2009年7月27日月曜日

特許請求の範囲の用語の解釈にまつわる判決(その1)

 特許請求の範囲に記載された用語の解釈は主に以下の5つの場面において重要である
(1)特許成立前の審査審判(審査、拒絶査定不服審判)における記載要件(明確性要件、サポート要件、実施可能要件)の判断
(2)特許成立前の審査審判における新規性進歩性の判断のための発明の要旨認定
(3)特許成立後の侵害訴訟における、対象物件が特許発明の技術的範囲に属するか否かの判断
(4)特許成立後の審判訴訟(無効審判、侵害訴訟での無効の抗弁)における、特許発明の記載要件の判断
(5)特許成立後の審判訴訟(無効審判、侵害訴訟での無効の抗弁)における、特許発明の新規性進歩性判断のための要旨認定

 特許請求の範囲に記載された用語を解釈する際に、明細書の記載を参酌することが許容されるか否かは、場面により異なる場合がある。
 そこで、場面ごとに判決例を挙げてみる。

場面(1)特許成立前の審査審判における記載要件(明確性要件、サポート要件、実施可能要件)の判断その1

原則:
特許実用新案審査基準第I部第1章 2.2.2 (4)
「具体的には、請求項の記載がそれ自体で明確であると認められる場合は、明細書又は図面中に請求項の用語についての定義又は説明があるかどうかを検討し、その定義又は説明によって、かえって請求項の記載が不明確にならないかを判断する。例えば、請求項の用語についてその通常の意味と矛盾する明示の定義がおかれているときや、請求項の用語が有する通常の意味と異なる意味を持つ旨の定義が置かれているときは、請求項の記載に基づくことを基本としつつ発明の詳細な説明等の記載をも考慮するという請求項に係る発明の認定の運用からみて、いずれと解すべきかが不明となり、特許を受けようとする発明が不明確になることがある。請求項の記載がそれ自体で明確でない場合は、明細書又は図面中に請求項の用語についての定義又は説明があるかどうかを検討し、その定義又は説明を出願時の技術常識をもって考慮して請求項中の用語を解釈することによって、請求項の記載が明確といえるかどうかを判断する。その結果、請求項の記載から特許を受けようとする発明が明確に把握できると認められれば本号の要件は満たされる。なお、ことさらに、不明確あるいは不明りょうな用語を使用したり、特許請求の範囲で明らかにできるものを発明の詳細な説明に記載するにとどめたりして、請求項の記載内容をそれ自体で不明確なものにしてはならないことはいうまでもない。(参考:東京高判平15.3.13(平成13(行ケ)346審決取消請求事件)」

以下、上記抜粋箇所において「例外的事例」として参照されている判決について整理する。

平成13年(行ケ)第346号 審決取消請求事件
平成15年2月27日口頭弁論終結

この判決のポイント:「殊更に」不明確に記載された(すなわち、明確に記載しようとすれば記載できるのに不明確に記載された)特許請求の範囲の用語は、明細書に定義や説明がされていたとしても、明確性要件を満たさない

本件出願に係る発明
「【請求項1】織機停止信号により,緯入れを阻止しながら制動停止した織機を再起動するに際し,筬が所定の筬打ち角以上となるようなクランク角に織機を停止し,開口装置を主軸から切り離し,主軸の1回転相当だけ開口装置を逆転し,開口装置を主軸に連結することを特徴とする織機の再起動準備方法。」

「所定の筬打ち角」が明確であるかが争われた。出願人は、明細書中の定義を参酌すれば用語の意味は明確であり、明確性要件は従属される旨主張した。

審決では、次のように特許請求の範囲を補正することにより拒絶理由は解消できるはずである旨提示されている。
「【請求項1】織機停止信号により,緯入れを阻止しながら制動停止した織機を再起動するに際し,筬が,スレイ上に搭載するサブノズルまたはエアガイドが経糸開口から抜け出るときの筬打ち角以上となるようなクランク角に織機を停止し,開口装置を主軸から切り離し,主軸の1回転相当だけ開口装置を逆転し,開口装置を主軸に連結することを特徴とする織機の再起動準備方法。」

