2009年5月31日日曜日

サポート要件(特許法36条6項1号)違反の無効審決が取り消された事例

1.事件の概要

知的財産権高等裁判所平成20929日判決

平成20年(行ケ)第10066

結論:特許庁がしたサポート要件(特許法3661号)違反の無効審決が取り消された。

 

本件発明1

「【請求項1】遺体の体腔に装填される体液漏出防止材が,アルコール系を主成分とするゼリーの中に高吸水性ポリマー粉体が多数分散してなることを特徴とするゼリー状体液漏出防止材。」

 

2. 裁判所の判断のポイント

2.1. 審決について

「審決は,「ゼリー」は,「流動性を失い弾性的なかたまりとなった状態」を意味し,また「アルコール」は,液体,固体を問わず,すべてのアルコールを含むとの解釈に立った上,アルコールには常温で液状のもの,固体状のもの,水溶性のもの,水難溶性のものなど様々なものが包含されるところ,「本件特許明細書の発明の詳細な説明に,アルコールに分類される化合物全般を主成分とするゼリーを用いた遺体体液漏出防止材の発明が記載されているとすることはできないから,『アルコール系』すなわち『アルコールに分類される化合物(全般)』を主成分とする範囲にまで記載を拡張した本件発明1は,特許法第36条第6項第1号の規定に違反する」と判断した・・・・。

 これに対し原告は,本件発明1の「ゼリー」は,「粘液」を意味し,「アルコール系」の意味についても,「高吸水性ポリマーに吸収されない親水性を有する液状のアルコールに分類される化合物」を意味するから,審決は前提に誤りがあると主張する。」

 

2.2. 「ゼリー」の解釈

「ところで,明細書で用いる技術用語は,・・・学術用語どおりに解釈すべきである。しかし・・・「ゼリー」に関しては一般の用語法の影響を受けてか,上記甲2の定義とは異なる言葉の用い方が本件特許出願前から一般的になされているところからすれば,本件の場合においては上記甲2(化学大辞典)に記載された意味のみから特許請求の範囲の記載を解釈するのは適切とはいえず,本件発明1にいう「ゼリー」が「流動性を失ったかたまり状の弾性体」をいうのか「粘液状」のものをいうのかについては,特許請求の範囲の記載のみからはその意味が一義的に明確に理解することができないというべきである。

 そうすると,本件発明1の「ゼリー」の意味については,本件明細書・・・の発明の詳細な説明の記載をも参酌してその意味を判断する必要があると解される(最判平成3年3月8日第二小法廷判決・民集45巻3号123頁参照)。」

 

「・・・本件明細書の発明の詳細な説明の記載によれば,本件発明1の「ゼリー」とは,「流動性を失い,弾性的な固まりとなった状態」をいうのではなく,粘性を有し流動性を失っていない物質,すなわち「粘液」と解するのが相当である。」

 

「・・・「ゼリー」とは,本件発明1においては粘性を有し流動性を失っていない物質である「粘液」を意味しており,「流動性を失い,弾性的な固まりとなった状態」を意味するとした審決の認定は誤りというべきである。」

 

2.3. 「アルコール系」の解釈

「審決は,発明は請求項に記載された文言通り解釈すべきであるとして,請求項1における「アルコール系」とは「アルコールに分類される化合物」と解されるから,アルコールに分類されるものはすべて含まれるとしたものである。

 しかし本件発明1の特許請求に範囲には,「アルコール系を主成分とするゼリーの中に高吸水性ポリマー粉体が多数分散させた」ゼリー状体液漏出防止材とされている。

 そしてゼリーとは,前記のように粘液状のものと解釈すべきことを前提とすると,そこでいう「アルコール」も,粘液状ゼリーの主成分として構成されるものであり,その体液漏出防止材も常温の状態で注入されるものである。

 そうすると,本件明細書の開示によれば,当業者(その発明の属する技術の分野における通常の知識を有する者)は,およそ粘液とは成り得ない固体状のアルコールを本件発明1にいう「アルコール」の対象とすることを想定せず,常温で液状のものを意味していると解するというべきである。また,上記のとおり「高吸水性ポリマー粉体が多数分散させた」と記載されていることから,高吸水性ポリマーを分散して保持することが可能である,高吸水性ポリマーには吸収されないアルコールを意味しているものと解するというべきである。また,体液がゼリー中に染み込み,ゼリー中の高吸水性ポリマーに吸収されることからして,本件発明1の「アルコール」は,親水性ないし水溶性である必要があるものと認識するというべきである。

