2009年4月19日日曜日

容易想到性の判断基準その2平成20年(行ケ)第10261号

1. 事件の概要
知財高裁平成21年3月25日判決平成20年行(ケ)10261
拒絶審決取消訴訟
主文:拒絶審決を取消す

本願請求項1に係る発明:
「鼻の鬱血,再発性副鼻洞感染,又はバクテリアに伴う鼻の感染又は炎症を治療又は防止するために,それを必要としている人に対して鼻内へ投与するための鼻洗浄調合物であって,
キシリトールを水溶液の状態で含有しており,キシリトールが水溶液100cc当たり1から20グラムの割合で含有されている調合物。」

引用発明の内容(引用例1):
「水溶液1mlあたり400mgのキシリトールを含有する,S.pneumoniaeによる上気道感染を治療するための経口投与用溶液製剤」

本願発明と引用発明との一致点
再発性副鼻洞感染,又はバクテリアに伴う鼻の感染を治療又は防止するために,それを必要としている人に対して投与するためのキシリトールを水溶液の状態で含有している調合物である点

本願発明と引用発明との相違点
相違点1
本願発明が鼻内へ投与するための鼻洗浄調合物であるのに対し,引用発明は経口投与用溶液製剤である点

相違点2
本願発明がキシリトールが水溶液100cc当たり1から20グラムの割合で含有されているのに対し,引用発明は水溶液1mlあたり400mgのキシリトールを含有する点
審決の要点:
(相違点1)引用例2には、感染性の呼吸器疾患の治療のために、抗感染剤を局所投与すること、全身投与より低い投与量で感染部位である鼻に投与できることが記載されている。よって、引用例1のキシリトールの投与により上気道感染を処置する際に、経口投与に代えて、全身投与より低い投与量で投与し得る感染部位への投与、すなわち、鼻への投与を採用し、鼻内へ投与するための鼻洗浄調合物とすることは当業者が容易に想到し得ることである。
(相違点2)キシリトールが水溶液100cc当たり1から20グラムの割合で含有されている点は、鼻内投与という投与形態からおのずと定まる1回の投与量と1日の投与量に基づいて当業者が適宜決定し得る含有割合である。

審決の問題点:
 引用例2が対象としているのは、抗感染剤を感染部位である「気道下部」に直接(局所的に)投与する方法。気道下部に投与するために、「鼻の中に」向けてエアロゾル粒子を投与する。鼻は投与経路として用いられているに過ぎず、投与されるのは肺などの気道下部である。鼻自体を治療する目的で、「鼻に」直接投与することは引用例2には記載されていない。
 特許庁(被告)は、訴訟段階において乙1~4号証を提出し「本願の優先日前に既に各種の感染性の呼吸性疾患に対する「抗感染剤」について,その投与経路として経口投与とともに鼻内投与が選択できることや,鼻内投与の形態として,エアロゾルや鼻洗浄調合物が採用されることは,・・・周知である。」と主張した。

2. 裁判所の判断のポイント
「本願発明の課題
 上記本願明細書には,本願発明の課題として,上気道の一部である鼻咽頭への感染及びそれらの感染に伴う症状を低減するための調合物及び方法を提供すること,鼻咽頭感染に対する付加的治療のためにキシリトール/キシロースを効果的に投与する方法を提供すること,安全性,効率性等を達成する目的等を実現することが明記されている。」

「引用発明(上気道感染について子供達にキシリトールチューインガムの形態で経口(全身)投与をするとの臨床試験に基づいて想到した「水溶液1mlあたり400mgのキシリトールを含有する,・・・上気道感染を治療するための経口投与用溶液製剤」)と引用発明2(肺炎等の気道下部感染症においてコルチコステロイド等をエアロゾルの形態で局所投与をする処置方法)とは,解決課題,解決に至る機序,投与量等に共通性はなく,相違するから,それらを組み合わせる合理的理由を見いだすことはできない・・・・」

「以上のとおりであり,引用例1に接した当業者は,これに・・・引用例2を適用することによって,安全性,多目的性,効率性,安定性等を有するとともに,安価で調合及び投与を可能とするために採用された本願発明の構成(相違点1の構成)に容易に想到できたと解することはできない。」

「この点について,成分や用途に係る医薬品等に係る発明が存在する場合に,その投与量の軽減化,安全性の向上等を図ることは,当業者であれば,当然に目標とすべき解決課題といえるであろうし,そのための手段として格別の技術的要素を伴うことなく,課題を解決することができる場合もあり得よう。しかし,そのような事情があるからといって,審決が,本願発明の相違点1の構成は,引用例2の記載内容から容易であるとの理由を示して結論を導いている場合に,その理由付けに誤りがある以上,上記のような事情が存在することから直ちに審決のした判断を是認することは許されない。
 けだし,審決書の理由に,当該発明の構成に至ることが容易に想到し得たとの論理を記載しなければならない趣旨は,事後分析的な判断,論理に基づかない判断など,およそ主観的な判断を極力排除し,また,当該発明が目的とする「課題」等把握に当たって,その中に当該発明が採用した「解決手段」ないし「解決結果」の要素が入り込むことを回避するためであって,審判体は,本願発明の構成に到達することが容易であるとの理解を裏付けるための過程を客観的,論理的に示すべきだからである。

「被告は,仮に・・・引用例2の認定に関する誤りがあったとしても,①全身投与に比べて局所投与をすると少ない総投与量で既知の副作用を回避することができるという利点は,局所投与に起因するものであるから,「気道下部」の疾患に限らず,「上気道」の疾患に対しても局所投与をすることにより得られるであろうと当業者が当然に理解することができる,②そうすれば,引用例2に接した当業者にとって,上気道感染の治療に関する引用発明において,経口投与に代えて,経口投与に比べ,低い全投与量で,感染部位により高い濃度の薬をデリバリーでき,副作用を回避できることが期待される鼻内への局所投与を採用することは容易に想到し得る,③そして,鼻内投与の形態として,エアロゾルや鼻洗浄調合物が周知であるから,具体的な鼻内投与の態様を鼻洗浄調合物とすることに何ら困難性はないので,容易想到性を認めた審決の判断に影響を及ぼさない旨を主張する。しかし,上記(ア)及び(イ)で述べたとおり,引用発明に引用発明2を組み合わせることにより,本願発明の相違点1に係る構成に到達することができたとする審決の判断は是認できないのであるから,被告の上記主張の当否については,審判手続において,改めて出願人である原告に対して,本願発明の容易想到性の有無に関する主張,立証をする機会を付与した上で,審決において再度判断するのが相当であるといえる。
3. ブログ管理人コメント
 先週本ブログで紹介した、知財高等裁判所平成20年(行ケ)第10096号審決取消請求事件・平成21年1月28日判決が引用されている。
 本件審決では、引用例2記載の事項(鼻に直接局所投与すること)を引用例1と組み合わせて本願発明に想到することが容易であるとする論理であった。裁判所は、この論理が誤っていた以上、本件審決は取り消されるべきであると判断している。
 仮に、本件審決において、「鼻に直接局所投与することは周知技術(例えば引用例2参照)であるから、当該周知技術と引用例1の発明とを組み合わせて本願発明にいたることは容易である」という論理であったら裁判所の判断は異なっていたのではあるまいか?
 この問題点はいずれ整理したい。