2009年7月12日日曜日

外国語特許出願のサポート要件は翻訳文に基づいて判断される

1.事実概要
平成21年6月30日判決
平成20年(行ケ)第10286号審決取消請求事件

本願発明(請求項1に記載された発明):
「基板と,
前記基板上に形成され,正の極性を有する第1の導電性層と,
前記第1の導電性層上に形成された透明有機発光デバイスと,
前記透明有機発光デバイス上に形成され50~400Åの厚さにすることによって透明となる透明導電性金属層と,
前記透明導電性金属層上に直接形成され,負の極性を有し,酸化インジウム錫以外の透明導電性酸化物を含む第2の導電性層と
を具備してなる有機発光デバイス構造。」

 審決では、明細書中には「酸化インジウム錫(ITO)の透明導電性酸化物を含む第2の導電性層」についての記載があるが、「ITO以外の透明導電性酸化物を含む第2の導電性層」についての記載がないことなどを理由として、サポート要件(特許法第36条第1項)が否定された。
 判決では、審決に誤りはないと判断された。

2.裁判所の判断の概要

「(1) 特許請求の範囲の記載が特許法36条6項1号に規定するいわゆるサポート要件に適合するものであるか否かについては,特許請求の範囲の記載と発明の詳細な説明の記載とを対比し,発明の詳細な説明に,当業者において,特許請求の範囲に記載された発明の課題が解決されるものと認識することができる程度の記載ないし示唆があるか否か,又は,その程度の記載や示唆がなくても,特許出願時(優先権主張があるときは優先日当時)の技術常識に照らし,当業者において,当該発明の課題が解決されるものと認識することができるか否かを検討して判断すべきものと解するのが相当である。」

「(2) 請求項1の記載
請求項1の記載は,前記第2の2のとおりであり,本願発明の「負の極性を有(する)第2の導電性層」は,「酸化インジウム錫以外の透明導電性酸化物を含む」ものである。」

「(3) 発明の詳細な説明の記載
 発明の詳細な説明には、次の記載がある・・・・・・
・・・
コ「図17においては,透明有機発光装置(TOLED)を提供するために本発明者により製造された工学的原型の横断面図が示される。この例においては,装置(300)が,ITOフィルムの厚さに依存して,典型的には20Ω(オーム)/平方のシート抵抗率を有する透明な酸化インジウム錫(ITO)層フィルム304により予備被覆されたガラス支持体302上に構築される。支持体302は透明なガラスから成るが,この例においては,それはまた,ITOが被覆され得るいずれか他の透明な硬質支持体,たとえばプラスチック材料によっても供給され得ることを注意すること。また,ITOフィルムは,いずれか適切な電導性酸化物又は電導性透明ポリマーにより置換され得る。有機フィルムの付着の前,支持体302は,従来の技法を用いて前もって清浄された。付着は,正孔伝導性化合物N,N’-ジフェニル-N,N’-ビス(3-メチルフェニル)-1,1’-ビフェニル-4,4’-ジアミン(TDD)の200Åの厚さの層306,続いて電子伝導性化合物Alq3(アルミニウムトリス-8-ヒドロキシキノリン)の400Åの厚さの層308の10-4トル以下の真空下での昇華により実施された。装置300に電子注入コンタクトを供給する上部層310は,薄い(50Å~400Å)半透明Mg-Agアロイ電極(40Mg:1Agのおおよその原子比での)の陰影マスキング(示されていない)による付着により製造された。他の原子比,たとえば50Mg:1Agが用途に依存して使用され得るが,しかし本発明はいずれかの特定の比又はコンタクト金属組成に限定することを意味しないことを注意すること。最終的に,TOLED装置300は,層310のMg-Ag表面上にスパッタ付着された第2の400Åの厚さのITO層312によりキャップされる。この第2のITO層312は,第2のTOLEDが構築される上部に連続した透明な伝導性表面を供給する(図12,13及び16の記載についての上記を参照のこと)。ITO層312は,許容できる透明度を保持しながら,抵抗率を減じるためにできるだけ厚くされる。電気コンタクト314(負の極性)及び316(正の極性)が,従来の方法を用いて,それぞれ,ITO層312及び304に結合される。」(27頁26行~28頁21行)」

