2009年10月4日日曜日

特許請求の範囲の用語の解釈にまつわる判決(その4)

最高裁第三小法廷平成3年3月19日判決 昭和62年(行ツ)第109号「クリップ」事件

1.概要

 本判決は、「クリップ判決」又は「クリップ事件」とも称される。前回投稿時にも触れた「リパーゼ判決」と同様に、特許成立前の審査審判における新規性進歩性の判断のための発明の要旨認定(本ブログ平成21年7月27日付け投稿における「場面(2)」)の場面での用語の解釈における明細書・図面の参酌を考える上で重要な判決である。

 本判決の原審では、請求項中の「固定部材」という構成を含む本件発明の要旨を認定するに当たり、発明の詳細な説明と図面において固定部材として固化した接着剤(接着層)を使用した実施例が記載されていること等を理由として、「固定部材」は接着剤をも包含すると解釈して本件発明の要旨を認定した。

 そこで上告人は訂正審判を請求し、固定部材=接着剤の形態を示す図面(図12及び13)と、関連する発明の詳細な説明を削除した。後に訂正を容認する審決は確定した。ただし、特許請求の範囲の文言は訂正の前後を通じて変更されていない。

 本判決では、訂正を容認する審決が確定した以上は、「固定部材」に接着剤(接着層)が含まれると解釈して本件発明の要旨を認定する余地はないと判断された。

2.「リパーゼ事件」との対比

 「リパーゼ事件」では、特許請求の範囲に記載の発明の要旨認定(注:技術的範囲の認定ではない)は「特段の事情のない限り、願書に添付した明細書の特許請求の範囲の記載に基づいてされるべきである。特許請求の範囲の記載の技術的意義が一義的に明確に理解することができないとか、あるいは、一見してその記載が誤記であることが明細書の発明の詳細な説明の記載に照らして明らかであるなどの特段の事情がある場合に限って、明細書の発明の詳細な説明の記載を参酌することが許されるにすぎない。」と判断されている。

 「クリップ事件」と「リパーゼ事件」とは一見すると相反する結論であるため、両者の関係をめぐっては様々な解釈があるようである。私は、両判決は決して矛盾するものではないと考えている。「クリップ事件」はリパーゼ事件にいう「特許請求の範囲の記載の技術的意義が一義的に明確に理解することができない」「特段の事情」のある、発明の詳細な説明を参酌すべき事例に該当すると判断されていると思われるからである。

 本件における「固定部材」という構成は、いわゆる「ミーンズ プラス ファンクション」の構成であると思われる。前回の投稿では、「発明の要旨」の認定の場面では発明は広く解釈され、「特許発明の技術的範囲」の判断の場面では発明は狭く解釈されるという、出願人(特許権者)に常に不利な二重基準の問題を指摘したが、本件のように「ミーンズ プラス ファンクション」に該当する構成の場合は、「特許請求の範囲の記載の技術的意義が一義的に明確に理解することができない」「特段の事情」にあたることが多いと考えられ、「発明の要旨」の認定の場面においても発明の詳細な説明を参酌されるため、結果的に「二重基準」の問題はなくなるように思われる。

3.判決のポイント

「 一 原審は、本件特許出願の願書に添付した明細書の特許請求の範囲の記載が「目的物0と係合させられるように各々適合させられた複数の一緒に固定された取付け具から成るクリップであって、該取付け具の各々が目的物貫通部分2と、拡大部分4と、該両部分を結合している該貫通部分2から伸長した細長い区分材6と、該貫通部分2を相互に平行的に間隔を置いて結合している切断されうる部材8、10とから成るクリップにおいて、該拡大部分間に介在してそれらを結合している容易に切断されうる固定部材22を備え、該固定部材は該切断されうる部材より隣接する該拡大部分がねじり力により相互に手作業で分離されうる程充分に弱いことを特徴とするクリップ」であること等を基礎として、右特許請求の範囲の記載どおりに本件発明の要旨を認定した上で、() 本件明細書の発明の詳細な説明の項の記載を参酌すると、固定部材は各取付部材の拡大部分間に介在してそれらを結合するものであるが、取付機具(ガン)を用いて目的物に取付具を取り付ける際の人の手による一連の連続的動作によって生じるねじり力等の力によって容易に切断し得る程度に弱いものを指すものと認められ、したがって、本件発明の特許請求の範囲にいう固定部材の構成は叙上認定の趣旨に解すべきであり、そのほかには、その素材、形状、寸法等についてこれを具体的に限定する記載はないから、右要件を具備するものであれば、すべて固定部材に包含される、() 本件明細書の発明の詳細な説明の項及び図面には、固定部材として固化した接着剤(接着層)を使用した実施例に関する記載がある、() 接着層の果たす作用効果は他の固定部材と差異がないとして、本件発明の特許請求の範囲の「固定部材」との記載には固化した接着剤(接着層)を含むものであると認定判断した。

 二 ところで、上告代理人提出の特許庁昭和五八年審判第六九〇二号事件審決謄本及び本件記録によれば、本件特許については、上告人の訂正審判請求に基づき、原審口頭弁論終結後の昭和六二年三月三一日、本件明細書及び図面から接着層に関する第12図及び第13図を削除し、併せて発明の詳細な説明の右図面に関連する説明部分を削除する旨の訂正を、特許法一二六条一項三号の明瞭でない記載の釈明として認める旨の審決がされ、右審決謄本が同年五月二〇日上告人に送達され、右審決が確定したことが認められる。右審決には、明瞭でない記載の釈明に相当するものとして上告人の申立てを認める旨の記載があるが、上告人は明瞭でない記載の釈明又は特許請求の範囲の減縮としての訂正審判を申し立てたものであり、また、右審決も、同条一項一号の特許請求の範囲の減縮を目的とする訂正審判請求を認めるための要件である同条三項に規定する訂正後における特許請求の範囲に記載されている事項により構成される発明が特許出願の際独立して特許を受けることができるものであったか否かについても検討を加えた上で、上告人の本件訂正審判請求が右要件を具備している旨の判断をもしている。

 原審は、本件明細書の接着剤(接着層)に関する発明の詳細な説明の項の記載や図面などを参酌して、固定部材には接着剤(接着層)が含まれるものと認定判断したものであり、原審の右認定判断は、特許請求の範囲の記載文言の技術的意義が一義的に明確とはいえない場合の発明の要旨の認定の手法によったものとして首肯し得るものであるが、訂正を認容する審決の確定により、特許請求の範囲の記載文言自体が訂正されたものではないけれども、接着剤(接着層)に関する記載がすべて明細書及び図面から削除されたことによって、出願時に遡って、本件明細書の特許請求の範囲の固定部材に接着剤(接着層)が含まれると解釈して本件発明の要旨を認定する余地はなくなったものと解するのが相当である。