2009年7月5日日曜日

無効審判における冒認出願に関わる事実についての主張立証責任と審判手続き

1.事件の概要
平成21年6月29日判決言渡
平成20年(行ケ)第10428号審決取消請求事件

主文1:特許庁が無効2008-800005号事件について平成20年10
月14日にした審決を取り消す。

 原告は,平成20年1月15日,本件特許が,発明者でない者であってその発明について特許を受ける権利を承継しないものの特許出願(以下,同要件に係る出願を「冒認出願」という場合がある。)に対してされたものであり,特許法(以下,条文は特許法の条文を示す。)123条1項6号に該当することを理由として,無効審判(無効2008-800005号)を請求した。
 特許庁は,平成20年10月14日,「本件審判の請求は,成り立たない。」との審決をし,その謄本は,同月24日,原告に送達された。

 原告は、「審決は・・・冒認出願についての主張立証責任の判断の誤り(取消事由1),審決の結論に影響を及ぼす手続上の誤り(取消事由2),本件特許が冒認出願に対してされたものであるとすることはできないとの判断の誤り(取消事由3)があるから,違法として取り消されるべきである」と主張した。

2.裁判所の判断の要点
「当裁判所は,①冒認出願に関する主張立証責任の所在に関する判断に誤りがあること(取消事由1参照),②主張立証責任の所在に関する判断の誤りは,本件審理手続の過誤,及び審決の結論に影響する過誤であるといえること(取消事由2及び3参照)から,審決を取り消すべきものと判断する。」

冒認出願に係る事実の主張立証責任ないし主張立証の程度について
「特許法は・・・特許権を取得し得る者を発明者及びその承継人に限定している。このような,いわゆる「発明者主義」を採用する特許制度の下においては,特許出願に当たって,出願人は,この要件を満たしていることを,自ら主張立証する責めを負うものである。・・・」

「・・・冒認出願(123条1項6号)を理由として請求された特許無効審判において,「特許出願がその特許に係る発明の発明者自身又は発明者から特許を受ける権利を承継した者によりされたこと」についての主張立証責任は,特許権者が負担すると解すべきである。
 もっとも,冒認出願(123条1項6号)を理由として請求された特許無効審判において,「特許出願がその特許に係る発明の発明者自身又は発明者から特許を受ける権利を承継した者によりされたこと」についての主張立証責任を,特許権者が負担すると解したとしても,そのような解釈は,すべての事案において,特許権者において,発明の経緯等を個別的,具体的に主張立証しなければならないことを意味するものではない(むしろ,先に出願したという事実は,出願人が発明者又は発明者から特許を受ける権利を承継した者であるとの事実を推認する重要な間接事実である。)。
 特許権者の行うべき主張,立証の内容,程度は,冒認出願を疑わせる具体的な事情の内容及び無効審判請求人の主張立証活動の内容,程度がどのようなものかによって大きく左右される。仮に無効審判請求人が,冒認を疑わせる具体的な事情を何ら指摘することなく,かつ,その裏付け証拠を提出していないような場合は,特許権者が行う主張立証の程度は比較的簡易なもので足りる。これに対して,無効審判請求人が冒認を裏付ける事情を具体的詳細に指摘し,その裏付け証拠を提出するような場合は,特許権者において,これを凌ぐ主張立証をしない限り,主張立証責任が尽くされたと判断されることはないといえる。そして,冒認を疑わせる具体的な事情の内容は,発明の属する技術分野が先端的な技術分野か否か,発明が専門的な技術,知識,経験を有することを前提とするか否か,実施例の検証等に大規模な設備や長い時間を要する性質のものであるか否か,発明者とされている者が発明の属する技術分野についてどの程度の知見を有しているか,発明者と主張する者が複数存在する場合に,その間の具体的実情や相互関係がどのようなものであったか等,事案ごとの個別的な事情により異なるものと解される。」

取消事由1,3に関連した判断
「・・・本件審判においては,本件特許出願が発明者である被告によりされたことを,出願人であり特許権者である被告が主張立証しなければならない。そして,本件特許発明の内容,事案の経緯を踏まえ,本件審判における原告の主張(・・・),原告が提出した証拠に鑑みると,原告は,冒認を疑わせる事情を具体的に主張し,その主張に沿う証拠を提出していたものと認められる。
 ところが・・・被告は,「審判事件答弁書」及び「上申書」を提出したのみで,その他には,「特許出願がその特許に係る発明の発明者自身又は発明者から特許を受ける権利を承継した者によりされたこと」について,具体的な主張立証活動を何ら行っていない。
 審決は,無効審判請求人である原告が提出した各証拠,及び原告が主張する無効にすべき理由によっては,本件特許が冒認出願に対してされたものであるとすることはできないと判断したが,上記の審理経緯及び証拠内容を総合すると,審決には,冒認出願に係る事実についての主張立証責任の所在の判断の誤り及び冒認出願か否かについての判断の誤りがある。

取消事由2,3に関連した判断
「178条1項は,「審決に対する訴え・・・は,東京高等裁判所の専属管轄とする。」と規定する。本来,審決は,行政処分の一類型であるから,行政事件訴訟法によれば,その管轄裁判所は地方裁判所になるのであるが,以下の2つの理由から,一審を省略して,東京高等裁判所に出訴すべきものとされた。すなわち,①特許庁での審判手続が,裁判に類似した準司法手続によって厳正に行われるべきことから,地方裁判所においてその適否を判断することによる適正さの要請よりも,事件を迅速に解決するとの要請を優先すべきであるとしたこと,②事件の内容が専門技術的であるため,特許関係の専門官庁において実施された審判手続を尊重してよいとしたことによるものである。このような理由も相まって,特許無効審判の審理についても,原則として口頭審理の方式によることと規定されている(145条1項)。」

「・・・本件審判手続において,①原告は,冒認を疑わせる事情を具体的に主張していた,②被告は,「審判事件答弁書」及び「上申書」を提出したのみで,その他には,「特許出願がその特許に係る発明の発明者自身又は発明者から特許を受ける権利を承継した者によりされたこと」について,具体的な主張立証活動を何ら行っていなかった,③審判官は,書面審理の方式に変更した,④原告は,審判官に対し,口頭審理を開催し,主張立証責任の原則に則り,被告等の当事者本人尋問,証人尋問を行い,本件特許出願が冒認出願であることに関して真相究明を尽くすことなどを求めた,⑤しかし,審判体は,審理を終結して,本件審決をしたものである。
 本件審判手続は,上記のような経過であり,その具体的な争点の内容,性質に照らすと,口頭審理によるべきであるが,それにもかかわらず,職権で,冒認出願を理由とする無効審判の審理を口頭審理から書面審理に変更した点において,著しく公正を欠く審理であるというべきである。審判手続の進行や審理の方式については,審判体(審判長)に合理的な裁量があることを考慮してもなお,その裁量を逸脱しているものといえる。そして,このような手続上の瑕疵は,結論に影響を及ぼす誤りということができる。」

3.コメント
 冒認出願に係る事実の主張立証責任が審判被請求人(特許権者)側にあるとする判断は、知財高裁平成18年1月19日判決、平成17年(行ケ)第10193号に示されています(参考文献:松下正、「冒認出願における立証責任の判断」、知財管理 Vol.56, No.12, pp.1895-1904, (2006))。