2009年8月23日日曜日

実施可能要件・サポート要件欠如に関する審決取消訴訟判決紹介

平成21年8月18日判決
知財高裁平成20年(行ケ)第10304号

 本件発明について、原告がした無効審判請求(実施可能要件欠如、サポート要件欠如)は理由がなく、請求は成り立たないと審決された。一方、知財高裁は、原告の請求を認め、審決は取り消されるべき旨判断した。
 裁判所は、実施可能要件・サポート要件の判断において、特許請求の範囲が明細書を参酌して狭く解釈されるべきであると主張する特許権者には寛大であるが(本ブログ2009年5月31日紹介、平成20年(行ケ)第10066号参照)、本件のように、特許請求の範囲の文言の通り広く解釈されるべきであると主張する特許権者には厳しいように思われる。

1.審決のポイント

本件発明
「還元性鉄と酸化促進剤とを含有し且つ鉄に対する銅の含有量が150ppm以下及び硫黄の含有量が500ppm以下であることを特徴とする樹脂配合用酸素吸収剤。」

原告は、本件発明の効果を奏しない樹脂を包含する点で明細書の記載に不備があるとして、実施可能要件(特許法36条4項)およびサポート要件(特許法36条5項1号)を満足しないことなどを理由として無効審判を請求した。

原告は、無効審判において、概ね、「本件発明は、不特定の樹脂について制限はなく本件発明の酸素吸収剤が適用できるとしているが、エチレン-ビニルアルコール共重合体の場合についてのみ示された値であり、その他については確認されていなく、ポリエチレン、ポリプロピレンについて比較実験では本件発明の効果を認められないことは、甲第8号証、甲第9号証で示したとおりであり、臨界的効果を含む本件発明の効果は認められない」旨主張した。

審決では次のように述べ、本件発明は実施可能要件、サポート要件を満足すると判断した。

「本件明細書には、実施例として「エチレン-ビニルアルコール共重合体の場合について」のみ記載されているが、他の樹脂で銅及び硫黄による相関が全くないという根拠はないのであるから、他の実施例がないからといって本件発明の効果を奏しない樹脂を包含する点で明細書の記載に不備があるとはいえない。そして、請求人の云う臨界的効果についても、樹脂によって効果上差があることを否定するものではないが、被請求人が答弁書(第8頁22行~第9頁3行)で「すなわち、本件特許明細書の実施例において酸素吸収剤を配合する樹脂として・・・エチレン-ビニルアルコール共重合体が他の樹脂に比して熱分解されやすく、樹脂のゲル化等の変質が生じやすい」と述べているように、「エチレン-ビニルアルコール共重合体」が、銅、硫黄による樹脂の分解や異臭が発生する典型的で顕著な例として記載されたものであるとみれなくもないし、また、この樹脂で検討することによって他の樹脂をも樹脂に配合したときのゲル化や分解、更には異味、異臭成分の発生が有効に防止できることが予期できることから、このことによって格別記載上の不備を生じさせているともいえない。」
「したがって、本件発明に係る特許は、特許法第36条第4項あるいは同条第5項第1号、第2号に規定する要件を満たさない特許出願に対してされたものである、とまでいうことはできない。」

2.判決のポイント
「以上の発明の詳細な説明の記載によれば,本件発明が所期する作用効果は,酸素吸収剤を樹脂に適用した際の樹脂のゲル化及び分解並びに異味・異臭成分の発生を抑制すること(以下「本件作用効果」という。)であると認められる。」

「しかしながら,発明の詳細な説明には,本件発明の酸素吸収剤を適用するのに特に好適な樹脂(エチレン-ビニルアルコール共重合体を除く。)の例として一定の数のアミド基を有するポリアミド類が,本件発明の酸素吸収剤を適用することができるその他の樹脂の例としてオレフィン系樹脂等がそれぞれ記載されているのであって,それにもかかわらず,エチレン-ビニルアルコール共重合体以外の樹脂(酸素吸収剤の適用の対象となるもの。以下同じ。)については,前記したとおりであって,本件発明が本件作用効果を奏するものと確認された旨の直接の記載は一切存在しないのである。」

「・・・当業者において,これらの記載の内容が,エチレン-ビニルアルコール共重合体以外の樹脂一般についても,そのまま妥当するものと容易に理解することができるとみることはできない。さらに,発明の詳細な説明には,当業者において,銅及び硫黄が過大に存在することによる樹脂のゲル化及び分解並びに異味・異臭成分の発生を考える上で,エチレン-ビニルアルコール共重合体とそれ以外の樹脂一般とを同視し得るものと容易に理解することができるような記載は全くない。
 以上からすると,発明の詳細な説明に,エチレン-ビニルアルコール共重合体以外の樹脂一般について,本件発明が本件作用効果を奏することを裏付ける程度の記載がされているものと認めることはできず,その他,そのように認めるに足りる証拠はない。」

「以上によると,発明の詳細な説明の記載は,特許法36条4項に定める実施可能要件を満たすものと認めることは到底できないというべきである。」

「・・・本件発明の酸素吸収剤を適用する樹脂がエチレン-ビニルアルコール共重合体である場合はともかく,その余の樹脂一般である場合についてまで,発明の詳細な説明に,当業者において本件課題が解決されるものと認識し得る程度の記載ないし示唆があるということはできず,また,本件出願時の技術常識に照らし,当業者において本件課題が解決されるものと認識し得るということもできないといわざるを得ない。」

「以上によると,本件発明に係る特許請求の範囲の記載が特許法36条5項1号に定めるサポート要件を満たすものと認めることは到底できないというべきである。

「そうすると,「本件発明の効果を奏しない樹脂を包含する点で明細書の記載に不備があるとはいえない」とした本件審決の判断は誤りであり,原告の取消事由4の主張は,実施可能要件の欠缺をいう点及びサポート要件の欠缺をいう点のいずれについても理由があるといわなければならない。」