違するということはできず、被請求人の主張は採用できない。
 したがって、本件発明は、上記刊行物1乃至2に記載された発明に基づいて当業者が容易に発明することができたものである。」


3.特許権侵害訴訟において特許権の無効理由の有無が争われ、組成物の新規性、進歩性が肯定された例

特許権侵害差止等請求事件
東京地方裁判所平成18年(ワ)第29554号
平成20年3月27日判決

本件特許発明を分節すると、
「A 次の一般式(I):
(省略)
(式中,R1,R2,R3,R4,R5及びR6はそれぞれ独立に水素原子又は炭素数1~3のアルキル基であり,あるいはR1とR2,及び/又はR4とR5は一緒になってメチレン基もしくはエチレン基を表し,そしてn,m,及びlは0又は1を表す)で表されるジオキサビシクロ〔3.3.0〕オクタン誘導体と,
B α-トコフェロールとを,
C 前記ジオキサビシクロ〔3.3.0〕オクタン誘導体1重量部に対して前記α-トコフェロールが0.1~20重量部となる量で含有する
D ことを特徴とする飲食物。」

裁判所の判断の要点(争われた無効理由が多岐にわたるので、一点のみを抽出した)

「a)乙7発明には,その成分として食用ごま油が配合されていることから,オクタン誘導体の一種であるセサミン及びセサモリンが存在することは,本件特許出願当時の当業者が技術常識として理解するところである(争いがない)。したがって,乙7発明は,構成要件Aにおいて本件特許発明と一致する。
b)乙7発明には,その成分として食用大豆油が配合されており,食用大豆油中には(具体的な含有量はともかくとして)α-トコフェロールが含まれていることは当事者間に争いがないから,乙7発明は,構成要件Bにおいて本件特許発明と一致する。
c)他方,乙第7号証の1・2には,「オクタン誘導体1重量部に対してα-トコフェロールが0.1~20重量部となる量で含有する」ことが記載されておらず,乙7発明は,構成要件Cにおいて本件特許発明と相違する(以下「相違点c3」という。)。
d)乙7発明は「飲食物」であるから,構成要件Dにおいて本件特許発明と一致する。

「相違点c3についての判断
a)被告らは,乙第7号証の1・2には,本件特許発明の構成要件Cが明示的には記載されていないにもかかわらず,乙7発明が構成要件Cにおいて本件特許発明と一致する(すなわち,相違点c3は相違点ではない)と主張するために,「ごま油中のオクタン誘導体の含有量は0.3~1.4重量%である」という前提に立って,乙7発明における食用ごま油の量からオクタン誘導体の含有量を計算している。
b)しかしながら・・・本件において,「ごま油中のオクタン誘導体の含有量は0.3~1.4重量%である」という事実が客観的に立証されているということはできないし,もちろん,本件特許出願当時において当該事実が当業者における技術常識であったということもできない。むしろ,ごま油中のオクタン誘導体の含有量は(一定の幅をもった数値としても)特定することはできない。
 また,乙第7号証の2においては,「食用ごま油」との記載があるだけで,いかなる種類のごま油を使用したのかも不明である(乙7発明の内容が天ぷら油であることから,せいぜい精製度の低いごま原油が使用された蓋然性は低いということができるにとどまる。)。
 ところで,乙第19号証においては,ごま油加熱時の抗酸化性物質の変化の実験に用いられた竹本油脂製造の焙煎ごま油には,加熱前にセサミンが9.0mg/ml,セサモリンが4.0mg/ml含有されていたことが示されている。しかしながら,上記焙煎ごま油と乙7発明に成分として配合されている食用ごま油とがオクタン誘導体の含有量において同等であることについては,何らの証拠も存在しない。
 結局,乙7発明に成分として配合された食用ごま油中のオクタン誘導体の含有量については,これを特定することができない。
・・・・
d)以上によれば,「ごま油中のオクタン誘導体の含有量は0.3~1.4重量%である」ことが本件特許出願当時における当業者の技術常識であることは立証されておらず,むしろ,乙7発明に成分として配合されている食用ごま油中のオクタン誘導体の含有量を特定することができないことから,相違点c3が相違点ではないとする被告らの主張は,その前提において失当であり,成り立たない。
・・・
 本件特許発明は・・・乙7発明によって本件特許出願前に公然実施をされた発明であるということはできない。」

