2009年7月19日日曜日

平成18年(ワ)第11429号 請求項中の用語の解釈と、補正による意識的除外と均等論

 この事件の争点1-1では、組成物の成分の定義、及びその成分の割合を示す数値の解釈が争われた。用語の定義と、組成物中の成分のパーセンテージや数値範囲の定義は、多少くどくても請求項中で(あるいは少なくとも明細書中で)明確に記載すべきであると考えられる。
 請求項の明確性(特許法第36条第6項第2号)要件を解消するための請求項の限定補正もまた、均等論の適用を妨げる「意識的除外」に該当すると判断された点も興味深い。(争点2参照)

1.事件の概要
大阪地方裁判所平成21年4月7日判決
平成18年(ワ)第11429号 特許権侵害差止等請求事件

原告が有する特許権に係る本件特許発明1を分節すると

「A シリコーンゴムに,下記一般式(A)で示されるシランカップリング剤で表面処理を施した熱伝導性無機フィラーを分散させて成り,
 YSiX3 (A)
 X=メトキシ基又はエトキシ基
 Y=炭素数6個以上18個以下の脂肪族長鎖アルキル基
B 熱伝導性無機フィラーが熱伝導性シリコーンゴム組成物全量に対して40vol%~80vol%である
C ことを特徴とする熱伝導性シリコーンゴム組成物。」

被告が実施する被告製品が本件特許発明を侵害するかどうかが争われた。

構成要件Bが追加されるに至った出願経過:
原告が特許庁審査官より受けた拒絶理由通知書に「請求項1に記載の発明は組成物に係る発明と認められるが,各成分の配合量(組成比)が記載されていない(すべての配合量(組成比)について同等の効果を奏するものとは認められない)」として,特許請求の範囲の記載が特許法36条6項2号に規定する要件を充たしていないと記載されていた。
 原告はこの指摘に応じて構成要件B「熱伝導性無機フィラーが熱伝導性シリコーンゴム組成物全量に対して40vol%~80vol%である」を追加した。

争点の一部
争点1-1:構成要件Bの「熱伝導性無機フィラー」の解釈。具体的には、「熱伝導性無機フィラーが熱伝導性シリコーンゴム組成物全量に対して40vol%~80vol%である」について、原告がカップリング処理したものであるか否かを問わず「熱伝導性シリコーンゴム組成物に含まれる熱伝導性無機フィラーの総量」が40vol%~80vol%であると主張するのに対し,被告は,「カップリング処理を施した熱伝導性無機フィラー」が40vol%~80vol%であると主張した。また、原告が、「40vol%~80vol%」とは、カップリング剤の量を考慮しない「熱伝導性無機フィラー」自体の量を指すと主張するのに対して、被告は、カップリング剤込みの熱伝導性無機フィラーの量であると主張した。

争点2:(被告製品が構成要件Bを文言上充足していない場合に)被告製品が本件特許発明と均等なものとしてその技術的範囲に属するか

2.裁判所の判断のポイント
2.1.争点1-1:「熱伝導性フィラー」について
「ア 前記当事者間に争いのない事実等で認定したとおり,本件特許の特許請求の範囲【請求項1】には,「シリコーンゴムに,下記一般式(A)で示されるシランカップリング剤で表面処理を施した熱伝導性無機フィラーを分散させて成り,熱伝導性無機フィラーが熱伝導性シリコーンゴム組成物全量に対して40vol%~80vol%であることを特徴とする熱伝導性シリコーンゴム組成物。」と記載されていることが認められる。
イ 上記記載のとおり,構成要件Bの「熱伝導性無機フィラー」の文言の前に「同」,「当該」又は「該」といった直前の文言を指し示す接頭語が付されていないことから,同「熱伝導性無機フィラー」が,構成要件Aの定義するカップリング処理した熱伝導性無機フィラーを指すことが一義的に明確とはいえない。しかしながら,他方,同記載において,構成要件Bの「熱伝導性無機フィラー」が構成要件Aのそれとは別の物である,すなわちカップリング処理されていないものも含めた熱伝導性無機フィラーの総量と解する根拠となる積極的な記載も認められない。また,構成要件Bが構成要件Aの直後に配置され,しかも,「熱伝導性無機フィラー」との文言が構成要件Aのそれと近接して使用されていることからすれば,後者が前者を指している,すなわち構成要件Bの「熱伝導性無機フィラー」が構成要件Aのカップリング処理された熱伝導性無機フィラーを指すと読むのがどちらかといえば自然な解釈といえる。