 従って,本件発明1でいう「アルコール系」については,いわゆる「アルコール」一般を指すものとは解されず,「高吸水性ポリマーに吸収されない親水性を有する液状のアルコールに分類される化合物」と解釈するのが相当である。」

 

2.4. サポート要件違反について

「・・・本件発明1における「ゼリー」は「粘液」を意味し,「アルコール系」は「高吸水性ポリマーに吸収されない親水性を有する液状のアルコールに分類される化合物」であるから,「液状のアルコール以外でかたまり状のゼリーを製造できることが裏付けられていない」との理由で改正前特許法36条6項1号の規定に違反するとした審決の判断は誤りであり,この誤りは結論に影響することは明らかである。」

「・・・本件発明1における「アルコール系」は,「高吸水性ポリマーに吸収されない親水性を有する液状のアルコールに分類される化合物」であり,またその例として本件明細書には「エチレングリコール,プロピレングリコール,ジエチレングリコール,メタノール,エタノール,グリセリン」【0026】が示されているから,当業者であれば,どのような範囲の物質までが本件発明1の「アルコール系」に該当するかは自明のことである。そうすると,本件特許出願時(平成13年3月19日)の技術常識に照らせば,本件発明1の「高吸水性ポリマーに吸収されない親水性を有する液状のアルコールに分類される化合物」に該当する化合物の範囲は想定することができ,そのような「アルコール系」の化合物であれば,十分な吸水性能を持った状態の高吸水性ポリマーを遺体内に円滑に注入するという本件発明の課題を解決することが理解できるから,本件発明1は改正前特許法36条6項1号に規定された要件を満たすといえる。」

 

3. ブログ管理人コメント

本事例では「アルコール系」という用語は単独では用いられておらず、「アルコール系を主成分とするゼリー」という形で用いられていた。ゼリーは一義的に明確な用語ではないとされ、「リパーゼ判決」(最判平成3年3月8日第二小法廷判決・民集45巻3号123頁参照)に基づいて明細書の記載を参酌することとなった。

しかしながら、一義的に明確な用語であれば請求項の用語は明細書の記載を参酌しては解釈されない。仮に「アルコール系」という用語が請求項中で意味の明確な用語とともに使用されている場合には、当該請求項に係る発明はサポート要件違反とされるであろう。

2009年5月23日土曜日

組成物の化学的な経時変化による必然的な構成成分の発生は特許発明の実施行為に該当する(カビキラー事件)

1. 事件の概要
東京地裁平成11年11月4日判決
平成9年(ワ)938
損害賠償等請求事件

原告が有する特許権一に係る特許発明:
「(1) アニゾール、ベンゾフエノン、ベンジルフエニルエーテル、ブロメリア、セドレニルアセテート、p‐ターシヤリーブチルシクロヘキサノール、ジメチルベンジルカルビニルアセテート、ジヒドロターピニルアセテート、ジフエニルオキサイド、ジメチルベンジルカルビノール、ジメチルフエニルエチルカルビノール、ジヒドロターピネオール、フエンチルアセテート、フエンチルアルコール、p‐メチルジメチルベンジルカルビノール、メチルフエニルカルビニルアセテート、メンチル‐n‐バリレート、ムスクモスケン、ムスカローム、メチルアミルケトン、フエニルエチルジメチルカルビニルアセテート、ローズフエノン、スチラリルプロピオネート、テトラヒドロムグオール、テトラヒドロムギルアセテート、テトラヒドロリナロール、テトラヒドロリナリルアセテート、ベルドール、ベルベトン、ベルドツクス、コニフエラン、ヤラヤラから成る群から選ばれた一種又は二種以上の単体香料あるいは配合香料と
(2) 次亜塩素酸ナトリウム水溶液に安定に溶解する界面活性剤を含有することを特徴とする
(3) 次亜塩素酸ナトリウムを有効成分とする芳香性液体漂白剤組成物」

被告製品は上記本件特許発明の構成要件(2)及び(3)を充足する。
被告製品には製造時に香料として「ジメチルベンジルカルビニルイソブチレート」(これ自体は構成要件(1)には含まれない)が配合される。「ジメチルベンジルカルビニルイソブチレート」の少なくとも一部が被告製品の製造後に「ジメチルベンジルカルビノール」に変化する。「ジメチルベンジルカルビノール」は構成要件(1)に包含される。

争点:
被告製品が構成要件(1)を従属するか?