判決は審決の判断を支持した。

判決のポイント

「 (1) 旧特許法36条5項は,次のとおり,規定している。
「5 第三項第四号の特許請求の範囲の記載は,次の各号に適合するものでなければならない。
一 特許を受けようとする発明が発明の詳細な説明に記載したものであること。
二 特許を受けようとする発明の構成に欠くことができない事項のみを記載した項(以下「請求項」という。)に区分してあること。」
 上記規定は,発明の詳細な説明に多面的に記載されている発明のうち,どの発明について特許を受けようとしているのかを,出願人の意思により,特許請求の範囲に明示すべきことを要求しているものであり,これにより,一つの請求項に基づいて,特許を受けようとする発明が,まとまりのある一つの技術的思想として明確に把握できることになるのである。そのためには,明細書の特許請求の範囲には,「特許を受けようとする発明の構成に欠くことができない事項」を明確に記載する必要があるのであり,特許発明の構成に欠くことができない事項を明確に記載することが容易にできるにもかかわらず,殊更に不明確あるいは不明りょうな用語を使用して特許請求の範囲を記載し,特許発明に欠くことができない構成を不明確なものとするようなことが許されないのは,当然のことというべきである。
 このことは,特許法70条1項が,「特許発明の技術的範囲は,願書に添付した明細書の特許請求の範囲の記載に基づいて定めなければならない。」と規定し,特許請求の範囲の記載に基づいて特許発明の技術的範囲を定めることを規定していることからも当然のことである。すなわち,特許請求の範囲を明確に記載することが容易にできるにもかかわらず,殊更に不明確あるいは不明りょうな用語を使用して記載することが許されるとすれば,特許発明の技術的範囲を明確に確定することができなくなるおそれが生じ,特許権が行使される対象となる範囲が不明確となって,社会一般に対しあるいは競業者に対し,特許権が行使される範囲の外延を明示するとの,特許請求の範囲が果たすべき,本来の機能を果たすことができなくなる結果を招来するのである。
 本願出願においては・・・【請求項1】の「所定の筬打ち角」の技術内容が,【請求項1】の記載自体では不明確であることは明らかである。出願人である原告は,審判における拒絶理由通知において,その点の指摘を受けたにもかかわらず,【発明の詳細な説明】の「所定の筬打ち角」についての記載を補正しただけで,【特許請求の範囲】の記載を補正しなかった。そして,原告が【特許請求の範囲】の記載を補正してその技術的意味をそれ自体で明らかなものとすることを困難とする事情は,本件全証拠によっても認めることができない。すなわち,本願明細書の【発明の詳細な説明】の段落【0010】には,【所定の筬打ち角】についての定義的な説明があり,この記載を【請求項1】中に追加し,審決が例示したような請求項に補正することは容易なことであることが明らかであり,これを困難とするような特段の事情があったことを認めるに足りる証拠はない。
  以上によれば,本願明細書の特許請求の範囲の【請求項1】は,「特許を受けようとする発明の構成に欠くことができない事項」を明確に記載することが容易にできるにもかかわらず,殊更に不明確あるいは不明りょうな用語を使用して記載されたものであるという以外になく,このような【請求項1】の記載・・・は,いずれも旧特許法36条5項に規定する要件を満たさないものであり,これと同旨の審決の判断には何ら誤りはない,というべきである。
 原告は,特許請求の範囲の記載が,それ自体で不明確であったとしても,発明の詳細な説明の記載を参酌してそれが明確になる場合は,出願に係る発明の要旨の確定には何ら支障がないのであるから,このような特許請求の範囲の記載も,旧特許法36条5項及び6項に規定する要件を満たしているというべきである,このことは,最高裁平成3年3月8日判決(民集45巻3号123頁)からも明らかである,と主張する。
 しかし,上記判例は,特許出願に係る発明の新規性あるいは進歩性を判断する場合における,特許出願に係る発明の請求項の要旨の認定について述べた判例であり,旧特許法36条5項について判断をしたものではないから,本件については,その適用はない,と解すべきである。
このことは,上記判例が,「特許法第29条1項及び2項所定の特許要件,すなわち,特許出願に係る発明の新規性及び進歩性について審理するに当たっては,この発明を同条1項各号所定の発明と対比する前提として,特許出願に係る発明の要旨が認定されなければならないところ,この要旨認定は,特段の事情のない限り,願書に添付した明細書の特許請求の範囲の記載に基づいてされるべきである。特許請求の範囲の記載の技術的意義が一義的に明確に理解することができないとか,あるいは,一見してその記載が誤記であることが明細書の発明の詳細な説明の記載に照らして明らかであるなどの特段の事情がある場合に限って,明細書の発明の詳細な説明の記載を参酌することが許されるに過ぎない。」と判示しているところから,明らかである。特許出願に係る発明の新規性あるいは進歩性を判断する場合における,当該発明の要旨を認定する場合において,特許請求の範囲の記載を前提として,当該発明の要旨を認定し,あるいは,上記判例がいうような例外的な場合に明細書における発明の詳細な説明を参酌して要旨を認定した上で,その発明の新規性あるいは進歩性の判断をする,ということには十分合理性がある。しかし,新規性あるいは進歩性の判断の前提としての発明の要旨の認定をいかにして行うか,ということと,特許出願の願書に添付された明細書の特許請求の範囲の記載が,旧特許法36条5項が規定する要件に合致しているかどうかとは,問題を全く異にするものである。特許請求の範囲の記載は,できる限り,それ自体で,特許出願に係る発明の技術的範囲が明確になるように記載されるべきであり,旧特許法36条5項2号の「特許を受けようとする発明の構成に欠くことができない事項のみを記載」すべきであるとした規定は,この考え方を具体化した規定であると解すべきである。原告の上記主張は,旧特許法36条5項の規定の解釈としては採用することができない。」