2009年6月7日日曜日

請求項中の「平均粒子径」という記載が明確性要件違反とされた事例 平成20年(ネ)第10013号

1.概要
知的財産高等裁判所平成20年(ネ)第10013号
平成21年3月18日第1部判決

控訴人が有する本件特許の請求項1:
「セラミックス遠赤外線放射材料の粉末と,全体に対し自然放射性元素の酸化トリウムの含有量として換算して0.3以上2.0重量%以下に調整したモナザイトの粉末とを共に10μm以下の平均粒子径としてなる混合物を,焼成し,複合化してなることを特徴とする遠赤外線放射体。」

本件特許の明細書段落0035には次の記載がある:
「・・・そのため、特に、遠赤外線放射材料と放射線源材料はできるだけ細かな粒子の微粉末とすることが好ましく、一般に、10μm以下の平均粒子径とすることが好ましい。より好ましいのは、0.5~1μm程度の平均粒子径である。そして、それらの粒度が細かい程、自然放射性元素の放射性崩壊によるエネルギ線をより効果的に遠赤外線放射材料に吸収させることができる。」

しかしながら実施例を含む明細書中には平均粒子径の測定定義、測定法について記載されていない。

原判決(大阪地裁)
 本件明細書の特許請求の範囲の記載中「共に10μm以下の平均粒子径としてなる混合物」との記載は,それが具体的にどのような平均粒子径を有する粒子からなる混合物を指すかが不明であるというほかないから,特許法36条6項2号の明確性要件を満たしておらず,同法123条1項4号の無効理由を有する。

控訴審(知財高裁)においても、原判決の判断は支持された。

2.裁判所の判断の要点
「しかし,本件特許の特許請求の範囲において,「10μm以下の平均粒子径」との文言で記載され,発明の詳細な説明・・・において・・・具体的にその技術的意義が説明されているものを,できるだけ細かいものであればよいという見地から,当然に,単なる境界値として特定しているにすぎないということはできない。また,「10μm以下の平均粒子径」という場合の「粒子径」については,技術的に見て,粒子をふるいの通過の可否等の見地から二次元的に捉えたり,体積等の見地から三次元的に捉えるなど様々な見地があり得る中で,本件明細書・・・を精査しても,「粒子径」をどのように捉えるのかという見地からの記載はなく,平均粒子径の定義(算出方法)や採用されるべき測定方法の記載も存しない。これを踏まえると,本件発明の「10μm以下の平均粒子径」の「径」を,本件明細書の段落【0035】等の記載に照らして当然に,ふるい径等の幾何学的径や投影面積円相当径等ではなく体積相当径という意味であるということは困難である・・・」

「・・・JIS Z 8901・・・を根拠として,「平均粒子径」の意義が,レーザ光による光散乱法による球相当径による測定に一義的に特定されるということはできないし,また,・・・セラミックス業界における技術の普及度に照らし,「10μm以下の平均粒子径」との表現が,測定装置あるいは測定方法まで特定する必要のないものであったということもできない。さらに,・・・本件発明の「10μm以下の平均粒子径」という文言は,できるだけ細かいものであればよいという見地からの単なる境界値ということはできず,あくまで,具体的な技術的意義を有する発明特定事項というべきである。そうすると,このような「10μm以下の平均粒子径」との文言について,「10μm」という数値自体ではなく,「10μm以下の平均粒子径」という文言が明確であるかどうかを検討するに当たり,この文言の意義が,どのような測定装置を使用しても「平均粒子径」が10μm以下であるかが確認できればよいという意味であると解して明確性の要件を満たすとすることは,当業者に過度の試行錯誤を課するものであって発明特定事項の開示として相当でなく,また,「平均粒子径」について明確性の要件の充足は要しないというに等しいものというほかない。

「・・・本件特許の出願(平成8年2月)当時において,当業者は,レーザ回折・散乱法以外にも,沈降法等の様々な方法による測定装置によりセラミックスの粒子径を測定していたと認められるものであって,沈降法が実用性を失った状態にあったとは認められず,仮にレーザ回折・散乱法が多く用いられつつある状況にあったとしても,当業者全体の間において見たとき,レーザ回析・散乱法による測定装置で計測することが既に主流になっていたとか,一般化していたということもできないというべきであって,当業者の間に,既にレーザ回折・散乱法による測定装置で計測することが自明であるという技術常識が存在していたということはできない。
 そして・・・本件明細書・・・に,「平均粒子径」の意義を特定することができる手掛かりとなる記載が存するとは認められないから,本件明細書・・・に接した当業者は,本件発明の「平均粒子径10μm以下」という文言について,その意義を理解することができず,本件特許は,特許法にいう明確性の要件を満たしていないというほかない。」

3.コメント請求項中に物性値を記載する場合には、物性値の定義、または少なくとも測定方法を明細書中で明確にすることが重要です。