2.2.争点1-1:「v40vol%~80vol%」はカップリング剤込みの量か否かについて
「上記段落【0003】には「熱伝導性フィラーは放熱シート3の熱抵抗をできる限り低減するために用いられるもの」と記載されており,段落【0004】には「熱伝導率を上昇させるために単にシリコーンゴムに対する熱伝導性無機フィラー充填量を増加させると」と記載されていることからすれば,本件明細書上,熱伝導率を高める役割を果たすものは熱伝導性無機フィラーであって,本件カップリング剤が熱伝導率そのものに影響を与えることを窺わせる記載は認められない。また,段落【0015】・・には,数値限定の意義について,「40vol%に満たないと高い熱伝導率を得ることが困難であり」と記載されていることからすると,40vol%以上でなければならないものは,あくまで熱伝導率に影響を与える熱伝導性無機フィラーそのものの量であって,本件カップリング剤込みの量ではないと解するのが相当である。
 他方,上記段落【0004】には,「熱伝導率を上昇させるために単にシリコーンゴムに対する熱伝導性無機フィラー充填量を増加させると,熱伝導性シリコーンゴム組成物の成形スラリー粘度が上昇し,成形加工性が低下したり,成形したシートの硬度が高硬度化することになる」と記載されており,成形した放熱シートの硬度が高硬度化する要因は熱伝導性無機フィラーにあり,本件明細書上,本件カップリング剤そのものが高硬度化に影響を与えていることを窺わせる記載はない。また,段落【0015】には,数値限定の意義について,「80vol%を超えると熱伝導性シリコーンゴム組成物の硬化成形物がさらに硬く脆くなる恐れがあって好ましくない」と記載されていることからすると,80vol%以下でなければならないものは,高硬度化に影響を与える熱伝導性無機フィラーそのものの量であって,本件カップリング剤込みの量ではないと解するのが相当である。

2.3.争点2
「(被告製品の一部である)GR-b等は構成要件Bを文言上充足しないので,原告の予備的主張としての均等侵害の成否について検討する。
(1)最高裁判所平成6年第1083号同10年2月24日第三小法廷判決(民集52巻1号113頁参照)は,特許請求の範囲に記載された構成中に対象製品等と異なる部分が存する場合に,なお均等なものとして特許発明の技術的範囲に属すると認められるための要件の1つとして,「対象製品等が特許発明の特許出願手続において特許請求の範囲から意識的に除外されたものに当たるなどの特段の事情もない」ことを掲げており,この要件が必要な理由として,「特許出願手続において出願人が特許請求の範囲から意識的に除外したなど,特許権者の側においていったん特許発明の技術的範囲に属しないことを承認するか,又は外形的にそのように解されるような行動をとったものについて,特許権者が後にこれと反する主張をすることは,禁反言の法理に照らし許されないからである」と判示している。
 そうすると,特許権者において特許発明の技術的範囲に属しないことを承認したといった主観的な意図が認定されなくても,第三者から見て,外形的に特許請求の範囲から除外されたと解されるような行動をとった場合には,第三者の予測可能性を保護する観点から,上記特段の事情があるものと解するのが相当である。そこで,かかる解釈を前提に,本件において上記特段の事情が認められるかどうかについて検討する。
(2)本件における出願経過については・・・本件補正をするに当たっての原告の主観的意図はともかく,少なくとも構成要件Bを加えた本件補正を外形的に見れば,カップリング処理された熱伝導性無機フィラーの体積分率を限定したものと解される。したがって,原告は,熱伝導性無機フィラーの体積分率が「40vol%~80vol%」の範囲内にあるもの以外の構成を外形的に特許請求の範囲から除外したと解されるような行動をとったものであり,上記特段の事情に当たるというべきである。なお,本件拒絶理由通知は,単に組成物に係る発明だからという理由で,その組成比の記載がない本件出願は,特許法36条6項2号に規定する要件を充足しないと判断しているところ,この判断の妥当性には疑問の余地がないではない。しかし,第三者に拒絶理由の妥当性についての判断のリスクを負わせることは相当でなく,原告としても,単に熱伝導性無機フィラーの総量を定める意図だったというのであれば,その意図が明確になるような補正をすることはできたはずであり,それにもかかわらず,自らの意図とは異なる解釈をされ得るような(むしろそのように解する方が自然な)特許請求の範囲に補正したのであるから,これによる不利益は原告において負担すべきである。
(3)以上により,GR-b等について,「対象製品等が特許発明の特許出願手続において特許請求の範囲から意識的に除外されたものに当たるなどの特段の事情もない」ことという要件を充たさないから,これらを本件各特許発明と均等なものとして,その技術的範囲に属すると認めることはできない。」