2. 裁判所の判断のポイント
「本件特許発明一は、芳香性液体漂白剤組成物という物の発明であって、その製造方法には何らの限定もないものであるから、特許請求の範囲に記載された香料を当初から添加する場合だけでなく、当該香料が製造後使用時までの間に含有されるように、当該香料を生成させ得る別の香料を製造時に添加する場合も、その技術的範囲に属するものというべきである。
 証拠・・・によれば、「ジメチルベンジルカルビニルイソブチレート」は、界面活性剤を含有し次亜塩素酸ナトリウムを有効成分とする芳香性液体漂白剤組成物中において分解され、「ジメチルベンジルカルビノール」が生成されること、右の経時変化は、原告側の実験によれば、摂氏二〇度に静置保存されるという条件下で、三〇日経過後における「ジメチルベンジルカルビノール」の量が「ジメチルベンジルカルビニルイソブチレート」の量とほぼ等しいものになっていること、被告側の実験の結果によっても、実験開始から二八日が経過した時点で、「ジメチルベンジルカルビニルイソブチレート」の約三分の一が「ジメチルベンジルカルビノール」に変化していることが認められる。
 本件被告製品は家庭用かび取り剤であるところ、右の二八日ないし三〇日という期間は、本件被告製品が製造されてから商品の流通過程を経て一般需要者の手にわたるまでの通常の期間と比較して決して長すぎるものではなく、また、家庭用かび取り剤は、一本の容器の内容物を一回で使い切ることはまれであり、通常、家庭に備えられてある程度の期間にわたって清掃等の都度使用されるものであることからも、本件被告製品においては、需要者による使用時までの間に「ジメチルベンジルカルビニルイソブチレート」のうちのかなりの部分が「ジメチルベンジルカルビノール」に変化しているものと認めるのが相当である。
 したがって、本件被告製品は、その製造時・・・には本件特許発明一の構成要件(1)に記載された香料のいずれをも含有するものではないが、その後の経時変化により必然的に構成要件(1)に記載された「ジメチルベンジルカルビノール」を含有することになるのであるから、被告が本件被告製品を製造する行為は、本件特許発明一を実施する行為に該当するというべきである。」

3. ブログ管理人コメント
 一緒に検討すべき事件として東京高裁平成15年7 月18日平成14年(ネ)4193号「ドクターブレード事件」があります。

2009年5月17日日曜日

引用文献中の解決課題の相違を重視した結果、進歩性が肯定された裁判例

1. 事件の概要
知財高裁平成21年4月15日判決
平成20年行(ケ)10300
拒絶審決取消訴訟
主文:拒絶審決を取消す

本願請求項1に係る発明:
「内管と外管との間に1層乃至複数層の補強層を配置したホースにおいて,少なくとも1層の補強層を形成する繊維コードは(1)式にてnとmの関係が1.05≧(n+m)/n≧1.00となる構造を有する脂肪族ポリケトン繊維を含むコードからなり,該繊維コードは下記(2)式で表される撚り係数Kが150~800の範囲にあり,該繊維コードの強度が10g/d以上であり,かつ前記内管を構成するエラストマー組成物の100℃での50%モジュラスが3.0MPa以上であるホースからなる繊維強化成形体。
(1)式-(CH2-CH2-CO)n-(R-CO)m-
ここでRは炭素数が3以上のアルキレン基
(2)式K=T√D
ここでDはコードの総デニール数,
Tはコードの10cm当たりの上撚り数,Kは撚り係数」

引用発明の内容(甲1):
「内管層と外面保護層との間に1層以上の繊維補強層を配置したホースにおいて,繊維補強層を形成する繊維コードは,ヘテロ環含有芳香族ポリマーからなる繊維を含むコードからなり,該繊維コードは1500デニールに紡糸したPBO繊維原糸2本を合わせて20回/10cmの撚りをかけてコードとしたものであり,該繊維の強度が25g/D以上であり,かつ前記内管層をゴム等で構成したホース。」

