2009年9月27日日曜日

特許請求の範囲の用語の解釈にまつわる判決(その3)

知財高裁平成18年9月28日判決平成18年(ネ)第10007号事件「図形表示装置及び方法」

1.概要
 本判決は、特許成立後の侵害訴訟において、侵害被疑物件が特許発明の技術的範囲に属するか否かを判断する際には、
特許請求の範囲の用語が一義的に明確であるか否かに関係なく、特許請求の範囲の用語の意義は明細書の記載を参酌して解釈されることを明らかにした。なお、本判決の事例は、本ブログ平成21年7月27日付け投稿における「場面(3)」に該当する。
 本判決では、控訴人(特許権者)は、特許発明における「読出順序データ」という構成が、従来技術を考慮すれば、侵害被疑物件における「キャラクタコード」を包含すると主張した。これに対して裁判所は、明細書の記載等から、「読出順序データ」が「キャラクタコード」を意味するとは解釈できず、侵害被疑物件は特許発明の構成を有していない旨判断した。

2.裁判所の判断抜粋
「2.本件特許発明の技術的範囲の解釈について
(1)特許法70条1項は,「特許発明の技術的範囲は,願書に添付した特許請求の範囲の記載に基づいて定めなければならない。」,同条2項は,「前項の場合においては,願書に添付した明細書の記載及び図面を考慮して,特許請求の範囲に記載された用語の意義を解釈するものとする。」と規定しているところ,元来,特許発明の技術的範囲は,同条1項に従い,願書に添付した特許請求の範囲の記載に基づいて定められなければならないが,その記載の意味内容をより具体的に正確に判断する資料として明細書の記載及び図面にされている発明の構成及び作用効果を考慮することは,なんら差し支えないものと解されていたのであり(最高裁昭和50年5月27日第三小法廷判決・判時781号69頁参照),平成6年法律第116号により追加された特許法70条2項は,その当然のことを明確にしたものと解すべきである。
 ところで,特許明細書の用語,文章については,〔1〕明細書の技術用語は,学術用語を用いること,〔2〕用語は,その有する普通の意味で使用し,かつ,明細書全体を通じて統一して使用すること,〔3〕特定の意味で使用しようとする場合には,その意味を定義して使用すること,〔4〕特許請求の範囲の記載と発明の詳細な説明の記載とは矛盾してはならず,字句は統一して使用することが必要であるところ(特許法施行規則様式29〔備考〕7,8,14イ),明細書の用語が常に学術用語であるとは限らず,その有する普通の意味で使用されているとも限らないから,特許発明の技術的範囲の解釈に当たり,特許請求の範囲の用語,文章を理解し,正しく技術的意義を把握するためには,明細書の発明の詳細な説明の記載等を検討せざるを得ないものである。
 
