2009年8月9日日曜日

引用文献に記載された発明が、技術常識を参酌して認定された事例

知的財産高等裁判所平成21年6月30日判決
平成20年(行ケ)第10396号審決取消請求事件

1.概要
 本件特許権に対する無効審判では、本件特許の請求項1の発明(本件発明1)が甲1号証発明に基づいて容易に発明することができたと判断した。
 特許権者(原告)が無効審決の取消しを求めた本事件では、裁判所は、請求項中に記載されていない技術常識を考慮して特許発明と引用発明との相違点を認定し、審決を取り消す旨の判断を下した。

 この判決は、本ブログ2009年7月27日投稿の記事における「場面(5)」の一例のようにも思われるが、先行技術文献に記載の用語の解釈にまつわる事例であるため「場面(5)」の一例とするのは適当でない。

2.裁判所の判断のポイント
本件発明1:
「【請求項1】表面に表飾のための凹凸が施された塩化ビニールシートに紙製シートを貼り合わせて成る壁紙の廃材を原料とし,該壁紙を細かく破砕し形成した表面に上記凹凸を残存する塩化ビニール片と紙片の貼り合わせ構造を有する破砕片と,繊維状吸水材又は粉粒状吸水材とを組成材とする粗粒状体から成り,該粗粒状体中の塩化ビニール片の上記凹凸面が対面して通水路を形成し,該通水路内に上記繊維状吸水材又は粉粒状吸水材を保持した構造を有することを特徴とする排泄物処理材。」

審決が認定した甲第1号証発明の内容:
「3mm以下の粒度の表面がプラスチック材料被膜で覆われているラミネート加工紙廃材の粉砕物,及び該粉砕物より少ない量の粉状吸水性樹脂を含有して粒状に形成されている粒体,並びに該粒体表面部に付着した界面活性剤から成る粒状の動物用排泄物処理材」

 本事件では、本件発明1の「表面に上記凹凸を残存する塩化ビニール片と紙片の貼り合わせ構造を有する破砕片」と、甲第1号証発明の「3mm以下の粒度の表面がプラスチック材料被膜で覆われているラミネート加工紙廃材の粉砕物」とが構造上同一のものといえるかが争われた。
 原告は、「表面に表飾のための凹凸が施された塩化ビニールシートに紙製シートを貼り合わせて成る壁紙の廃材」を本件特許明細書に記載されているように粉砕機を用いて破砕した場合には、シート形態が残存するのに対して、甲第1号証発明の「プラスチック材料被膜で覆われているラミネート加工紙廃材」(牛乳パック等の廃材)を同様の方法を破砕した場合にはシート形状は残存しない旨を主張した。

 一方被告は、
「「3mm」という数値が示すように,甲第1号証発明は紙廃材が紙としての形態を失わない一定の大きさをもつことを予定している。そして,3mm以下でもそれなりの大きさの粉砕物であれば,当然,シート形態にもなる。例えば,家庭で,ハサミやカッター等を使って牛乳パックを3mm以下の紙片に切り刻めば,その紙片が短繊維状に離解せずシート形態を維持していることは,簡単に確認することができる。そもそも,甲1の特許請求の範囲の記載は破砕機の使用を要件としていないからである。
 したがって,原告の主張は理由がなく,審決の本件発明1と甲第1号証発明との一致点の認定に誤りはない。」
と反論した。

 この争点について、裁判所は次の通り判断し、原告の主張を支持した。
「前記2のとおり,本件発明1における「破砕片」は,表面に表飾のための凹凸が施された塩化ビニールシートに紙製シートを貼り合わせて成る壁紙の廃材を細かく破砕したものであって,表面に上記凹凸を残存する塩化ビニール片と紙片の貼り合わせ構造を有し,塩化ビニール片の上記凹凸面が対面して通水路を形成し,該通水路内に繊維状吸水材又は粉粒状吸水材を保持した構造を有するものであるから,シート形態を残存するものである。そして,前記2(2)カのとおり,本件特許明細書(段落【0037】~【0039】)には,破砕機を用いて壁紙を破砕することが記載されており,このような方法が本件発明1の技術分野で通常用いられる破砕方法と考えられる。
 一方,前記3(2)のとおり,甲第1号証発明は「3mm以下の粒度の表面がプラスチック材料被膜で覆われているラミネート加工紙廃材の粉砕物」を含むものであるが,証拠(牛乳パックの外観写真と拡大断面写真[甲29],技術説明資料[甲35])及び弁論の全趣旨によれば,表面がプラスチック材料被膜で覆われているラミネート加工紙である紙製牛乳パックを,破砕機で3mm以下に粉砕した粉砕物は,紙の部分がプラスチックフィルムの部分よりもはるかに厚いため,短繊維状に離解されて,シート原形を留めない粉末状又は綿状のものになり,シート形態を残存しないものと認められる。
 そうすると,本件発明1における「破砕片」と甲第1号証発明における「粉砕物」とは,上記のとおりシート形態を残存するかどうかという点に違いがあるということができる。
 なお,証拠(実験写真[乙9])及び弁論の全趣旨によれば,表面がプラスチック材料被膜で覆われているラミネート加工紙である紙製牛乳パックを,はさみで3mm以下に切ったものは,シート形態を残存するものと認められるが,上記のはさみで切るというような方法が本件発明1の技術分野で通常用いられる方法とは考えられないことからすると,紙製牛乳パックをはさみで3mm以下に切ったものがシート形態を残存するからといって,甲第1号証発明における「粉砕物」がシート形態を残存すると認めることはできない。甲1の特許請求の範囲には,破砕機を使用するとの限定はないが,そうであるからといって,本件発明1の技術分野で通常用いられないような方法を想定して本件発明1と甲第1号証発明とを対比することは相当でない。