(4) サポート要件の充足性
「・・・・そこで,発明の詳細な説明に,当業者において,本願発明の上記課題が解決されるものと認識することができる程度の記載ないし示唆があるか否かについて検討すると,前記(3)のとおり,発明の詳細な説明には,金属層を透明にするため,これを,下部の有機層を保護することができる程度の十分な厚さを保ちつつ,できる限り薄くすることにより,所望の透明度を得た上,さらに,金属層を保護し,また,電気抵抗を減少させるため,金属層の上部に,許容される透明度を保持しつつ,できる限り厚いITO層(本願発明の「第2の導電性層」に相当する。)を付着する旨の記載はみられるものの,この層(「ITO層312」)がITO以外の透明導電性酸化物である場合に上記課題が解決されることについての記載ないし示唆は一切みられないから,発明の詳細な説明に,当業者において,本願発明の上記課題が解決されるものと認識することができる程度の記載ないし示唆があるとまで認めることはできない。
 この点に関し,原告は,本件記載①を挙げ,これが,「ITO層312」についても「いずれか適切な電導性酸化物又は電導性透明ポリマーにより置換され得る」旨をいうことを前提として,発明の詳細な説明に,「ITO層312」がITO以外の透明導電性酸化物である場合についての記載がある旨主張する。
 しかしながら,摘記1の記載は,図17に示された透明有機発光装置(TOLED)を構成する各部材について,「ガラス支持体302」及び「酸化インジウム錫(ITO)層フィルム304」に始まり,その後は,図17に示されたとおり,下部のもの(層306)から順次説明するもの(ただし,電気コンタクト316を除く。)であり,また,「ITOフィルム」との表記及び摘記1の文脈にも照らせば,本件記載①の「ITOフィルム」の語は,摘記1の「装置300が,ITOフィルムの厚さに依存して,典型的には20Ω(オーム)/平方のシート抵抗率を有する透明な酸化インジウム錫(ITO)層フィルム304により予備被覆されたガラス支持体302上に構築される。支持体302は…ITOが被覆され得るいずれか他の透明な硬質支持体…によっても供給されることを注意すること。…有機フィルムの付着の前,支持体302は,…清浄された」との記載にいう「ITOフィルム」,「酸化インジウム錫(ITO)層フィルム304」,「ITO」及び「有機フィルム」(いずれも下線を付した部分),すなわち「酸化インジウム錫(ITO)層フィルム304」(以下「ITO層フィルム304」という。)を指すものであって,「ITO層312」を指すものでないことが明らかであるから,原告の主張は,その前提を欠くものとして,失当である。」

「(5) ちなみに,原告は,「欧米の両庁における各審査手続においてサポート要件を充足するとされた内容と同一の内容の本願明細書につき,日本語であればサポート要件を充足しないということは考えられないし,日本語の微妙な読み方いかんによって同要件の適合性の有無が左右されるのは相当でない」と主張するが,外国語特許出願において,サポート要件の判断の対象となる明細書は,当該外国語特許出願に係る国際出願日における明細書の翻訳文である(平成14年法律第24号による改正前の特許法184条の6第2項)から,欧米の両庁における各審査に付された明細書と本願明細書とが同一の内容のものである旨をいう原告の上記主張は,両者がサポート要件の充足性の判断の対象たる明細書として完全に同一のものであるという趣旨であれば,その前提を誤るものとして失当であるといわざるを得ない。また,「日本語の微妙な読み方いかんによって同要件の適合性の有無が左右されるのは相当でない」との主張も,上記説示したところに照らせば,これを採用することができないというべきである。
 この点に関し,原告は,「発明の詳細な説明に記載された事実が何であるかを認定するための間接事実として,欧米の両庁における対応特許の付与状況を主張するものである」とも主張するのであるが,上記のとおり,欧米の両庁における各審査に付された明細書と本願明細書がサポート要件の充足性の判断の対象たる明細書として完全に同一のものということはできないから,仮に,本件出願に対応する欧米の特許出願に対して特許が付与されているとしても,そのことをもって,請求項1の記載がサポート要件を充足するものと認めることはできないとの前記判断を左右するものではない。
 さらに,原告は,「特許協力条約に基づく国際出願が主要国の国内官庁の手続に移行した場合,当該主要国の国内官庁における判断は,重要な参酌要素とすべきである」と主張するが,以上説示したところに照らせば,原告のこの点に関する主張も採用することができないことは明らかである。」