本願発明と引用発明との一致点
「内管と外管との間に1層乃至複数層の補強層を配置したホースにおいて,少なくとも1層の補強層を形成する繊維コードは,合成樹脂の繊維を含むコードからなり,該繊維コードは所定の撚りが形成され,かつ前記内管をエラストマー組成物で構成したホースからなる繊維強化成形体。」である点。

本願発明と引用発明との相違点
相違点4
内管を構成するエラストマー組成物の特性が,本願発明では「100℃での50%モジュラスが3.0MPa以上」に特定されているのに対し,引用発明ではかかる特定がなされていない点。

審決の要点(相違点4に関する容易想到性の判断):
「繊維補強層を有するホースの内管を構成するエラストマー組成物として,100℃前後での50%モジュラスを3.0MPa程度以上のものとすることは,例えば周知例2(甲4という。)に「【請求項1】内面樹脂チューブと,その外周面上に設けた内側ゴム層と,その外周面上に複数本の補強糸を引き揃えてスパイラル状に巻き付けた第1補強層と,その外周上に複数本の補強糸を引き揃え前記第1補強層と逆方向にスパイラル状に巻き付けた第2補強層と,その外周上に設けた外側ゴム層とで構成され,前記内側ゴム層は温度135℃における50%モジュラスM50が20~40 kgf/cm のゴム材料から2なることを特徴とする冷媒用高圧ホース。」と記載され、周知例3(甲5)に「【請求項2】前記内側ゴム層及び前記中間ゴム層が,それぞれ,135℃の温度における50%モジュラスが25~40 kgf/cm であるゴム材料にて形成されている・・車両用配管ホース。」と記載されているように,当該技術分野において,普通に採用される範囲のものと認められる。(なお,上記周知例2(甲4)において,「20~40 kgf/cm 」を本願発明での単位に換算2すると,「約2.0~3.9MPa」となり,同様に,上記周知例3(甲5)において,「25~40 kgf/cm 」は「2.5~3.9MPa」となり,いずれも「3.0MPa以上」と重複するものである。)
 また,本願発明においては,脂肪族ポリケトン繊維のガラス転移温度が低いことに起因する,高温使用時の繊維コードの引張り弾性率低下を補強するために,相違点4に係る構成を採用したものであるが,その採用する数値範囲は,上記のとおり耐圧性を求められるホースの繊維補強層に普通に採用される程度のものであって,格別のものとは認められないから,補強密度や繊維補強層の数を増加させることなく,ホースの耐圧等の特性を向上させることを目的とする引用発明において,内管の素材に対し相違点4に係る構成を採用することは,格別の困難性を伴うことなく適宜容易になし得る事項にすぎない。」

2. 裁判所の判断のポイント
「審決は,繊維補強層を有するホースの内管を構成するエラストマー組成物として,100℃前後での50%モジュラスを3.0MPa程度以上のものとすることは,甲4,甲5に記載されているように,当該技術分野において,普通に採用される範囲のものであるから,甲1発明において「100℃での50%モジュラスが3.0MPa以上」のものを採用して相違点4に係る構成とすることは,容易想到であるとする。
 しかし, ・・・・、従来から使用されているホースの内管を構成するエラストマー組成物の135℃における50%モジュラスは,約0.98~2.35MPa程度であり,甲4,甲5記載の技術は,加硫時に発生する補強糸の棚落ちという特定の課題を解消するために,135℃における50%モジュラスが約1.96~3.92MPaという値のエラストマー組成物を採用したものである。そうすると,繊維補強層を有するホースの内管を構成するエラストマー組成物を,100℃における50%モジュラスが3.0MPa程度以上のものとすることは,100℃と135℃の温度の差を考慮に入れても,繊維補強層を有するホースに関する技術分野において,普通に採用される範囲のものであるということはできない。しかも,引用発明で繊維補強層に用いられているヘテロ環含有芳香族ポリマーからなる繊維は,前記(2)イのとおり,耐熱性,難燃性であり,その分解温度は600℃以上であり,伸度も3.0%以下である。そうであるとすると,ヘテロ環含有芳香族ポリマーからなる繊維は,600℃を越えて分解温度に達するまでほとんどその形状を維持し強度を保つことになり,100℃程度の温度条件では,ホースの補強に関する性能に特段の影響は生じないと解されるから,引用発明において,ホースの内管を構成するエラストマー組成物の100℃における50%モジュラスを,敢えて普通に採用される値より大きい3.0MPa程度以上とする必要性はなく,そのようにする契機があるとはいえない。
 そうすると,繊維補強層を有するホースの内管を構成するエラストマー組成物について,100℃における50%モジュラスを3.0MPa程度以上とすることは,普通に採用される範囲であるとはいえず,更にこれを引用発明に適用して相違点4に係る構成とすることが,当業者にとって容易想到であるとはいえない。したがって,繊維補強層を有するホースの内管を構成するエラストマー組成物について,100℃における50%モジュラスを3.0MPa程度以上とすることが普通に採用される範囲であることを前提とし,更にこれを引用発明に採用して相違点4に係る構成とすることが,当業者にとって容易想到であるとした審決の判断は,誤りである。

