2009年11月3日火曜日

審決書に「審決の理由」の記載が要求される趣旨

平成21年7月29日判決

平成20年(行ケ)第10338号審決取消請求事件

1.概要

 本判決では、進歩性の判断において判断者の恣意を排除し論理的な判断を求めている。この点で平成20年(行ケ)第10096号事件(本ブログ2009年4月19日投稿記事参照)と同趣旨の判決である。本判決では、審決書の「審決の理由」において、先行技術に基づいて請求項記載の発明を完成させることが容易であると結論付けられる理由を十分に明示することを求めている。

2.裁判所の判断抜粋

「審決に理由記載が要求される趣旨について

 特許法157条2項には,審決は,審決の結論のみならず結論に至った理由を文書に記載する旨が規定されている。特許法が,審決書に理由の記載を要求した趣旨は,①審決における判断の合理性等を担保して恣意を抑制すること,②審決の理由を当事者に知らせることによって,取消訴訟(不服申立)の要否等を検討するため,当事者に対する便宜を図ること,③理由を文書に記載することによる事実上の結果として,公正かつ充実した審判手続が確保されること等によるものである。

 特に,審決において,特許法29条2項所定の要件を充足すると判断する場合には,その性質上,客観的な証拠(技術資料)に基づかない認定や論理性を欠いた判断をする危険性が常に伴うものである。したがって,審決書における「審決の理由」には,事実認定が証拠によって適切にされ,認定事実を基礎とした結論を導く過程が論理的にされている旨客観的に説示されていることが必要であり,後に争われる審決取消訴訟においても,その点に関して,吟味,判断するのに十分な内容であることが不可欠といえる。

 上記の観点から,本件審決を検討する。

(1) 本願発明と引用発明1の各特徴

ア 本願発明の特徴

 本願発明は,特許請求の範囲(請求項1)の記載等を基礎とするならば,少なくとも,

① 案内面(4-5)は平面を備え,平面は前記案内体(4)の軸心線と固定側型形成体(2-2)又は可動側型形成体(3-2)が,案内体(4)から張り出す部分の重心を含む張出し面に概ね直交しているダイセットであること,

② 可動側型形成体(3-2)は,一端部が1本の案内体(4)に支持され他端部は支持されない片持ち梁であること,

③ 案内面(4-5)は案内体(4)の側面に形成され,案内面(4-5)の平面は互いに直交する4平面で形成されていること,

という3つの特徴的な構成からなっている。

 そして,補正明細書(甲1の1~3)によれば,従来技術では,可動側ダイプレートは,1本又は2本のガイドポスト(以下「案内体」ともいう。)に片持ちに支持されて昇降運動し,ガイドポストとガイドポストを通すために可動側ダイプレートに形成される穴は円柱状に形成されるが,可動側ダイプレートは,その重力又は動作時の偏荷重を受けるため,ガイドポストの軸心線に対して傾斜する方向の外力を受け,円柱状摩擦摺動面の摩耗が進み,この摩耗を軽減しようとして介設された球体と摩耗面部に局所的な応力が生じて,摩耗が促進され,ガイドポストの曲げ変形を起こすという課題が存在していたのに対して,本願発明は,同課題を解決するため,①ガイドポストの側面に形成される案内面は,互いに直交する4平面で形成され,案内面はガイドローラリテーナを介して案内用孔を摺動すること,②案内面は,案内体から張り出す型形成体の重心と案内体の軸心線を含む面である張出し面と直交し,偏荷重がかかっても局所的応力が組型に発生しないようにさせたというものである。

イ 引用例発明1の特徴

 引用例発明1は,四角柱状のガイドポストと四角柱状の貫通孔を有するガイドブッシュの間に,軸方向への並進運動を円滑にするよう配列されたローラ・ベアリングを配し,これによって,運転中に故障が生じにくく,高い寸法精度が保たれ,純粋な並進運動を行うダイセットを提供しようとするものである(別紙引用例1【図1】参照)。

 従来技術においては,ガイドポスト及びガイドブッシュの貫通孔が円柱状に形成され,その間にボールベアリングが使用されていたことにより,①ボールベアリングに大きな圧力がかかること,②衝撃力に弱いこと,③ガタが生じやすく寸法精度が劣化しやすいこと,④円柱状のガイドポストと円柱状の貫通孔を有するガイドブッシュとが円筒状のボールリテーナーを介して単に嵌め合っているため,ガイドポストとガイドブッシュとは,相互に並進運動をするだけでなく,共通軸の回りに回転運動も行うこと等の課題を解決するための発明である。

 その摺動部分は,プレス金型用ダイセットに組み込まれることが想定されているものの,ダイセットの全体構成については,何らの開示はされていない。

(2) 審決に記載された理由の概要

 審決が法29条2項に該当すると判断した理由は,前記第2の3の(1)のとおりである。すなわち,

① 本願発明と引用例発明1とは,前記(1)のアの③において一致する。

② 他方,本願発明と引用例発明1とは,前記(1)のアの①,②において相違する,

③ 相違点の中の,前記(1)のアの②の「案内体が1本であること」に関しては,周知例1ないし4に開示されている,

④ 相違点の中の,前記(1)のアの②の「片持ち梁であること」及び前記(1)のアの①の「直交」については,引用例発明2に開示されている,

⑤ 引用例発明1と引用例発明2とは,発明の対象が共通しているから,組み合わせることが容易である,

 したがって,本願発明は,特許法29条2項に該当するというものである。

(3) 判断

 本願発明は,前記(1)のアの①,②,③の各構成のすべてを備えた,一つのまとまった技術的思想からなる発明である。これに対し,引用例発明1は,その中の一つの構成である③のみを共通にする発明にすぎず,①及び②(「直交」,「案内体の本数」,「片持ち梁」)の3点については,構成を有しない。

 審決は,本願発明中の各相違点に係る構成は,周知例や引用例発明2に示されている技術であると説示している。しかし,審決では,本願発明と一つの技術的構成においてのみ一致し,複数の技術的構成において,実質的相違が存在し,その課題解決も異なる引用例発明1を基礎として,本願発明に到達することが容易であるとする判断を客観的に裏付けるだけの説示は,審決書に記載されているとはいえない。

 とりわけ,審決は,相違点1(前記(1)のアの②の「案内体が1本であること」)に関する判断においては,「身長計」,「自動車リフトの支柱」,「燭台」等を挙げているのに対して,相違点2(前記(1)のアの②の「片持ち梁であること」,及び前記(1)のアの①の「直交」)に関する判断においては,引用例発明2を挙げているが,引用例発明2は,「2本の円柱体のガイドポスト」を必須の構成要件とするものであって,相違点1に関して容易であるとする判断の基礎として用いた周知例と相反するものであるため,周知例と引用例の相互の矛盾を説示することが求められるが,審決では,その点の矛盾に対する合理的な説明は,されていない。

 以上のとおり,本件における審決書に記載された具体的な理由は,特許法157条2項が審決書に理由記載を求めた趣旨,すなわち,審決における判断の合理性等を担保して恣意を抑制すること,客観的な証拠(技術資料)に基づかない認定や論理性を欠いた判断をする危険性を排除するとの趣旨に照らして,十分な説示がされているとはいえない。

 したがって,審決の取消事由に関する原告の主張(とりわけ,取消事由2に係る主張)は,理由がある。」