また,特許権侵害訴訟において,相手方物件が当該特許発明の技術的範囲に属するか否かを考察するに当たって,当該特許発明が有効なものとして成立している以上,その特許請求の範囲の記載は,発明の詳細な説明の記載との関係で特許法36条のいわゆるサポート要件あるいは実施可能要件を満たしているものとされているのであるから,発明の詳細な説明の記載等を考慮して,特許請求の範囲の解釈をせざるを得ないものである。
 そうすると,当該特許発明の特許請求の範囲の文言が一義的に明確なものであるか否かにかかわらず,願書に添付した明細書の発明の詳細な説明の記載及び図面を考慮して,特許請求の範囲に記載された用語の意義を解釈すべきものと解するのが相当である。
(2)控訴人は,従来技術から明確になる事柄については,発明の詳細な説明の記載等により限定して解釈すべきではないとし,本件特許発明において,その特許請求の範囲は,従来技術を考慮すれば,当業者にとって,一義的に明確なものであるから,何ら限定解釈を加える理由はないのであって、本件特許発明の技術的範囲を限定的に解釈した上で,被控訴人製品が本件特許発明の構成要件を充足しないとした原判決の認定判断は誤りであると主張する。
 しかし,上記のとおり,特許権侵害訴訟においては,特許請求の範囲の文言が一義的に明確であるか否かを問わず,発明の詳細な説明の記載等を考慮して特許請求の範囲の解釈をすべきものであるから,従来技術から明確になる事柄について,それ以上発明の詳細な説明の記載等から限定して解釈すべきではないとする控訴人の主張は,そもそも,誤りである。 
 我が国の特許制度は,産業政策上の見地から,自己の発明を公開して社会における産業の発達に寄与した者に対し,その公開の代償として,当該発明を一定期間独占的,排他的に実施する権利(特許権)を付与してこれを保護することにしつつ,同時に,そのことにより当該発明を公開した発明者と第三者との間の利害の調和を図ることにしているものと解される(最高裁平成11年4月16日第二小法廷判決・民集53巻4号627頁参照)。本件原出願(昭和59年10月2日出願)に適用される昭和60年法律第41号による改正前の特許法36条4項が「第2項第3号の発明の詳細な説明には,その発明の属する技術の分野における通常の知識を有する者が容易にその実施をすることができる程度に,その発明の目的,構成及び効果を記載しなければならない。」(いわゆる実施可能要件),同条5項が「第2項第4号の特許請求の範囲には,発明の詳細な説明に記載した発明の構成に欠くことができない事項のみを記載しなければならない。ただし,その発明の実施態様を併せて記載することを妨げない。」(いわゆるサポート要件)と定めているのも,発明の詳細な説明の記載要件という場面における,特許制度の上記趣旨の具体化であるということができる。
したがって,特許請求の範囲の記載に基づく特許発明の技術的範囲の解釈に当たって,何よりも考慮されるべきであるのは,公開された明細書の発明の詳細な説明の記載等であって,これに開示されていない従来技術は発明の詳細な説明の記載等に勝るものではない。
 仮に,控訴人主張のとおり,特許発明の技術的範囲の解釈において,従来技術から明確になる事柄については,それ以上発明の詳細な説明の記載等により限定して解釈すべきではないとすることが許されるならば,発明の詳細な説明の記載等とは無関係に,特許請求の範囲の解釈の名の下に,随意に新たな技術を当該発明として取り込むことにもなりかねず,このような結果が,上記発明の公開の趣旨に反することは明らかである。
(3)以上のとおり,特許発明の技術的範囲の解釈に当たって,一義的に明確なものであれば,発明の詳細な説明の記載等により限定して解釈すべきではないとする控訴人の主張は,独自の議論であって,採用し得ないものというべきである。」

3.ダブルスタンダードの問題
 本判決と必ず対比しなければならない事件として、最高裁平成3年3月8日判決、昭和62年(行ツ)3事件(「リパーゼ判決」と通称されることがある)がある。
 リパーゼ判決の事例は、特許成立前の審査審判における新規性進歩性の判断のための発明の要旨認定(本ブログ平成21年7月27日付け投稿における「場面(2)」)の場面での用語の解釈である。特許請求の範囲の「リパーゼ」という用語の範囲を、明細書に記載の「Raリパーゼ」に限定して解釈し発明の要旨を認定するのか、「リパーゼ」という用語の範囲を文字通り広く解釈して発明の要旨を認定するのかという争点に対し、裁判所は後者を支持した。
特許法二九条一項及び二項所定の特許要件、すなわち、特許出願に係る発明の新規性及び進歩性について審理するに当たっては、この発明を同条一項各号所定の発明と対比する前提として、特許出願に係る発明の要旨が認定されなければならないところ、この要旨認定は、特段の事情のない限り、願書に添付した明細書の特許請求の範囲の記載に基づいてされるべきである。特許請求の範囲の記載の技術的意義が一義的に明確に理解することができないとか、あるいは、一見してその記載が誤記であることが明細書の発明の詳細な説明の記載に照らして明らかであるなどの特段の事情がある場合に限って、明細書の発明の詳細な説明の記載を参酌することが許されるにすぎない。このことは、特許請求の範囲には、特許を受けようとする発明の構成に欠くことができない事項のみを記載しなければならない旨定めている特許法三六条五項二号の規定(本件特許出願については、昭和五〇年法律第四六号による改正前の特許法三六条五項の規定)からみて明らかである。」

 要するに、特許成立前の段階において、請求項に記載の発明が従来技術に対して新規性進歩性を有するかを判断する場面では「リパーゼ判決」により用語は原則として広く文言どおりに解釈される。一方、特許権成立後の段階において、特許発明の技術的範囲の解釈の場面では本判決に明示されているように、用語は明細書に記載された範囲を考慮して限定的に解釈される。
特許出願人及び特許権者は、常に自身に不利になるよう請求項中の用語が解釈されると覚悟しておくべきである。

 なお、米国においては機能的表現クレーム(ミーンズプラスファンクションクレーム)を明細書図面に記載された具体的な態様に限定して解釈するとする米国特許法第112条第6パラグラフの規定が、審査段階と侵害訴訟の場面の両方で等しく適用され、日本のような「ダブルスタンダード」の問題はないようである(小野康英「日本及び米国における機能表現クレームの実務上の取り扱い」パテントVol.61、No.9(2008)参照)。