「被告は,甲4,甲5に開示された技術は,補強層がスパイラル構造という特定の構造であることを前提としたものではあるが,補強層の構造としてブレード構造とスパイラル構造があることはよく知られており,スパイラル構造自体は補強層の構造として特別な構造ではなく,また,補強層を複数層設け若しくは必要に応じて中間ゴム層を設けることも,普通に用いられている構造であるから,甲4,甲5は,ホースの内管を構成するエラストマー組成物の特性(モジュラス)として採用される数値範囲の例を示すものとして参照価値を有するものであるとし,繊維補強層の素材の如何を問わず,ホースの耐久性及び耐圧性を考慮して,補強層を有するホースの内管を構成するエラストマー組成物の100℃前後での50%モジュラスを3.0MPa程度以上とすることは,甲4及び甲5に開示されているように,普通に採用される範囲のものにすぎないと主張する・・・・。
 しかし,甲4,甲5において,繊維補強層を有するホースの内管を構成するエラストマー組成物について普通に採用される範囲として開示されている値は,135℃における50%モジュラスが10~24 kgf/cm(約0.98~2.35Mpa)程度であり,甲4,甲5記載の技術は,スパイラル構造の補強層において発生する棚落ちを防止するために,135℃における50%モジュラスの値を3.0MPa以上としたものである。したがって,スパイラル構造や,補強層を複数層設け若しくは必要に応じて中間ゴム層を設けることが特殊な構造でないとしても,100℃前後での50%モジュラスを3.0MPa程度以上とすることは普通に採用される範囲のものとはいえず,被告の上記主張は,採用することができない。」

3. ブログ管理人コメント
 「相違点に係る構成要素が、どういう課題を解決することを意図して引用文献に記載されていたか?」を重視した結果として進歩性を肯定する結論に至っている点が参考になる。

2009年5月8日金曜日

独立特許要件欠如による補正却下の理由は通知されない

1. 事件の概要
知財高裁平成19年10月31日判決
平成19年(行ケ)10056号
拒絶審決取消
訴訟
主文:原告の請求を棄却する
 原告は,平成18年2月20日,発明の名称を「切り取り線付き薬袋」とする発明について特許出願(特願2006-41777号)したが,同年8月1日付け(発送日)で拒絶査定を受けたので,同月24日,拒絶査定不服審判を請求し,同日付けで特許請求の範囲等について手続補正(前置補正)をした。この補正は、特許法第17条の2第4項第2号に規定する「限定的減縮」を目的とする補正であった。
 特許庁は,これを不服2006-18490号事件として審理し,平成18年12月18日,本件補正を却下した上,「本件審判の請求は,成り立たない。」との審決をし,その謄本は,平成19年1月15日,原告に送達された。

 審決は,本願補正発明(前置補正後の請求項1に係る発明)は特許法29条1項柱書の「発明」に該当にしないことなどを理由として,特許出願の際,独立して特許を受けることができないとして,本件補正を却下した上,本願発明は,引用発明及び周知の事実等に基づいて当業者が容易に発明をすることができたから,特許法29条2項の規定により特許を受けることができないとした。

 本願補正発明が人為的取り決めに該当し「発明」に該当しないことは、前置補正により導入されたわけではない。特許法第29条第1項柱書違反の問題は、出願時の請求項に係る発明において潜在的に存在していた。このような場合にも、審判請求人(出願人)に補正却下の理由を通知する必要がないかが争点。

 2011年10月10日記事(知財高裁平成23年10月4日判決 平成22年(行ケ)第10298号 審決取消請求事件)も要チェック

2. 裁判所の判断の
ポイント
「(1)審決は,「本願補正発明は,特許法第29条第1項柱書に規定する『発明』に該当しないので,特許出願の際独立して特許を受けることができないものである。・・・(略)・・・したがって,本件補正は,特許法第17条の2第5項において準用する同法第126条第5項の規定に違反するので,特許法第159条第1項において読み替えて準用する同法第53条第1項の規定により却下すべきものである。」(7頁第4段落~第6段落)としたのに対し,原告は,本願補正発明が,発明に該当しないとの拒絶理由は,平成18年4月4日付け(発送日)の拒絶理由通知(甲6)及び同年8月1日付け(発送日)の拒絶査定(甲7)において,全く示されておらず,審決において,本願補正発明が特許法29条1項柱書の発明に該当しないとする判断をするに当たっては,原告に拒絶理由を通知し,相当の期間を指定して意見を述べる機会を与えなければならなかったのに,そのような通知がされなかったから,審決は,特許法159条2項において準用する同法50条に違反してされたものであるとして,審決が,本件補正を却下したことを誤りである旨主張する。
(2)審決は,審判請求時にされた本件補正について,特許法17条の2第5項において準用する同法126条5項の規定に違反するので,同法159条1項において読み替えて準用する同法53条1項の規定により却下すべきであるとするところ,本件補正について,これらの条文を適用することに誤りはないし,かつ,補正を却下するに当たり,却下の理由を事前に通知することが必要であるとの規定はないのであるから,審決に原告主張の違法な点はない。
 原告は,審決が,特許法159条2項において準用する同法50条に違反する旨主張するのであるが,同法159条2項において,同法50条は,「第50条ただし書中『第17条の2第1項第3号に掲げる場合』とあるのは,『第17条の2第1項第3号又は第4号に掲げる場合』」と読み替えて準用され,同法50条は,「審査官は,拒絶をすべき旨の査定をしようとするときは,特許出願人に対し,拒絶の理由を通知し,相当の期間を指定して,意見書を提出する機会を与えなければならない。ただし,第17条の2第1項第3号に掲げる場合において,第53条第1項の規定による却下の決定をするときは,この限りでない。」とされ,補正の却下について意見書を提出する機会は与えなくていいとされているのであるから,本件補正の却下に当たり,補正の却下の理由を事前に通知する必要がないことは明らかであり,原告の主張は採用できない。」

さらに,原告は,発明に該当しないという拒絶理由は,本件補正により生じた拒絶理由ではなく,本件補正の前から既に存在していたが見落とされていた拒絶理由であるから,本件補正について,特許法17条の2第5項が適用されるべきではない旨主張する。しかし,補正の却下を定めた上記規定において,原告主張を裏付けるといえる規定はなく,原告の見解は独自のものである。原告は,審判請求時に本件補正を行わなかった場合,特許法159条2項が準用する同法50条による拒絶理由通知を発することなく,いきなり不意打ち的に「発明該当性の欠如」を理由として拒絶審決を行うことが許されないこととのバランスなどもいう。しかし,上記各規定に照らしても,出願についての拒絶の査定を維持する審決とその手続における補正の却下において,出願人に対する事前の理由の通知(拒絶の査定を維持する審決においては,査定と異なる拒絶の理由の通知)の必要性については,取扱いが異なるのであり,また,出願そのものと補正との違いからも,補正を却下する場合に事前にその理由の通知をしなければ不合理であるとは必ずしも認められず,原告の主張は採用できない。」

3. ブログ管理人コメント
 似た判決は多数あり、特段風変わりな判決ではありません。
 前置報告書に、独立特許要件違反+補正却下の旨が記載されていたら、上申書を提出し「更に補正すれば独立特許要件違反も理由も解消できる」ということをアピールして、補正の機会を与えてもらうことを狙うことになります。それでも、補正の機会が与えられるかどうかは審判官の裁量です。

 平成19年4月1日以降の出願は、拒絶査定後でも分割出願ができるようになりましたが、拒絶審決後には依然として分割出願はできません。拒絶査定不服審判請求時の補正と分割は十分慎重に検討したうえでおこなうべきでしょう。